イエーガーズがキョロクに来て数日が経った。
護衛をイエーガーズに任せて積極的に町に出た羅刹四鬼は反乱軍の諜報員を次々と発見し狩り尽くす勢いであった。
だが、ナイトレイドの発見報告は未だ上がっておらず、やきもきとした思いを抱えてイエヤス達は護衛の日々を送っていく。
現在イエヤスは休憩時間をもらい、手持ちの昼食を中庭で食べようと移動しているところだった。
中庭についたイエヤスがどこで食べようかと視線を巡らす。
「あれは……」
セリューが座り込んでる姿を確認して近付く。今日のセリューは町巡りの日であったが一度戻ってきているようであった。
スタイリッシュから授かった武具一式《十王の裁き》を磨いているセリューの隣ではコロが丸くなって眠っていた。
「あっ、イエヤスくん、昼食ですか?」
「はい、隣いいですか?」
セリューはコロとは反対側の地面をポンッと叩き了承を示す。
座り込み昼食を取り始めたイエヤスはセリュー越しに眠っているコロへと視線を向ける。
「コロはまだ眠ったままですね」
イエヤスの視線につられてコロへと視線を向けたセリューは優しい手付きでコロの頭を撫でる。
「そうですね、まだしばらくは休息期間がいりそうです。……もしかしたら、この護衛任務中に目覚めることはないかもしれませんね」
ボリックの護衛任務がいつまで続くか聞かされてはいない二人であったが、いつまでも帝都を留守にしているわけにもいかない。
《狂化》の代償として数か月の休息期間が必要なコロが護衛任務中に目覚める可能性はあまり高くないと語るセリューは口惜しそうな表情をしていた。
「俺がセリュー先輩とコロの分も頑張りますから安心してくださいよ!」
己の二の腕を抑えてアピールするイエヤスにセリューは小さく笑みを浮かべる。
「フフッ、イエヤスくんが頼りになる事は知ってますよ。初めて会った時からずっと頼りにしてます」
そこまで言ってからセリューはある事を思い出したようで、ただ、と付け足した。
「イエヤスくんを頼りないと感じたのは寝坊した時ぐらいです」
「それは忘れてくださいよ…、もう昔の話ですって」
方向音痴は相変わらず見慣れない土地では発揮しているが寝坊に関しては、する度に行われるセリューの地獄特訓の成果により完全に克服しているイエヤスは過去の自分を恥じるように頬を赤くする。
「私のおかげですね!」
ちょっとだけイエヤスをからかうセリューの明るい表情にイエヤスは大袈裟なリアクションをしながら内心安堵した。
渓谷の一件からセリューが時折思い詰めたような表情をすることをイエヤスは気にしていた。
イエヤスの昼食が終わるのとほぼ同時に二人の傍をある団体が通り掛かった。
「あれって確か……」
「安寧道の教主様ですね」
黒マントを羽織り中分けに切り揃えられた長髪から覗く額には文様が描かれている。端正な顔には謎めいた微笑を浮かべ背後に護衛も兼ねた信者を連れている。
二人の視線に気付いた教主は歩く方向を変え其方へと向かった。
「こんにちは」
教主の挨拶にイエヤスとセリューも返す。
「ボリックから話は聞いています。はるばる帝都から護衛をしにきたとか」
教主は笑みを絶やさずに視線を町へと向けた。
「キョロクはどうですか? 帝都に住む皆さんを退屈にさせてなければいいのですが」
「いえいえ、キョロク独特の街並みや食事など興味深いものも多くて退屈だなんてとんでもないです!」
「そうですよ、それに町を歩く人達の表情も帝都に比べると明るいような気がします」
イエヤス達が口々にキョロクを褒める姿を見て教主は嬉し気に浮かべていた笑みを深めた。
