男二人が対峙している。
互いに得物を構え、一触即発の緊張が辺りを包み込む。
片や剣を正眼に構え、今にも駆け出しそうな程前のめりとなっている、剣から溢れる風は使用者の身体に纏わりつき髪を揺らしている。
片や両腕に嵌めた篭手を相手に向け迎え撃つ構え、篭手はバチバチと音を鳴らしまるで威嚇しているかのように帯電している。
「シッ!」
剣士が駆ける。
身体を纏う風に逆らわず、先に風を流し沿うように動く。
風に導かれて駆ける様は到底人が出せる速さではない。
「ヌッ!!」
一瞬で間を詰めてくる剣士に拳士は両腕を前に立ててガードの構えで迎える。
キンッ
真正面からの斬り込みは防がれてしまうが剣士はそのまま速さを殺さず拳士の脇を駆け抜け背後を取る。
地面を割る勢いで強く踏み込み目に映る背中に斬り掛かる。
拳士は背後から迫る気配に視線を向けるより先に拳をぶん回しながら振り返る。
経験に裏打ちされた裏拳は剣士の剣が届くより前に剣士の横顔を殴り付けるタイミングとなっていた。
剣士は身体を捻り、さらに纏った風を放出して軌道を僅かに変え裏拳を掻い潜り拳士を斬りつける。軌道がずれた為、直撃ではなく掠めるに終わり重厚な鎧を着ている拳士には軽傷にもならなかった。
気勢を削がれながら着地をした剣士に隙ありと見て拳士が殴りかかる。
唸る豪拳を剣で受け止めて防ぐ剣士だが、すぐに異変に気付く。篭手から雷撃が流れ剣を通して剣士を焼こうとしていた。
剣士は剣が纏う風を散らして刃を伝う雷撃を周りへと誘導した。
微かに残った雷撃が腕に痺れを与えるが振るに支障はない程度だった。
「ほう? 器用な真似をする」
凌いで見せた剣士に拳士は軽く舌を巻いた。
雷撃を放ち終えた篭手から剣を離し際に蹴りを入れ一旦距離を取りに図る剣士。
剣士の特性を熟知している拳士は納刀を予測してさせまいと攻めの姿勢を取り殴り掛かる。
だが、剣士は納刀することはなく、前のめりに攻めてきた拳士の攻撃にカウンターを狙うように斬り掛かった。
カウンターに即座に反応して再び防御の姿勢を取る拳士だが、防御されることを読んでいた剣士は剣と篭手が克ち合うと同時に身体へと廻していた風を全て相手側に放出して拳士を吹き飛ばした。
「ぬぅ!?」
空中に吹き飛ばされた拳士だが自身が重量級であることもあり、壁へとぶつかる前に無事地面へと着地するが、その間に剣士は納刀し自身に纏う風の補充を済ませていた。
「上手く納刀の隙を埋める術を手にしたか」
相手の動きに称賛を送る拳士。
剣士は納刀したまま駆けた。
真正面から突っ込んでくる剣士を真っ向から受ける構えを取る拳士だが、剣士はぶつかる直前に抜刀、矛先は拳士ではなく、その足元であった。
奥の手
「くっ!?」
足元から突如竜巻が発生して拳士を巻き上げる。
風の乱気流に絡めとられて姿勢の制御に気をとられている拳士を狙って剣士は悠々と納刀をして、三日月状の風の刃を何度も飛ばす。
空中で竜巻に揉まれながらも迫り来る風の刃を上手く捌く拳士だが、周りの竜巻の変化に気付いて顔を歪ませた。
竜巻の中を幾つもの風の刃が舞い、拳士を細かく襲う。
旋風と烈風の合わせ技 刃風
剣士は抗う拳士を観察し、決定的な隙を見出し次第直接斬り込みにいくべく機を窺う。
だが
「フンッ!!!」
拳士の気迫の一声と同時に篭手から大規模の放電を発生させて竜巻を掻き消した。
「……マジかよ」
渾身の新技を呆気なく破られた剣士が呟く。
着地した拳士は己の篭手を確かめるように眺め、剣士へと向き直った。
改めて剣を構える剣士、だが拳士が構えを取らない。
「ここまでだな」
終了の合図を聞いた剣士は構えていた剣を鞘に納め一礼をする。
