「うーん……あそこは右だったかなぁ」
宮殿の廊下にてイエヤスが呟く。
周りに人影はなくただ一人。
迷子である。
イエヤスはとりあえず歩いていると前から誰かが複数人歩いてくるのが分かった。
会議室の場所を聞こうと近付いていくと次第に相手の正体が分かりイエヤスの体に衝撃と共に緊張が走った。
慌てて廊下端に移動すると片膝を地面に付けて頭を下げた。
跪いたイエヤスの前を子供が通る。
まだ幼いながらも大人を引き連れたその姿は堂に入っており、身に着けた衣類は豪華でありながら気品にも満ちている。
帝国の頂点にして象徴。
皇帝陛下である。
「ん? 其方は確かエスデス将軍が新しく設立された部隊の者だったな? パーティで見かけた気がするが」
まさか話し掛けられるとは思ってもいなかったイエヤスはかなり狼狽えながらも下げていた顔を上げて、口を開いた。
「は、はい! 特殊警察イエーガーズの一員、イエヤスといいます!」
「そうそう、イエーガーズだったか」
記憶と合致して納得した様子の皇帝はウーンと小さく唸ると後ろの従者と思わしき人物に今後の予定まで時間の余裕があることを確かめる。
時間の余裕を確認した皇帝は意を決したようにイエヤスに向き直る。
「うむ。イエヤスよ、其方と少し話してみたい事があるのだが良いか?」
「えっ!!??」
突然の皇帝からの誘いに恐れ多いと思ったイエヤスだが、断るのはもっと恐れ多いのでは!? と考えて従者の方へと視線を送って助けを求めた。
従者も驚いた様子であったが、イエヤスの視線に気付いて小さく頷いて見せた。
えーーーー……
従者の頷きを誘いを受けよという意味と理解したイエヤスは内心戦々恐々としながらも皇帝との対談を了承するのであった。
場所を中庭に移し設置されているベンチへと腰掛ける皇帝。
イエヤスは立ったまま話すべきなのか、頭が高いので跪いて話すべきなのか迷ったが、皇帝からベンチに座る許可が下りたので恐る恐るそれに従うことにした。
「イエヤスは元々はエスデス将軍の恋人候補として選ばれたのだったな?」
一兵士でしかない自分の一体何を聞きたいのだろうと思っていたイエヤスは予想外すぎる話題が皇帝の口から飛び出してきて心底驚きながらもなんとか肯定の言葉を発した。
「でもエスデス将軍はイエヤスを選ばなかったらしいではないか」
恋人としてイエヤスを選ばなかった、にも関わらず部下としてイエーガーズに配属するように指示をした事が皇帝には理解できないようであった。
部下にするという事は気に入ったという事だ。だが恋人にはしなかった。
その違いが皇帝には分からないのだ。
「……陛下は恋に興味があるんですか?」
「うむ、エスデス将軍ほどの人物がしてみたいと言う恋とやらに余の興味は尽きん!」
エスデスをきっかけの恋に興味を持ち始めたという皇帝にイエヤスは不敬ながらも親近感を持った。そのおかげもあり、話し方には気を付けつつもイエヤスはいつもの調子を取り戻して皇帝相手に恋について色々と話すことができた。
「確かにエスデス将軍の事が異性として好きだというわけではありません! しかし、しかしですよ、一人の男としてあれ程の美女に好みではないと言われるのは心に来るものがあるんです!」
複雑なようで単純な男心を力説するイエヤスに皇帝は、なるほどー、と感心しながら両手を叩いて小さく拍手をする。
すっかり打ち解けた様子の二人に控えていた従者は複雑そうな表情をしながら、時間が来た事を知らせてくる。
「おお、もうそんな時間か」
時を忘れて話に没頭してしまっていたという陛下に惜しまれつつも対談は終了を迎え去っていく陛下に敬礼をして見送るイエヤスであった。
「陛下の恋のお相手か、一体どういった人がなるのか楽しみだなー」
思いがけず心地のいい話し合いができたイエヤスは満足した様子で腕を組み頷く。
が
「あっ、道を聞けばよかった」
従者にでも聞けば良いものをつい忘れてしまい、この後しばらくの間、宮殿を彷徨うハメになってしまうイエヤスであった。
帝都近郊
佇むイエヤスとセリューの前に食べ物を盗んだ罪で捕らえた悪人が3人、腕を縛られた状態で座り込んでいた。
「食うに困って盗みをやっただけだ! 人だって殺しちゃいねぇよ」
弁明を口にする盗人がセリューの温度を感じさせない瞳に映っている。
イエヤスもセリューほどではないものの冷たい視線を向ける。
貧困に喘ぐ気持ちはイエヤスにも分かった。自分の村もそうであったためにイエヤス達は出稼ぎにきているのだ。だが、盗むという選択肢など話題にも上がらなかった。
事情は人それぞれあるものの被害の出る悪事を働いた以上裁きが下るのも当然だとイエヤスは考えた。
「確認したけど被害は食物が少しと持ち主が軽く打撲していたな、言ってる事に嘘はなさそうだけど……セリュー先輩、どうします?」
被害を報告して沙汰を窺うイエヤスへと視線を動かしたセリューは浅い息を零すと内に溜まった黒い想いを吐き出した。
「警備隊へと引き渡しましょう。余罪もあるかもしれませんしね」
もし見つかって死刑が下ればコロのおやつです、と盗人達を脅し付けるように言い放つセリューにイエヤスは了解と敬礼をして盗人達の手を縛った縄を引いて連れて行く。傍らのコロが残念そうにしているのは気のせいという事にしておこう。
イエヤスがセリューの影響を受けて賊を殺すのに抵抗がなくなったように、セリューもまたイエヤスからの影響を受けている。