「それは良かった。ここキョロクは安寧道の総本山と呼ばれていますが、決して安寧道の方でなければ住み辛いなどということはないので気兼ねなく満喫していってくださいね」
そう言って去っていく教主を見送った二人は教主の印象を話す。
「なんだか不思議な雰囲気を持った人でしたね」
「そうですね、声が頭の奥深くまで浸透していくような、それでもって不快じゃないっていうか……」
あれが多くの信者を束ねる者のオーラか、とイエヤスとセリューは納得しながら頷き合う。
「よっす! なに話てんの?」
そこに町で反乱軍の諜報員探しから休憩しに来たメズが入ってくる。
二人はたった今の出来事を話した。
「……うーーん」
メズは微妙な顔をした。
大臣の専属部隊として色々な内情を知っているメズはボリックが近々教主の暗殺を企てている事を知っていた。というより羅刹四鬼が暗殺役を担う事になっていた。
さらに言えば、このまま教主を放置すれば帝国に対して武装蜂起する可能性が高いという話もメズはボリックから聞いていた。
メズは本当に微妙な顔をした。
そして
まっ、いっか
考えるのをやめた。
「ところで風くん、午後から時間ある? 前に案内しそこなった出店があるんだ、そこの氷菓子が美味しいだよねー」
メズの誘いにイエヤスは午後からは護衛の任務があるから無理だと伝える。
「そっか、夜はまた諜報員探しがあるからまた今度だね」
大して気にした様子もなく引き下がるメズ。夜に町へ出るというメズにイエヤスはとあることを思い出した。
「夜といえば、確かランも夜に空から偵察をしてみるって言ってたな」
イエヤスとメズのやり取りを聞いていたセリューは少し目を丸くしながら口を開く。
「二人は随分と仲が良さそうですが、先日の歓迎会が初対面ではないんですか?」
セリューの質問にメズが帝都の宮殿での出来事を話した。
「そうなんですか……」
手元に置いた正義閻魔槍に視線を落としてタオルで汚れを落としていくセリューにイエヤスは何も思わなかったが、メズだけはなんとなく気付く。
それは女の勘とでも呼べる代物であった。
メズにはセリューの動きにどこかぎこちなさがあり武具の手入れに集中できていないように見えた。
イエヤスとメズの関係を聞いてそうなったように考えたメズはイエヤスへと近寄って腕を掻き抱く。
「風くん、ちょっと、こっち」
「ん? どうした?」
ピクリ
セリューの指が一瞬反応したところを見たメズは確信する。
イエヤスを連れてセリューから少し離れたメズは口に手を当てて声漏れを防ぐ姿勢を取ると耳打ちする。
「風くん、もしかしたらあの子に脈あるかもね」
「え!?」
予想外な言葉にイエヤスは驚きの声を上げながらセリューをチラ見する。
セリューは雑念を払うように一心不乱に武具を磨いている。
「ど、どこを見て、お、思ったんだよ!?」
顔を真っ赤にさせながら聞くイエヤスにメズはなんとか耐えようと頬を膨らますが、一瞬で限界を迎えて吹き出してしまう。
「プッ、アッハッハッハ! 風くんってば分かりやす過ぎぃ」
突然笑い出したメズにイエヤスが目を丸くする。
ひとしきり笑って満足したメズはイエヤスの肩をポンポンッと叩いた。
「ま、アタシの気のせいかもしれないから、じゃあね!」
まるで逃げるように足早で走り去っていくメズ。
「……なんなんだよ」
言いたい事を言うだけ言って去っていったメズにイエヤスはいつものようにからかわれただけかと先程の発言を忘れることにした。
中庭を出て廊下を走るメズは今から諜報員探しへと出るところだったスズカとシュテンの元へと辿り着いた。
「あれ? 午後は休んで夜からやるって言ってなかった?」
スズカが首を傾げながら問う。
「そうだっけ? まぁいいじゃないっスか」
