イエヤスが生きる!   作:七峰 舞斗

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29話 惨劇

 帝都中央より南に大きな教会がある。

 帝都内の安寧道信者を束ねる教会だったが東で安寧道が武装蜂起を起こす直前に放棄されていた。政府が差し押さえた時にはすでにもぬけの殻となっていたがそれでも帝国に逆らった見せしめとして酷く荒らされ、機能していた頃の整然とされた清き洋装は欠片も残されていない。

 そんな形だけが残されている教会に今、麗しい女性が連れ込まれていた。

 

「どうか、この子だけは!」

 

 女性は女性によく似た可憐な少女を庇うように掻き抱き懇願する。

 これから起こる事を予期し、せめて娘だけでも守ろうとしていた。

 

「やだぁ、ママ、やだよ!」

 

 娘は何が起きているのか正しく理解していたわけではないが、良くない事が起きる事だけは場の空気から理解し、目尻から悲しみを零しながら拒絶している。母の服を掴む手の震えは次第に身体全体を覆い始める。

 

「………メイ」

 

 少しでも恐怖が消える事を祈りながら娘の身体を強く抱きしめる母親。

 そんな母娘の様子に嗜虐心を刺激されて舌なめずりをしたエンシンはうち捨てられた教会へと母娘を連れてこようと提案したチャンプへと話し掛ける。

 

「お前の言う通り連れてきてやったんだから、もういいよなぁ? 女の方はもらうぞ」

「……ハァハァ、ゴクン、……ハァハァ」

「オイ!」

 

 怯えた様子で震えている少女を前に血走った目を向け生唾を飲み込み息を荒らげているチャンプがエンシンの言葉に反応しないでいるとエンシンは苛立ったように語気を強くしてもう一度声を掛けた。

 

「! あぁ、これで結婚式がそれっぽくなる。ありがとよ」

 

 チャンプはご満悦気な笑みを浮かべ礼を言った。

 

 ワイルドハントの一人 チャンプは幼い子供であれば男女問わず性的暴行を行い、汚い大人になる前に、という理由で殺すシリアルキラーである。

 メイを見て、その可憐さに一目惚れをしたチャンプは近くに教会がある事を思い出し、せっかくならそこで結婚式を上げようと考えていた。

 

「私はやることなさそうだし、帰ってもいい?」

 

 付き合いでエンシンとチャンプに付いてきていたコスミナであったが、協会に来るまでの間にお眼鏡に適う男性を見つける事ができず、暇を持て余している。

 ちなみに残りのワイルドハントは不在であった。

 シュラは父親の大臣に呼ばれて宮殿へ、イゾウはその付き添い、ドロテアはドクター・スタイリッシュの研究室に入り浸っている。

 

「……………そんな」

「……うぅ」

 

 自分や娘の言葉に耳を傾ける様子を見せないワイルドハントにエレナは絶望の表情を深めた。

 辛抱堪らないと近付きだしたチャンプはエレナに覆われて姿を隠しているメイを見て不愉快そうに顔を顰めた。

 

「どけよババァ、今から結婚式を挙げるんだからよ。ほら、あっちでお相手が呼んでるぜ」

「ババァて、相変わらず分かんねぇ趣味してんな、ま、別にいいけどよ」

 

 絶世の美女を相手にババァ呼びするチャンプに呆れて首を捻りながらもエレナとメイを引き離すべくエレナの腕を掴み取った。

 

「さぁ、お楽しみの時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を、してるんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切羽詰まった声が教会内に響く。

 

「あん?」

 

 興を削ぐような咎める口調の強い響きにエンシンは眉を顰めながらも声の聞こえた方向へと視線を向けた。

 教会入口に人一人が立っていた。

 無骨な髪留めでまとめ上げられた茶髪を靡かせる。

 悪を見据えたその目は冷たく、だが怒りで熱く燃えている。

 左手に鉄球、右手に巨大な刀を携えた、その姿はすでに臨戦態勢。

 その姿を見てエレナは希望に縋る気持ちで名を呼んだ。

 

「……セリューさん」

 

 イエーガーズが一人、正義に燃える列女 セリュー・ユビキタスであった。

 

「何をしていると、聞いているんです!!!」

 

 答えの返ってこなかった質問を繰り返すセリューにエンシンは面倒臭そうにしながら懐から身分を示す徽章を取り出し突き付ける。

 

「俺達は秘密警察ワイルドハントだ。これから反乱分子だと判明したこの母娘に罰を与えるところでな」

 

