夜、ボリックの屋敷にて
長い廊下、ボリックの寝室へと続く扉の前で扉を挟むように椅子に腰掛けた二人の男がいた。
寝室で寝静まっているボリックを護衛しているイエヤスとランであった。
ちなみに寝室は地下であった。
本来は見晴らしの良いテラスがある2階に寝室を設けていたのだが、防衛上の問題から寝室への侵入口が一カ所しかない地下へと変更したのであった。
さらには地下に寝室を複数設けてランダムに寝る場所を決める徹底ぶりであった。
「「………………」」
二人が静寂を包む中、ランはイエヤスへと視線だけを向ける。
最初はしっかりと緊張感を持って護衛任務に臨んでいたが護衛を始めて数時間、流石に集中力が切れてきたのか時々カクンと首を落としては横に振り持ち直すという動作を繰り返していた。
元々落ち着きのないイエヤスに護衛任務は辛いだろうと読んでいたランはその様子にクスリと笑った。
「少し話でもしますか?」
小声でランは話し掛けた。
真面目なランが任務中の雑談を提案した事に驚くイエヤスにランは肩を竦めて見せる。
「強襲は罠や警備の多い屋敷ではなく、近々行われる大聖堂での祈りの日を狙ってくると読んでいますからね。それにもし地下へと続く扉が開けば風の流れが分かるイエヤスならすぐに把握できるでしょう?」
ランの言葉に頷いて見せるイエヤス。
「なら大丈夫でしょう。羅刹四鬼にすら気付いたイエヤスの感知能力を信用しますよ」
ランは前から聞こうと思っていた事を口にした。
それはイエヤスが帝都で日頃世話になっているブドー大将軍の事であった。
他人に厳しく自分にはもっと厳しい、実直を絵に描いたような武人であり若人を鍛える事を生きがいとしており、その生涯を帝国と皇帝に捧げる事を決めている人物。
情報収集により集めたブドー大将軍の人物像を話すランにイエヤスは同意し、もう話す事がないレベルだと言った。
「私が聞きたいのはイエヤスから見たブドー大将軍の話ですよ。接していてどう思いましたか?」
イエヤスはブドー大将軍の事を思い浮かべた。
大体はランの言った通りの印象をイエヤスも持っていたが一つ思うところがあった。それはイエヤスが初めてブドー大将軍と出会った時の事と今は亡き麗しき槍使いスピアと話している時の事であった。
オーガ隊長を亡くし気落ちしていたイエヤスにブドーは欲しい言葉を掛けてくれた。
スピアと話すブドーは鍛錬を行っている時とは違い物腰が柔らかく親しみを感じされる雰囲気を放っていた。
その話をイエヤスから聞いたラン顎に手をやり熟考するように考え込む。
再び沈黙に支配され始めた廊下でイエヤスはついでなので自分も前から気になっていた事を聞くことにした。
「そういえばさ、ランが帝国を変えたい理由って聞いた事なかったよな」
「……言われてみればそうでしたね」
顎に当てていた手を離したランは恍けるように言葉を紡いだ。
「今の大臣の所業を見て変えたいと思わない方がどうかと思いませんか?」
ランの言っている事はもっともなことであったが、本音を誤魔化していると感じたイエヤス。だが、追及するのはやめておくことにした。
「まぁ、ランが言いたくないなら言わなくてもいいけどよ」
そう言いつつもイエヤスはつまらなそうに口先を尖らした。
そんなイエヤスの様にランは苦笑で返し、僅かな沈黙の後
「………ちょっとした昔話をしましょうか」
語る。
帝国の中央部にとても評判の良い領地がありました。
肥沃の大地に恵まれ、治安も良く領主はそれが自慢でした。
そこで働く一人の教師がいました。生徒たちは皆優秀で将来有望な子供達が集まっています。
しかし、ある夜、凶賊の手によって生徒達は皆惨殺されてしまいました。
ところが領主は治安の良い領地という評判を惜しみ事件を闇へと葬りました。
残された教師は結局、自分の住んでいる場所も帝国の腐敗がまかり通った見せ掛けだけの場所だと知り帝国を変えようと決意しました。
話を聞いたイエヤスはランが元教師であることを知り納得した。
「なるほどなぁ、どおりで先生っぽいと思ったわけだ」
「意識していたわけではなかったので、あの時は意表を突かれましたよ」
会議室での出来事を思い出したランは懐かしむように目を細める。
「話してくれてありがとな」