メズは腕を回してやる気をアピールしながらスズカとシュテンの先頭に立ち外へと繰り出した。
それを見送った二人は目を合わせて首を竦め合う。
「何があったかは知らぬが随分と元気が有り余っているようだな」
「そうかな? 私には元気で何かを誤魔化しているようにも見えたけど」
とりあえず先走るメズを追いかけてゆく二人であった。
町へと繰り出した3人は時折別れたりしながら調子よく反乱軍の諜報員を見つけていき狩っていく。
日が落ち夜も更けてきた頃、メズは一人の女に目を付けた。
民家の屋根上で女から視線を外さずに隣のシュテンへと話し掛ける。
「ねぇ、シュテン。あの女怪しくない? 周囲を探る雰囲気を感じるなぁ」
「ふむ、なにより足運びだ、多くの修羅場を潜り抜けてきた者の動き、気を付けておるようだがワシには分かる」
二人に見抜かれた女の正体は変装しているレオーネであった。ボリック暗殺の準備を任されていたレオーネだが単純作業のため息抜きも必要だろうとボスであるナジェンダの計らいにより町へと繰り出していたところであった。
「決まりだね、殺しちゃおうぜ」
「違うだろメズ、魂の救済と言え」
この世を地獄だと認識しているシュテンは命を奪う行為を地獄から解放する救済行為だと本気で考えていた。
さっそく仕留めようと飛び降りかけるメズの髪を掴み、たった今合流したスズカが待ったを掛ける。
「ぐぇっ!? なんスか先輩」
いきなり髪を引っ張られて奇声を上げたメズは抗議の声を上げた。
スズカはしばしレオーネを観察して小さく頷く。
「やっぱり、報告にあったナイトレイドの一人に容姿が似ている気がするわね。変装しているようだし確信は持てないけど」
スズカの言葉にメズとシュテンは目を見開いて驚きを露にする。
「マジッスか、だったらなおさら確実に仕留めないと!」
「うぬ、スズカよ、メズを引き留めたのはナイトレイドゆえに油断せぬようにと云う事だな?」
強敵を前に血気に逸る二人にスズカは違う違うと手を振って否定するとレオーネを指差した。
「もしかしたら仲間や潜伏している場所が分かるかもしれないから、少し泳がそうと思ったのよ」
スズカの案になるほどと納得をして見せたメズとシュテンはスズカに従う事にした。
レオーネを視認できるギリギリの距離から追う3人。レオーネはその足で町を出てすぐにスズカの狙い通り二人の仲間と合流するのを確認する。
変装しているタツミとシェーレであった。
キョロクの町の偵察を行っていたナイトレイドの3人が情報交換をしていた。
「先輩の読み通りだったね、どうする? このままアジトまで案内してもらっちゃいますか?」
「……そうね。このまま尾行を続けましょう」
メズの発言に僅かな間を置いて賛同を示すスズカだが、それにシュテンが異を唱える。
「……いや、ここでナイトレイド3人を仕留めるべきだな」
「? どうしてッスか?」
理由が思いつかずに首を傾げるメズとは違い、スズカはシュテンの言葉にギクリといった様子で肩を震わせた。それに気付いたシュテンはやや半目をしながらスズカを睨みつける。
「スズカ、分かっておったな?」
「なんのことかな?」
しらばっくれるスズカにシュテンは溜息を吐きながら反対した理由を述べた。
気配が散在している街中ならばともかく、周りに人の気配がしない郊外へと出てしまえば尾行に気付かれる可能性はかなり高まる。
相手は帝都を騒がせ、エスデス率いるイエーガーズですら一筋縄ではいかないやり手集団であるナイトレイド。如何に皇拳寺羅刹四鬼と云えど確実にバレない保証はなかった。
もし尾行がバレてしまえば待ち伏せにあい、最悪ナイトレイド全員を相手にしなければならない事態も考えられた。
