宇宙世紀0088。ハマーン率いるネオジオンが崩壊する数か月前、ダブリンへのコロニー落としが行われて数日後、中東の連邦軍支配地域。聞こえはいいが実際は疲弊したエゥーゴ、地元マフィアと手を組んで略奪や強盗などに手を染める賊とかした旧ティターンズ、そのマフィアと取引する旧ジオン、ネオジオン残党軍の三つ巴になっていて、治安はひどかった。本来なら取り締まるはずの警察もこの国の貴族が金を落とさないため動きもしない。さらにハマーン軍によるダブリンへのコロニー落としの影響による天候悪化のため、食物の収穫量は激減し、地球規模での食糧不足が発生していた。旧先進国ならまだしも、旧発展途上国であったこの国は、それを改善できるだけの力などなかった。病院などの医療施設はなく、平均寿命は30代と、日本の江戸時代の平均寿命より低かった。学校という教育機関も勿論なく、子供達は自らを養うため、大人にまじってエゥーゴの僅かな給与しかもらえない仕事や残飯拾いに出かけて行く。子供も含む人々の顔には希望なんてものはさらさらない。絶望に沈みつつも必死でいきている。まるで、
「まるで幽鬼のような顔つきだな。こういうのを日本では百鬼夜行と言うのだろう。
「は?ヒャッキヤキョウ?
「いや、なんでもない。しかし、これを見ながら食事など、あまり気分のいいものではないな。むこうにいた時のように、部屋で自分で作りたいのだが、
「申し訳ありません、若様。しかしですな、せっかくこのようなホテルに来ているのですぞ。せめてこの時だけでも体を休めて欲しいのです。どうか老人のささやかな頼みと…
「わかっている。しかしな、こうも自らの手で料理をしない日が続くと、最早私は自分を何もできないヒモのように思ってしまってな。まるでなかなか親離れの出来ない馬鹿息子になった気分だ。
貧民街と三つの壁を経てあるのは貴族街。言葉の通り金持ちが住む楽園だ。食糧不足のぶの字もなく、豪華絢爛な通りである。綺麗な格好をした人々が行き交っている。誰も顔に悲壮感などうつっていない。この国の総人口の12%がその他を踏み台にしてこの生活を謳歌している。その街でもとりわけ華美な装飾のホテルの三階のテラスで食事をしている金髪にサングラスをかけた青年が、壁の向こうの貧民街の通りを見ながら言った。すぐ側に控えている小柄な老人が答える。会話だけを聞けば主人と執事だが、雰囲気は祖父と孫である。
「そんなことございませんよ!しかしですな、これからどんどん忙しくなるのです。若様のことですから自分だけ休むなど、到底なさらないでしょう。だからこうやって、取引だけだからビジネスホテルでもいいという若様を皆で説得し、ここへと来て頂いたにも関わらず、そうやってまた体を考えないで…クドクド
「わかった、わかったよ爺や。なら今晩の食事だけだ。私に作らせてくれないか。ああ、心配せずとも材料は私が
「畏まりました。では材料はきちんと私が買ってきます。
「ち、抜け目のない。私が寄り道でもてくる子供にでも見えるのかな。
「確かにボランティア活動に参加するのは人として素晴らしく良いことですが、夢中になり過ぎて次の日まで帰ってこないほどの寄り道をなさったのはどこの誰ですかな?
「く、老人ほど良く口が回るとはよく言ったものだ。
「作用ですな。しかし若様も歳をとればお分かりになりますよ。口が自然と緩んでくる感覚が。
「ふ、いずれな。あと、若様は勘弁してくれと言っただろう、爺や。
「ではなんとお呼びすれば?この前まで使われていた偽名はもうお使いにならないのでしょう。なら、キャスパル様?シャア様?それとも、クワトロ様ですかな?はて、私はなんと貴方様をお呼びすれば良いのやら…
キャスパル レム ダイクン。ジオン ダイクンを父として生まれた男。シャア アズナブルとしてザビ家に復讐するためにジオン公国軍に入り、復讐を遂げたあと、腐敗した連邦であるティターンズに異議を唱えた反連邦政府組織、エゥーゴにクワトロバジーナ大尉として所属し、最終的にはそのトップにまで登りつめた。そんな男が、今この街にいた。政治や軍の中枢から離れた、寂れた街に。
「どちらもよしてくれ。この場でなかったらかなりうるさくなるくらいは私でもわかるさ。
「人払いを気づかれましたか。流石ですな。
「…私を舐めているのか?
