イエヤスが生きる!   作:七峰 舞斗

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12話 布石、慰労 ☆

 場所は宮殿内部の中庭。

 楽しげな話し合いが繰り広げられていた。

 再び皇帝陛下と出会ったイエヤスはまた会談に誘われたのだ。

 会話を続ける中、イエヤスは考える。

 帝国が抱える闇の権化たる大臣。

 その大臣を重用する皇帝だが、こうして話してみれば皇帝自体に闇をイエヤスは感じなかった。

 恐らくは海千山千の謀略家であろうオネスト大臣は皇帝にその尻尾を上手く隠している事はイエヤスでも察せられた。

 以前ランとの話し合いで直接皇帝に大臣の悪行を直訴した内務官が処刑された件についての見解を聞かされた事がイエヤスはあった。

 皇帝の大臣に対する盲信を甘く見て焦ったが故の結果だというのがランの考えであった。

 

 皇帝との話で節々で出てくる大臣に対する皇帝の信頼感はイエヤスにも十分なほど伝わっていた。

 イエヤスと大臣では積み重ねてきたものが違う以上、仮に今ここで大臣について糾弾しても、その内務官の二の舞になることが理解できていた。

 

「陛下は本当に大臣を信頼しておられるんですね」

「うむ。オネスト大臣は先帝である父上が亡くなってしまってからずっと余を支えてくれた忠臣であるからな」

 

 朗らかな笑顔を浮かべて話す皇帝にイエヤスはランの言っていた意味を実感する。

 皇帝と対話したことがある事をランに話したイエヤスは、もし次の機会があったならば、無理のない程度にやっておいてほしいと言われた布石を狙ってみることにした。

 

「大臣も大変な地位と聞きますからね。ストレスから来る暴食で体調を心配される声もよく聞きますね」

 

 以前オネスト大臣の健康診断を担当したこともあるスタイリッシュから聞いた事のある情報を元にイエヤスは話した。

 オネスト大臣とよく食事を取る皇帝は、その食事量と大臣の体型を鑑みて、うむ、と肯定を示した。

 

「そうだな、大臣は日々忙しそうにしている……、私ももう少し力になってやれればいいのだが……」

 

 まだ幼く未熟な身を憂う皇帝にイエヤスはここか! と目を光らせた。

 

「陛下は聡明な方ですから、しっかりと学んでいけばきっと大丈夫ですよ。陛下の成長を大臣も楽しみにしていると思いますよ」

「………そうだな、其方の言う通りだ」

 

 ランに言われた言葉を思い出しながら話すイエヤスに皇帝は我が意を得たりといった様子で同意した。

 

 ランがイエヤスに頼んだ事は、皇帝の自立心の促し、である。

 だが、これには一つの前提条件があった。

 それは、皇帝の意志に沿うこと、である。

 皇帝の意志に沿わない事を進言しても、それは不信感を生み、大臣に相談されてしまえば音もなく潰されてしまうのは今まで処刑されてしまった者達を考えれば火を見るよりも明らかである。

 緻密な情報収集により皇帝の性格や普段の言動を考察していたラン。

 大臣は皇帝を傀儡とすべく相当甘やかしていた。だが、皇帝は奇跡的にも自立心を失ってはいない、というのがランの見立てであった。 

 皇帝と大臣の繋がりに隙があるとすれば、皇帝自身は決して傀儡である事を望んではいない所だとイエヤスはランから聞かされていた。

 

 イエヤスは声を小さくして周りに響かないように気を使いながら進言する。

 

「なんでしたら大臣には内緒で学んでびっくりさせるのも面白いかもしれませんね!」

「それは知っておるぞ。サプライズ、というやつだな! オネスト大臣をびっくり……か、それは楽しそうだな」

 

 雰囲気に合わして声を低めた皇帝はイエヤスの提案に乗り気な様子。

 これもランから言われた事であった。

 イエヤスの名が大臣の耳に入る可能性を少しでも低くするためである。

 皇帝くらいの年頃の男の子は大なり小なり、悪戯をしたい年頃。

 しかし皇帝は、その地位への自負からかそういった傾向が見られなかった。

 だが、ない。というわけではないはずだと推測したランは此方から用意してやれば

反応する可能性は十分にあると判断した。

 

