イエヤスとタツミの激闘はウェイブの横槍とタツミの逃走によって幕を閉じた。
ウェイブがイエヤスの元へと辿り着いた経緯を会議室へと向かう道中にウェイブの口から説明された。
集合時間になっても現れないイエヤスを心配したセリューが迷っているかもしれないと単独の捜索を申請してお節介焼きのウェイブとボルスが手伝いの名乗りを上げた。
聞き込みによってイエヤスの目撃証言を手に入れたウェイブが帝都郊外に出たところ、剣劇の音を聞き駆け付けたのであった。
「闘っていた相手って形状、戦闘力、透明化の能力からみて帝具インクルシオで間違いないな、ナイトレイドの一人とどうやって遭遇したんだ? 偶然か?」
会議室に置いておかれた資料にそう書いてあったと語るウェイブの言葉にイエヤスは頭を殴られたような衝撃を受ける。
インクルシオ? ナイトレイド? タツミが? そういえばナイトレイドは反乱軍の下部組織である可能性が挙げられていたような
質問には答えずに尋常ではない様子で考え込むイエヤスに不審の目を向けるウェイブ。
その視線に気付いたイエヤスは詳しい事は会議室で皆の前で話すとして、落ち着きと脳内の整理をするための先延ばしを図った。
イエヤスの言い分にとりあえずの納得を示したウェイブに感謝の念を送りながら、なんとか考えをまとめにかかるイエヤスであった。
会議室へと着いた二人はイエヤス捜索に出ていたセリューとボルスが戻ってくるのを待って今日の経緯を説明した。
同村のタツミと再会したこと、タツミが反乱軍に入っていて勧誘を受けたこと、断って戦闘になり危ないところをウェイブに助けられたこと、決闘に固執したために取り逃がしてしまったこと。
イエヤスの話を聞いた各々の反応は様々であった。
エスデスは冷たい目をしたまま感情を感じさせない表情をしている。
クロメは何か思い当たる節があるのか、自身の手を眺めていた。
スタイリッシュは眉を顰めてイエヤスを困ったものを見るように見ている。
ボルスは覆面のため表情は分からないが、仕草からはイエヤスを悼んでいるように見えた。
ウェイブはイエヤスの今までの態度に納得して言葉を無くした。
セリューは辛そうにしているイエヤスの背中に手をあてて、掛ける言葉を探すが見つからずにもどかしくしていた。
ランは誰よりも冷たい目をイエヤスへと向けて何かを思案しているようであった。
重苦しい沈黙が会議室を支配する中、最初に口を開いたのはエスデスであった。
「なるほど、言い分は分かった。本来ならば賊を逃がした罰を与えるところだが、今回のみは特別に水責めと鞭打ちで許してやろう」
それは許しているのか? という疑問が幾人かの瞳に宿るが口には出さなかった。
「だが反乱軍についたからには、そのタツミという者は敵だ! 次に会った時には容赦などしないようにしろ、分かったな?」
エスデスの言葉にイエヤスがほんの僅かな逡巡の後に頷く。だがそこに水を差すものがいた。
「隊長。一つよろしいでしょうか?」
ランである。
片手を挙げ許可を求めるランにエスデスは頷き先を促す。
「イエヤスさんは勧誘を断ったと報告しておりましたが、それが事実であるかどうか疑問に思います。スパイとして内部情報を流すためにこちらに残ったのでは? 勧誘を断った事をわざわざ報告するのも信用を得るために敢えてしたという考え方もあります」
ランの理路整然とした言葉にイエヤスはカァッと血が上る。
心外な事を言われて勢いでランに言葉で噛みつこうとするが、その前にエスデスが口を開いた。
「ふむ。獅子身中の虫の可能性か……」
顎に手をあてて少し思慮しウェイブへと視線を向けた。
「ウェイブ、インクルシオの一撃を止めたと聞いたが、どう思う?」
突然の事態に目を丸くしていたウェイブはエスデスの質問に決闘の光景を思い出しながら答える。
「インクルシオの一撃は間違いなく本気でした。俺が邪魔してなければイエヤスは死んでいたと思います。イエヤスが寝返っている可能性はないと考えます」
恩着せがましくて悪いが……、とイエヤスへと詫びるウェイブ。
タツミの殺意を改めて聞かされて胸に痛みが生じるが、それを表に出すことはせずに庇ってくれているウェイブにイエヤスは礼を言った。
