暖かい。ただ、暖かかった。だんだんとそれが強くなっているのを感じる。ノーマルスーツの無機質な暖かさではない。もっと自然に近い、太陽のような。閉じている瞼に光を感じている。どういうことだ?開かないコックピットにこのような光など届かない筈だが…
私は自分がまさか救助されたとは思っていなかったためそんな事を考えていた。そして、私はようやく目覚めた。目が覚めてぼんやりとしたまま、天井を眺める。知らない天井だ、だが、白を基調とした落ち着いた色合い、ここはおそらく、病室、か。そこまで考えた時、目の前に少し白髪の混じった老人が、覗き込むようにこちらを見てきた。私が意識のあることに気付き、目を丸くしている。
「キャ、キャスバル様!!お目覚めになりしたか!!ああ、よかった!
「あ、…ああ、…
「ああ、本当に、私は感無量でございますぞ!あ、失礼しました。貴方様の前でこのような真似を、ともかくすぐに医者を呼んで参ります。どうかそれまでお待ちを!
ドタドタと慌ただしく老人が病室から出て行く。見かけによらず元気な老人だなと、失礼な事を思った。私はぼんやりと窓の外を眺めながら医者を待っていた。暖かい陽気に包まれた街が見える。コロニー外壁の、河と呼ばれているミラーが見えるから、何処かのコロニーなのだろうか、と考えていた。これから私は、どうして行けばいいだろうかということも、含めて。
ガラっと、ドアが開く音がして見てみると、先ほどの老人が白衣を着た私と同い年くらいの白衣を着た聡明な青年の首根っこを掴んで入ってきた。おそらく彼が医者なのだろう。…それにしても、なかなか元気な老人なのだな…
「ああ!キャスバル様!連れて来ましたぞ!さあ、診察を受けてくだされ!不出来な息子ですが、医者としての腕はピカイチですので!ささ!
「っ、ゲホゲホ!ったく、親父は荒っぽいんだよ、連れてくるだけに、ふぅ。おれはもうガキじゃないんだから、首根っこ掴むのは勘弁してくれ、親父。
「馬鹿もん!キャスバル様がようやく目覚めたのだぞ!急がんお前が悪い!
「だからって病院の廊下は走ってはいけないだろ!
「ここはVIP専用で、いまはキャスバル様以外におらんではないか!
「そういう問題じゃ、っと、こんな事をしている場合じゃないな。キャスバル様も呆れてるぜ。
「そうじゃ!早く診察を!
「急かさないでくれ、それじゃキャスバル様、軽くチェックを行います。こちらからの質問にも出来るだけ答えてください。
「あ、ああ。
老人と青年、いや、話からすると息子か、ともかく二人は当人を放っておいたまま、言い合いを始める。少し言い合ったのち、息子の顔が医者としてのそれに変わる。一瞬、私のことはもう忘れてしまったのかと思ってしまったが、杞憂だったようだ。脈を測ったり、聴診器を当てたり、簡単な質疑応答をして、診察は終わった。
「今のところ後遺症などは見られませんね、
まあ、もっと詳しく調べなければ分かりませんが…ともかく暫くは安静に。明日から本格的に検査をします。取り敢えずは親父から聞きたいこともあるでしょうし。うるさい人ですが、まぁ我慢して下さい。なんだかんだでキャスバル様を一番心配していましたから。
「おお、そうであったな!ではまた後でな、
ベール。頑張るのだぞ!
「言われなくともさ。それでは、キャスバル様。
「…ああ、…ありがとう。
医者が出てゆき、私と老人の二人になる。喉の違和感が取れない。余程長く寝ていたからだろうか。そう考えながら喉をさする。
「一週間でございます。
「何?
「発見してから貴女様は一週間ずっと寝ておりました。
「そ、そんなにか、ゲホ!なるほど、それだけ喋ってなければ、ゲホ、ゲホ、こうもなるか、ゲホゲホ!