「ブドー大将軍、鍛錬ありがとうございました」
「うむ」
剣士の礼を受けて拳士 ブドー大将軍は頷く。
「風を纏う、か。 最初聞いた時は無茶をすると思ったものだが、しっかりと使いこなしているようだな、イエヤスよ」
「はい!」
名を呼ばれた剣士 イエヤスは返事をしながら腰のカリバーンを鞘ごと引き抜いて前へと掲げる。
「風を纏い始めてもう結構経ちますからね、いい加減慣れないと託してくれたオーガ隊長に怒られますから」
イエヤスが初めて練兵場に来た時を思い出し、初志貫徹をしているイエヤスにブドーはフッとイエヤスに聞こえない程度に小さく笑った。
「本当ならもう少し続けたいところだがな、これ以上アドラメレクを使うと後に支えそうなのでやめさせてもらった」
ブドーの帝具【雷神憤怒アドラメレク】は篭手型の帝具である。籠手に仕込まれた鉄芯を利用して雷撃を操ることができる。威力が高く、雷撃を円状にして攻撃を防ぐなど攻防に優れている。しかし籠手の中に電気エネルギーを帯電させておく必要があり、撃ち尽くしてしまうと雷が使用不能となりただの籠手になってしまう。
故にブドーは鍛錬を切り上げたのだ。
「帝都を出るのは明日でしたっけ?」
「うむ、そうだ」
帝国南で動き出した反乱軍はランの予想通り関所や砦を無血開城で突破して破竹の勢いで進撃していた。それを止めるべくブドー率いる親衛隊が帝都南の要衝シスイカンに詰めることになった。
その為、定期的に行われていたブドー大将軍による鍛錬はしばらく休止する事になり、今日はその総仕上げの結果を見るべく実戦型の鍛錬をイエヤスに行っていたのだ。
「とはいえ、いつまでも宮殿を留守にするわけにもいかんのでな、時折戻ってくるつもりだ」
ブドーはそう言った後、イエヤスへと視線を向けた。
イエヤスはグッと拳を握り込んでガッツポーズをする。
「ブドー大将軍がいない間の帝都は俺に任せてください!」
「フッ、貴様の減らず口も変わらんな」
決して嫌味などではなくブドーの口調には確かな親しみがあった。
その証にブドーはこう言葉を続けた。
「だが、頼んだぞ」
「! はい!!!」
いつも通り、調子に乗るなと言われるものだと思っていたイエヤスは目を見開いて驚きを露わにする。
言外に総仕上げの合格をもらったイエヤスは喜悦の感情を乗せて返事をするのだった。
コンッコンッ
イエヤスが扉を叩く。
ここはドクター・スタイリッシュの研究室。最近ドクター・スタイリッシュはイエーガーズが集まる特殊警察会議室へは来ず研究室に籠っていた。しかし、それに対して文句を言う者はいなかった。
ロマリー渓谷、キョロクでの戦いを通してチーム・スタイリッシュのほぼ全て失ったドクター・スタイリッシュは今、戦力の増強に努めていた。帝国兵士から力に飢えた者を集ったり、捕らえられた犯罪者から放免を餌に集めたりした人材に日夜強化手術を施して手駒を急ぎで増やしていた。
研究室内から入室の許可を示す声が発せられるのを聞いたイエヤスが扉を開いて研究室へと入った。
薬品の独特な匂いが鼻腔を擽り思わず顔を顰めそうになるのをイエヤスはなんとか抑える。
スタイリッシュを自称するだけの事はあり、日々忙しさに追われているであろうに研究室は清潔感を保ち研究書等も綺麗にまとめて棚に収められている。精々が机の上に多少紙が散らかっているぐらいで後は綺麗に片付いていた。
何かの研究結果の資料を片手に椅子に座っているスタイリッシュが部屋の中央にいた。
いつもと変わらない白衣姿に整えられた黒髪を携えている。が、化粧で誤魔化しているが薄らと目の下に隈などができていて流石に疲労が伺えた。