「そうですよランさん! それにイエヤスくんは私と協力してナイトレイドの一人を仕留めてます! その時の怪我もドクター・スタイリッシュの力がなければ後遺症があってもおかしくないものでした。私はイエヤスくんを信じます!!」
「イエヤスちゃんの怪我は本物だったわ、ワザとあれだけの怪我を受けたとしたらイエヤスちゃんはとんだドMね、隊長と相性がよさそうだわ」
イエヤスへと疑念の眼差しを向けるランの前に遮るように立ちセリューはイエヤスを庇い、スタイリッシュが補足を入れる。
ウェイブ・セリュー・スタイリッシュの優しさに目頭が熱くなるイエヤスだが、ここで流すのはダサすぎるとなんとか引っ込める。
「そういうことだラン。おまえのその観点は大事だが今回は奮わなかったようだな」
言外に、この話はここまでだ、というエスデスの意志を感じてランは意見を引く。
「どうやらそのようですね。イエヤスさん、不躾な疑いを向けてしまい申し訳ありませんでした。なにぶん臆病者な身でして、笑っていただいて構いません」
イエヤスに頭を下げて謝罪するランだが、意見を無碍にされたにも関わらず余裕を持った雰囲気を損なっていなかった。それがまたイエヤスには癇に障り気に入らない。
「なるほど」
エスデスの脈絡のない発言に注目が集まった。
視線を独占したエスデスは意味深に笑みを浮かべてランに流し目を送る。
「ラン、お前の狙いはわかったぞ」
エスデスが己の推測を明かした。
ランは自らイエヤスにスパイ疑惑を投げ掛けることで、掛ける言葉を見つけられないでいたセリュー達にフォローの言葉を発する機会を与えた。傷付いていたイエヤスが周りの優しさによって自分は一人ではないと再認識する手助けもする。さらには敵との繋がりが判明したイエヤスに対して大なり小なり浮かぶ疑惑を、隊長の発言によってしっかりと叩き潰してもらうことによって、今後の燻りの鎮火にも繋がる。
それがランがイエヤスにスパイ疑惑を掛けた真の狙いであるとして発言を終えたエスデス。
正解の是非を問う視線がランへと集まる。
ランはエスデスの推測を聞いて感嘆の息を漏らした。
「見事です隊長。よくそこまで分かりましたね」
「会って間もないが昨日のパーティでの様子を見るに敵はできるだけ作らないような立ち回りを心掛けているように見えたのでな、今の行動には違和感があった。本当にイエヤスのスパイを疑っているなら、本人や皆の前では言わずに後で私個人に言ってくるはずと思っただけだ」
そう締め括ったエスデスに、これは敵わないとランは首を竦めて見せた。
「ヒール役を買ってもらって悪いが隊員同士が不仲になるのは望むところではないからな、恰好がつかないだろうが許せ」
謝罪を聞き入れるランの立ち姿を見るイエヤス。
さっきまでの余裕の雰囲気とは打って変わってネタバレをされてしまったランは少しバツが悪そうに佇んでいる。
本当は此方を慮っていたという事実とその立ち姿に毒気を抜かれたイエヤスはランへと歩み寄った。
右手を差し出す。
「随分と面倒くさい性格をしているんだな、小難しいことは分かんねぇからできれば今度からはもう少し分かりやすくしてくれよ、ラン」
イエヤスの言葉を聞いて苦笑を返したランはイエヤスの手を取って握手に応じた。
「分かりましたよ、改めてよろしくお願いしますね。イエヤスさん」
呼び捨てでいいと言うイエヤスにランは頷いて見せた。
それから数日がたった。
昼前、特殊警察会議室に備え付けられた調理場にて
昼ご飯の支度をしている3人の人影があった。
「おいウェイブ、エレキノコはもっと笠から余裕をもって離して切らないと痺れが残ってることがあるぞ」
「うぉっマジか! あぶねぇ」
イエヤスの助言を聞いて目を丸くしながら言われた通りに切るウェイブ。
「これだから磯くせぇ奴は駄目だな、山菜を分かってねぇなぁ?」
フフンと得意げに鼻を鳴らしながらイエヤスはそれをなじる。
ムッと顔を顰めたウェイブが憎まれ口を叩こうとするがイエヤスの手元を見て内心でほくそ笑んだ。
「? どうかしたッ!?!? な、なんだぁ!?」