「ささ!水をどうぞ!なんの特別なものでもありませんがな。
「いや十分だ。ありがとう。く、頂こう。
老人がコップになみなみと水を注ぎ、渡してくれた。長く動かしていなかった手をなんとか動かしてとる。ここまでとはな。まぁ、後遺症がなかっただけましか。ゴクゴクと水を飲む。素晴らしく美味しかった。漂流が始まって早々に切らしてから飲んでいなかった。ああ、生き返るとはこういった感覚か。水の、命の有り難みを実感する。む、いかん。涙が流れてきた。ふふ、こんなことで涙を流すとは、いかんせん私も涙脆くなったものだな。まぁ、あんなことを経験すれば、そうもなるものか。
ただの水が入ったコップを持ったまま涙を流すシャア。以前の彼を知る者なら、こんな姿を想像すらしたことないだろう。それを見て老人は優しく微笑みながらハンカチを差し出す。
「ささ、これでお拭きください。しかし、貴方様もお泣きなさるのですね。
「ありがとう。いや、すまない。みっともない姿を見せてしまったな。ああまで死の淵をのぞくような経験をしたせいで、どうもな。
今までこれを当たり前のように消費していた自分を情けなく思ってしまう。
「いえいえ。みっともないとなど毛頭にも思っていませんよ。貴方のように漂流していた人は、誰しもこのように当たり前のことで涙を流します。貴方様も同じ様に泣かれたことが、私にとって嬉しかったのですよ。命の重みをわかったからこそ、流せる涙なのですから。特に貴方様の場合は、特に。
「…そうだな。だから、私は涙を取り戻せたのだろうな。
私は自分で言ったその言葉を深く噛みしめる。長く仮面を被り続けていた自分が、何処かへと消え去るような感覚がした。
老人が、私のベッドの側へと椅子を寄せて、座る。しっかりと私をみて、話す。
「さて、本題に入りましょうか。…私が何者なのか、何故貴方を助けたのか、…どれからお話しいたしましょうか?
「…そうだな、全部話してほしい。ともかく貴方が何者かを教えて欲しい。見たところここはエゥーゴ旗下、ましてやジオンの施設ではないようだが?
とはまぁ私をキャスバル レム ダイクンと知っていることから、あらかた見当はついているがな。笑みをたたえながら私は尋ねる。
「そうでしたね。まずここは、私の団体が所有している病院のVIP専用部屋です。そして私は、連邦でもジオンでもありません。貴方様をお救いしたのは私がスデオのトップとして当然なことをしたまでです。
「スデオ…たしか、宇宙漂流者の救助活動を主とした、NGO、だったか…すまない、あまりよくは知らなくてな。
「いえ、大方の認識はそれで十分ですぞ。まぁ、ともかく我々は戦闘が終わってすぐの中域を探索していたら、貴方様を見つけたのです。いや~それはそれは、本当に偶然でしてな。全く、神の思し召しとしか、思えませんでした。捜索に出る前にしっかりとお祈りをしてから出港したのですが、その前から少し少し、いいことが起こりましてな、まず出港直前に淹れた茶に茶柱が…くどくど
…老人とは、多弁なものだ。しかしなかなか面白く、聞いていて飽きなかった。まぁ、大まかにまとめると、こうだ。
私が漂流していた宙域一体を、戦闘終了後直後から掃海していた老人が、いや、なぜか話の途中で爺やと読んでくれと言われたので、爺やと呼ぶことにする。私からしたらまだ爺という年齢には見えんのだが…ともかく、爺やは私を見つけた。私の百式は、上体部のみ、両腕、頭部損失で、煤くれていてほとんど金色の塗装は剥がれていた。コックピット部には大きな艦壁の破片が刺さっていたらしい。私が脱出できなかった原因はそれだったようだ。普通の掃海屋なら、コックピット部の破片など放っておいて、またすぐにでも他の機体を、戦争の、戦いの残骸や残滓であるお宝を集めようと出発し、気にも留めないだろう。掃海屋は、大企業や連邦政府に雇われた、戦後処理のためにスペースデブリ、宇宙ゴミを回収するのが仕事だ。しかし当然だが回収するだけでは儲からない。なので回収したものの大半はコロニーの修理屋やジャンク屋へと売りさばき、価値のあるもの、モビルスーツやその部品、パイロットなどは雇い主である大企業や連邦政府、果てはジオンの残党軍とまでと、取引していた。今のブラックマーケットに流れているものの大半は、彼らのような雇われの掃海屋から流れてきたものであろう。しかし、助かった1番の要因は、爺やがただの掃海屋ではなかったことだった。爺や達は人命救助を第一に考えてデブリを回収する、宇宙漂流者究極救済団体.space drifters exaid organization 通称、スデオ
