時は少し遡る。
ロマリー渓谷の岩肌の影に潜む一人の強化兵がいた。
名はトローマ。
スタイリッシュから桂馬の役目を与えられた強化兵である。
トローマはイエヤス達の乱戦を陰から眺め、ナイトレイド達に隙ができるのを窺っていた。もしくは負傷して後方へと下がるナイトレイドへの止め役でもあった。
そんなトローマに強化兵の一人が静かに近寄る。
「スタイリッシュ様から通達です」
セリューが現在孤立しているので援護に向かうように伝えに来た強化兵にトローマは了解してその場を立ち去ろうとする。
伝令の強化兵はスタイリッシュから渡されるように言われていた物があると言って懐から物を取り出すが誤って落としてしまう。
落とされた物がコロコロと転がりトローマの靴に当たり止まる。
「なにやってんだい」
強化兵のドジに呆れながらトローマは屈んで拾い、起き上がろうとするができなかった。
「ッ!?」
唐突な首の痛みと共に全身から力が抜けて倒れるトローマ。
動かない身体で後方に視線だけ向けると伝令役の強化兵の姿はすでに消え、代わりに見慣れない女性が佇んでいる。
「……き、貴様は……!?」
トローマの詰問にチェルシーは応えることはなく、トローマが疑問を抱きながら息を引き取る様を見届けたチェルシーは次のターゲットを目指して再び影に潜んで掻き消える。
カチッカチッ
弾切れを知らせる音にセリューは舌打ちをしてミサイルポッド 正義初江飛翔体を地に降ろした。
「コロと引き離して武具切れを狙うなど、悪らしい小狡い手を! ですが!!」
傍らに置いていた巨大ドリルを手に取り敵対するナジェンダに向けた。
「まだ5番、正義閻魔槍があります! そして武具が無くなれば拳で穿つ! 腕が無くなれば歯で食い千切る! 正義の心がある限り、私が止まる事などありはしない! 不屈の正義の前に己の悪行を悔いながら死に腐れ!!!」
ナイトレイドという巨悪を前にセリューの悪に対する憎悪は最大限にまで高まる。
「正義の狂信者か、こうはなりたくないものだな」
憎悪を宿した修羅の形相で正義を語るセリューを狂信者と評したナジェンダは振り回されるドリルに当たらないように避け続ける。掠るだけでも肉をえぐり取る危険性極まる武器だがナジェンダも伊達に場数は踏んではいない。
ドリルが壁に当たり石を散らすのを目端に捉えたナジェンダは素早くそれを掴みセリューへと振り掛けた。
目に塵が入り生まれた僅かな隙をついて、蹴りを食らわせ壁へと叩きつける。
「あぐっ!?」
背中を強く打ち苦悶の声を上げたセリューの手からドリルが零れる。
抜け目なくドリルを遠くへと蹴り飛ばしたナジェンダは丸腰となったセリューにとどめとばかりに義手の右手を振り絞った。絡繰り仕掛けの義手からは異音とも呼べる機械音が鳴り響き尋常ではない力が込められていることを知らしめる。
「……正義…を、ナ、メ、るなぁーーーー!!!」
意地の裂帛を発するセリューは腕から異音が奏でながら掌をナジェンダへと向ける。
セリューの掌に大きな黒子のようなものを確認したナジェンダだが、それが黒子などではなく、銃口だと悟ると同時に攻撃を中断して身を屈ませた。
セリューの両手から火花と銃弾が飛び出しナジェンダの上を通過した。
必殺の隠し種を避けられてしまったセリューだが、気落ちすることはなく、ナジェンダへと連射しながら落ちたドリルの元へと駆ける。
ナジェンダも追うが、銃撃を避けながらだと勢いが弱く、まんまとドリルを拾われてしまう結果となった。
決着の機会を脱されてしまい、気勢の削がれたナジェンダは脳内でどう攻め立てるか新たに判明したセリューの武器を含めて組み立て始める。
だが
「!!」
ナジェンダは左手の中指に絡まった糸が引っ張られる感覚に息を呑んだ。
ナイトレイドの一人、糸使いのラバックには今回、分断したエスデス達の動向を監視する役目を与えており、何かあれば糸で知らせる手筈となっていた。
指それぞれに糸が巻かれており引っ張られる糸によって情報を伝える寸法だった。
そして中指の糸が知らせる内容は
エスデス達、そちらへと移動開始、任務急がれたし
であった。
エスデス達の足止めとして帝国東を根城としている盗賊団にエスデス達の情報を漏らしていたナジェンダであったが、予想を遥かに上回るスピードで討伐されてしまった事を悟る。