「いえいえ。決してそのような事は。少しばかり意趣返しのつもりでございます。しかしいい加減名前を決めてくださらねば逆に不審かと。ずっと若様呼ばわりもどうかと思われますがな。
「そうだな…考えておく。だが若様呼びは勘弁してくれ。
「またそのようなお返事を…爺やは悲しいですぞ。なら、決めないまでは若様と呼ばさせてもらいますぞ。貴方様はなかなかお決めにならないから、この爺もなかなか困って
「わかった、わかったよ、爺や。今日中には決めるさ。…爺やには本当に感謝している。
「そのお言葉で十分でございます。まぁ、私は、あの偽名も素敵だと思っていることだけは、お伝えしておきます。それでは後ほどに。用があればお呼びください。部屋に居ますので。
「ああ、わかった。なら持ってきた仕事の1つでも
「でしたら!早くお名前をお決めになるべきでは、ありませんかな?それにこの場に来てまで仕事など…せっかくの皆の好意が無駄になります。貴方様はそこまで薄情な
「わかっている!だから、こうやってくつろぎながら、考える。これでいいか?たしかに、私もここで仕事とは、少し不謹慎だと思ってはいるさ。…ともかく、のんびりする。
「はっはっは!いや、失礼。では、後ほどに。
ガチャ、とドアの開閉音が聞こえた。私は背もたれにもたれてじっと外を眺める。爺やには本当に感謝している。何故なら彼がいなければ今ここに、私はいないのだからな。そう思いながらも外の飢えに苦しむ人々から視線を外さない。いや、外せなかった。助けを求める、その目から。
時は、遡る。
約8ヶ月前。ハマーンに追い詰められた私は機転を利かしてなんとか満身創痍の百式で危機を乗り越えた。そこまでは良かった。ふ、さすが私だな、と少し自負していたくらいだ。しかし、本当の危機はそこからだった、
サラミス改の爆破に紛れて生身で脱出するつもりで緊急ハッチ解放レバーを引く。
「なに、ち、私も焼きが回ったか。だが、まだだ、まだ終わらんよ。
レバーを引くがなにも反応しない。おそらく回線がきれてしまったのだろう。なんとかスラスターで脱出を図るが、そのときにサラミス改が限界を迎えた。
最後の爆発からどれくらい経ったか。気がついたら私はシートからシートベルトの限界まで体を前に突き出した状態で宇宙を漂っていた。とてもじゃないが喋れる状態ではなかった。なんとか体を動かして、あと、外れていた右肩を無理やり入れて、シートベルトを外した。コックピット内は非常灯がついていて、全天周モニターは衝撃で半分が死んでいた。メインパネルが生きていたのでそこで状態を確認する。
「ち、メインカメラもサブカメラも全滅か。スラスターも、推進剤が切れたか。オープンチャンネルでの無線も、機能しないな。SOS信号も…出せないか。ハッチも開かんか。だが空気循環システムは健在、エアー漏れもなし。ふ、まさに宇宙漂流記といったところだな。バッテリーの残量は…もって7日といったところか。なかなか悪くはないな。
機能のほとんどが停止している。が、人間として生きる機能が無事なのは幸運だった。自分の悪運の強さを笑った。生命維持装置を優先させるため、非常灯の明かりも切る。スーツの空気の消費を考えメットを外す。コックピット内の空気はお世辞にもいい空気とはいえないが十分だった。ふぅ、と息を吐く。そこまでしてふと、助けが来るのだろうか、と考えた。今までにもここまで追い詰められた事はあるが、救出を待つというのは初めてだった。珍しく不安を感じる。確かにどんな戦争の後には戦後処理と言う名の物資強奪戦がすぐにでも始まるものだ。特に金色の機体などすぐに回収されだろうと考える。ジャンク屋にでも拾われるのだろう。
しかし、もし、だが、外宇宙にまで流されていたらどうする。馬鹿馬鹿しい。どのみち自分は今此処からでれないのなら変わらない。まさしく動く棺桶といったところか。ともかくどうにもしようのないことだけはわかった。宇宙は静かだった。もちろん音などが聞こえるわけではない。戦闘が終わったため、恐怖や激怒のプレッシャーを感じることがないからだ。非常灯も切ってしまったコックピット内はほとんどなにも見えない。蛍光色部分のノーマルスーツが鈍く光っているだけだ。…なにもすることがない。少し眠ろう。今度は無粋な気絶ではなく、ちゃんとした睡眠として。
かなり寝ていたと思う。全天周式コックピットは割と広いので、それを活かして少し体を伸ばす。ふと空腹を感じて、起きた。非常灯をつけて、ドリンクパックを漁る、が、少しの水しか残っていなかった。
焦ることはない。確かシートの下に非常用食料が収納してあるはずだ。が、
「ち、見当たらんな。アストナージめ、まさか整備をサボったのか?確かに今まで私がこのようにやられたことがないからあまり考えていなかったかもしれんな。ふっ、このような事態を考え、普段からもう少し手を抜いて戦うべきだったか。まぁいい、まだそこまで腹は空いていないからな。
1人で言って1人で納得する。なかなか寂しいものだな。まぁいい、まだそこまで空腹に苦しんでいるわけではないしな。あわよくばこのままエゥーゴを抜けるのを画策してはいたが、アストナージに一言嫌味でも言わないと気が済まんな。っと、いかんな、こんなことにイライラしては。空気を無駄に使ってしまう。…寝ておくか。連日の激戦の疲れはまだまだ残っているしな。それにこれからのことも考えると…
そんなことを考え始め、シャアは寝ていなかった。
ちなみに言うがシャアがもし手を抜いていたらこの場にはいない。シャアの名誉にかけて言うが、人間 不安には弱い生き物である。
そう言うことなのである。
シャアが意識を取り戻して3日がたった。バッテリーはあと4日を切った。