 下卑た笑みを浮かべながらセリューを煽るように舌を出すエンシン。

 

「何か文句でもあんのか?」

 

 義憤を燃やして突っかかってきたであろう事を予想したエンシンは相手の反応を楽しみにしながら観察する。

 

「私たちは反乱分子などでは……ッ!?」

「おっと、てめぇらは黙ってな」

 

 身に覚えのない嫌疑を掛けられて反論しようとするエレナをエンシンは掴んだ腕を乱暴に振って黙らせる。

 

「っ!! その親子に手荒な真似をしないでください!」

「………?」

 

 エンシンはセリューの反応を見て違和感を感じ、その理由に気付いた。

 

「お前、俺達がワイルドハントだって知ってて邪魔したな?」

「………えぇ、お前達を探してましたからね」

 

 セリューはエンシン達越しにエレナ親子を指差して質問を口にした。

 

「貴方達は今、その人達を反乱分子だと言いましたね? その人達がボルスさんの御家族だと知ってて言っているんですよね?」

 

 どこかで聞いたような名前を出されるがイマイチ覚えがないエンシンはコスミナとチャンプに目配せするがどちらも知らない様子で首を振った。

 

「ボルス? 知らねぇな、そんなやつ」

 

 問答が面倒臭くなってきたエンシンが投げやり気味に答える。  

 

「ッ!? 貴方達は! そんな事も知らないで罰を与えようとしてるんですか!?」

 

 碌な下調べもなく非道を行おうとしている事実を聞いてセリューの中で燻っていた想いが溢れる。

 

「……そうやって………の子…………したんですか………」

「なんだって?」

 

 俯き絞り出すような声音で呟くセリューにエンシンは業を煮やした様子で語気を荒げながら聞き返した。

 

 キッ

 

 面を上げたセリューはその目に憎悪憤怒哀傷を乗せ涙を零す。

 

 

 

「そうやって、あの子達を殺したんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、セリューは久々の休暇をもらい趣味と実益を兼ねた自主パトロールをすることにした。

 ランから頼まれた仕事の関係で寄り付かなくなっていた帝都中央公園へと久しぶりに足を向けたセリューは公園に踏み入れてすぐ違和感を覚えた。

 公園の雰囲気がずいぶんと暗くなっていた。

 いつもこの時間帯は子供達の遊び声や、その母親達が集まって井戸端会議をしており賑わっていた。

 だが、今は子供達の姿はなく母親達はセリューが探してようやく見つけたが話声は小さく、まるで隠れるように集っており人数も減っていた。

 

「みなさん、どうしたんですか? こんな端っこに集まって」

「! ……………セリューさん」

 

 セリューの声掛けにビクリと肩を震わした母親達はセリューだと確認して露骨に安堵の溜息を零す者となんとも言えない敵意にも似た視線を向けてくる者と分かれた。

 今までとは全く違う反応にセリューは戸惑いつつも事情を聴き、絶句した。

 

「こ、殺された!? あの子達が?」

 

 つい先日、いつも通り公園で遊んでいた子供達は不幸にもワイルドハントの一人 チャンプの目に止まってしまい連行されてしまう。母親達が事態に気付いた時にはすでに時遅く、散々弄ばれた痕だけを残して物言わぬ躯となって帰ってきた。

 取り調べの結果、反乱分子だとして処罰されたと聞かされた母親達は当然抗議をすべく政府に掛け合ったが、反乱分子を庇いだてする同罪だとして死罪を言い渡され処刑されるに終わる。

 母親達の数が減っているのはそういうわけであった。

 あまりに横暴、あまりに残虐極まる話にセリューは立ち尽くし、話している内に悲しみを思い出し泣き崩れてしまった母親達に掛ける言葉が見つからなかった。

 

 治安維持を預かる身であり大臣の息子が取り仕切る部隊がそのような暴挙に出た事をにわかには信じる事ができなかったセリューは詳しい事情を聴く為にワイルドハントの詰所へと向かった。

 詰所には肝心のワイルドハントは不在であったためセリューは聞き込みで探した結果、捨て教会へと辿り着き現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事情があったのではないか、何か情報の行き違いがあったのではないか

 そんなセリューの願いは脆くにも崩れ去った。

 目の前の、治安維持部隊を名乗る輩共はただ己の欲望を満たす為だけに権力を振るう悪党でしかなかった。

 セリューの瞳に殺意が宿る。

 手に持った大刀を掲げワイルドハントへと向けた。

 

