イエヤスが帝都警備隊に入って幾日かが経っていた。
「うし、パトロールにいくぞ、セリュー、イエヤス、ついてこい」
「「はい!」」
オーガが日々の務めであるパトロール。そのメンバーとして呼ばれたイエヤスとセリュー。
イエヤスが入隊してからの数日間はセリューを始めとする先輩達がパトロールの巡回路や、その時に出会う問題の解決方法等のやり方を教わっていた。
その間、時折オーガはイエヤスの様子を見に来たり、朝の訓練場での訓練相手を当てたりと、それなりに親身となって相手をしていた。
新人に対して優しいんだな、と思っていたイエヤスだったがセリューに聞くと、ここまで興味を示したのは初めてだと言っていた。
「オーガ隊長もイエヤスくんには期待しているんだと思いますよ」
私も負けてられませんね!、と気合の入った様子のセリューにイエヤスはなんともこそばゆい感覚に襲われるのだった。
「そうだイエヤス、パトロールのついでに西地区警備隊詰め所に寄る用事があるから、そこの袋を持ってこい」
オーガが指差す先にはイエヤスが両手で抱えてようやく持ち上げられる重さの麻袋があった。
「くぅ、お、重いっすね。何が入ってるんですか?」
腰を入れて麻袋を持ち上げたイエヤスが問う。
「武具一式だ。西地区の予備が減ってきたからな、その補充だ」
答えながら詰め所を出ていくオーガの後を追うセリューとイエヤス。
「手伝いましょうか?イエヤスくん」
「いや、大丈夫っす。このくらいの重さ、このイエヤス様に掛かれば楽勝ですよ!」
顔を力みで赤く染め、震える両腕を見せながらも強がりを言うイエヤスにセリューは苦笑しながらも頷く。
「そうですか!西地区の詰め所まで結構距離があると思いますが頑張ってください」
「………あれ、そうだっけ?」
赤めた顔で青褪めるという器用な顔芸は披露するイエヤスであった。
「イエヤスはどうだ?セリュー」
パトロールを始めてしばらくすると、オーガはセリューに聞く。
「はい!そうですねー、寝坊に関してはしっかり罰を与えていましたので、治りつつあります。」
そう朗らかに言うセリューであったが、罰と聞いてイエヤスは表情に影を落とす。
コロとの実戦形式の特訓
それがセリューの言う罰である。最初にそれを聞いたイエヤスは首を傾げるばかりだったが、実際特訓が始まると十分すぎる罰であることを理解した。
普段はセリューの膝上ほどしかない身長を戦闘時には肥大化させ、大男であるオーガをも通り越した全長2m半ほどのムキムキ巨体へと変貌させる。さらに愛嬌を感じさせた顔つきは成りを潜めて、血走った目と無数の牙を光らせた口を大きく開いて、標的を食い千切らんとする。
完全に殺す気にしか見えないコロにイエヤスはセリューに訴えたが、セリューは大丈夫です!の一点張りであった。なにが大丈夫なのかイエヤスには全く理解できなかった。
イエヤスの攻撃を受けてもケロリと再生してしまうコロに対して、イエヤスはコロの攻撃をまともに食らえば命はなく、当たり所がよくても五体満足では居られないであろうことは想像に難くなかった。
そんな特訓がセリューの止めが入るまで続けられるのだ。地元では寝坊の常習犯であったイエヤスであろうとも改めざるを得なかった。
特訓が終わる度に、悔しそうな表情をしているように見えるコロを見たイエヤスはセリューはともかくコロはマジで自分を殺そうとしているように思えてならず震えていた。
「後はパトロールの順路を未だに覚え切れてないようですので、一人でのパトロールを任せるのはまだ先になりそうですね、先ほども西地区との距離を把握できていなかったようですし」
そう言いつつややジト目でイエヤスを見るセリューに目をサッと逸らすイエヤス。
セリューの報告にオーガは苦笑する。
「寝坊に方向音痴か、帝都警備隊一員としての自覚が足らないなぁ?イエヤス」
「………はい、頑張ります」
何も言い返せないイエヤスはションボリした様子で項垂れる。
その様子をニヤニヤして見ていたオーガはここらへんで助け船を出してやることにした。
「だがセリュー?、褒めるべきとこもあるだろ?」