変化のない現状と閉鎖空間がシャアを少しずつ追い詰める。
「……く、こうも救出が来ないとはな。一応私はエゥーゴの長官なのだぞ?何故組織のトップを助けに来ない?くそ!ブライトはなにをやっているんだ!戻ったら奴の給与を今後一生30%天引きしてやる。勿論私への慰謝料としてな。はっはっは!なかなか想像したら滑稽だな。確か奴は子供が2人いたな。子持ちに給料の減額は痛いだろう。…まぁ、私に日本の土下座でもしたら、許してやるとしよう。トップとしての寛容さを見せつけなければな。…まさか、アムロの奴、それを察してブライトに探させないようにさせているのか。くそ!アムロの奴め!いくら私に因縁があるとはいえそんなくだらないことまでするとは。はっはっは!見下げた奴だな貴様は。今頃奴は私に言われた言葉をそっくりそのままお返ししてやろうとでも思っているのだろうな。はっはっは!これが笑わずにいられはしないな。私がこの程度の危機でパニックになるなど、なかなかアムロのくせに舐めた真似をしてくれるじゃないか。もし奴が同じ状況なら、ララァのもとへ行くのか、となどどほざいているに違いない。…まぁいい。君を笑いに来た、とてもいいながら私を助けに来るがいい。上官を助けるのは部下として当然だからな。そんな嫌味を言っても私は許してやろう。アムロ。一生給料5割カットでな。
………く、まだ来ないのか。何故だ。それだけ発見が困難な場所にいるのだろうか。カミーユ、お前のニュータイプ能力でなら私を探知できるはずだ。早く私を救出しに来るんだ。今まで色々と助けてやっただろう。いまその恩返しをしてもいいはずだ。そうだ、私に修正してやると殴ってきたことは帳消しにしてやる。エゥーゴの幹部候補生にしてやってもいいだろう。私の秘書もどきをしてもらうだけだ。イライラする複雑なことはない、単純な仕事だ。だからカミーユ、早く私を迎えに来るんだ。そうだ、ヘンケンでもエマ中尉でも、カツでも誰でもいい。早く私を救出しにきたまえ。早く私を救出しなければ、誰がエゥーゴを率いていくと言うのだ。まさかウォン氏ではないだろうな。冗談ではない!そんなこと、この私が認めんよ!…まぁ、あの男にそんな器量はなかったな。私としたことが、少し情緒が乱れていたようだな。全く、思い返せばカミーユといいエマ中尉といい、私という上官に対しての態度が…クドクド
シャアの顔がセリフに応じて赤くなったり、ふっ、とキザに笑ったりする。全て独り言だ。なかなかに追い詰められていた。
「…ふぅ、話をすると喉が渇いたな。水をと、ち、もうなくなったのか。アストナージめ、奴も給与カットだな。一生4割のな。ん、そういえば奴と出撃前に何か話していたな。たしか、
出撃間近のアーガマの格納庫。慌ただしくメカニックたちが点検や修繕などで目まぐるしく無重力空間を泳いでいた。私も最後のチェックをコックピットで行なっていた時だ。アストナージが話しかけてきたのだ。私は計器を見ながらであったが。
「大尉、非常用食料の場所、ドリンクスペースのよこのキャットスペースでかまいませんか?
「いや、そこだとドリンクを飲むときに邪魔だな。別の場所にしてくれ。
「わかりました。ま、大尉なら必要になるとは思いませんけどね、
「ああ、だから適当な場所にでも頼む。
「わかりましたよ大尉。では、
「そうだ!私が言って場所を変えたのだった!ふ、やはりアストナージは真面目だったな。天引きの件は2割にしてやる。しかし、肝心な場所が分からん。いやまて、続きがあったはずだ、思い出せ。こんなこと、マッドアングラー隊隊員の名前を思い出すより簡単だろう。彼らの顔などスーパーの棚のジャガイモを見て一つ一つに名前をつけるようなものだったしな。
なかなか失礼なことを言いつつシャアは頭を抑えて唸る。
そうだ、たしか!
「わかりましたよ大尉。では、シートのクッションの下においておきますね。
「ああ、頼む。
「そうだ!シートの下だ!しかし既に探していたな、そこは、いやまて、そうだ!シートのクッションの下だ!!はっはっは!!やはりこんな時でも私は素晴らしい記憶力だな。アムロ、貴様も生まれの不幸を呪うがいい!やはり私はあんな父でも素晴らしい才能を受け継いで生まれたのだ。こんなにも嬉しいと思ったことはないぞ!はっはっは!!アストナージの減給も見逃すとしよう。さて、無駄口を叩いて餓死する前に食事としよう。
私はシートのクッションの留め具を大急ぎで外す。するとあった。銀色の箱が二つある。一つは非常食料で、もう一つはサバイバルキットだ。
「サバイバルキットは後で確認するとしよう。さて、ともかく食料だ。どれ、ん、何だこの惨状は。
戦闘の衝撃が酷かったのか、パックに封入されていたはずのゼリー状の栄養剤は飛び散っていた。よく見ると箱が凹んでいる。だがそんなことは気にしていられない。やはりアストナージの減給は避けられんな。
「…ち、しかし、食べなければな、スプーンのような食器は…流石についていないか。仕方がない。中東では手で食べる文化があると聞いたが…ええい、ままよ、
シャアはなんだかんだで生まれながらのお坊ちゃんである。手で食事をするなどほとんど経験がないだろう。普段の彼ならそんなことは決して行わないだろう。まずプライドが許さないだろう。しかし、空腹は人を変えるのだ。
「…ふむ、意外といけるな。悪くない。少なくとも士官学校時代の時のものよりかなりマシだな。あの頃のあれは罰ゲームとも言える味だったが、これなら普段でも食べれるだろう。軍隊は胃袋で動く、か、ナポレオンもなかなかうまく言ったものだな。
私は手をまるでフォークやスプーンのように使って、非常食料を食べる。味は悪くなかった。体力を温存しなければ。これで本当に最後の食事だ。両手をティッシュで拭き、あとは、