「貴様らのやっている事は悪以外の何者でもない! ただ公園で遊んでいたあの子達が何をした!? 無残にも命を奪われる程の何をした!!??」

 

  

 子供達の笑い声は正義が為されている事を示す福音だった。

 

 

 子供達がはしゃぐ姿は正義が生きている証だった。

 

 

 日々帝都の平穏を目指すべく頑張っていたセリューにとって子供達は希望だった。

 

 

 それを奪ったワイルドハントを許す道理がセリューには存在しない。

 

 

 明確な敵意を向けてきたセリューに対してエンシンは腰から細く沿った曲刀を抜き挑発めいた笑みを浮かべた。

 

「自分が何をやってるか分かってんのか? 俺達ワイルドハントに刃を向けるってことは大臣に刃を向けるってことだよなぁ?」

「………………」

 

 エンシンの言葉にセリューは応えない。

 これがナイトレイド等の賊の言葉ならばただの戯言と切り捨てられた。

 だがエンシンの言葉が事実である事をセリューは感じ取っていた。何故なら政府がワイルドハントの行いを肯定しているからである。

 セリューはその事実を上手く呑み込む術を思いつかない。

 

 だが、それでも

 

「コロ!!!」

 

 目の前の悪を見逃していい理由にはならない。

 

「! チッ!!!」

 

 セリューがワイルドハントの注意を引いている間に回り込んでいたコロがエレナを掴んでいるエンシンの腕目掛けて飛び掛かる。 

 食い千切らんとする勢いのコロにエンシンは殺気を感じ取って気付き、手を放すと同時に離れるように飛んで事無きを得る。

 

「キュゥゥウウウウヴヴヴヴ」

「コロちゃん!」

 

 母娘とエンシン達の間を遮るように立ち止まったコロは威嚇するように唸り声を上げながら身体を巨大化させ立ち塞がった。

 コロの姿を見たメイが悲哀の涙を吹き飛ばし歓喜の声を上げる。

 巨大化したコロの姿は不気味で思わず尻込みしてしまう威圧感を放っているが、メイがコロの巨大化を見たのは初めてではない。さらにメイ達の姿をエンシン達の視界から隠し護ろうとする明確な意志を見せるコロを恐れる理由などありはしなかった。

 

 奇襲は避けられてしまったがワイルドハントとエレナ達の分断の成功を確認したセリューがエンシン達に向けて左手を思いっきり振り被って鎖付きの鉄球 正義秦広球を投げつける。

 

「おっと!」

「危ないなぁ☆」

「あぶねぇ!」

 

 腐ってもシュラに実力を見出されて集められた者達であるエンシン達は難なく避けて見せる。

 

「マジでやる気みたいだな、上等だ! 気の強い女は嫌いじゃないぜ、屈服させ甲斐があるからな!」

 

 エンシンが曲刀を片手にセリューへと走る。

 左手に持った鎖を引っ張り鉄球を呼び戻しながらエンシンの背後を襲うように仕向けるセリュー。

 意図を読んだエンシンがチラリと背後の鉄球に視線を動かすのと同時にセリューは右手の大刀 正義宋帝刀で切り掛かり一人の身でありながら挟み撃ちの形を作る。

 

「ハッ!」

 

 真横で摩擦音をがなり立てる鎖に蹴りを入れて鉄球の軌道をずらしたエンシンは大刀の薙ぎ払いを姿勢を低くして躱しセリューの懐へと入る。

 

「武器選択をミスってねぇか? 俺相手に懐に入られちゃお終いのデカい武器ばかり振るってよぉ!」

 

 切り刻まんと曲刀を振るうエンシンの攻撃をセリューは大刀を盾にして防ぐが細かい取り扱いの難しい大刀ではエンシンの速さに付いていけず、余波で切り傷を帯びていく。

 そして遂に曲刀はセリューの左手の前腕を捉える。

 

 ジャキン

 

「……へぇ?」

 

 エンシンの手に肉を断つ手応えはなく、金属音に阻まれる感触を得る。

 セリューの左腕には鉄球に付いていた鎖が巻かれており、疑似的な篭手の役割を果たしていた。

 

「随分と丈夫な鎖だな」

「悪如きに斬られる程、柔じゃない!」

「悪……ねぇ、俺達に逆らったお前こそが悪だと思うがな」

「…………戯言を!」

 