「話すほどの事ではないと思っていただけですよ」
なにかと底を見せないランが初めて本音を話してくれたような気がしたイエヤスはむず痒さを覚える。
とそこで
「………ッ!」
イエヤスは腰の柄へと手を掛けた。
ランはイエヤスの様子の変化に問い掛ける事はせず、同じく警戒心を露わにして目で問う。
「……二人」
ランの目配せの意を汲み取り答えたイエヤスにランは頷き廊下の先へと視線を向けた。
二人が視線を注ぐ廊下の先から足音が聞こえてくる。
「………フゥ」
姿を現した足音の正体にイエヤスは息を吐き緊張を逃がした。ランもそれに続く。
「お疲れ様、交代の時間だよ」
ランプの明かりのみが頼りの地下で闇夜の溶け込むような漆黒の衣装に身を包んだクロメと、その背後には八房から呼び出したナタラが立っていた。
「もうそんな時間でしたか、それではイエヤスはお疲れ様です」
「じゃ! お先に」
イエヤスはランに別れの挨拶をし、クロメに後を頼むと自分の寝室へと向かった。
自室へと続くロビーへと差し掛かったイエヤスはボルスを発見する。
ボルスはソファに座り手紙を読んでいた。熟読しているボルスは近寄ったイエヤスに気付かず読み耽っていた。
声を掛けようと近寄ったイエヤスだったが集中して読んでいるのを邪魔するのも悪いと思い方向を変えて睡眠を取るべく自室へと足を向けた。
「…………あっイエヤス君」
ちょうど手紙を読み終えたボルスが面を上げて去っていくイエヤスの背に気付き声を掛けた。
振り返ったイエヤスはボルスが手紙を読み終えた事を確認して近くのソファに座った。
「気を遣わせてごめんね。別に話し掛けてくれても大丈夫だから」
「いえ別に用事があったわけではないので、こちらこそなんかすいません」
申し訳なさそうにしているボルスにイエヤスは、ならばと遠慮を取っ払って質問する。
手紙について。
「あぁ、家族から手紙が届いてね。キョロクに着いてすぐに手紙を出したんだけど、その返事が来たんだよ」
ボルスは今も昔もいつ死んでもおかしくない仕事を行っている。
なので定期的に手紙で家族に無事を知らせるのが日課となっていた。
機密性を守る為に詳しい仕事内容や現在位置を書くことはできないが、それでも互いに無事が確認できるので今も続いている。
ボルスの話を聞いてイエヤスは脳裏に宮殿の会議室で見たボルス一家の姿を浮かべる。
美しい奥さんと可愛い娘に囲まれたボルスは幸せそうで僻む気持ちも霧散していったことを思い出す。
「イエヤス君はどうなんだい? 故郷に手紙は出してるの?」
ボルスの質問にイエヤスは応える。
元々帝都へは出稼ぎに来ていたイエヤスは定期的に仕送りを送っていた。
その時についでに軽い近況報告の手紙を添えていた。
返事の手紙も何通かは来ていたが、仕送りのおかげで今年の冬は問題なく越せそうだという事以外は特に特筆することはなかった。
「そうか、イエヤス君は故郷の為に頑張っているんだったね」
「別にそれだけが目的ってわけでもないっスけどね、立身出世は男の夢ですから」
拳を掲げて力を籠めるイエヤスのらしい言葉にボルスは覆面をしていても分かる程明るい雰囲気で微笑む。
そこからイエヤスはボルスに女性を振り向かせるコツのようなものを聞き話は盛り上がった。
ボルス曰く諦めないこと。チャンスを見つけてはアタックをすべしという言葉を聞いてイエヤスは心に刻み付ける。
ボルスの恋愛教室はランの休息時間となり、眠りもせずに話に耽っているイエヤスを見つけて呆れながら連れ出すまで続いた。
「イエヤスさん、スタイリッシュ様がお呼びです」
護衛任務の空いた時間で素振りをしていたイエヤスに声が掛かる。
額に浮いた汗を拭い剣を納めながら声のした方向にイエヤスが視線を向けると、そこには大きな耳が特徴的な小柄な人物が立っていた。
スタイリッシュから《耳》と名付けられた者である。
「ミミさん、分かりました。今行きます」
スタイリッシュに倣ってミミとイエヤスは呼んでいた。
ボリックの屋敷の一部を借りて医務室兼研究室としている部屋へと歩くミミの後に続くイエヤスはあらためてミミの姿を見る。
小柄な身体にクリーム色の長髪を靡かせる。目付きはやや悪さが目立つが僅かに塗った口紅の艶やかさも相まって何処となく色っぽい印象を他者に与える。