に所属していた。デブリを回収するのはほかの掃海屋と一緒だが、彼らは人命救助が最優先だ。金になるならない関係なしに、漂流者がいそうな脱出ポッドやモビルスーツ、果てはモビルアーマーまで、大型艦のような回収できないものは内部調査を行ったりもするそうだ。発見した人がすでに無くなっていたら、軍籍問わずに所属する軍や家族に遺体を届ける。生きていたら治療を施し、軍に戻るか、我々とともに働くかを聞く。恩を感じるものも少なくなく、4割ほどはスデオに所属して働くそうだ。その説明の時、爺やは少し言いにくそうな顔をしていた。まぁ分からんでもない。あのような状況から救ってくれたら断らないこともないだろう。ともかく彼らは生存者など居なさそうなほどに損傷した機体を前にしてもやる気をなくしたりなどしなかった。慣れた手つきでデブリを除いて、ハッチをこじ開けたそうだ。しかし、彼らも驚いただろうな。ダカールで議会を乗っ取ってまで演説をした男が、こんなところから出てきたのだからな。すぐさま少し離れたところで監督していた艦長である爺やを呼び出したらしい。爺やは私の顔をみてから、騒ぎ出すスタッフに向けて、このことは他言無用だ、それより早く緊急治療室へ運べ と、的確な指示を出してくれたそうだ。これは後で聞いたのだがあと1分でも治療が遅ければ、私は酸素欠乏症で一生植物人間だったそうだ。本当に爺やがいてくれて助かった。応急処置を終えたあと、すぐさま艦を近隣のコロニーに帰港させ、爺やと縁のある病院に秘密裏にわたしを入院させた。
「…なるほど、それで今に至るというわけか。…
「左様でございます。
「しかし引っかかるな。何故私をエゥーゴなりジオンなりにと引き渡さなかったのだ?多少なりとも報酬が得られたろうに、いや、スデオに所属していてもわたしのような軍の高官はすぐさま引き渡す義務があるのではないのか?それに、いくら治療目的とは言え私を匿うのは危険なはずだ。迷惑なら
自分を高官と言ってしまった時は、少し苦笑いをしてしまったな。いや、一応自覚してもいいはずだがな。ともかく、面倒をかけるようならこちらから出て行こう。なに、自分の足が動けるのならどうとでもなるさ。
「安心して下さい。貴方がここにいることは誰にも知られておりません。
「しかし、救助隊は爺やだけでは
「ああ、その点は問題ありませんよ。何せ、我らの団員は全員訳ありですから。
「…なるほどな。
彼らの団員は全員がほぼ私のように救助された人間だ。いくら軍が捜索していなくとも、一応はMIA、戦闘時行方不明として登録はされている。恐らく軍に報告せずにこの団に所属しているのだろうな。…まぁ軍に報告したら連れ戻されてしまうだけだろうしな、あんな経験をしてまで軍に戻りたいという奴は正気ではないだろう。現に私だって戻ろうとは思わない。…いや、アムロやアストナージには一言言ってやりたいな、それに減給のことも…ともかく、爺やが言っているのはこういうことだろう。それなら心配は無用か。
「それに、…ああ、言いにくいのですが。その…
「構わない。言ってくれ。もうどんなことを言われてもショックなど受け
「貴方様の捜索願は、実は出ていないのです。
「ない、な、何!?……いや、当然か…
「はい、恐らくは…そういうことでしょう。
私は少しの間ショックで固まった、が、すぐさま回転し始めた私の頭脳がそれは当然だとはじき出した。…ジオン出身の、ましてやダイクンの長男たる私が、曲がりなりにも連邦のトップなど、利己的な俗物どもが黙ってなどいないか。奴らにとって、私の行方不明は願っても無い出来事だったろうな。…つまり私は既に戦死認定されているくらいか。それはわからんが、ともかくノコノコと連邦に出向いたら、私は治療の名の下に抹殺されるだろうな。…ち、減給の件は諦めるか…
爺や曰く、軍の高官を救助したら、一旦は軍に知らせる前に本人に戻る意思があるかどうか確認をしているそうだ。なるほど、だから私もこのVIP専用のところへと運ばれたのか。…しかし、まだ腑に落ちないな。
「何故私をキャスバルの名で呼ぶのだ?いや、名が知られているのは自覚しているが…
「それは、私が、旧ダイクン派の一員だったからですよ、キャスバル様。
「ではやはり貴方はジオンの
「いえいえ、何度も言っていますが私はスデオのトップ、ジオンとは全く関係ありませんよ。…少し、私の話をして構いませんか?老人の、たわいない昔話ですがな。
「…ああ、頼む。是非とも聞きたい。