反撃を待っていたイエヤスはそれがこない事を疑問に感じ口に出そうとしたが、突如手元で切っていたものから黒い液体が飛び出して顔を覆ってきた。
目の前が真っ暗になり、口にも入ってきており口内に苦い味が広がる。
「ぐああぁぁぁあ!? にっげぇ」
悶え驚くイエヤスに濡れタオルを渡しながらウェイブは笑った。
「はっはっはっ、オクトバスは墨を吐き出す習性を持つ魚だから捌くにはコツがいるんだよ。これだから辺境から来た田舎者は海の幸がわかってないなぁ?」
意趣返しが決まってご満悦な海の男にまんまとしてやられて悔しそうにする山の男。
二人の下らないやり取りの隣で真面目に調理を取り組んでいた覆面の男が二人に声を掛けた。
「二人とも調理を楽しむのはそのへんにして急ぎましょう。皆待ち切れなくなっちゃうよ」
そう言いながらウェイブとイエヤスの調理したものを順に指差した。
「ウェイブ君、魚に塩を振るときは少し早めにしたほうがいいよ。臭みがより取れるし身も引き締まるからね。イエヤス君はほうれん草を入れるのは最後、すぐにしなっとなっちゃうから」
調理するための最低限の知識を競い合っていた二人とは違い、さらに一つ美味しくするための知識を披露したボルスにイエヤスとウェイブは頭が上がらず、自分たちの戦いのレベルの低さに脱帽するのだった。
料理が出来上がり、食卓へと並べる執事がいた。
いや、それは執事ではなくランであった。
どこから持ってきたのか、執事服を着て料理を運ぶランの姿は堂に入っており違和感がなかった。
「んー♪ 優雅に仕事をこなす美青年執事。実にスタイリッシュね、眼福眼福」
目を細め頬に手を当てながらランの執事姿を堪能するスタイリッシュは大層満足気である。
食卓ではすでに席に着いたエスデス達が雑談に興じていた。
「隊長はご自分の時間をどう過ごされているんですか?」
「狩りや拷問、またはその研究だな」
セリューの質問に爽やかになんでもないようにエスデスは応えるが後半がおかしかった。
だが、とエスデスは続けた。
「今は恋をしてみたいと思っている」
恋!? と意外性に富んだ話を聞いてセリューとクロメは驚きを露わにした。
料理を終えて食卓へとやってきて聞き耳を立てていたイエヤスも驚いていたが、あっ、と思い当たることがあり、口にした。
「もしかして最初に俺が呼ばれたのはそういう?」
イエヤスの考えを肯定したエスデスは懐から文字が箇条書きされた紙を出す。
「ここに書かれた条件を達している者を紹介してほしいと頼んだところ、お前が呼ばれたわけだ」
紙を読もうとイエーガーズの全員がエスデスの元へと集まる。興味津々であった。
1:何よりも将来の可能性を重視します。将軍級の器を自分で鍛えたい
2:肝が据わっており、現状でもともに危険種の狩りが出来る者
3:自分と同じく、帝都ではなく辺境で育った者
4:私が支配するので年下を望みます
5:無垢な笑顔が出来る者がいいです
「これは………」
それは誰の声だったか、しかし皆の代弁ではあった。
最初の条件で相当絞れてしまう。
これを探せと言われた上層部には同情を禁じえなかった。
「なるほど、それでイエヤスさんに白羽の矢が立ったわけですね」
納得したように頷くラン。
人身御供の意味合いも持つ白羽の矢という言い方にウェイブは引っ掛かったが自分以外は誰も気にしていない様子だったので一人苦笑するだけで流した。
「びっくりするぐらいイエヤスが当て嵌まってるな、最初と最後は怪しいが」
イエヤスへと嘯いたウェイブにイエヤスは胸を張ってサムズアップをして己を指した。
「見くびってもらっちゃ困るぜ。将軍級の器は俺の恩人やブドー大将軍からのお墨付きだぜ?」
イエヤスの口から飛び出したブドー大将軍の名にウェイブは目を丸くした。
「へぇ、そりゃあ凄いな! ………あとオクトバスからもお墨付きをもらってるな」
減らず口を叩くウェイブに、上手い事を言ってんじゃねぇよ!、とイエヤスは突っ込んだ。
「でも、イエヤスは隊長のお眼鏡には敵わなかったわけですか」
「ああ、純粋に好みではなかったのだろう、実に惜しいことだ」
ランの言葉にすっぱりと言い切るエスデスにイエヤスは肩を落とした。