「あら、いらっしゃいイエヤスちゃん」
ドクター・スタイリッシュの声は溌剌としており疲労を感じさせない。目には生気が溢れているのがイエヤスにも見て取れた。
「おう、お前か、先日ぶりじゃの」
その原因がイエヤスに軽く手を振る。
ワイルドハントの一人 ドロテアであった。
シュラの計らいで引き合わされた二人は見事に意気投合。
互いの知恵を出し合い飲み込み合い切磋琢磨と日々知識の探究に勤しんでいる。一部の希少な素材と交換に数ある研究室の一つをドロテアに譲渡するなど関係は良好そのものだった。
イエヤスはランからの言伝をドクター・スタイリッシュに伝え終わると、話し合いや研究の邪魔をするのも悪いと思い、早々に退室することにする。薬品の匂いが苦手なのもあった。
「あっ、そうだイエヤスちゃん」
扉に手を掛けるイエヤスにスタイリッシュが声を掛ける。
イエヤスが振り返るのを待ってから続ける。
「とある筋からかなり興味深い依頼が来たからまだ当分会議室には寄り付けそうないってランちゃんに伝えておいてくれるかしら?」
イエーガーズは隊長はエスデスと決まっているが副隊長は決まっていない。
実戦経験が豊富なボルスが実質的な副隊長を担い、頭の回るランが参謀役をしているのが現状であった。
現在エスデスとボルスが西の異民族を抑えて行っている関係でランが帝都に残っているイエーガーズのまとめ役をやっていた。当然メンバーの中にそれを不満に思う者はいない。
スタイリッシュの言葉に了承を返しイエヤスは研究室を出た。
そのまま会議室へと向かうイエヤスは廊下の先に此方に向かって歩く人物に気付く。
げっ
声には出さない、顔にも出さない。だが内心で思った事がイエヤスがその人物に対する印象を物語っていた。
ワイルドハントの一人 エンシン。
察するにドロテアにでも用があるのであろうと考えたイエヤスはぶつからないように廊下の隅へと寄るが立ち止まる程気を遣うのも癪なので歩き続ける。
向こうもイエヤスには気付いているであろうが、当然のように廊下の真ん中を歩き譲る気など欠片も見せない。
「…………」
「…………」
互いに無言のまま距離は近付き、やがて0となり交差する。
「……へっ!」
「………!、っと」
「!! ………………おい」
あからさまに幅を寄せ肩をぶつけてイエヤスの転倒を狙うエンシン。だがイエヤスは素早く反応をしスゥと身体を捻って躱し事無きを得る。
そのまま、歩き去ろうとするイエヤスだが、思惑を外されたエンシンが不機嫌そうな声音で話し掛けてきた。
「………なんすか?」
大臣の権力を笠に着るシュラ、その直属の配下であるエンシンの問い掛けを無視するわけにもいかずイエヤスは振り返りながら用を訪ねた。
「なんすか、じゃねぇよ。頼りないテメェラの代わりに働いてやってる俺等に対して挨拶の一言もねぇとはどういった了見だ?」
「…………………それは失礼しました」
返答に要する時間の長さがイエヤス内での葛藤や怒りの度合いを表していたがランからワイルドハントと揉めないように頼まれていたイエヤスはなんとか言葉を絞り出した。
「生意気やってんじゃねぇぞ」
「っ!!」
仕切り直しとばかりに片手で肩を強めに小突かれるイエヤスだが、ここで避けても無駄に長引くだけだと判断して今度は避けなかった。せめてもの意地としてたたらを踏むに留まり転倒する無様は晒さなかったが、エンシンはそれで一応の満足をした様子で立ち去って行った。
「…………ふぅ」
去っていくエンシンが見えなくなるのを見届けてイエヤスは小さく息を吐き出す。
息と共になんとか憤りを吐き出す事ができたイエヤスは再び会議室へと歩き出した。