神話的世界で抗い続ける   作:Artificial Line

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我々の都合で戦争を起こし、都合が悪ければ平和を護るのだ。――レスター・ビヤークネス


Test Pattern―事前探索―

あれから場所を移し、現在地は東京都内。

帝国ホテルのスイートルームにて。

私達は作戦に向けての打ち合わせを行っていた。

 

「で、どのくらいの敵勢力が展開してるのさ。それがわかんないことにはこっちも抽出する戦力が決められないぞ」

 

紅の問いかけに対して、レスターはシャンパンをあおってから口を開く。

時刻は1800。冬の日本はとうに日が沈む時間。

窓の外には眠らない街東京の夜景が広がっており、光量様々な光が月明かりを隠す勢いで輝いている。

 

「それがね…」

 

「それが…?」

 

「…」

 

ゆっくりと、ゆっくりと溜めた後に、彼は言葉を続けた。

 

「さっぱりわかんないんだよねー!」

 

擬音が付きそうな勢いで紅が椅子から転がる。

あの娘、そういう古典的なギャグもできるのね。

 

「ふっざけんな!敵戦力の推測も観測もできねえのに作戦っておめえ馬鹿野郎!」

 

紅が叫びながらレスターの胸倉を掴みブンブンと揺すった。

アッハッハ―と脳天気に笑う彼だが、相変わらずその目だけは笑っていない。

 

「依頼が入った直後にUAVを飛ばして偵察活動は行ったんだよ?でも40mはある大きな怪鳥?かな。とにかくデカくて空飛ぶ化物が迫ってきて撃墜されちゃったんだよ。いやーあれには驚いたね。ちょっと正気度が減った気がするよ」

 

「んな呑気な…まあ少なくともUAVが飛ぶ高度まで上がってこれる飛行型の神話生物がいるってことか。ならヘリボーンは危険だな」

 

「そうね。私の知識ではそんな大きな飛行型神話生物は思い当たらないわね。デルタグリーンに情報提供してもらったら?」

 

紫煙を吐き出しながら、私はそういった。

少なくとも今まで体験してきた神話的事象で目にしたことはない。

 

「デルタグリーンにはもちろん要請したよ?なんでもシャンタク鳥とか呼ばれている化物らしい。生身で到底敵うスペックでは無いね。資料はこれ」

 

渡された資料に目を通す。

そこに添付されていた写真を見て、大分不快な気持ちになった。

こいつら神話的存在を見るたびに、精神が摩耗する気がする。

 

だが写真を見て思い出した。

この化物、前に椿が話していた気がする。

 

「…思い出した。この化物、椿が以前遭遇したって言ってたわ」

 

私がそう言葉を紡ぐと、二人の顔が一気に真剣なものとなる。

 

「マジか…?椿美人な癖にやっぱりヤバイヤマ超えてるなぁ」

 

「実際に邂逅した人物がいるならその椿ちゃんに聞くのが一番じゃないかな。資料はあくまで資料。文面だけじゃわからないことの方が多いしね」

 

私は肯定の意を示し、SNSを起動して椿に連絡を送ろうとする。

だがその前に紅が続けた。

 

「あー。椿に話聞くならついでにもうひとり呼んでもいいか?私の大学時代の先輩なんだが、こういう事態をいくつも乗り越えて阻止してきた人がいるんだ」

 

今度は私とレスターがえぇ…という表情をする。

どんだけ私達の周り非日常に慣れている人多いのよ。

 

「えっとまあ、僕はいいと思う。情報は大いに越したことは無いしね。だけど民間人だろ?いいのかい巻き込んで」

 

「それを言ったら私達も国際法上では民間人だろ。問題ないと思う。というか彼女以上にこういうのに詳しい人は知らな…ああいや一人いたわ」

 

紅がそう言ってこちらをチラッと見た。

私は少しバツが悪くなり、そっぽを向いてしまう。

彼女は私の姉、アリーヤ・レイレナードのことを言っているのだ。

 