エスデス隊長のパートナーに選ばれたいわけではなかったが、見目麗しい女性にタイプではない、と言われてしまうのは男として凹む部分はあった。
ポンッと慰めに肩を叩くウェイブに、余計に虚しくなるからやめろ、と振り払う。
「そうなんですか、イエヤスくんは真っ直ぐで正義感に満ちた良い人だと思うんですが」
「えっ!?」
セリューのフォローを聞いてイエヤスはウェイブとの戯れを中断して期待を込めてセリューへと視線をやった。
他の者も興味深げにセリューを見つめ、急に注目を浴びたセリューは目を丸くする。
「なにか変なことを言いましたか?」
「この流れからの、その発言はセリューさんがイエヤスに気があるかのように考えられますが?」
皆を代表してランが問い掛ける。
それを聞いたセリューは
「なるほど! それは誤解を招いてしまい申し訳ありません! イエヤスくんはかわいい後輩ですが、そういう対象として見た事はありません!」
無残にもそう言い放った。頬を染めているわけでもないので照れ隠し等ではなく完全なる素である。
イエヤスはショックで机へと突っ伏してしまう。
ウェイブにはイエヤスの口から魂で出掛かっている姿が幻視できていた。
再び行われたドンマイという意味の込められた肩ポンを今度は拒めないイエヤスであった。
イエヤスの一喜一憂する様を見てウェイブは内心安堵していた。
タツミとの決別の後、イエヤスは目に見えて気落ちしており、傍から見ても痛ましいものであった。
仲間が落ち込んでる時こそ声を掛けるべし、を信条としているウェイブは積極的にイエヤスへと絡みにいき、多少ウザがられながらもかなり距離を縮める事に成功していた。
それが実を結んだのか、少なくとも表面上は元気を取り戻したように見えた。
無論、イエヤスの事を気にしていたのはウェイブだけではなかったので、ウェイブのおかげというわけではないが、そのお節介がイエヤスにとって有難いものであったのは確かだった。
その後、食事をしながらの会談で都民武芸大会が開かれることがエスデスから説明された。
イエヤスとセリューが殺したナイトレイドの一人、マインの帝具であるパンプキンが現在使い手が見つかっていない。このままだと上層部に取り上げられてしまうことを惜しく感じたエスデスが使い手を探す余興として件の大会を開くことを考えたのだ。
とくに反対する理由のないメンバーは段取りや進行の手伝いを了承して食事の時間を楽しんだ。
明くる日の朝
コロとの特訓に励むイエヤス。
最近ではコロとセリューの二人掛かりで2対1形式での特訓となっており、イエヤスの地力が上がってきている証拠であった。
「最近、イエヤスくんの戦い方が少し変わりましたか?」
休息時間をとり、セリューとイエヤスは水分補給を、コロは携帯食料(主に肉)による補給を行っている最中、セリューが感想を述べた。
「お、分かりました?」
「はい! 前に比べると剣によるガードを減らして身体捌きによる回避を重視するようになったと感じました!」
当たった事が嬉しかったセリューは頬を緩めつつ、思い出すように目線を上にやる。
「確かその帝具って見た目以上に重くまるで大楯でガードしたかのような安定感があると言っていたと記憶していますが、どういう意図で回避重視に?」
興味津々で聞いてくるセリューにイエヤスは申し訳なさそうにする。
「口で説明するより実際に見てもらったほうがいいと思うんですが、まだ確立できているわけではないのでもう少し待ってもらっていいですか?」
「あっ大丈夫ですよ! サプライズってやつですね?」
イエヤスの態度に両手を振って気にしないアピールをしたセリューは、楽しみにしてますね、と笑顔で返すのであった。
エスデス将軍主催都民武芸大会当日。
ウェイブと交代で司会を担当していたイエヤスは、こういう催しはタツミが喜んで参加しそうだなぁと考えたがいまや手配書が出回っているタツミが参加するわけもないかと、頭を振ってくだらない考えを散らす。
大会の内容はエスデス曰く、つまらない素材らしくつまらない試合で終始し、見物客を満足させるだけの不発に終わってしまうのだった。