 結果はヒット。当たりであった。

 

 本当に隠し通せる可能性はないに等しいが、これによりイエヤスの名が皇帝の口から大臣へと伝わる可能性は低くなった、と言える。

 

 表向き楽しい話し合いは従者が時間を知らせに来るまで続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……くぁあーーー! 身に染みるなぁ」

 

 イエヤスが堪らず漏らすように声を出した。

 身体を包むものは温かく、熱いといっても差し支えないほど。

 湧き上がる湯気からは独特の匂いが鼻腔を擽るが決して不快なものではない。むしろどこか懐かしく気分を落ち着かせてくれる。

 視界に入る林、岩、置物などは皆計算し尽くされた配置をしており風情を感じされる。

 

 温泉である。

 

 帝都周辺の賊を粗方討伐し尽くしたイエーガーズは、その慰労として近郊にある温泉旅館へと招待されたのだ。

 息抜きも必要だと判断したエスデスはそれを受けメンバー全員で一泊二日で赴くことになったのである。

 豪華にも貸し切り状態となった旅館に気分を向上させたメンバーはさっそく温泉を堪能することにした。

 着替えの間で怪しげな目付きをしているスタイリッシュ、乙女のように脱ぐことを恥ずかしがっているボルスなど尻目にイエヤスは一番に温泉へと辿り着くと一番風呂を頂こうとするが、ランに止められてしまう。

 温泉に入る前にかけ湯をするのがマナーだと教えられて従ったイエヤスがもたついている間に一番風呂をちゃっかり頂くラン。

 ランの抜け駆けに憤然しながらも温泉に浸かったイエヤスはそんな不満も吹っ飛んでしまい冒頭へと繋がる。

 

 イエヤスの視界内ではイエーガーズの男メンバーがそれぞれ温泉を堪能していた。

 ウェイブとランは話し込んでおり、スタイリッシュは酒盛りをしてボルスにも勧めているがボルスはやんわりと断っていた。

 脳が溶かされそうな心地好さにイエヤスは頭を岩場に預けて自然と目を閉じた。

 視覚が遮断されたことにより聴覚が鋭敏となり、男メンバーの喧騒の中に姦しい響きが交じっていることにイエヤスは気付く。

 

「~~~~~~♪」

 

 エスデスの鼻唄や

 

「隊長が上機嫌だ……」

「いい温度ですもん。とろけますね」

 

 クロメとセリューの会話である。

 

 ゆっくりと目を開けたイエヤスはチラリと視線を横へと移すとそこには大きな竹製の壁があり、それが男湯と女湯を分ける敷居となっていた。

 

「……………」

 

 しばらく無言で思考を巡らしたイエヤスは再び目を閉じて湯の堪能を続けた。

 するとそこへ荒波を立てながら近づくものが一人。ウェイブである。

 

「おいおいイエヤス。ずいぶんと静かじゃないか」

 

 ウェイブはイエヤスの横へと勢いも少々に座り込んだ。

 僅かにだが湯が顔に散って顔を顰めるイエヤス。

 

「イエヤスのキャラだったら、ここは女湯でも覗きにいくのがお決まりってやつじゃないのか?」

 

 貸し切りの温泉にテンションが上がっているのだろう、いつもより暑苦しさが2割増しなウェイブの言葉にイエヤスはジト目を送って溜息を洩らした。

 

「覗きね……、確かに前までの俺なら喜び勇んでやってたかもな」

 

 クロメはあまりそういうのに頓着なさそうだが、エスデスは分からない。

 笑って許してくれるかもしれないし、軽い拷問をしてくるかもしれない。しかし、烈火の如く怒る姿は想像できない為、命の危機はないであろうとイエヤスは予想する。

 

 だが

 

「多分だけど、逆鱗に触れる事になる人がいるからなぁ」

 