「…まあいいや。とにかく私もその人に連絡してみるよ。で、話を戻すがとりあえず空路は無しだな。被害が拡大すれば隠蔽も難しくなる」

 

「そうね。それに航空戦力の減少は私達にとっても大きな痛手よ。となると取れるのは…」

 

「海路と陸路になるわけだね。件の都市は海にも面している港町だ。海路も十分に可能だよ」

 

レスターの言葉を聞いて、しばし考え込む。

海路は大規模な兵力を運ぶのに最適だが、海では逃げ場がまったくない。

船が潰されればそれで終わりだ。

 

「…陸路がいいと思うわ。こういうときの海ってたいてい碌なことが起きないから」

 

「私もアリシアに賛成だ。撤退ルートの構築、現地の偵察、驚異の排除。これらを行うのであれば最初から車両のほうがやりやすい」

 

「了解した。では陸路で。次に部隊編成だ。相手の規模がわからない以上、最大戦力を持って撃滅したい所ではあるが、部隊が大きくなればなるほど隠蔽工作の難度は跳ね上がる。それに全員を使うわけにも行かない。だから…」

 

「送れる部隊は精々二個小隊規模だな。RayleonardとOmerでそれぞれ一部隊ずつが限界じゃないか?」

 

「そうね…。正直街一つを相手にする可能性もあることを考えると、全然足りないわ」

 

三人で考え込む。

先にも言ったとおり、全く戦力が足りない。

そもそも神話的事象に対処できる者たちだけで部隊を組めば、Rayleonard極東、ユーラシア戦力では精々三個小隊が限界である。

 

そのすべてのものを動員するのは、他の地域で神話的事象が起きた場合に致命的な混乱が生じる可能性があるので論外だ。

だからこそ私達が呼ばれたわけでもあって。Omerに協力要請をしたわけでもあって。

 

「うーん…通常部隊の動員ができればなぁ…」

 

「無茶を言っちゃいけない。神話を知らない連中が何人来ても烏合の衆になるのがオチさ」

 

さて困った、と皆が頭を抱える。

しばらく唸った後に、大事なことを聞くことを忘れているのを思い出した。

 

「そういればなのだけど。この作戦の指揮官は誰になるの?」

 

「ああそういえばいい忘れていたね。僕は戦術は門外漢だから作戦域外での電子支援に徹するよ。戦略は練らせてもらうけどね。隠蔽に今後のC共和国での商売、兵站の構築、やることが山積みだからね。だから現地部隊の指揮はアリシア、君にお願いしたいと思うよ」

 

「私?あらまぁ…」

 

間抜けな顔をして天を仰ぐ。

つくづく面倒事に巻き込まれる。

私は指揮官肌じゃないのよ。

 

「私も賛成だ。アリシアの指示なら信頼できる」

 

「紅まで…」

 

頭を戻し、煙草をひと吸い。

…よし、仕方がない。やりましょう。

 

「わかったわ。じゃあメンバーの選抜もこっちでするわよ。四個分隊構成の一個小隊、32名か…資料頂戴」

 

レスターから資料を受け取り目を通し始める。

まあこの資料に載っていない人も数名連れて行こうと思うのだけど。

 

「メンバーはいいとして、車両構成はどうする?頭数が絶対的に少ない以上、戦術と練度、装備の質で補うしかないじゃないさ」

 

「そうねえ。MG付きのSUV4台。通信指揮車1台、セダン2台、LAV1台かしら。もちろん全部防弾で」

 

「了解した。それは僕の方で手配しよう。まあ詳しいすり合わせはOmerとの調整次第だけどね」

 

「装備はどうする?」

 

「各車両にRPG本体と弾頭4つは積みたいわね。個人装備は任せるわ。ああそれから…」

 

時刻はすでに2100を回っている。

今日は長い夜になりそうだ。


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