「戻ったあとのエゥーゴの指針を考えようかと思ったが…寝るか。体力を節約せねば、回る頭も回らんしな。
バッテリー残量を確認して、非常灯を切って眠る。
「私の命もあと3日か…。そう考えるとなかなか感慨深いものがあるな。ふっ、まあいい。私はエゥーゴに戻ったら忙しい日々を送らなければならないからな。休暇と思えば、なかなか悪くないな。
灯がつくとも、狭い閉鎖空間に4日も一人でいるにも関わらず、精神に異常をきたしていないのはさすがといったところか。いや、あるいは必ず救出が来ると信じているからか。しかしこの男は今までにどれだけ裏切ってきたかを考えていなかった。そして、そのツケがやってき始めたことも。
バッテリー残量、のこり2日。
「…遅いな。まだ救出が来ないとは。ち、エゥーゴ所属全隊員の減給決定だな。コホ、まぁ、5割カットで許してやろう。一生だがな。……………………くそ!コホコホ!アムロにしろカミーユにしろ、奴らは一体何をやっているのだ!トップたる私を、見捨てて、まさか、自分たちの力だけでエゥーゴを率いていくことが出来るとでも思っているのか?くっはっはっは!コホコホ!それこそまさしく茶番だな。ゲホ!奴らの器量はそんな軍を率いていくようなものではないと言うのに。…もしかすると、そろそろ私に泣き付いてくるかもしれないな。ゲホ!だとしたら、ゲホ!救出された時は、堂々たる態度で救出されてやろう。私は寛容だからな。だから、ゲホゲホ!
ち、のどが乾燥してきたな。喋るのは、ゲホゲホ!控えるか。ゲホゲホ。く、空腹感も、ますだけ、ゲホゲホゲホ!だな。い、今ならゴホ!一つのパンにゴホ!金塊、1ケースを、く、わ、ゲホゲホ!私が、咳、ゲホゲホゲホゲホ!など、ゲホゲホ、…眠る、か、ゲホゲホゲホ!…………ガク
シャアの顔はやつれ、疲れていた。声もかなり掠れている。水が切れたのもあるが、喋りすぎてもいた。文句も程々にして、半ば気絶するかのように眠る。
バッテリー残量、残り一日。
「な、なぜだ、ガハ!何故、こうも、ガハガハ!き、救助が、ガハガハガハ!!来ないのだ!…ハァハァハァ。くそ!愚民どもめ。私の価値が、分からないのか!…いや、まて。私は既に救出され、もはやアーガマの館内に居るのではないか?いや、そうに違いない。くそ!まさか私の減給の話を気にしているのか!…ええい、背に腹はなんとやらとな。
…………減給の件はなしだ!ボーナスを支給しよう。もちろん私のポケットマネーで支払う。エゥーゴの給与とは別にな!諸君らの言い値で払うと私は誓おう!………………
シャアは焦っていた。余りにも変化の無さすぎる現状に。もしや本当に自分を助ける気がないのではと。
くそ!あれから五分。何も変わらんではないか!何故だ!は、そうか!
「アムロめ。ブライトに入知恵したな。くそ!そこまでして私が救助を媚びる姿が見たいか!いいだろう!私はたとえ死んだとしても、そんなことを媚びるつもりはない。何故なら私は、ゲホゲホ!これからのエゥーゴをゲホゲホ!地球の未来をゲホゲホ!率いるゴホッゴホッコボ!!
激しい咳こみをして、シャアは漸く正気に戻る。喋ることの体力消費の激しさを再認識し、声に出さずに考える。
そうだ。私としたことが、みっともない真似を!いくらなんでもブライトとはいえそんな真似はせんだろう。曲がりなりにも私は長官だ。上司なのだ。戦後のとりわけややこしいこの時期に、そんなくだらんことなど気にする暇もないはずだ。それに、回収されていたら私自身も何かを感じていたはずだ。ニュータイプ能力は本人が著しく危険な状態である時ほど発揮するというデータもあるしな。私自身としても実感している。
ならばまだ救出されていないのか。ち、待つしかない。だが私は媚びないぞ。救出の瞬間は、優雅に笑っていてやる。ふむ、いつ救出されるかもわからんな。笑った表情のまま寝てお、く、と、する、…ガク
もはやみっともない姿どころではないものを見せているのだが、特に気にしなかったシャアは顔に笑みを浮かべて寝た。いや、やややつれて髪もかなりボサボサして、引きつった笑みを浮かべて気絶した。優雅さなど微塵も感じない物であった。しかし普通の人間と比べてかなりマシなものであった。流石というべきだろう。しかし悲しいかな、依然として状況は変わりもしなかった。
バッテリー残量、残り2時間。
シャアはノーマルスーツの磁力によってシートに縛り付けられるようにして力無く座っている。顔には笑みなど微塵も感じられない。ただ疲労のみと。しかし絶望の色は見えなかった。
ここまで、来ないとはな。流石の、私も、限界か。いや、どのみちあと2時間、いや、スーツのバッテリーと、内臓のエアーを、考えると、5時間か…くそ!このままでは!…
これは、これだけ、は、したくなか、たが、
しか、し、もう、手はない。か、カミーユなら、私に、気づいてくれる、はずだ、アムロ、でも、いい。運が悪ければ、は、ハマーンか、
シャアは自身のニュータイプのプレッシャーによって同じニュータイプであるカミーユやアムロに呼び掛けを行うつもりだった。もっと早くから出来たのにもかかわらずしなかったのは、シャア自身のプライドもさることながら、同じニュータイプであるハマーンにも届くかもしれなかったからである。ハマーンはシャアにジオンに戻るように執拗に求めていた。それは父、マハラジャ カーンの急死により僅か16より指導者として祭り上げられたことの不安か、はたまた恋心か。気丈な彼女が心の奥底に抱えていたものがなんだったのかはわからない。
も、もう、ハ、ハマーンでも、かまわん。ララァよ、私に、手を、貸してくれ、
「ぬ、ぬぉぉお!