時間の猶予がなくなった事に焦りを覚え始める。
さらに
「ッ!?」
突然の感覚にナジェンダの身に緊張が走った。
マスター権限でリンクしている人型帝具 スサノオの身に非常事態が起こった事を悟る。
思わずスサノオ達が戦っている方向へと顔を向けると、ちょうどタツミが凄い速さで彼方へと吹っ飛ばされていく姿がナジェンダの瞳に映った。
スサノオの大ダメージ、タツミの戦闘不能を知ったナジェンダは隙ありと突撃してくるセリューをいなしながらスサノオの元へと走る。
スサノオ達の戦場がナジェンダの視界が捉えたちょうどその時、コロがセリューに合流せんと駆けており、その後ろをスサノオが追いかけていた。
体力を消耗したスサノオ、片腕を失っているレオーネを確認したナジェンダは流れがイエーガーズへと向いていると確信して決断した。
「スサノオ、奥の手だ!!!」
「了解!!」
ナジェンダの指令にスサノオは待ってましたとばかりに快諾を返し、両手を胸の前で合わせた。
ーーーーー
スサノオの黒髪が白く染まり、白き角は黒く染まる。
「……うぅ」
スサノオのはだけた胸の中央にあるコアにナジェンダの生命力が吸い込まれ、ナジェンダは小さく呻き声を上げて倒れた。
隙だらけのナジェンダを目の前にして、セリューとコロは動けない。
それほどの威圧をスサノオは発していた。
【電光石火スサノオ】の奥の手はマスターから生命力を吸い上げる事によって力の底上げを行うものである。吸われる生命力が多く3度使えば必ず死ぬ。
だが、得られる力は絶大であり、まさに無双の力を発揮する。
スサノオの尋常ではない雰囲気を肌で感じたセリューもまた、即座に決断した。
「コロ! 奥の手!!!」
「キュッ!!」
白い全身が朱に染まる。深淵だった目は血走り狂気を宿す。口端が裂けありえない程の弧を描く。
【魔獣変化ヘカトンケイル】の奥の手。それは狂化と呼ばれる戦闘能力を向上させるものであった。スサノオとは違い内部エネルギーを消費するため、使用回数に制限はないが代わりに一度使うと数か月間休息が必要になる。
ギャオオオオォォォオオオオオ!!!!!
この世のものとは思えない大爆音な雄叫びは衝撃波を伴いスサノオを襲う。
だが、スサノオは全く意に介した様子を見せずコロへと飛び込む。
互いに素手による連打を繰り出し夥しい轟音を響かせた。
横たわるナジェンダを背にスサノオは一歩も引かない。
同じ戦闘能力を強化する奥の手であるスサノオとコロだが、休息期間が必要だが何度も使える狂化と3度しか使えない禍魂顕現では瞬間的な火力に差があった。
徐々に押されだしたコロにセリューは焦りを覚える。
「狂化したコロが圧されている!? おのれ悪の分際で!!」
セリューはコロから武具を求めようとするが、スサノオがその隙を与えない。
「イエヤス! セリューのとこに行ってやれ! あれはまずいぞ!!!」
ウェイブは共にアカメとレオーネを追い詰めていたイエヤスを促した。
こっちはトビーと強化兵でなんとかするというウェイブにイエヤスは感謝してセリューの元へと駆ける。全身を蝕む激痛に耐えながら。
「セリュー先輩! 無事ですか」
「イエヤスくん! はい、大丈夫です! ですが……」
互いに無事を確認して安堵が心によぎるが状況は予断を許さない。
イエヤスはカリバーンを手に、セリューは手に仕込まれたライフルでコロに加勢するが形勢は変わらずスサノオの強さは抜きんでていた。
そこにまた一人、現れた者がいる。
「スタイリッシュ様に言われて合流してみれば、すげぇのがいんじゃねーか!」
肉壁としていた強化兵達に足止めを任せてカクサンが駆けつける。
カクサンはパンプキンを構えて会心の笑みを浮かべる。
「すげぇのがいるって事はピンチってことだよな? だったらコイツでお終いだな」
ピンチを威力へと変換するパンプキンを生かせる状況に喜び勇んだカクサンは照準をスサノオに合わせる。
「他の奴らは避けろよ? オッラァァアア!!!」
カクサンが撃ってきた中でも間違いなく最大級の火力を以てパンプキンがエネルギー弾をぷっぱなす。極太のそれはスサノオへと伸びてゆく。
だが、威力がデカすぎるが故に早い段階で察知できたスサノオは大火力のそれに慌てることはなく、片手を翳した。
ーーー
翳された手の先に巨大で半透明な鏡のようなものを具現化させる。
