イエヤスが生きる!   作:七峰 舞斗

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28話 不穏迫る

 帝都内南、俗に南地区と呼ばれる地域。

 大通りをワイルドハントが闊歩していた。

 肩で風を切り大手を振って先頭を歩くシュラだが、行く先々で出店が閉まっている事実に小さく舌打ちをした。南地区最大の大通りがまるで寂れた潰れかけの商店街のような雰囲気を醸し出している。

 

「どの店も休みとかシケてやがんなぁ、お前らがキツイ取り調べばっかりしてるからじゃねぇのか?」

 

 後ろを歩くメンバーに愚痴をぶつけるシュラ。

 

「しゃーねぇだろ、暇なんだからよぉ、第一好きにやれって言ったのはシュラだろ? そうすりゃナイトレイドがアッチからやってくるつって」

 

 エンシンの言葉にシュラは鼻を鳴らす。

 ワイルドハントは結成して以降、積極的に町へと見回りに出ていた。

 名目上は町の治安を守る為に色々な店へと立ち入り検査を行っているが、その実態は権力を笠に着てやりたい放題、犯したい奴を犯し殺した奴を殺す。後は検査の結果反乱分子だったと報告して終わり、を繰り返していた。

 

「ん?」

 

 人っ気のない大通りを進んでいるとシュラは前方で複数の人が立ち塞がっている事に気付く。

 十数人で構成された集団はワイルドハントを前に徒手空拳で構えを取り闘志を燃やしていた。

 

「ワイルドハント! よくも先生とその家族を!」

「我ら皇拳寺の門下生として、例え罰せられようともお前達を討つ!」

 

 鍛えられた動きで門下生達は素早くワイルドハントを囲む。

 

「あー、この間壊したオモチャの仲間か」

 

 殺意を込められた瞳と拳を向けられているにも関わらず余裕の佇まいを崩さないシュラ、それは後ろに控えるメンバー達も同じであった。

 

「江雪、どうやら食事の時間になりそうだ」

 

 イゾウが腰に携えた刀へと話し掛ける。

 名刀《江雪》は帝具に非ず。

 純粋に剣術のみでシュラの目に留まり勧誘されたイゾウは《江雪》に魅入られており食事と称して血を与える事を生きがいとしている。

 

「忠義の徒か、いいねぇ」

 

 シュラはイゾウよりも一歩前へと出て肩を鳴らし身体を解した。

 

「お前らは手を出すな、俺一人でやってやる」

 

「「「ナメるなぁ!!!」」」

 

 その行動を侮辱と取った門下生達が一斉に襲い掛かる。

 門下生達と同じく徒手空拳で構えるシュラは楽し気な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、どっちだ?」

 

 クロメが両手をそれぞれ握り締めて仰向けの状態で突き出す。

 コロはどちらか一方にだけ込められている中の物を当てる為に首を左右に振り口元に手を当てて考え込む。

 鼻をスンスンと鳴らし匂いを元にコロは左を選択。

 徐々に開かれるクロメの左手をまるでおもちゃ箱を開ける子供のように目を輝かせながら待つコロ。

 だが

 

「キュッ!?」

「ざんねーん」

 

 開かれた左手には僅かにクッキーの欠片があるだけでハズレだった。

 クロメがにっこりと微笑みながら右手を開くとそこには包みに内装されたクッキーがあった。

 

「ズルはだめだよ?」

 

 包みを開いて中のクッキーを美味しそうに頬張るクロメをコロは羨ましそうに眺める。

 そんな二人の様子をイエヤスとセリューが離れた位置からテーブルについて見ていた。

 

 そんな3人と一匹がいる会議室にランがノックと共に入ってくる。視線を巡らして待機中のメンバーを確認したランはイエヤスへと目を向ける。

 

「イエヤス、ちょっと共に行ってほしい場所があるんですがいいですか?」

「ん? ああ、いいぞ」

 

 セリューに一言断りを入れたイエヤスは席を立ちランと共に会議室を出た。

 扉を閉めたイエヤスは会議室とは雰囲気が変わったランに目付きをやや鋭くしながら問う。

 

「……どうした?」

 

 ランの変わり様に何か良くない事が起こったと悟ったイエヤスにランは頷きながら口を開く。

 