目を閉じたまま、歯をくいしばって思念を宇宙へとおくる。側から見れば、死の直前の絶叫のようにも聞こえる。
カミーユ!聞こえているか!頼む!私を、たすけてくれ!カミーユ!!
……さい……た………すか……
カミーユ!!
感じる!感じるぞ!耳障りなノイズのように小さいが、感じるぞ!ふ、はっはっは!やはり私のニュータイプ能力もなかなかのものだったな!いや、ララァのおかげだな。いや、そんなことを考えている暇はない!早く救助に来てもらわねば!
カミーユ!聞こえているだろう。私はここだ!早く救助に、
うるさいなぁ、
な、なんだと!
私はため息をつく。…そこまで嫌われていたか。たしかに私は粛清などと言われ殴られたりしたが、少なくとも私から暴力は振るったことはなかったはず…いや、そんなことを言っている場合ではない!事態は刻一刻を争うのだ!
カミーユ!過去のことはどうでもいい、早く私を
うるさいなぁ、誰なんだこの声は?
な!?だ、誰だと!上司の顔を忘れたのか?!私はクワトロ大尉だ!忘れたのか?
くわとろたいい?誰なんだろう、でも、懐かしい響きがする。
な、何を言っているんだ!カミーユ!早く、私を
うるさいなぁ。それより、なんて綺麗な景色なんだろう。
ええい、いい加減にしろ!カミーユ!私は今刻一刻を争う
パァーッて、花火みたいな光も綺麗だったけど、こうやって、満点の星空を見るのも、綺麗だな。時々彗星の尾も見えるし。本当に綺麗だなぁ、こんな部屋から出て、早く外で見たいなぁ。とっても、とっても、気持ち良さそうだ。ああ、早く出てみたいなぁ。
か、カミーユ………
私は絶句した。思考のそれは、明らかに普段の彼のそれではない。PTSDの類で、精神が崩壊してしまったのだろうか。くそ、こんな状態のカミーユに救助を頼むのは無理だ!
ええい、カミーユ!ともかく今の私の居場所を、ブライトに伝えるのだ!ファでもいい!だから早く
ぶらいと?その名前も、なんだか懐かしいな。ふぁ?なんだか、とても心がポカポカするような。
いいから私の位置を伝えるんだ!カミーユ!でなければ、私は
ははは!なんだか楽しい感じだな。こんな感じは久しぶりだなぁ 。なんだか、ねむく、なって、
か、カミーユ!まて!せめて!私の居場所を!
おやすみなさい。あむろさん。
なぜよりにも寄ってその名で呼んだんだカミーユ!嫌味のつもりか!クワトロ大尉だと言っただろうに!っとまて、カミーユ!寝るな!
くわ…とろ…たい…い…?…
カミーユ!!カミーーーーーユーーーー!!
くだらない事を言っている間に、カミーユの意識は再び沈んだ。戦いに疲れた彼は、自身の精神という繭へと潜っていく。果たして、自分自身でしか抜け出せない繭から、彼は抜け出せるのだろうか。
しかし今のシャアにはそんな事、微塵も考える余裕はない。
「か、かみー…ガハ!!
最後の力を振り切っていたシャアは気絶した。いくらシャアでも、極限状況においての精神波に耐え切れなかったのだ。
バッテリ残量、ゼロ
寒さを感じてシャアは目を薄く開ける。
生命維持装置の、バッテリーが、尽きたか。温度、調節機能が、切れて、しばらく経った、ようだな。空気の、循環も、なくなった。スーツの、つけなければ、な、ふっ、本当に、やきが、まわった、ものだな、ふ、はは、は
のろのろと腕を動かし、手首にあるスイッチをなぞる。ブン!という音とともに少しずつ体が温まる。スーツの体温調節が働いたのだ。声に出さずに、シャアは自嘲するように笑った。もう、シャアを動かすものは何もなかった。絶望が、おそう。
「ラ、ララァの、と、ところへ、逝くのか、私は。ララァ、私を、みちび、いて、くれ…
あれだけアムロに言っておきながら、結局自分も言うことになったセリフを吐いて、シャアの意識は沈む。深く、ふかく、フカク、ふかくふかくふかく。
シャアは目覚めた。自身が、スーツの暖かさとは別の暖かさに包まれて。目を開けると、自身はノーマルスーツでなく私服のまま、宇宙空間のような、瞬く星の流れの川に、浮かんでいた。輝く星星の流れは、人の生命の輝きのようであり、それがまさに、流れる人生のように、ながれ、向かうべき場所へと向かっているようだった。その流れに逆らうかのように、シャアは漂っていた。
こ、これは、ふ、どうやら本当に、ララァのもとへ来たようだな。アムロ、私はララァと過ごしながら、貴様がエゥーゴにこき使われながら、すり減って死ぬザマをここから高みの見物とさせてもらおう。ふ、いい気味だな、はっはっは!!