パンプキンを射撃を受け止めた鏡はそっくりそのままの威力を跳ね返した。
「な、何ぃ!?」
渾身の一射を跳ね返されて動揺するカクサンだが、なんとか横へと跳ぼうとする。
だが、その瞬間パンプキンを持った手に違和感を感じて視線をやる。
そこにはハサミによって切断された己が腕とパンプキンを回収するシェーレの姿があった。
一瞬克ち合った目でシェーレは雄弁に語る。
パンプキンによる射撃がない状況で、あの程度の数の兵を突破するなど容易な事、侮りすぎましたね。パンプキンは返して頂きます。それでは。
会って間もないカクサンには一ミリも伝わらない事を目で十分に語ったつもりになったシェーレは八咫鏡の反射に巻き込まれないように跳び去る。
腕を斬られて避けるタイミングを逃したカクサンを己が放ったエネルギー弾が焼く。
「俺様が……こんなと、こ……ろ………で…………」
凄まじい火力に全身を焼かれながら灰に帰るカクサン。
カクサンが息絶えるのを視認したスサノオはコロ達がカクサンの射撃を避けるために身を引いた事を利用する。
両手を頭上へと翳すと無から剣を具現化した。
ーーー
スサノオの両手に握られた超長剣から発せられる覇気にイエヤスは背筋を凍らせる。
「やっべぇ!! みんな避けろ!!!!」
イエヤスの叫びを浴びながら剣が袈裟に振り下ろされる。
最大限警戒していたイエヤス、セリュー、コロはなんとか回避に成功する。
だが、スサノオの超長剣の範囲は半端ではなく被害は他にまで及んだ。
「ぐっ、うおぉぉぉぉぉぉーーーー」
イエヤス達とは少し離れてアカメ達と戦っていたウェイブはイエヤスの声に反応してなんとか剣でガードをしたものの威力を相殺しきれずに吹っ飛ばされる。それは皮肉にもイエヤスがタツミに食らわせたものに同じ結果を齎した。
「がぁ、攻撃に夢中になりすぎまし、た……か………」
目の前の標的に熱くなっていたトビーは天叢雲剣を直撃で食らってしまっていた。
胴体を両断されたそれもまた、イエヤスが疾風でスサノオに行ったのと同等のものであった。
トビーはスサノオとは違い、そのまま絶命する結果は全く違っていた。
「……カクサンとトビーが死亡、ウェイブちゃんは……戻ってこれそうにないわね」
スタイリッシュは戦況を冷静に整理する、そして
「………ここまでね、撤退しましょ」
決断する。
コロがスサノオと接敵する。
凄まじい結果を残した天叢雲剣だが、一振りで掻き消える様を目撃したイエヤス達は剣は具現化する隙を与えなければ使用できないと読み、セリューがコロにスサノオから離れないように指示をする。
イエヤスとセリューはトビーとカクサンが死にウェイブが飛ばされたことによって自由となったアカメとレオーネとシェーレの相手に追われていた。
と、そこへ強化兵が伝令に現れ撤退を知らせてくるが、撤退する隙など何処にあるんだとイエヤスは困惑した。
だが、突然アカメ達の動きがぎこちなくなる。
スタイリッシュの切り札とも言える散布された強烈な痺れ薬の効果であるという説明を強化兵が行う。
巻き込まれないように慌ててアカメ達から距離を取るイエヤス達。
強化兵達は解毒剤が投与されているため、後は自分たちに任せるように言った。
強力すぎるスタイリッシュ特製の痺れ薬はその解毒剤もまた強力であり、一般の人間に投与すれば途轍もない苦痛を伴う副作用が発生するため、イエヤスやウェイブには投与されていなかった。
身動きが取れないアカメ達を守る為にスサノオはアカメ達の近くへと場所を移したが、スサノオに薬が効いている様子はない。見た目は人だがあくまで帝具であるスサノオには対人間用に調合された痺れ薬は効かない様子だった。
「くっ、正義が悪に屈するなど許されない!!」
撤退に反対するセリュー。
「セリュー先輩……、今回ナイトレイドの狙いは俺達の命です。つまり俺達が死ななければ奴らに負けたことにはならないはずです。どうかここは……」
「…………くっ」
すでに薬は散布され、このままだと動けるのはスサノオと歩兵の強化兵だけとなる。そうなれば自分たちにできる事など何もなく、事態は撤退しかできない状況になったと言うイエヤスの説得にセリューは苦渋の表情をしながらも渋々と承諾した。
「……分かりました! コロ!!!」