「南地区で乱闘が起きたそうです。ワイルドハントと皇拳寺門下生が争っているようで」

「っ! あいつ等!!」

 

 ワイルドハントの行いはイエヤスの耳にも入っていた。

 次々に反乱分子を見つけては処刑を繰り返していると聞けば有能のように聞こえるが、逆に一度も外れず検査に入った場所では必ず処刑が行われている事実には疑問を感じていた。

 死人に口なし、本当に反乱分子だったかどうかはイエヤスには分からないが、それでもやり口の内容が非道に過ぎているため憤怒に絶えない思いを抱いていた。

 エスデスがいない今、シュラに逆らい反感を買っても何もできずに罰せられるだけ、というランの言葉にイエヤスも同意したものの予想を遥かに上回る外道っぷりにイエヤスの我慢の限界もそう遠くはなかった。

 

「セリュー先輩やクロメには話さなくもいいのか?」

「……人数を多くして行ってもワイルドハントを無暗に刺激するだけですので」

「まぁ、それもそうか」

 

 それだけで納得したイエヤスだが、それではわざわざ部屋の外までイエヤスだけを出して話した説明にはならない。

 ランはセリューをワイルドハントに会わせてしまえばトラブルの予感しかしないという事で現在イエーガーズの代理隊長を務めている立場を利用し上手く調整をしてセリューとワイルドハントが鉢合わせにならないようにしていた。

 

「さぁいきましょうか」

「おう」

 

 イエヤスがランの行動の違和感に気付く前に同行を促し、イエヤス達は現場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、ひでぇ………」

 

 現場へと辿り着いたイエヤスは目の前に広がる光景をそう評した。

 

 ワイルドハントと揉めていた皇拳寺門下生達は一人残らず惨殺されていた。それだけではなく皆天井から逆さ吊りにされており、まるで見せしめのようであった。

 

 イエヤスが門下生達の惨状に目を奪われている間、ランは周りを見渡して見当ての集団を見つける。

 ワイルドハントはすぐ近くの出店のテーブルに座り、この飯の不味くなるような光景を肴に食事をしていた。

 ランの目はワイルドハントの一人を捉え一瞬剣呑となるがシュラがラン達に気付くより僅かに早く、普段通りの笑みを張り付けた。

 

「よぉ、誰かと思えば役立たずのイエーガーズじゃねぇか」

 

 シュラは片手を上げ、イエヤス達へと皮肉った笑みを浮かべながらもう片方の手に持った饅頭を頬張る。

 

「お前達がおせぇから俺達が国に楯突くバカ共を処刑してやったぜ」

 

 シュラの物言いにイエヤスは食って掛かる。怒鳴りつけたい思いを必死に抑えながら。

 

「いや、それにしたってやり過ぎでしょう……ただの処刑だけで終わったわけでもなさそうだし」

 

 イエヤスは吊るされた門下生の中に混じる女性の暴行された痕を痛ましそうに見た後、目を逸らした。

 イエヤスの言葉にシュラは苛立ちを露わにして音をがなり立てるように椅子から立ち上がる。

 

「あぁ? 俺のやり方に文句があるってのか!? それは俺の親父の大臣に文句があるのと同義だぞ! わかっていってんだろうなぁ!?」

「………っ」

 

 親の七光りを惜しげもなく言い放つシュラにイエヤスは次ぐ言葉を出せなかった。だが、ここまでの横暴を見せ付けられて我慢の限界が近いイエヤスは頭に上った血の赴くままに口を開く。

 

「いい加減に………」

「イエヤス!」

 

 食って掛かろうとするイエヤスをランが身体全体を使って止める。イエヤスを見つめるランの瞳が、ここは堪えてください、と訴えかける。

 似合わぬ冷や汗を流し必死の思いを宿らせたランの瞳を見てイエヤスはなんとか怒りを飲み込む事に成功した。

 イエヤスが落ち着いた事を見届けたランはホッと胸を撫で下ろしながらシュラへと向き直り頭を下げる。

 

「お手数をお掛けしました」

 

 頭を下げるランを見て気分を良くしたシュラだが、ランの後ろに立っているイエヤスへと視線を向けて再び眉を顰める。

 

「…………お前は頭下げねぇのかよ?」

「…………出過ぎた事を言って申し訳ありませんでした」

 