肩を大胆にはだけた衣装にミニスカートから覗かせる網タイツが艶めかしい。
だが男だ。
最初にミミの性別を聞いた時イエヤスは耳を疑った。ミミだけに。
だが事実は変わらずミミは男だった。
オカマであるスタイリッシュの趣味に付き合わされているのかとイエヤスは聞いたが自前の趣味であった。それどころかスタイリッシュの手によって永久脱毛等を施されており感謝しているとの話だった。
「着きましたよイエヤスさん」
「お、おう」
悲しい事実を思い出して遠い目をしていたイエヤスは我に返り案内された部屋へと入る。
「あっイエヤスさん」
「ちょっとタイミングが悪かったですね」
「ハナさん、メッさん」
イエヤスにハナさん、メッさんと呼ばれた二人が部屋の中で待機していた。
大きな鼻が特徴的なスタイリッシュに《鼻》と呼ばれる中肉中背の男と大きな目が特徴的なスタイリッシュに《目》と呼ばれる大柄な男である。
この二人に《耳》を足してチーム・スタイリッシュの偵察チームであった。
部屋にいた二人からスタイリッシュは先程急用でボリックに呼ばれた事を聞いたイエヤスはすぐに戻ってくるらしい事を聞いて部屋で待つことにした。
待っている間、偵察チームの3人から今のチーム・スタイリッシュの状況をイエヤスは聞く。
ロマリー渓谷の戦いで秘蔵っ子のトビーとカクサンを失くし歩兵と呼ばれる強化兵もナイトレイドの足止めに使いほとんどを失ってしまっていた。
補充しようにも強化を施す設備も人材もキョロクにはない為できない。
以上のことから現在チーム・スタイリッシュは機能していなかった。
ロマリー街道からキョロクへと向かう際、戦力として著しく低下したスタイリッシュだけは帝都へと戻す案も上がったが、ドクター・スタイリッシュはナイトレイドから標的として名指しされた身、護衛の強化兵を失くした状態では単独で帰還させるわけにもいかず、そのままキョロクへと付いてくる形となっていた。
「そういう事なら俺を頼ってくださいよ! ドクターには世話になりっぱなしだし、ここらで恩を返さないとって思っていたところなんですよ」
己の胸を叩いて主張するイエヤスに3人は素直に称賛を送った。
「イエヤスさんの活躍が目に浮かびますな!」
「頼もしい限りです 小鼻をうごめかしてますね!」
「寝耳に水です!」
3人の分かりやすいヨイショ(一人よく意味は分からないが)だったが、単純なイエヤスは気分を良くした。
気分の乗ったイエヤスはスタイリッシュが来るまで3人と会談を続けた。
スタイリッシュの用事とはイエヤスの健康診断であったが、特に問題はなかった。
月に一度、ボリックはキョロク中央部にある大聖堂で一日祈りを捧げ続ける日がある。
今日がその日であった。
エスデスとランの読みでは今日あたりがナイトレイドが強襲してくる可能性が高いと聞いていたイエーガーズは皆気合を入れて護衛にあたっていた。
屋内でボリックの身近はエスデス、イエヤス、セリュー、スタイリッシュで、屋外ではクロメ、ラン、ボルスが警戒に当たっていた。
クロメは八房によって操る死体の中に屋内では使いにくい巨大な危険種がいるため、ランは上空を警戒できるため、ボルスは帝具の性質上屋内では扱いにくいため、とそれぞれ理由があった。
大聖堂内で待機していたエスデス達に報告が入る。
「中庭に何処からか賊が侵入しました! 凄まじい強さでナイトレイドだと思われます!!!」
「来たか」
エスデスは酷薄な笑みを浮かべ、迫る戦いに闘気を燃やす。
「…………」
イエヤスは無言のままカリバーンの柄を握り締め集中力を高める。
「いつでも来い! 悪に相応しい最期を与えてやる!」
セリューは結局コロは間に合わず眠ったままであるため、十王の裁きをボリックの近くに配置している。
「今回私達はサポートに徹するわよ、しっかり働きなさい」
「「「了解です!スタイリッシュ様!!」」」
戦闘能力の低いスタイリッシュ達はボリックの隣に立つ。
「ひぃいぃいい!? 本当に来た!! 将軍は私の傍にいてください~!!!」
怯えを隠すことなく涙目になりながらエスデスの足元に縋るボリック。
イエーガーズにとってキョロクの最も長い夜が始まる。