同じく薬の効かないコロがスサノオと戦闘中であったため呼びかけるが反応がなかった。
いまだ狂化は続いており、かつてない強敵を前に興奮状態にも陥っているため離れたままだと声が聞こえなくなっているのだ。
一旦コロに近寄って呼んでくるというセリューにイエヤスは痺れ薬の効果が直ぐそこまで来ているため危険だと言った。
「その通りです。ですからイエヤスくんはすぐにここを離れてください。幸い私は微量ですがドクター・スタイリッシュから解毒剤が投与されているのでちょっとは大丈夫です」
いざとなればコロに担いでもらって離脱します、と言うセリューにイエヤスは判断に迷ったが問答の時間はないと決断する。
「……分かりました。絶対、後から来てくださいね!? 約束ですよ!!」
「もちろんです! 正義は約束を破りません!!!」
後ろを何度も振り返りながら離脱していくイエヤスにセリューは苦笑しながらコロに呼びかけるために戦場へと駆けて行った。
セリューを信じて渓谷を抜け町へと向かおうとしたイエヤスだったが、
「あっそうだ! ウェイブのやつに撤退したって事を知らせないと!」
ウェイブは闘いの最中に吹き飛ばされてしまったので、撤退した事実を知らない。
もし怪我をおして戻ってきた場合を考えてウェイブに知らせる必要があると考えたイエヤスは歩く方向を変えてウェイブが飛ばされた方向へと向かうことにした。
「……ハァ……ハァ……」
無事コロを回収したセリューが森の中を駆ける。その腕の中ではコロが眠るようにぐったりとしていた。
「……クソッ………クソォ……」
悪態を零しながら悪に裁きを下せなかった悔しさに視界を滲ませる。
もっと力があれば、もっと強さがあれば、もっともっともっと
せっかくナイトレイドを討伐できる一遇のチャンスをものにできなかった事実がセリューの心に重く圧し掛かった。
握り締める腕に知らず知らず力が籠もりコロが寝辛そうにしている。
コロを回収する際に大量の痺れ薬を吸い込んでしまい、解毒薬を以ってしても多少痺れる身体を無理強いしてセリューは走り続ける。
「っ!!」
前方に気配を感じたセリューは足を止める。
コロを片手に掌の銃口を向けたセリューが誰かを問う前に、気配は姿を現した。
セリューは現れた人物を目にして警戒心を解いて思わず笑みを浮かべた。
「イエヤスくん! もっと先に行ってるかと思ってました」
「セリュー先輩! 無事で何よりです!!」
再会を果たし互いの無事を喜び合う二人。
イエヤスはセリューの腕の中で眠っているコロの事が気になるようであった。
「コロは大丈夫なんですか?」
コロを心配するイエヤスにセリューは奥の手を使った反動だと説明する。
数か月は動けなくなるという話にイエヤスは痛ましげな視線をコロへと向けた。
「コロには戦いの最中、何度も助けてもらいました。目を覚ましたら改めてお礼を言わせてください」
「はい! コロが目を覚ましたらイエヤスくんに一番に知らせますね!」
イエヤスの言葉に笑みを浮かべて返すセリューだが、そこでイエヤスはある事に気付く。
「あれ? セリュー先輩、首元から血が……」
イエヤスに言われて首に手を回したセリューはそこで初めて負傷に気付いた。
ナジェンダとの戦いの中、壁に叩きつけられた際に岩肌で切ったものだと思われた。
「軽く応急処置だけしておきましょう」
ポケットから救急セットを取り出すイエヤスにセリューは、ではお言葉に甘えて、と言って
警戒心を欠片も見せず背中を向けて細い首を晒した。
「……………」
イエヤスは無言のまま、そっと近寄っていく。
一方その頃、
「………うし、なんとか動けるまで回復したか……っぅ」
腕を抑えた格好でウェイブが一人呟く。
スサノオの一撃で彼方へと飛ばされたウェイブはどうにか着地には成功するものの受けたダメージが大きくグランシャリオは解除されてしまい、身動きも取れないでいた。
しばらく樹に寄り掛かった状態で安静にしていたウェイブは動ける状態にまで回復した事を確認して行動を開始する。
「今の俺が戻っても力になれるか分かんねぇけど、このままでいられるかよ!!」
再び渓谷へと戻ろうとしたウェイブは前方から人の気配を感じた。
「誰だ?」
ウェイブの問い掛けに答えながら現れた人物を見てウェイブは驚きと共に声を上げた。
「イエヤスじゃねーか!!」