ダイクン派と聞いて私は目を細める。…今の私はジオンに戻る気などないからな。しかし、そんな目を見て爺やは慌てた。ジオンではないらしいが…ともかく、話を聞こう。
「…ええと、どこから話ましょうかね。ああ、そういえば名乗っておりませんでしたな。申し訳ございません。なにぶん、貴方様が回復なされて嬉しかったもので…ああ、話が逸れましたな。私はキャシー レオドルトと言います。今はスデオを率いていますが、若い頃はコロニー間航海士、まぁいわゆる宇宙飛行士として、コロニー開発に関わっていました。今はただの老人ですが、当時の私はなかなか、イケメンで、腕が良くて、人気がございました。ああ、あの頃はまだシワが…また逸れましたな。いや、どうも口が滑ってしまう。ともかく、宇宙飛行士として成功した私はなかなか資産が多くなっていましたな。投資もうまくいっていて、宇宙飛行士引退後に、家族とゆっくり暮らそうとサイド3へ向かいました。そこでたまたま、ダイクン派に入らないかと言われまして…断る理由もないので入りました。貴方様のこともそれとなく知っておりました。その何年か後に、ダイクン様が亡くなりました。私はザビ家に操られてダイクン派狩りに出た人々が怖くて、家族を連れてサイド6へ逃げました。…うう…あの時は、本当に、申し訳ございませんでした。幼い息子や妻に、何かあったらと、しかし、貴方様も、まだ、幼かったのに、私は…
いきなり爺やが泣き出した。顔に手をあてて。流石の私も焦ってしまった。よもや、そこまでしかダイクン派に関わっていないのにも関わらず、そこまで情を感じてくれるとは思わなかった。…あの時の私は、ラル家しか助けてくれないのかと、内心怒りでいっぱいだったが、こんな人もいたのだな。
「あ、いや、そこまで気を病まないでほしい。幼いとはいえ私もその時からダイクンの子としての自覚はあった。それにまだアルテイシアも、母も、居たからな…ともかく私は大丈夫だ。それに、貴方に助けられたからこそ、ここにいる。ふふ、万全とは言い難いがな。
私はベッドから手を伸ばして、老人の肩に手を添える。震える手で肩を持つ姿は自分で見てて滑稽だった。まぁ事実、万全ではないからな。
「ああ、ありがとうございます。いやはや、なんともまぁ、恩返しができた思いでございます。貴方様にそう言っていただけると、この事業を始めて良かったと、改めて感じましたぞ。
しかしどうしてこの事業を?言い方が、あれなのだが、その、あまり儲けのいいものではないと思うのだが、その、助けられた私が言うのもなんだが…
「はははは!気を使わなくて結構ですぞ!はっきり言うと、この事業はほとんど自転車操業に近いですな。現に団員の給与は時々私の財産を切り崩して支払っていますし。ま、団員は私を含め、200人余りしかいないので、そこまで苦しいものではないのですがな。皆もよく文句も言わずに働いてくれているものですわ。ま、私もその内の一人ですが。ガハハハ!
「そ、そうなのか、
…爺やは喜怒哀楽が激しいな。しかしこの明るさと優しさがあるからこそ、皆辞めないのだろうな。
「しかし、何故始めようと?聞くのは失礼かもしれないが、教えて欲しい。頼む。
「はっはっは!貴方様はお優しい方ですね。もっと遠慮せずに聞いてもよろしいのに。まぁ、きっかけは、私の妻ですかね。
「妻…
「サイド6は知っての通りすぐに中立を宣言したので安全に暮らせました。まぁ私はじっとしてるのが苦手だったので、ザビ派に奪われた分の財産を増やそうと、コロニー公社のランチの運転手をやっておりました。そしてたまたまグラナダまで行くことになりまして。その時はもう戦争も終盤に近かったので、妻を残して息子と二人でグラナダへと向かいました。息子はその頃医者もどきのようなもので、グラナダの医療機関で修行のようなものを受けるから、ついでに乗せていたんです。しかし、それが甘かったのです。グラナダに着いた時、中立であるサイド6にジオンの特殊部隊が潜入し、連邦と戦闘状態に陥ったというニュースを見ました。わたしは肝が冷えました。すぐさまサイド6に帰ろうとしてのですが、その時、タイミング悪く、ジオン和平派の先遣隊が到着するとなって、港は騒がしく、なかなか出発できなかったのです。なんとか許可が下りたのは、そのニュースを見た数日後。詳しくは分かりませんでした。機密保持だとか何とかで。私と息子は不安でいっぱいでした。コロニーにつき、すぐさま家に向かいました。幸い家は無事でしたが、妻はどこにもいませんでした。近所の人から話を聞いて、最後に見かけたのは繁華街のデパートの前だとわかり、そこへ向かいました。そこは何もありませんでした。