故にリスク管理の関係から、ここは欲を掻かずにナイトレイド3人を仕留めるべきだとシュテンは話した。
「スズカがそれに気付きつつも話さなかったのは、ナイトレイド全員に囲まれる状況を望んでのことだろう」
「あーー、先輩の悪い癖が出ちゃったわけッスね」
ここで仕掛ける理由もスズカが言わなかった訳にも納得した様子のメズにスズカは観念して認めた。
両手で身を抱きながら身震いしつつ頬を赤く染めるスズカ。
「だって! 最近刺激が足らないんだもの、護衛任務でジッとして、たまに相手しても雑魚ばかり! そんな溜まってる状況であんな覇気を纏ったエスデス様を見せ付けられてもう堪らないよ! 最高の快楽を求めてナイトレイドのアジトに突っ込んでも仕方ないでしょ?」
「……うわぁ、としか言えないッスよ、先輩」
小声の早口で捲し立てるという器用な事をしながら暴露するスズカに率直な感想を述べるメズ。
スズカの言い分に首を横に振って呆れを表したシュテンは今はナイトレイド3人で我慢するように言った。油断を許さぬ十分な強敵であることには違いないというシュテンにスズカは渋々了承した。
「メズにはエスデス殿にナイトレイド発見報告を頼めるか?」
「まぁ大事だね、了解。すぐにエスデス様達を連れてくるよ」
メズは茶目っ気で敬礼をしてその場を離脱して町へと向かう。
「さて、魂の救済を始めるとしようか!」
「頼むわよぉ! ナイトレイドのお三方!!」
羅刹四鬼のシュテン、スズカの2人がナイトレイドのタツミ、レオーネ、シェーレへと突っ込んでゆく。
スズカが爪を伸ばしてシェーレを貫こうとし、シュテンが拳を唸らせてタツミへと殴りかかる。
「!? 敵襲か!!」
野生の勘を働かせて一番最初に勘付いたレオーネが他の二人の首根っこを掴み回避させた。
「うおっ、危ねぇ!」
「レオーネ、感謝します」
九死に一生を得た二人は鎧を纏い、ハサミを構え臨戦態勢を取った。
レオーネも帝具を発動させて獣耳を生やし獣化する。
スンッスンッ
強化された鼻を鳴らしたレオーネは顔を顰めた。
「まずいな、一人町へと向かっていやがる。増援を呼ばれたら厄介だぞ」
匂いを頼りに追う事ができるレオーネが追う役を買って出る。
「でも姐さんは……」
言い淀むタツミにレオーネはタツミの言わんする事を理解するがニカッと笑いタツミの頭をガシガシと撫でた。
「大丈夫大丈夫! 坊やがお姐さんの心配なんて十年早いっての!」
シェーレにタツミの事を頼んだレオーネはメズを追うべく駆ける。
「そうはさせんぞ!」
メズを追わせない為にシュテンはレオーネを止めようとする。
「っ!? ぬん!」
重力を感じさせない静かな動きで肉薄してきたシェーレがエクスタスで裂こうとしてくるのを寸前で避ける。時には武器にも使用するシュテンの頑丈な髭が僅かに切断され宙を舞う。
「貴方達の相手は私達です。よろしくお願いします」
立ち塞がるように立つシェーレとタツミ。
「過保護もその辺にしときなよシュテン、一人くらいメズもなんとかするでしょ」
「うぬぅ、そうだな」
スズカに窘められてたシュテンは渋々レオーネを追う事を諦め、改めて構え直した。
シュテン&スズカ VS タツミ&シェーレ
「!!」
背後から迫る跳び蹴りを身を翻して躱すメズ。
地面へと蹴りが炸裂して大きな土煙を上げた。
「やっと追い付いたぜ、町には行かせねーよ」
土煙から現れたレオーネは腕を回して調子を確かめながらメズを指差す。
「獣耳生えてる! 面白い帝具だな」
軽口を吐きながらも臨戦態勢を取るメズに不気味さを感じ取ったレオーネは油断なく睨め付けた。
メズ VS レオーネ
皇拳寺羅刹四鬼とナイトレイドの戦いが今始まる。