イエヤスが生きる!   作:七峰 舞斗

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13話 とある貴族の屋敷事情 ☆

 休息日を与えられたイエヤスは、特に目的もなく帝都をブラつく事にした。

 いつもとは違う場所にも行ってみようと足を延ばしたイエヤスは貴族街へと足を踏み入れる。

 富豪層が住まう場所なだけに清廉された街並みに目を奪われるが、その実態は腐敗と汚職に塗れた見せ掛けだけのものであることをイエヤスは知っていた。

 それ故に複雑な気持ちを生じさせたイエヤスはどんな顔をすればいいか迷う。

 

「…………ん?」

 

 ふとイエヤスは街角から険しい顔を覗かせている男の姿を目端に捉えた。

 男はある一点に視線を集中させている様子だったが、イエヤスの視線に気付いたのか、イエヤスへと視線を移した。

 

 一瞬、視線が交差する。

 

 男は逃げるように街角の奥へと引っ込んでいくのを見たイエヤスは、あからさまな不審者に地面を勢いよく蹴って追う事にした。

 男が姿を消した角まで来たイエヤスだったが

 

「あれ!?」

 

 男の姿は影も形もなく、視線を巡らすが隠れられる場所もなく、まんまと逃げられたイエヤスは悔しそうにしながら頭を掻いた。

 

「確かあっちの方角を向いていたよな?」

 

 男が街角から熱視線を送っていた方角を確認するイエヤス。

 そこには大きな貴族の屋敷がデンと構えてあった。

 男が視線を送っていた理由を探るべく、屋敷の周りを確認するように一周したイエヤスは一応中の貴族にも一報入れるべきか? と検討していると後ろから此方に駆け寄る気配を感じて振り返った。

 

「おい貴様! ゲイス様のお屋敷の周りで何をしている!!」

「え?」

 

 いきなりの物言いにイエヤスは戸惑いの声を漏らす。

 どうやらイエヤスが探っていた屋敷の護衛兵があいにくと非番で私服であるイエヤスを不審者と思って迫ってきていると察したイエヤスは訳を話そうとする。

 だが、問答無用と護衛兵が剣を抜くのを確認したイエヤスは仕方なしに応戦することになった。

 

 カリバーンを抜くまでもなく護衛兵を無力化させたところで、騒ぎを聞きつけた屋敷主であるゲイスが現れようやく話を通せたイエヤスは謝罪の為に屋敷へと招かれた。

 

「本当に申し訳ございません。あの特殊警察イエーガーズの一員とは露知らず、うちの兵どもがご迷惑をお掛けしました」

「いえいえ」

 

 平謝りをするゲイスにイエヤスは幸い後に引くような怪我は互いにしていないから、と水に流すことを伝え、ついでに屋敷を窺っていた怪しい人物がいた事も伝えた。

 不審人物の存在にゲイスは顔を顰めるが、すぐに取り繕うと部下に目配せをする。

 目配せを受けたゲイスの部下が部屋の奥から小さな包みを持ってくる。

 

「こちらはご迷惑をお掛けしたお詫びです。どうぞお受け取りください」

 

 机の上に置かれた弾みに中に入った物がジャラリと音を零した。

 なにが入っているか分かったイエヤスは驚きの表情と共に首を横に振った。

 

「いやいやいや、受け取れませんよ」

 

 そこから押し問答がしばし続いたが、意地でも受け取る気のないイエヤスにゲイスが折れる形で話し合いは終わりを迎えた。

 メイドに屋敷の出口まで案内される最中、イエヤスは顎に手をやり考える。

 

 不審人物の存在を伝えた時、ゲイスは不愉快そうな感情を垣間見せたが驚きの感情は見せなかった。

 護衛兵達も屋敷の周りを窺っていたイエヤスに対して過剰とも言える警戒心を抱いていた。

 以上のことから、ゲイスはなにか狙われる心当たりがあるようにイエヤスには思えた。

 だがゲイスはイエヤスをイエーガーズの一員と知りながら訳を話す気配を見せなかった。

 お金を渡す素振りに淀みがなかったことも含めて、ゲイスに対する不信感を募らせるイエヤス。

 