一面黒焦げでした。まるい大きな穴が開いていて、灰色のいかにも急ごしらえな壁が見えていました。ちょうど、デパートだったものの残骸の前の道路だけがそうなっていました。交通を整理している警官に話を聞くと、どうやらここに連邦のモビルスーツが落ちてきて、爆散したと。あまりの衝撃に、ここだけコロニーの外壁まで貫く穴が開いたと。幸い小規模なため、すぐに自動修復装置が働いて穴は閉じたそうです。しかし、私はピンときました。恐らく、妻はその時に、宇宙へと放り出されたのだろうと。家に戻ると妻の手帳には、私と息子の帰還祝いのプレゼント購入、との文字が、爆発があった日の時間帯に記入されてありました。私はもう呆然として、動けませんでした。こうも簡単に、数日前までは普通に笑っていた、妻が、なにも残すものなく、前触れもなく消えたのですから。しかし息子は泣きながら私の胸ぐらを掴み上げて、母さんを探しに行こう、と私に言いました。なにを言ってるんだ、と言おうとしたのですが、息子の目は真剣そのものでした。
ひとりぼっちにしては、可哀想だ。私は息子の言葉に震えました。無言で頷いて、すぐに乗ってきたランチに乗って宇宙へ出ました。
はっきり言って、無謀の他何でもないですね。どこへ行ったのか、手がかりさえもないのに探し出すなんて。しかし私と息子は絶対に探すことを諦めませんでした。いや、他に考えたくなかったからかもしれませんね。見つからなくて、時間だけが過ぎて、二日たった頃、話を聞いた周囲のジャンク屋やコロニー公社の同僚が手伝ってくれるようになりました。同僚は仕事をサボりたいからだとか、ジャンク屋はあんたが金持ちだからとか言っていましたが、私は本当に嬉しかったのです。そんな言葉とは裏腹に、彼らはプロの所業で探し続けてくれましたから。そして三日目に、漸く見つかりました。直近で爆風を受けたのでしょう、煤かけていましたが、顔を見てすぐにわかりました。船に収容して、体を拭いてやろうと妻をよく見ると、何かの袋を抱いていました。まさかと思って息子と二人で袋の中を見ると、中には私たちへのプレゼントのハンカチが入っていました。きちんとイニシャルがされていました。2つともチェック柄の、赤と青。私と息子の好きな色でした。そして手紙がありました。息子へは医者として人を救え!と、私へは仕事を頑張るのはいいがもう少し休め!と。快活な妻らしい文章でした。二人とも堰を切ったように、一時間近く泣きました。今でも大事に使っていますよ。大切な、思い出ですからね。その後、なんとか立ち直って、同じように泣いてくれた同僚やジャンク屋に礼を言って、無理やりお金を渡して家に帰りました。葬儀を終えて一週間後、息子は、グラナダへと渡りました。人を救ってくる。と、笑って私に言ってからいきました。そしてふと気がついたのです。普通の人は私のようなことが起きても泣き寝入りするしかないのでは、と。当時は、私のように専用のランチを持っている人など
ほとんど居ませんでしたからね。また、こんな捜索をしてくれるようなサービスはどこにもないんだと。そのために今も、宇宙を彷徨い続けている人が大勢いるのだと。そして私は決意しました。そのような人々を家族の元へと戻す事業を始めようと。しかし一人ではできないので、捜索に協力してくれたジャンク屋と同僚にどうしたらいいか相談すると、なんと自分たちも入れてくれと言ってくれたのです。話を聞くと、彼らも家族を一年戦争初期に、私と同じような出来事で無くしたそうで、軍や政府に掛け合っても全くもって動いてはくれず、そのままあきらめてしまったと。もう昔のことだとほとんど忘れていたが、私の諦めずに探す姿を見て思い出し、感動すると同時に、後悔の念が湧いたそうです。まさか自分から探しに出るという考えが、当時はなかったのでしょう。ともかく、自身の罪滅ぼしのために、あわよくば家族を見つけるためにも、自分たちを仲間に入れてくれと。今思い出せば少し恥ずかしいのですが、いい年した大人たちが10人ほど泣きながら堅く手を握りました。とまぁ、そんなことからスデオの前進が始まりました。最初はそんな感じで、休みの日だけ何時間か行うくらいでした。皆んな仕事がありましたからね。それも人命救助でなくジャンク集めのついでという体でした。実際集めたジャンクはジャンク屋のやつが売っていました。時々回収する遺体を特定して、家族の元へと返す。そんなことを繰り返していました。五年も経つと、状況は大きく変わりました。段々と企業やコロニー公社が支援をしてくれるようになりました。なんでもデブリが減ってコロニー間を行き交う船の損傷率が下がったとか、遺体の回収の事とかを地元の新聞が報道したらしく、私達は一躍人気者になりました。他のコロニーにも来てくれと要請がかかることも増えました。まぁ、ていのいい掃除屋程度にしか、思われていなかったと思いますがね…