「はい!」
セリューの即答に面を上げるイエヤス。
「隊長も知っていると思いますが、剣の腕はかなりのものです。しかも入隊してからも警備隊の戦い方を吸収して今も伸び続けています。コロとの特訓も最初は避けるので精一杯でしたが、今では的確に反撃を出来るようになってます。流石に帝具であるコロを普通の剣で切るのは不可能なので火力不足ですが、それ以外の相手なら十分な強さかと」
褒められて鼻を高々としているイエヤス。さっきまでの落ち込みが嘘のようである。
「……………帝具、か」
報告を聞いて満足そうにしていたオーガだったが、セリューが最後にいった帝具という言葉を、感慨深げに口の中で転がるように繰り返す。その小さな独り言は他の二人には聞こえていなかった。
「剣の腕前は一級品だし伸びしろもあるが、それ以外はまだまだってわけだな、ま、頑張れよイエヤス」
そう言って話の締めとしたオーガ達帝都警備隊はパトロールを続けるのであった。
とある日
イエヤスとセリューが夕暮れのパトロールをしていると帝都中央公園に差し掛かった。
公園で子供たちが元気に戯れている姿を見て顔を綻ばせるイエヤス達。そんな二人に気付いた子供たちが遊びを中断させて走り寄ってきた。
「あっ、イエヤスだー!!」
「ほんとだ! セリューさんもいるぞ!!」
「何言ってるの、セリューさんはイエヤスのきょういくがかりなんだから、一緒なのは当たり前でしょ!」
「きょういくがかりーー!!」
周りでわいわいと騒ぐ子供たちに好き勝手に言われるイエヤス。
「なんで俺だけ呼び捨てなんだよ! たった数日の間にセリュー先輩より距離感超えちゃったよ、あっこら! 危ないから剣に触るな おい!手に付いた土をオレで拭うな! おまえら自由過ぎか!」
「イエヤスくんは子供に好かれやすいようで良かったですね」
子供たちに群がられているイエヤスの様子を微笑ましそうに少しの間眺めていたセリューは手を叩いで子供たちの注目を集める。
「はい、もう遅いのでそろそろ家路についてください」
「「「「はーい!」」」」
「俺との対応の違い!!」
突っ込みに爆笑しながら帰っていく子供達。
去り際に会話がイエヤスの耳に入ってきた。
「じゃーな、明日はオーダーマンごっこの続きな!」
「おう! でも今度はオレがオーダーマンだからな!」
「……オーダーマン?」
子供達が口にしたオーダーマンという聞きなれない名前が気になったイエヤスが、その名を呟くが子供達はすでに去った後だった。
「そっか! イエヤスくんは辺境からやってきたばかりだから知らないんですね」
呟きを聞き逃さなかったセリューが喰い付いた。
オーダーマンとは帝都で今人気沸騰中の少年漫画である。主人公であるオーダーマンがヒーローとして悪を退治していく熱い物語であった。
「へぇ、面白そうっすね」
セリューの説明を受けて興味を示したイエヤスにセリューは後押しする。
「ええ! 面白さもそうですが熱い正義が宿った漫画ですので、是非とも読むことをお勧めしますよ!」
そんな会話をしながらパトロールを再開する二人であった。
BOOK NIGHT【ブックナイト】
帝都で営まれている貸本屋。
その前にイエヤスは立っていた。服装は私服であり、帝都警備隊に入隊してから初の非番の日であった。
自前の方向音痴が祟り、未だにセリューに迷惑を掛けている自覚があったイエヤスは慣れていない労働に身を削られて部屋で惰眠を貪りたい思いを振り切って自主的に帝都巡りをしていた。少しでも早く帝都に慣れるためである。
その途中で貸本屋を見つけたイエヤスは先日セリューに教えてもらった漫画を借りるべく立ち寄ることにしたのだ。
「おっ、らっしゃい」
店内には本棚が並んでおり、実用書・・児童書・小説から漫画まで様々なジャンルの本が置かれていた。入口近くの一番目立つ位置に漫画コーナーが置かれている事からここが若者を重視した貸本屋であることが伺い知れた。
挨拶の声はカウンターから来ており、そちらに目を向けると少年が居座っていた。
細身、前髪を頭上の髪留めでまとめあげた髪型、黒縁の眼鏡をした快活そうな少年であった。