頼れる後輩に情けない姿を見せるわけにはいかないという矜持、先輩先輩と慕ってくれる癒しなど、それらがセリューの正義に狂気が汚染するのを、僅かにだが、防いでいた。
盗人達を警備隊へと引き渡しはイエヤス達はお昼休憩をとることにした。
パン屋でサンドイッチを買った二人は帝都中央公園で昼食を頂く。コロは携帯食料の肉に噛り付いている。
食べながら雑談に花を咲かせる二人に忍び寄る影が複数。
最近気配に敏感になりつつあるイエヤスはもちろん、セリューも影に気付いているが敢えて知らないふりをする二人。
「イエヤスーーーーー!!!」
「セリューさん!!!」
イエヤス達へと飛び込むように背後から抱きついてきたのは公園を主な遊び場としている子供達であった。
事前に気付いていた為、予想より反応の薄い二人に子供達はぶー垂れながらも遊びに誘う。
子供達に両手を引かれるイエヤスは窺うようにセリューへと視線を向けると、セリューは少しだけですよと許可を出した。
セリューも誘われるが
「まだ食べているので待ってください」
と断りを入れた。だが
「なにするんだ?」
「今日はオーダーマンごっこ!!!」
「!? 待ってください、今食べ終わります!! むぐぐぅ」
残っていたサンドイッチを口の中に押し込みお茶で一気に流し込んだセリューが合流する。
「オーダーマン役がいいです!」
「「えーーーーーー」」
勢いよく挙手して立候補するセリューに苦情の声を上げる子供達。
「セリューさんはオーダーレディが似合うよ」
「そうだよー」
「いえ、オーダーマンがいいです!」
譲る姿勢を見せないセリューと子供達に苦笑を隠せないイエヤスがジャンケンを提案した。
結果、気合で勝ち取ったセリューがオーダーマン役として大はしゃぎをする姿にほっこりとするイエヤスであった。
会議室でイエヤス達が集まっていた。
帝都周辺の賊は粗方掃討し終え、戻ってきたところであった。
自ら進んでお茶くみを行うボルスに礼を言いながらイエヤス達は会話を弾ませる。
「そのヘアバンドって恩師の真似だったのか」
「そうだ。オーガ隊長っていってな、巷じゃ鬼のオーガって悪人には恐れられていたんだぜ」
後ろ髪をまとめたヘアバンドを触りながらオーガとの思い出をイエヤスはウェイブへと語った。
それに倣ってウェイブも首に巻かれた錨のマークがトレードマークである短めのマフラーを触る。
「俺のこれも海軍将校やってる恩人を真似してやってるんだ。まあ、あの人のマフラーはもっと年季が入ってていい感じに解れてるんだがな」
イエヤスとウェイブは互いに恩人の姿を思い浮かべる。ウェイブの恩師は存命しているがイエヤスの恩人であるオーガはナイトレイドに殺されてしまっている。
だが、イエヤスにとっての恩人はオーガだけではない。
ある意味オーガ以上の恩人であるセリューの方へとイエヤスは視線を向けた。
セリューはイエヤスとは離れた別の机でクロメと会話していた。
「なるほど! 八房の能力は凄いですね!」
セリューとクロメは帝具について語り合っていたようでセリューは感心するように頷きながらクロメの帝具【死者行軍 八房】を褒める。
「悪人を闘う為の力に変えているという事を考えれば、悪人を食べて身体エネルギーに変えているコロにも通じるところがありますね!」
意外な共通点を見つけて嬉しそうにしているセリューにクロメは小首を傾げて少し訂正をした。
「八房の力で操っているのは別に敵だけじゃないよ? 暗殺部隊で同期だったナタラは大切な仲間だけど反乱軍に致命傷を負わされたから八房で斬ったの」
クロメの言葉に驚きの表情をしたセリューだったが、すぐに神妙な顔つきになる。
「なるほど……死してなお悪を討つ手伝いをしているわけですね……、言葉の響きには惹かれるものがありますね!」
セリュー達がどこか物騒な話し合いをしていると露と知らないイエヤスは視線をセリューからボルスへと移した。
「ボルスさんにはいないんですか? 恩師的な人は」
「私? うーん」
話題を向けられたボルスは助けてもらっている人は数知れずいるが一人上げるとしたら、と焼却部隊隊長の名を上げた。
今の自分の割り切った考え方は焼却部隊隊長から学んだ事だとボルスは言う。
ルビカンテも隊長からお下がりであり扱い方の手解きも受けていた。
現在、焼却部隊隊長は別の帝具を使っておりボルスが部隊を去る際もいつでも戻ってこいとの言葉を掛けてもらったと話すボルスは嬉し気であった。
と、そこで会議室の扉からノックの音が発せられる。
一同の視線が扉へと集中される中、扉が開かれる。
現れたのは可愛らしい幼女を両手に抱いた、泣き黒子が印象的な絶世の美女であった。
顔つきや雰囲気が似ている事から母娘であろうことは誰にでも分かる事実であった。
「あーなた♡
「パパー!!」
見目麗しき女性に伴侶として呼ばれ、可愛らしき幼女に父親として呼ばれるイエヤスとしては血涙が出そうなほど羨ましい人物は誰だ!? と周りを見た。
考える事は同じなのであろう周りを探しているウェイブ。
セリューとクロメは性別的にない。
ランとスタイリッシュは今日はいない為、消去法により一人しかいなかった。
「ややっ! どうしてここに?」
身振りで驚きを表現するボルスが母娘へと走り寄る。
ボルスさん結婚してたのか!!?? しかもこんな美人さんと!!???