…大佐…
ら、ララァ!!
そんな美しいという言葉では表しきれない場所に居ながら、シャアはなかなか下衆なことを考えていた。まあ、今まであんな状態で、かつ、ララァに逢えるという喜びの所為であろう。ララァの声が聞こえて、シャアの目の前に光が凝縮しはじめる。そして一際大きくなったのち、光がひき、ララァがそこにいた。天女の羽衣のように、いつも彼女が着ていたワンピースをはためかせて、光の川を泳ぐように漂っている。シャアにとって、彼女は自分を迎えに来た天使に他ならない。
ララァ!ああ、やはり来てくれた!やはり、私には、ララァしかいない!!この、溢れるような母性、包まれるような母性、やはり、ララァは、わたしの母たる、
大佐…
なんだい、ララァ!
ああ、あの時に戻ったかのようだ!声を掛けられただけだが、ふ、思春期の少年のように舞い上がってしまったな。はっはっは!私にも帰る場所が、ララァが迎えてくれる場所があったのだ!こんなに嬉しいことはない!
シャアは一人でテンションマックスになっていた。ララァの微笑みの温度がだんだん冷たくなっているのにも気付かずに。
大佐、俗な言葉で言わせてもらいますわ。
なんだい!ララァ!私への愛の言葉ならどんな言葉でも構わな
キモい、ですわ。
そうか!そんなに私を愛して……なにぃ!!
私は驚愕した、ララァからの愛の言葉以外何もないと思っていたところに、な、なんと低俗な言葉が、いや、それよりも、ララァがそんな言葉を使うなんて、バカな、ありえない、まさかアムロ!貴様、余計な言葉をララァに教えたのか!ええい、今からでも間に合う!ララァの言葉遣いを矯正して
シャアはショックを受けた。ララァがそんな言葉を使ったことに対して。しかしそれよりも気づくべきことがあったのだ。誰に対してなのかということを、である。
大佐?何を考えていらっしゃるのですか?
………ちなみにいうと、これは精神波においての対話であり、思念体であるララァはシャアの考えなど読めていた、が、あえて声に出して聞いていた。彼女もなかなかな女ということだろう。
ら、ララァ!何があったかは知らないがそんな言葉を
大佐、これはそういう話ではありませんよ。私はさっきな言葉を、誰に対して使いましたか?
ん?それは…
ここにいるのは私とララァだけ。つまりララァが伝える相手は対峙している私ということになるが。はっはっは!そんな訳があるまい。私のどこが、ここまでに見事なルックス、才能、八方美人、どこをとっても完璧な私にキモいなどという低俗な言葉が当てはまる訳があるまい。…すると、誰だ?今私しか、は!そうか!わかったぞ!
はっはっは!!ララァもなかなか言うようになったのだな!そうか、普段から奴はララァに泣き付いていたのか。くそ!なんと羨ましい!たしかに奴の方が優れてはいたが、今なら互角のはず…おっと、話が逸れた。私が他人を妬むなどと、すまない、ララァ。奴のことになるとすぐ頭が
アムロのことではありませんわ。大佐。それにアムロは泣き付いたりなどしてはいませんわ。それは大佐の願望ではなくて?
はっはっは!ララァには何でもお見通しだなっと、なに!アムロではないのか!で、では、誰なのだ、まさか、か、カミーユか?まさかハマーンではないだろうな!危険だぞ、ララァ!私とならいいが、ほかの連中だと危険が
私としては大佐の方が危険な気がしますけどね。
な、何、ナニ、なに、を、ラ、ララァ?
ふふ、少しからかい過ぎましたね。あまり時間もありませんし。
そう上品に笑いながら話す。ララァの微笑みは美しい、が、この時ばかりは私でも額から汗が流れるのを感じた。いや、精神世界において汗など、く、な、何故だ、今のララァに、母性が、感じられない!?こ、この、まとわりつくようなプレッシャーは、な、なんだ!?ま、まさか、いや、そんなはずはない。そんな筈が
大佐の想像通りですよ。私は、あ な た に
キモい と、言ったんですよ。
があぁぁぁぁぁ!?
シャアは絶叫した。顔は、ゼータに突撃された時のシロッコのような顔だ。
な、な、ななな
大佐、いつまで私を求めているのですか。もう何年経っているではありませんか。いつもサングラスで顔を隠して他人と自分は違うという感じを出しておきながら、いつまでも女々しいことを言っているなんて、私の知っている大佐ではありません。それに私を母などと…これをキモいと言わずしてなんと言うのでありましょうか。
が、ががが、そ、それは
貴方にはきちんとした母がいたでしょう。愛していた母が。その方に失礼です。
母、アストライア レム ダイクン。ああ、たしかにあの人は私の母だ。しかし、成長したからこそ、感じる母性もある。そうだ、そうだとも!