イエヤスが軽い会釈をして本を物色し始めると少年は手元で読んでいたであろう本へと視線を戻した。
目的のものはセリューが人気沸騰中と豪語するに相応しくなかなかに目立つ位置に置かれていた。張り出されたポップにも店長一押しと書かれており、その人気さが伝わってくる。
目的のものを早々と見つけたイエヤスだったが、他にも気になる漫画をいくつか選んでカウンターへと向かった。
「初めてのご利用ですよね? 登録のためにこちらにご記入をお願いします。分かりやすい身分証のようなものがあればお願いします」
慣れた手付きで手続きをする少年にイエヤスは帝都警備隊を証明する徽章を差し出した。
流れるように作業をしていた少年の手が不意に止まる。が、すぐに作業を再開した。
「こちらは帝都警備隊の徽章ですね。確認しました」
登録作業を終えて貸し出される本を確認した少年は、その中にオーダーマンを見つけて反応を示した。
「オーダーマン1巻ですか、こちらは今セール中の漫画でして、今なら最新刊5巻までをまとめてレンタルされるとお値段がお得となっておりますがいかがでしょうか?」
「マジか、じゃあそれでお願いします」
「ありがとうございます」
セールストークが成功して嬉し気に笑みを浮かべた少年に見送られながら店を出たイエヤスは一旦本を自室へと持ち帰ってから帝都巡りを続けることにした。
帝都を回りながら目印になりそうな物を見つけては頭に入れていくようにしていたイエヤスはふと前方の人混みから騒がしい雰囲気を感じ取った。
「なんだ?」
非番であっても腰に付けていた剣の柄に手をかけながら騒ぎの元へと駆け付けながら周りの声に耳を傾けた。
「強盗だってよ」 「警備隊はまだか!?」 「最近物騒だよなぁ」 「うわ!?こっちきた!!」
イエヤスの目の前の人混みを割るように一人の恰幅のいい男が走ってきた。男は喚くように人をどかしながらイエヤスの方へと走ってきた。
「どきやがれぇぇえ!!」
イエヤスは手に掛けていた剣を抜き放ち構えを取った。それを見て男は武器を取らないままで迎撃の構えを取る。
「ガキが!! その正義感が身を滅ぼすことを知りやがれ!!」
イエヤスが鞘から抜きつつ放った一閃を男は屈んで避けると、そのまま両手を使った掌底を食らわす。
踏ん張り切れずに吹っ飛ばされるイエヤス。
「ハッ!! ナメやがって! 皇拳寺でも上位だった俺の邪魔した事を後悔しながら死にさらせ!! ……んん?」
致命の一撃を食らわし吠えた男だったが、イエヤスは吹き飛ばされながらも倒れずに持ちこたえたことを見て首を傾げる。
イエヤスは掌底を食らう直前に後ろへと飛ぶことで威力を殺していたのだ。
「……カフッ、油断したぜ。皇拳寺……帝国一の拳法寺か、油断さえしなければイエヤス様の敵じゃねぇよ」
今度はこちらの番と言わんばかりに切り掛かるイエヤス。
繰り出される連撃は最初の一閃とは比べ物にならない程、一振り一振りが鋭く力強かった。真正面から放たれる攻撃を男は装備している手甲で受け止めいなすが、徐々に押されはじめていた。
「くぅ!? なんだこいつ、つえぇ!!?」
耐えきれずに男は後ろへと飛んだ。だがイエヤスはそれ以上の速さで前へと飛び込み追撃を加える。ついには剣が男の肩を捉えて戦いは終わった。
男をうつ伏せにさせて腕を背中へと回しのしかかるように確保したイエヤスだったが、ふとある疑問が頭に過った。
男は強盗だったはずだが、特に何かを持っている様子はなかった。ポケットに入るほど小さい物かと弄るが何もなかった。
どういうことかと?を浮かべながら周りを見渡すと闘いを見守っていた人垣の中で一人の男に目がいった。
「あ、兄貴……」
その男は両手に抱えるほどの大荷物を持ち、視線を確保された男へとやりそう呟いていた。
ハッとイエヤスが自分の事を見ているのに気付くと男は人垣の中を紛れるように潜っていく。
「ま、待て!! っ!?」
「くぅ、いってぇ、放しやがれぇ!!??」
追いかけようと腰を浮かしかけたところ、男が暴れるようにもがき始めたため動くに動けない状況になってしまった。