 ランに倣って頭を下げたイエヤスに溜飲が下がったシュラは仲間を引き連れて、この場を後にした。

 

「ヘッ………じゃあな!」

 

 一部始終をシュラの後ろで見ていたエンシンが手に持っていた喰いかけの赤い果物を頭を下げているイエヤスの後頭部に叩き潰すように押し付けながら去っていく。

 実が潰れ生温い湿った感触が後頭部を伝いバンダナとヘアバンドを赤く汚す。

 

「………………ッ」

 

 エンシンの蛮行にイエヤスは微動だにしない。動いてしまえば手が柄に伸びると本能が告げていた。

 動かないイエヤスにエンシンはつまらなそうに鼻を鳴らし振り返る事はなかった。

 

 イエヤスの様子を見てランは考えていた計画の前倒しを検討するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パトロールを終えて一度会議室へと戻る為に宮殿へと続くメインストリートをイエヤスが歩く。

 道行く人々を見ていたイエヤスは少し前方で宮殿から帰っていく人々の中に見知った親子を見つけた。向こうもほぼ同時に見つけたようで歩く方向を少し修正して互いに近づいてゆく。

 ある程度近付いたタイミングで娘の方がピョンと一歩先んじてイエヤスに挨拶をする。

 

「イエヤスくん、こんにちは!」

「ああ、こんにちはメイ」

 

 同じイエーガーズに属するボルスの娘 メイである。

 初めて会った時と比べて背は伸び、言葉もハキハキとしていた。もう幼女とは言えず少女と呼ぶのに相応しい姿にイエヤスは子供の成長は早いといえど時の流れを感じた。

 

「イエヤスさん、こんにちは」

「こんにちは、エレナさん」

 

 メイの母でありボルスの妻であるエレナにも挨拶をするイエヤス。

 成長したメイとは違い、目映いほどの美しさを露程も損なっていないエレナにイエヤスは改めてボルスさんは果報者だなぁと思った。

 

「今日は宮殿に何か用事でも?」

「ええ、夫に手紙を送るため部署にお願いしてきたところです」

「あぁ、なるほど」

 

 エレナの返答に思い当たる節があったイエヤスは納得する。

 以前、キョロクでボルスが家族からの手紙を受け取っていた事を思い出した。

 

「今日はコロちゃんとは一緒じゃないの?」

「ん? ああ、セリュー先輩なら多分会議室で待機しているからな、悪い」

「そっかー、残念……」

 

 見るからにシュンと肩を落とすメイにイエヤスは非はなくとも申し訳ない気持ちを抱いた。

 ボルスが遠征に出る前は何度か会議室へと来てコロと心を交わしていたメイだが、ボルスが遠征に行ってからは気を遣い訪ねてこないため、最近はご無沙汰だった。

 できれば会わせてやりたいと思うイエヤスだったが、それよりも言わなければいけない事に思い当たりをそれを口にした。

 

「差し出がましい事とは思うんですが……」

 

 イエヤスは少し言い辛そうにしながらも、ワイルドハントが誰を標的にするか分かったものではないためしばらくの間は宮殿付近には近寄らない方がいい事を伝える。

 治安を預かる身として不甲斐ないに尽きる忠告を絞り出すように話すイエヤスにエレナは詳しい事情は知らないものの素直に聞き入れる。

 

「分かりました。御忠告痛み入ります」 

「心配してくれてありがとね」

「……手紙に関してはこっちでも方法を考えてみますね」 

 

 頭を下げる母親に倣って頭を下げるメイにイエヤスは心が洗われる思いで癒される。

 

 これ以上引き留めるのも悪いと感じたイエヤスは母娘と別れる。

 最近心を荒む事が多かったイエヤスは久しぶりに足取り軽く宮殿へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イエヤスの風の流れを読む力はあくまで本来なら風が動かない時に動いてこそ発揮する。

 人通りが多い場所では風は動いて当たり前のため大して役には立たない。

 故に気付かなかった。

 

 

 

 

「誰と話してんのかと思ったら上玉じゃねぇか、あのチビはチャンプの奴が喜びそうだし、こりゃいいもん見つけたぜ」

 

 

 

 

 舌なめずりをしながらメインストリートを出ていく母娘を眺める男の姿を。

 

 


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