確かに私の母は一人だけだ。しかし、歳をとってからこそ感じる母性があるのだ。それを
それを、まだ齢 16の幼い私に求めるとは。大佐、もしかしてろりこんですか?
な!あ、ろ、ろ、ろろろろ、ロリコン、ろりこん、私が、だと、
ロリコン。ロリータコンプレックス。性的な対象が少女であること。くらいはシャアも知っていて、混乱した。
わた、私が、そ、そんな、私がララァを好きだったのは、私がロリコンだったから、そ、そんな、そんな、バカな!?む、ララァが笑っている。はぁ、天使の微笑みだ、いや、違う!あれは馬鹿にしている笑いだ!コンスコンとアムロの戦闘を見ているときにしていた笑いだ!…む、よく考えれば、なにか、は!そうだ!ララァはある種永遠の16歳だが、わたしは歳をとっているではないか!そうだ!ララァと出会った時、わたしも若かったのだ!はっはっは!危なかったな、あわよくば私はララァにロリコンの認定をされてしまうところだった。私はロリコンではない!ロリコンではないぞ!ララァだからこそ、愛したのだ!そうだ!
ララァは薄ら笑いを浮かべている。重ねて言うがここは精神世界に等しく、シャアの考えていることはもれなくララァに伝わっている。そして何より、出会った時はまだしも現在のシャアは29である。かつ、16歳の少女に母性を感じるなどと言っているのだ。そんなことで自分を正当化するシャアを、ララァは笑っていた。
ララァ、私はロリコンではないよ。ララァだからこそ、愛したのだ。わかってくれるだろう、私のララ
ええわかっていますよ、大佐。
な、なぜ最後まで言わせてくれんのだ…いや、わかってくれたか。流石わたしのラ
何故なら大佐は、今まで何人もの女性を抱いてきましたものね。
最後まで言わせて………な、ななな、な、あ、あああ、あ、ああ!?
俗な言葉でいうと、セックスしたんですよね、たくさんの女性と、たーいーさ。ふふ、
シャアはショックで言葉を失った。ララァがそんな下品な言葉を!というのもあったが、それよりも自身の女性関係をララァが知っていたことのショックが大きかった。
そ、そんな、ララァ、君は、純粋な君が、そんな、俗なことを、いや、それより、な、何故知っているんだ!?くそ!なんと言えばいいんだ!こんなことなら、誰かに浮気をした時の謝り方を聞いておけばよかった!しかし誰に聞けばよかったのだ!?アムロか!いや、奴に聞くくらいなら死んだ方がマシだな、それに奴は浮気以前にそんな浮ついた話の一つもできやしないだろうな。ならばカミーユか?いや、年下に聞くのはな、流石にわたしのプライドがな。それに若すぎるから経験すらないだろう。ううむ…
シャアの想像は間違っていた。アムロには直近なら、ベルトーチカとなかなかいい関係でやっているのをシャアは見ていた筈である。カミーユもカミーユで、ファやフォウ、ロザミイとなかば三角関係?のようなものであった…しかしまぁ、この二人がまともな返事を返すことは期待できない気もするので、シャアの判断はあながち間違いではなかった。
ブライトは…どうもな。は!そうだ!ヘンケン艦長だ!奴なら知っていそうだな!彼女を前にして、ふ、君のための練習をしていたのさ、とでも言っていただろうな。…いや、待て!これだ!このセリフだ!これしかない!はっはっは!我ながら素晴らしいセリフだ、ありがとうヘンケン艦長、貴方のことは忘れんよ。
シャアはまた顔面に喜色を浮かべた。
ララァ、確かに私は何人との女性と関係を持ってしまった…しかし、それらは全て、君のための練習だったのだ…私は君を愛しているからこそ、それを
あら、大佐、私は何人との女性と関係を持った事を責めているわけではありませんよ。
そ、そうなのか!なら!
私は関係を持ったにも関わらず、そして、相手が大佐を愛していたにも関わらず、さも知らぬとあっさり捨ててしまったことを責めているのですよ。
グハァァア!!
シャアは何かに殴られたかのように体をくの字に曲げる。ララァのその一言は、シャアの精神のみぞおちにしっかりと叩き込まれた。
ら、ララァを、おもい、こ、これ以上の、関係に、ならない、ために、
まぁ、大佐は、練習のために自分を愛してくれた女性を捨てるのですね。ならば私も捨てることになるのですね。
ララァはそう言って両手で顔を隠し、シクシクと泣き始めた。すぐさまシャアは反論する。
な、何故そうなるんだララァ!?私が、君を捨てるわけが…
大佐は、自分を愛してくれた女性を捨てるのですよね?関係を持ってから。つまり、大佐を愛するわたしも捨てるということなのでしょう?関係を持ったら。すぐに。
ら、ら、あ、
ああ、アムロ、時が見えるわ。
ら、ララァ、あ、アアアーーー!!!!
ララァはさらに泣いて、そう呟いた。呟きだがシャアにはっきりと聞こえるようにして呟いた。確かにシャアは関係を持った女性を何人も捨てていた、いや、別れていたが、ある意味本命であるララァをシャアが捨てるわけもなかった。しかし、ララァに自身が捨てたという事実を指摘され、ましてや私も捨てるのですね、と泣き出したララァ、宿敵の名前の、三種の神器を食らったシャアは気づかなかった。
シャアはボロ雑巾のように倒れ伏した、いや、水死体のように浮かんだ。この姿を見て誰もあのシャアだと気づかないであろう。
もう、ララァにも、見捨てられた。いや、見捨てられて当然だ。私は、それだけのことを、してしまったのだからな。よりによってアムロ、か、いや、アムロの方がララァにふさわしいな。私などよりも…
呆然と、生気をなくしたかのようにシャアは漂っている。……カシャ!