 セリューがいた。

 覗きなどどう考えても悪である。

 セリューが悪を見る目は本当に冷たい。

 あの目が自分に向けられると考えただけでイエヤスは高温の湯に浸かっているにも関わらず寒気に身震いするほどであった。

 

「そ、それもそうだな………」

 

 イエヤスの様子に生唾を飲み込んだウェイブは上がったテンションを冷や水を掛けられたように下げていた。

 

「そういうわけだから、冗談でも覗きなんて言うもんじゃねぇぞ」

 

 釘を刺したイエヤスと刺されたウェイブは大人しく温泉を楽しむことに集中するのだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、用意されていた山の幸、海の幸をふんだんに使った御馳走に舌鼓を打ち、ゆったりとした時間を過ごして一同は就寝した。

 夜、皆が寝静まった頃、イエヤスはかなり珍しく目を覚ました。

 滅多に食べられない豪勢な食事に食べ過ぎてしまったイエヤスは腹痛を覚えて厠へと向かった。遠慮なく食べまくるクロメとコロに触発されてしまったのもあった。

 出すものを出したイエヤスが寝室へと戻ろうとする。

 渡り廊下でついでに夜景を見るべく中庭へと視線を動かすとそこに人影があった。

 

 影は中庭に配置されている岩場の一つ、最も大きい物に腰掛けて頭上に浮かぶ満月を眺めていた。

 口に菓子を咥えるその姿はいつもの風景でありながら、場所と時間が相まって不可思議な異質さを放っている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「よう、クロメも起きてたんだな」

「……イエヤス……」

 

 声を掛けられたクロメがイエヤスの方を向いた。

 声を掛けはしたものの、特に言う事が思い浮かばないイエヤスがクロメが見ていた月へと視線を向けるとクロメも再び月へと向いた。

 

「…………」

「………」

 

 二人を静寂が包み込む中、イエヤスは前から機会があれば聞いておきたかったことを思い出す。

 

「前にクロメは姉のアカメを殺したいって言っていたよな?」

「……うん」

 

 イエヤスの不躾とも言える質問だが、クロメはとくに反応を示すことはなくただ頷く。

 

「……俺は、……タツミを殺したいわけじゃない」

 

 絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「戦うことは、出来ると思う。きっとその勢いでなら殺すことも」

 

 でも、と震え出した手にギュッと握力を込めて抑えながら続ける。

 

「例えば一撃が入って横たわったアイツにとどめの剣を振り下ろせるかって言われると…………分からねぇ」

「………」

 

 独白するイエヤスにクロメはしばし沈黙を貫いた後、口を開いた。

 

「私は斬れるよ、斬ってお姉ちゃんには八房の力で一緒にいてもらうの」

 

 傍らに置いてあった刀を愛おしそうに撫でるクロメにイエヤスは息を詰まらせる。

 クロメはイエヤスに労わるような視線を向けるとある提案を持ち掛けた。

 

「イエヤスが斬れないなら私が斬ってあげてもいいよ? そうしたらイエヤスもお友達と一緒にいられるね」

 

 クロメの狂気に満ちた提案にイエヤスは反射的に首を横に振った。

 イエヤスの反応にクロメは残念そうにするでもなく、ただ流す。

 

「そっか、イエヤスはわたしと考え方が違うね」

 

 でも、と続ける。

 

「迷いは早めに振り切ったほうがいいよ。その迷いはきっとイエヤスを殺すから」

 

 話は終わり、と言わんばかりに岩場を飛び降りたクロメは己の寝室へと戻っていく。

 

 恐ろしい提案をされて即座に断ったイエヤスだが、その提案がクロメなりの優しさであることは理解できたイエヤスはなんとか言葉を発した。

 

「クロメ!」

 

 呼びかけに振り返りはしないが、足は止めるクロメ。

 

「その、提案には乗れないけど、……ありがとな」

「んっ」

 

 礼の言葉に短い返事をしたクロメがそのまま夜の闇に溶け込むように消えていく姿をイエヤスは見届けた。

 

「…………」

 

 クロメが眺めていた月を一瞥したイエヤスも自分の寝室へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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