「…………ん?」

 

 思考の海を潜っていたイエヤスだが、前を歩くメイドの足が下り階段へと向かい始めたのを見て一時思考を中断した。

 この屋敷に入ってから階段など上った覚えはない。

 如何に方向音痴なイエヤスといえど、この下り階段が地下へと続いているであろうことは予想できた。 

 

「ちょっとちょっと、間違えてませんか?」

「………こちらへどうぞ」

 

 イエヤスの指摘、だがメイドは振り返ることなく、階段を下りていく。

 イエヤスは訝しみながらも、それに続いた。

 いつでも剣を抜けるように柄に手をやりながら。

 

 

 

 

 「こ、これは………!?」

 

 一階と比べて幾ばくか薄暗いゲイスの屋敷の地下にて、イエヤスの戸惑いの声が響いた。

 イエヤスの目の前には鉄格子で蓋をされた牢屋が並んでおり、中には人、だったものが散乱していた。

 どの牢屋の遺体も損傷が激しく、四肢がなく達磨なもの、腹を裂かれて中身をぶちまけているもの、頭を水の張った樽に突っ込んでいるのにピクリとも動かないもの、無駄に多種多様な死に様を晒していた。

 生きている者がいないことを確認したイエヤスは恐れを上回る怒りに手を震わせながら、ここまで案内したメイドへと向き直った。

 

「……それで、俺にこれを見せたのはなんでだ?」

 

 イエヤスの鋭い目を一身に受けても怯んだ様子を一切見せないメイド。

 天井のランプに照らされたくすんだ金髪、俗に糸目と呼ばれる細い目、体型は世辞にも女らしいとは言えず凹凸は少ない。顔立ちは整っており、ゲイスの美的センスは歪んでいないようであった。

 

「私は帝国暗殺部隊の一員、名前はテルシェと言います」

 

 感情を削ぎ落したかのように表情を変えないまま自己紹介したテルシェにイエヤスは聞き覚えのある言葉に反応した。

 

「帝国暗殺部隊って確かクロメが元々いた部隊っていう?」

「はい、クロメ先輩が抜けた後に配属されたので面識はありませんが」

 

 イエヤスの問いを肯定したテルシェは話を続ける。

 

「見ての通り、この屋敷の主ゲイスは人身売買で買った人達を娯楽で殺害する大罪人でございます。過去にも数度、正義感に駆られた者達の手によって捕まった事もありました。ですが、上層部と繋がっているゲイスはなんの罰も与えれることもなく釈放され、反省することもなく今に至っております。ちなみに正義感に駆られた方々はゲイスが釈放される度に不可解な変死を迎えている事も付け足しておきます」

 

 矢継ぎ早に発せられる言葉だったが、落ち着いたソプラノボイスで語られたそれはすんなりとイエヤスの脳に染み込み、理解を促した。

 

「ゆえに正規の処置では解決は不可能と判断した、とある方の指令でゲイスの暗殺を行う為に私がメイドとして紛れ込んでいました」

 

 ですが、と続ける。

 

「どこからか情報が漏れたのかゲイスは警戒度を上げ、大量の護衛兵を雇い、常に近くに侍らすようになってしまいました。どうしたものかと悩んでいたところに」

「ちょうどよく俺が現れたってわけか」

 

 テルシェの言葉の続きを引き受けたイエヤスは納得する。

 

「こちらが証拠である人身売買の記録書類になります」

 

 差し出された書類に目を通すイエヤス。

 薄暗く見え辛い活字に目を凝らしながら書類に集中していると、不意に風の流れに違和感を覚えたイエヤスは面を上げる。

 するとすぐ真横までテルシェが迫ってきており、イエヤスを見ていたテルシェと目と目が合う。

 

「………なにか?」

「いや、なんか近くないか?」

「私も少し書類で確認したいことがございましたので」

 