ともかく出動の頻度がどんどん増えて、団員も増え始めて、休みの日だけとは言い難くなりました。初期メンバーで話し合って、この勢いに乗ってもっと事業を拡大していくことになりました。資金も遺体を届けた先が資産家なら、なかなかな額をカンパしてくれたりしましたからね。船もランチから連邦がただ同然でくれたコロンブス級巡洋艦に変わりました。まぁ、楽しくやってました。騒がしい連中ですが、わたしもそんな雰囲気が好きだったんです。言い方はあれですが、私達が発見するのは遺体ばかりで、急を要するものなんかほとんどありませんでした。生存者を助けることなどなかったですからな。しかし二、三年ほど前から、緊急脱出ポッドを発見するようになりました。一年戦争の頃にはなかったモビルスーツへの脱出機構搭載の必須化が始まったのがその頃らしいですね。まぁでも、その時の私達の中に軍人は居ませんでしたので、本当になんなのかわかりませんでした。私なんか、UFOに違いないと言い切って、ポッドについているエンブレムを拡大して見せさせられて笑われました。全くあの時ほど恥ずかしかったことはありませんわ!はっはっは!おっと、またそれました。ともかく回収して調べると緊急脱出用ポッドとわかって私達は大慌て。何とかハッチを開け、中にいたパイロットを引きずり出して、大急ぎでコロンブス級に積んである高速艇でコロニーの病院へと運びましたね。助けたパイロットは一命を取り留めましたが、極度の閉所恐怖症になってしまいましてな。もうパイロットとしてはやっていけないと自覚して呆然としてましてな。まだまだ若く、体格のいい青年なのに、もったいないと思いましてな。それならばうちで働くかい?と半分冗談でわたしが言ったら、とんでもなく真面目な顔で頷いたんですよ。恩返しもしたいし、ティターンズにはもう戻りたくないし、ちょうどいいと。そのかわり軍には伝えないでくれと。まぁ、一人くらいはいいかと、その時は思っていました。しかし、その日を境にポッドがわんさかわんさか、見つかるようになりました。しかも毎日。ニュースでは、ティターンズとエゥーゴの戦争か?と、流れていたのがその頃でしたね。ともかくですね。私達は本当に忙しくて大変でした。今までと違って、ポッドは命の塊ですから。それに時間との勝負でもあります。助けられなかった命もありますが、悔やんでいる暇はありませんでした。しかし不思議な事にですな。始めの方は、助けたパイロット達の7割が軍に戻ると言って戻ったのですが、段々と戻る奴が減ってゆきました。遂には助けたパイロット全員が、私達と働きたいとまで言ってきたのです。しかも、エゥーゴやティターンズ、果てはジオン残党やネオ・ジオンまで。階級も関係なくなりましたね。今ではうちに、二等兵から中佐までいますよ、まぁ、元ですがね。一度救助したことのある奴まで現れて、彼らなんてハッチを開けてそうそうに自分を雇ってくれと、自分から言い出して来たんです。流石に私達もおかしいと思って聞いてみると、何と彼ら全員笑いながら、軍が嫌になって逃げ出したかったから、わざとやられたんだと申し上げてきましてな。私達は一通り笑ってから、暖かく迎えてやりました。彼らの笑いには恐怖が混じってましたからな。嫌になったのでしょう。モビルスーツという棺桶に入りながら、手に血のつかない人殺しをする、戦争が。私達も軍には勿論生存の報告はしませんでした。代わりに本人達の、わざと血をつけたメットや階級章、ドッグタグを送って死亡報告はしましたけどね。そうしなければ意味がありませんから。彼らの多くは家族への仕送りのために軍に入ったものがほとんどです。しかし、戦いが嫌になったからと言って脱走すると、捕まる可能性もさることながら、家族への仕送りができなくなりますからな。そんな時に、私達の事が伝わったそうです。おそらく、私達に回収されてから軍に戻った奴が考えて広めたのでしょうな。スデオに回収されたら、そこで働ける。しかも死亡報告をして貰えば、家族へ多額の死亡給付金が支払われる。自分は働いた金で、家族をそこへ呼べばいい。 というふうに、まぁ一種の亡命ですな。エゥーゴとティターンズの、最近ではグリプス戦役と呼ばれておりますな。中盤あたりから精神に限界がきたパイロットがたくさんこの方法で私達のところへ亡命、いや、救助されにきました。自作自演でやられた奴や、あまり損傷しなかったので隠してきたが、金になるから取りに行こうと言って自分の機体を回収する奴まで現れて、もう笑うしかありませんでしたが、私達は嬉しい限りでした。救助された彼らは皆、以前と比べようがないほど元気になりましたしな。若い連中も増えて騒がしいですが、私のような年寄りからすれば、嬉しくて仕方がないのですわ。