イエヤスとウェイブにかつてない衝撃が走った。
セリューも二人ほどではないが驚いているが、クロメはそうでもない様子。
開いた口が塞がらない二人を尻目に和気あいあいとしたやり取りを続けるボルス一家。
ボルスが妻と一緒に作ったお弁当を忘れてしまっていたらしく、それを届けに来たようであった。抱っこをせびる愛娘に従って抱きしめるボルスの厚い胸板に頬擦りをして嬉しそうにしている幼女。
父親しか見えていなかった幼女はそこで初めて部屋にいる他のメンバーを視界に入れた。
そして、その中に見覚えのある人物を発見する。
「あれ? ………イエヤスくん?」
「うぇ?」
予想外に名を呼ばれたイエヤスは間の抜けた返答をしてしまった。
己の名を呼んだ幼女の姿を改めて確認したイエヤスはその容貌に覚えがあった。
目映い金髪は肩口で切り揃えられており、主張の控え目な小さな髪留めが目に止まる。大きな眼に整った顔立ちは将来性の抜群さを物語っている。
イエヤスの脳裏に迷子で泣きそうになっていたり、コロを抱き締めている幼女の姿が思い出された。
「あっ メイか!!」
「やっぱりイエヤスくんだーー!」
ボルスの娘、メイはかつてイエヤスとコロが二人でパトロールをした際に見つけた迷子の幼女であった。
ボルスの妻、エレナから事情を聞いたボルスはイエヤスの両手を握り感謝の想いを表した。
「前に聞いていた迷子になったメイを助けてくれた帝都警備隊の人ってイエヤス君のことだったんだね。改めて礼を言うよ」
「メイからもありがとねー」
父親に倣ってお礼を言ったメイは視線を回した。何を探しているのか察したイエヤスがスッとお目当ての生物がいる方向を指差した。セリューの足元からクロメのお菓子袋を虎視眈々と狙っていたコロが走り寄ってきたメイに気付いて驚く動作を見せた。
「コロちゃん!!」
コロと親しげにしているメイを視界に入れながらイエヤスはセリューにメイと出会った時の話をして、その時の子である事を説明した。
「コロちゃん、抱っこしてもいい?」
セリューがコロの飼い主? であると察したメイが初めて会った時と同じように聞いてくる。もちろんセリューは快諾した。
嬉しそうにコロを抱き締めるメイにイエヤスとセリューは和む。
イエヤスの隣へと来たボルスとエレナはそんなメイを少し不憫そうに目を細めて見ていた。
「メイは犬が大好きなんだけどね。アレルギーだから飼ってあげる事ができないんだよ」
「なるほど、優しいボルスさんが犬を飼ってあげないのは違和感がありましたが、納得しました」
「…………優しくなんてないよ」
イエヤスの言葉にボルスは片手で身を抱くようにしながら小さく呟く。
呟きはイエヤスの耳には届かなかったがエレナだけはしっかりと耳に入れていた。
労わる様にそっと優しい手付きでボルスの背中に手を添えるエレナにボルスは何も言わずにただ頷いた。
夫婦の呼吸の合ったやり取りには気付かずにイエヤスは考えを述べる。
「コロは犬に似ているけど実際は犬じゃないからアレルギーが反応しないのか、メイが飼える唯一の犬ってわけだな
イエヤスの推測にセリューは、なるほど、と納得しながら自らの胸を叩いて張った。
「ボルスさんの娘さんには申し訳ないですが、コロと私は一蓮托生! 決して切れない絆があります! ね、コロ!」
セリューの自信満々の声掛け。
だが、コロはセリューの言葉に反応せずにメイに抱かれてご満悦な様子であった。
「コロ!?」
焦った声を出すセリューにコロはすぐに反応してセリューに向かって手を振った。
イエヤスにはそれが、冗談冗談と言っているように感じたがセリューの様子を見るに正解であるようだった。
からかわれたセリューはコロの額を人差し指で軽く小突いて意趣返しをする。
ボルス一家と親交を深めつつ懐かしい再会をしたイエヤスであった。