 悪びれる様子もなく言い放つテルシェにイエヤスは書類を返した。

 

「もうよろしいので?」

「ああ、それで俺は何を手伝えばいいんだ?」

 

 非道を目にしてやる気に満ちているイエヤスが軽く体を解しながら問うとテルシェは書類を懐へとしのべながら答えた。

 

「出来れば一人でも多くゲイスの周りにいる護衛を引き寄せてください」

 

 何人までなら戦えますか? と実力を測るテルシェにイエヤスはゲイスの周りにいた護衛達を思い出し、そして

 

「全員」

 

 不敵な笑みを浮かべ、カリバーンを抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下を出たイエヤスはテルシェに案内されてゲイスの元へと向かった。

 ゲイスのいる部屋に辿り着く寸前で一時別れることになり、イエヤスはそのままゲイスの部屋に向かって歩く。

 部屋の前には護衛兵が二人並んでいたが、イエヤスとは顔を合わせており、再び現れたイエヤスに首を傾げていた。

 だが、イエヤスが抜身の剣を握っている事に気付いた兵達はすぐに警戒心を見せた。

 しかし

 

「おせぇ!!」

「なっ!?」

 

 言葉を発しようとする護衛兵に突っ込んだイエヤスはカリバーンを振り抜いて両断する。返す太刀でもう一人も斬ろうとするが、そこは腐っても兵、なんとか反応して抜いた剣で受ける。

 だが

 

「ぐげっ!!??」

 

 見た目からは想像もつかない程の重剣に止める事は叶わず、護衛兵の剣ごと叩きつけられた兵士は壁へと衝突して、そのまま動かなくなった。

 イエヤスが部屋へと入るとゲイスと護衛兵が複数人おり、色めき立っていた。

 イエヤスの姿を確認したゲイスは驚きの声を上げる。

 

「な、何事だ!? き、貴様は!!」

 

 狼狽えるゲイスにセリュー直伝の冷たい眼差しを向けながら剣を持った右手を上げて剣先を向けた。

 

「人身売買と惨たらしい殺害を繰り返した大罪人ゲイス! お前の悪行もここまでだ!!」

 

 イエヤスの言葉である程度は察したゲイスは憤怒の感情に顔を真っ赤にさせる。

 

「ふん! やけに金を受け取らないと思えば、貴様も あの馬鹿共と同類か!!」

 

 やってしまえ、と唾を撒き散らしながら怒鳴るゲイスに護衛兵の隊長らしき人物が懐から笛を取り出す。

 他に配置されている護衛兵を呼ぶ笛を吹こうと口に咥えたその刹那

 

 イエヤスの一閃がその喉笛を裂き、呼び笛に届くはずだった空気は新たに作られた出口から血と共に吹き出す。

 

「呼ばれると分かっててやらせるかよ」

 

 隊長が一瞬でやられる様を見てゲイスは聞き苦しい悲鳴を上げながら別の出口から逃走を図る。させるかと駆けるイエヤスの行く手を遮る護衛兵達。間を駆け抜けゲイスのすぐ後ろまで差し迫ったイエヤスだが寸前のところで横からの斬撃に回避を選ばざるをえなくなり、ゲイスは部屋を出て行った。

 まんまとイエヤスから逃げ出したゲイスだったが、イエヤスに焦りはなかった。

 この部屋に来るまでの廊下に兵はなく、部屋の前の兵は片付けた。

 そして今、ゲイスの周りにいた護衛は全員イエヤスの目の前にいる。

 

 ゲイスは今、ひとりである。

 

 ここまでがテルシェとの打ち合わせ通りであった。

 

 

 

 

 

「ゲイス様! こちらです!!」

 

 イエヤスからほうほうの体で逃げ出したゲイスは途中で出会ったメイドを引き連れて裏口へと向かった。

 ゼイゼイと乾いた呼吸音を上げながら苦しげに走るゲイスだったが、裏口が見えておもわず笑みが零れた。

 