彼らを本来の、平和な世界でならこうであった姿に戻す事が出来たのですから。しかしなんとも可笑しいものでした。回収するたびに団員が増えるので、どんどん回収効率が上がって、ジャンクを売る方の収益がどんどん増えましたからな。ま、その分雇う人数も増えたので、どっこいどっこいですわ!はっはっは!今では適材適所で、皆働いていますよ。
パイロットでもとりわけ上手いものは回収班。ポッドは精密機械のようなものですからな。元特殊部隊出身や狙撃が得意な者は強制鎮圧班。ポッドだけでなく、半壊したモビルスーツごと漂流している場合、残っている武装で私達を攻撃する可能性もありますからな。まぁ、大半は錯乱しているので呼びかけても無駄なので、遠距離から武装だけを破壊するのです。彼らはすごい腕ですからな、殺さずに安全なのですよ、いつも頼りにしてる連中ですわ。あと、ほかのパイロットは緊急時戦闘班。ポッドをねらう輩がいないわけでもありませんからね。戦前医者だったものや元医学生は治療班。メカニックや元工学生は開発班。彼らには毎日、新しい人を救う発明をしてもらっています。戦争に利用されないのならいくらでもと、毎日徹夜するような連中でな、いい意味で困ってますわ!あと、戦闘がどこで起こったかを調査する、元軍のスパイや元公安など、諜報活動のスペシャリストがいる諜報班。元コックたちの食料班。
戦闘よりも事務が好きな奴には経理班。他にも宣伝班や、最近ではアイドル班なんかも出来ましたな。まぁ、私としてはもう、好きなだけ大きくなって、どんとこい!という具合ですわ!やり甲斐もあるし、なんといっても楽しいですからな!息子には少しやり過ぎだと、呆れられてはおりますが、はっはっは!
ともかくそんな毎日を送っていたら、貴女様を発見した次第でございます。如何ですかな?
爺やが話し終わったとき、部屋には夕日が差し込み、夜の帳が降りかけていた。それだけ時間が経っていたのか…気がつかなかった。それほどまでに、爺やの話は私の想像以上だった。成る程、これだけの過去が、人の思いが、歴史が、優しさが、積み重なって、集まって、道となる。これが、これこそが、未来であり、私の成すべきことなの、だろうか…
「…話してくれて、本当に感謝する。いや、世辞抜きで、いい話だった。だから私も助かったのだろう。こんな、過去に囚われていた、私が。
「過去に?はて、少なくとも、この爺めには、そうは見えませんな。貴女様には今、未来が満ち溢れておられます。
「…どうして、…そのように見えるのだ、
「何故なら今、貴女様が流れているからでございます。
「な…に…そんな…
爺やに言われて気がついた。私は、爺やの話を聞き、泣いていた。あまりにも静かに流れる涙に気がつかなかった。
「過去に囚われているものは、優しい涙は流せないものなのですよ。
「優しい…涙…
「だから、優しい涙を流す貴女様は、今、未来に向かって生きようとしている。私はそう感じましたがな。
「…未来、か、…
優しい涙が頬を伝う。涙で視界がぼやけるが、それはまるで、まだ見ぬ未来の、蜃気楼のように感じた。ぼやけていても感じる暖かさに、また、涙した。
「さて、年寄りが少し話し過ぎましたな。もう寝たほうがよろしいでしょう。明日からまた、診察があるようですからな。貴方様がこれからどうしていくかも、また明日お伺いすることにしましょう。私は貴女様がどのような選択をしようともお支えしますよ。ではまた、明日に。
「…待って欲しい。
爺やが椅子をしまって、部屋から出て行こうとする。しかし、1つだけ、言わなければならない。私の、私自身の決意を、未来を
明日を。
「なんですかな?
爺やは少し驚いた、けれども優しい笑みを浮かべて私を振り返る。
「…1つ、頼みがある。
「ははぁ。どうぞどうぞ、私の出来る限りなら、何なりと。
「…私を、あなたのもとで働かせて欲しい。
「…
一瞬の静寂ののち、爺やは私の言葉に目を丸くして、大声で笑った。爆笑とはこのことかと実感した。
「ハーッハッハッハッ!!はは、ま、まさか、貴女様、まで、ははは!こりゃ傑作ですな!ははは!くくく、くく!