誰かに抑えておいてもらおうと人垣に声をかけようとしたところ
「手伝おう、逃げた男は任せてもらおうか」
おしゃれな恰好をした偉丈夫が一人、得物を手にしながら人垣から出てくる。
手にしているのはかなりの長さを誇る鞭であった。
助勢はありがたいが、人垣へと消えた男を追うにはどう考えても適していない武器を見て戸惑いを表すイエヤスに、それを察した偉丈夫は不敵な笑みを返した。
「言いたいことは分かるが、」
鞭を振り上げ、思いっきり地面へとたたきつけた。
「まあ、見ていてくれっ!!!!」
鞭の先端が地面へと埋まっていくその異常な姿に目を剥くイエヤス。
「俺の数少ない曲芸なんだ、お代はいらないぜ?」
片眼を閉じてウィンクをする偉丈夫。その背後の人垣の奥から爆音とともに先ほど逃げた男が一人上空へと打ち上げられる。
男の顎には穿つように鞭がヒットしていた。
強盗犯二人を通報で駆けつけてきた警備隊に引き渡したイエヤスは引き渡しの間、意識的に存在を消していた偉丈夫へと向き直る。
「犯人確保のご協力ありがとうございました。失礼ですが職業を聞いても?」
敬礼して礼を言いながらも、警備隊への接触を避けようとするような動きを見せた並大抵ではない強さを持つ人物に対して職業確認を行う。
「なに、気にしないでくれ、一端の将軍として民の安寧に一役買うのは当然のことさ、名はロクゴウだ。聞いたことない?」
さわやかにそう言い放つロクゴウに対して、一瞬茫然としたイエヤスだったが、すぐに最敬礼をして背筋を伸ばした。
「しょ、将軍でしたか、これは失礼しました。自分はイエヤスと言います。なにぶん最近帝都に来たばかりでしたので将軍の顔をまだ把握できておりませんでした!!」
緊張を帯びた声にロクゴウは苦笑しながら腕をイエヤスに回して軽く組んだ。
「そんな緊張すんなって。お互い非番だろ? プライベートに上も下もねーよ。気楽にいこうぜ」
気さくにそう言い放つロクゴウに本当にそうして良いのか迷っていると、ある推測が頭を過った。
「もしかして強盗犯を引き渡す際に引き下がっていたのはそういう?」
「ん? あぁ、ほとんど君が捕まえたようなものなのに俺が出たら功績が薄くなっちまうだろ? それは悪いと思ったからな、控えさせてもらったよ」
頬を掻くロクゴウの竹を割ったような振る舞いにイエヤスは敬意を抱いた。
「さっきの帝都警備隊との話を聞くに新人らしいね、いい動きだった。」
ただ、と誉め言葉の後に付けた。
「少し闘い方が正直すぎるかな、最後の追撃の時に見せた瞬発力を見るに速さを生かして相手を攪乱させる動きを混ぜるともっと効率的に闘えるようになると思うよ」
「なるほど、勉強になります!」
普段のイエヤスなら突然の駄目だしに反感を覚えるところであったが、たった今敬意を抱いたばかりの相手から助言には素直に頷くことができたのであった。
「うんうん、素直なのは良いことだ。………しかし、そうか。君は新人かー」
イエヤスの返事に気分よく頷いていたロクゴウだったが、不意に何かを憂うような表情を浮かべた。
「イエヤスには今の帝国はどう見える?」
唐突な質問にイエヤスは意図が読めずに首を傾げた。
「えーと、すいません。質問の意味がよく……?」
困惑した様子のイエヤスを見てロクゴウはバツが悪そうに訂正した。
「いや、分からないならいいんだ。忘れてくれ」
それじゃあな、と手を振って去っていくロクゴウにイエヤスは頭に?を浮かべながらも日も暮れてきたこともあり帰路につくのであった。
振り返って去っていくイエヤスの背中をジッと見つめるロクゴウ。
「君はまだ帝国の闇を見ていないんだな……、いずれまた会った時には是非答えを聞きたいもんだな」
数日後、ロクゴウ将軍が暗殺された事件が発生した。『表向き』はナイトレイドの仕業として処理されたが、その実は帝国に反感を持った者たちが集っている反乱軍への寝返りがバレてしまった為に、帝国暗殺部隊のとある少女に殺されたのであった。
しかしイエヤスに裏事情まで知るすべなどありはしなかった。。