それを見て嘘泣きをやめたララァがクスクスと笑いながらシャアの顔をデジカメで撮っている。…悪女としか言いようがないのだが…
大佐…
ララァがシャアに膝枕をする。顔を愛おしそうに撫でながら語る。
少し、言い過ぎましたね。
ラ、ララァ…
シャアは優しげなララァの表情を眺める。そのシャアの瞳には、ララァを母として見ていたものはなく、ただ単純に、愛する女性に対して向けるものがあった。…少し鼻の下は伸びてはいたが……
あんな言い方をしましたけど、私は今でも大佐を愛していますよ。
ララァ!
だから大佐、1つお願いがあります。
な、なんだい、ララァ。
もう、私を見ないで下さい。
っっっ!!な、何故!?
私とは、過去なのです。過去、過ぎ去ったもの、遺るもの、変わらないもの。それが私ですが、大佐、貴方は未来なのです。私は過去でしか生きられません、が、貴方は未来で生きています。いつまでも私を見ることは、望むことはできないのです。
…ララァ…
だから大佐、私を見ないで下さい。愛さないでとは言っていませんよ。私は貴方の愛を否定しません。何故なら私も、貴方を愛していますから。でも、だからこそ、私は貴方、キャスパルであり、シャアであり、クワトロでもあった貴方には、きちんと過去を捨てて、未来を生きて欲しいのです。憎しみや悲しみという過去を背負って戦う戦場ではなく、未来を。ほら、大佐にも見えるでしょう、人の可能性、時が…
ララァが差し出す手の方には、優しい光が広がっていた。光の川の、流れのもと、眩く、眩むほどに、優しい、光、未来が。そうか、わたしにも、見えるのだな。なんと、なんと、優しい、しかしわたしには眩しすぎる。この光を、自身の過去のために多く奪ってきた、わたしには。
それは違いますわ、大佐。今までの大佐なら、です。
ララァがわたしの正面にまわる。
しかし、ララァ、私には、もう、何を成せば良いのか、わからない、どうすれば、よいのか…
ふふ、簡単ですよ。今度は貴方が、これからの、大佐でもなんでもない、未来を生きる貴方が、それを救えばよいのですよ。
しかし、どうやって!?私を担ぎ上げるものは、所詮、薄汚い野心しか持っていないのだぞ!!
なら、貴方自身が始めたらいかがですか?
な、
誰かに担ぎ上げられる前に、自分だけの力で始めてしまうのです。そうすれば問題ないでしょう?
し、しかし、私に、そんな、ことが、
くす、と優しくララァは笑った。
安心して下さい。貴方に力を貸してくれる人が、すぐにでも現れます。いえ、貴方を導いてくれる人、の方が正しいかもしれませんね。
ララァ…
私とララァの周りの光が、徐々にまぶしくなってゆく。
…時間……なのだな…
はい、大佐。
ララァ。
私はララァの名を呼び、しっかりと肩を抱き、見つめる。
私はこれから、未来を生きる。しっかりと、力強く。もう、振り返ったりはしない。
だからこれは、せめてもの、贈り物だ。
そう言って、私はララァにキスをする。特に情熱的なものではない。優しい、贈り物のように。そして互いに見つめ合い、微笑み合う。
うふ、大佐、キザなところは相変わらずですね。
ふ、素晴らしいと言ってもらいたいな、ララァ。
では素晴らしい大佐はもう、女性を捨てませんね?
ぐ!あ、当たり前だろう!わ、私はもう、そんなことはしない!ララァに誓おう!
ええ、なので私も安心できます。安心して、行って来ます…
…わかった。私も行くとしよう。
シャアはこれまでにないほど清々しい笑みを浮かべている。今までのシャアを知る者から見たら、憑き物が取れたとでもいうだろう。
目には決意と、明日への希望さへ浮かべているのだから。そんな二人の体も、どんどんまぶしくなってゆく。終わりの時は近い。いや、これは終わりではない。シャアとララァ、二人の、始まりなのだ。
ふふ、大佐、こういう時は、いってきます、と、いうのですよ。
ああ、そうだったな。…いってきます、ララァ。そしていってらっしゃい。君も、幸せに…
ええ、行ってらっしゃい、大佐。私が愛した、優しい人…
眩い光で何も見えなくなり、シャアは現実へと、未来へと帰ってきた。
「…ララァ…ありがとう……
シャアは目から涙を流す。しかしそれは、悲しみの塊ではなかった。明日へと、未来へと生きるために、せめてもの、過去に向けた花束だった。いってきますと出ていった過去は、メットの外へと流れて行く。
カシュン、プシュー
流れる涙が止まった時、スーツが外部の酸素濃度の低下を感知して自動でメットが閉まる。まるでそれが、流れ出た過去と自分を乖離しているように、シャアは感じた。そして満足気に眠った。残り時間など毛ほどにもきにせずに。
ララァはゆく、未来へと、その前にもう一人、行かねばならない、自身に対して後悔の念を抱く男のもとへ…