「そ、そこまで笑うことはないだろう!私は、本気なのだぞ!
あまりに笑われ過ぎなものなので、流石に私は少しだけ怒ってしまった。…こちらは頼んでいる側なのに、情けないな。しかし人が本気で頼み込んでいるのに、それを笑うなどと
「ハハハ!おっと、し、失礼、ふふふ、ふう。…いやぁ、どんなことを頼まれるかと思えば、そんなことだったので。くくく、ふふふ、
ふう、と息を吐いて爺やは呼吸を落ち着かせる。息を吐くとともに、表情は真剣なものに変わる。少し考えるそぶりをしてから、爺やは喋り出す。
「………キャスバル様、私は確かに、救助した者の殆どがうちで働くとは言いましたが、強要しているわけではありませんよ。ましてや、貴女様のような人にとって、このような状況では、ほかに成すべきことがあるのでは?
…爺やが言うことも最もかもしれない。連邦は事実、弱っている。これは間違いなくジオンにとっては千載一遇のチャンスだ。私がハマーンのもとへとゆき、合流すればジオンの再興も現実となるだろう。地球圏から連邦を追い出すことも。私にとってそれは本望でもある。地球を汚す愚民を、地球から排除できるかもしれないのだ。しかし、しかしそれでは、私は変わらない。戦いによって、それを得ては、意味がない!再び過去に囚われ、のうのうと生きて行くだけであろう。それではいけないのだ!漸く、漸く未来を、成すべき道を見た、私は!それを掴むためにも、私はここへ来たのだ!遣わされたのだ!だから!
「過去のしがらみから解放された私は、ここに、未来を見た。過去に縋るジオンでなく、腐敗の道しかない連邦にではない、ここに。私の、成すべきことがある。…まだ、はっきりとはわからない。だが、ここでなら、掴める気がする、いや、掴んでみせる!頼む、私に、未来を与えてくれ!
全力で言い放った。私自身の、過去の、未来への、決意だ。これは、曲げんよと、意思を込めて。言い終わった後、私は肩を上下して息をついていた。万全な状態でも、そうなっていただろう。爺やは穏やかな笑みを浮かべながらゆっくりと頷いた。
「わかりました。それが貴女様の決断ですね。なら、私達は歓迎するだけでございます。ようこそ、私たちスデオに。ただし、入ると言ったからには、しっかりと働いてもらいますぞ。
「無論だ。こき使ってくれて構わない。一応、これといってできないことはないつもりだ。
「ではまず、上司である私に対して敬語を使ってもらいましょうかね。
「は!すま、いえ、申し訳ありませんでした。今までのご無礼、どうか
「はっはっは!!いえいえ、冗談でございますよ!はっはっは!
爺やはまた笑い出した。流石の私も少し不愉快、いや、なんだ、この、ええい、なんだ!この感覚は!老人の手の上で踊らされているような、く、これが、老いか…
「…あまり若者をからかわないでもらいたい。
「ああ、申し訳ございません。いかんせん、口が緩くなりましてな。いやぁ失礼を。しかし、この話し方は二人の時だけでお願いしますぞ。いくらなんでも新人の若者だと流石に
「ああ、それは分かっている。…しかし本当に構わないのか?私のことをよく思わない者もいるだろうに…
「ああ、その点は大丈夫でございます。なにぶん、訳あり者が多いので、ここでは私たちは皆、過去に触れませんので。
「…成る程、そうでなければ成り立たんか。
仮にも元とはいえ、エゥーゴやティターンズ、ジオンと、元敵同士が集まるのだ。過去を気にしていればできることもできない。当然か。
そこまで考えたとき、私は急激に頭が怠くなってきたのを感じた。眠気だ。長時間話を聞いた今の体は休息を求め始めた。自然と、瞼が閉じ始める。
「おお、申し訳ありません。老人が、喋り過ぎましたな。ともかく今はおやすみなさってください。また、明日から決めていきましょう。これからを。それでは。失礼しますぞ。
「あ、あ、ありが…と…………
言い切る前に私は力尽きた。瞼が完全に閉じる。しかし、伝わった筈だ。暖かな夕日に包まれながら眠るのはとても心地の良いものだった。まるで、幼い頃、母にだきしめながら寝た時のような。沈んでゆく意識に、妙なものを感じとった。なんと言うべきか、これは、明日を迎えるのが、楽しみという感情。そうか、これが、未来を生きるということか。明日に希望を持つという。これが…
シャアは穏やかな表情のまま眠る。…いや、シャアであったものといったほうが正しいか。復讐の仮面を取り、未来を生きると決意をした彼は、果たしてこれから何を成すのか。