「っ!?」

 

 前を行くメイドがゲイスの背後に目をやり驚愕の声なき声を上げなら両手で口を覆った。

 まさか、もうイエヤスが来たのか!? と背後へと首を痛めそうな速度で振り返ったゲイスだったが、そこには今まで走ってきた廊下が広がるばかりで何もなかった。

 

「?」

 

 メイドは一体何に驚いたのかと首を元に戻そうとしたが、その前にゲイスは足を滑らせて転んでしまう。

 こんな時に何をやっているのか、と自嘲の笑みを零しながら立ち上がろうとするが、何故か手足に力が入らない。

 

「っ?、っ!?!?」

 

 何度力を込めても四肢は役目を果たさず、ゲイスは寝そべったまま。

 ゲイスの首から流れる小さな赤い川が床へと辿り着き池を作ってゆく。

 結局ゲイスは自分の身に何が起こったのか、理解することなく、生涯を閉じることになった。

 

 

 

 

 護衛兵を片付けたイエヤスが散々迷いながら裏口へと辿り着くと息絶えたゲイスだけがおり、テルシェの姿は見えなかった。

 死体はゲイスだけであり、辺りに争った跡もない為無事だと予測したイエヤスは、手筈通り、そのまま裏口から抜け出して屋敷を脱出するのであった。

 

 

 

 

 

 

 屋敷を脱出して去っていくイエヤスを貴族街の影から眺める者がいた。

 テルシェである。

 

 「………ふぅ」

 

 一仕事を終えたテルシェは一息上げながら懐に手をしのばせた。

 取り出したものの包みを開いて

 

 パクッ

 

 口に咥えた。

 口内に広がる甘く上品な味わいに身を震わせる。

 キャンディであった。

 身の震えに合わせて身体から煙が立ち込み始めテルシェの全身を包み込む。

 煙が晴れたその場所には先程とはまるで違った容姿の者が立っていた。

 

 薄い赤色の髪を靡かせたロングヘア。うさ耳を彷彿させるヘッドホンがトレードマーク。女性としてはやや低めの身長にスレンダーな体付き。

 茶目っ気の強い可愛い顔つきは悪戯猫と評するのが最も近いと思わせる。

 

「あの子がタツミが言っていたイエヤスかー」

 

 テルシェあらためナイトレイドの一人、チェルシーが呟く。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 自身をあらゆる生物に変化させる化粧品型帝具【変身自在ガイアファンデーション】の使い手であるチェルシーは暗殺対象であるゲイスの屋敷で働くメイドの一人に化けて機会を伺っていた。

 そんな時、イエヤスが屋敷に現れた。

 タツミに聞いていた外見と一致しており、ゲイスとの会話も聞いてイエーガーズの一人イエヤスである確信したチェルシーは後顧の憂いを絶つ為に、ゲイス暗殺にイエヤスを巻き込んで隙あらばイエヤス暗殺を目論んだ。

 

 だが、

 

 一見隙が多いように見えるイエヤスであったが、不思議と決定的な隙を見せることはなかった。

 ゲイスの書類に目を通している時など、かなりのチャンスだと思い気配を殺して近寄るが寸前で面を上げてチェルシーを見てきた。

 強い警戒心を見せる様子はないため、チェルシーの隠された殺気に気付いたわけでもないはずだが、それでも要所要所で隙を防ぐイエヤスに不気味な気配を感じたチェルシーはイエヤス暗殺を断念、従来の目的であるゲイスを暗殺して屋敷を去る選択をした。

 

 

 

 

 

「タツミに聞いてた通り、悪い子でもなさそうなんだけどねー、残念残念」

 

 目論見は失敗してしまったが、さして気にした様子もなくチェルシーは再び変身して帝都の中に溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 後日テルシェの無事を確認するためにクロメを通して帝国暗殺部隊に連絡を入れるが、当局にテルシェと呼ばれる者はいない、との返答をもらい首を捻るイエヤスの姿があった。

 

 

 

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