 胸の奥の騒めきを無視してセリューは相性が悪いと判断した大刀を捨てて徒手空拳でエンシンに殴り掛かる。

 エンシンの曲刀を躱し鎖で弾きながら繰り出す拳は鋭くエンシンを直に捉えはしないものの通用していた。

 掌底かと思い後ろへと避けようとしたエンシンはセリューの動きに僅かな違和感を覚え、急遽後ろへの避けから横への回避に変更した。

 判断は正しく、掌底が突き出されると同時にセリューの掌から火が吹き銃弾が吐き出される。

 

「ッ!? 仕込み銃かよ!」

 

 さらに掌底を打った左手に巻かれた鎖に連動して鉄球が飛びエンシンを襲う。

 少し身を引いて躱す事に成功する、が鉄球の勢いを殺さないようにセリューは身体全体で鉄球を回しに掛かり、その姿はまるで独楽のよう。

 エンシンは舌打ちしながら巻き込まれないように大きく後退する。

 

 

 一見拮抗しているように見えるが事実は違った。

 

 エンシンはまだ帝具の能力を使ってはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラオラどうした? 突っ立ってるだけか?」

 

 チャンプが煽りながら手に持った球体をコロに向かって投げる。

 コロは一歩も動かず、球体が自身に迫るのをただ待つだけであった。

 球体がコロに当たり

 

「グウゥゥゥゥゥウ!!!」

 

 全身を覆うように雷撃が走る。

 雷撃はすぐに収まるが、見ればコロの身体はすでに火傷や凍傷を負っている。

 帝具生物の特性である再生能力がなければとっくに致命傷となっていてもおかしくなかった。

 コロへと当たり電撃を放った球はいつのまにかチャンプの元へと戻っていた。

 

「チィ、これも効果はイマイチか」

 

 チャンプは連続投球で上がった息を整えながら、次に投げる球を選ぶべく手に持っている。

 球の数で全部で六つ。

 

 六つの球型帝具の名は【快投乱麻ダイリーガー】

 それぞれが別の属性を持つ球であり敵に当たると発動する。自動で持ち主に戻ってくる機能を持っている。

 

 コロに雷、炎、氷属性の球をすでに投げているチャンプは次の球を選ぶ。

 その間、コロは動かない。否、動けない。

 

「動いちゃヤダよ☆」

 

 チャンプの傍に立つコスミナは手にマイクを持ち、それに向かって言葉を発している。

 マイクを通して声は超音波となり、コロの全身に金縛りのような硬直状態を齎していた。

 

 【大地鳴動ヘヴィプレッシャー】はマイク型帝具である。

 マイクを通した声に力を与え衝撃波に変える事ができる。その威力は高く直撃すれば全身の骨を砕くほど。また応用として超音波に変え動きを止めることもできる。

 破壊力を持った衝撃波はその威力ゆえ可視できるが、超音波は精々空間が僅かに歪んで見える程度で回避が難しいのも特徴。

 

 コスミナが回避されにくい超音波で足止めしてチャンプが球を当てる。

 ワイルドハント遠距離チームのコンピネーションを受けてコロは防戦一方であった。

 

「これならどうだ? 派手に飛び散ってくれよ」

 

 チャンプが《爆》と描かれた球に手に取った。

 

「グルルルルルゥ、グァア!!」

 

 コロは全身を超音波により縛られている中、なんとか大口を開けた。

 

「なんじゃそりゃあ!?」

「ワーオ!☆」

 

 コロの大きく開けられた口の中から幾つものミサイルが発射される。

 コロの中に収納されているセリューの武具の一つ、小型のミサイルを放つポッドから放たれたものであった。

 コロは器用にも舌を使ってポッドの発射ボタンを押していた。

 セリュー程使いこなすことは流石にできず、ミサイルは教会の天井に当たったり、ミサイル同士でぶつかり空中で爆発したりしてしまうが、それでも幾つかは空中で翻りチャンプ達の元へと降り注ぐ。

 

「口から爆弾とか凄いねー、でも残念☆」

 

 コスミナが上を見上げながらマイクに向かって喋り、それが衝撃波へと変わり迫り来るミサイルへと当たる。内部の信管が揺らされて暴発し、ミサイル群はコスミナ達に届くことなく散る。

 だが、コスミナがミサイルに集中したためコロは超音波の呪縛から解放された。

 その隙を見逃さず、コロは一気にチャンプへと突撃する。一直線ではなく少しだけカーブを描きながら。

 ミサイルへと視線を誘導されていたチャンプは自分へと突撃してくるコロに気付き、初動こそ遅れるが十分間に合うタイミングで投げる予定だった《爆》の球をコロに向かって投げた。

 

 会心の一投はコロの巨体ド真ん中へと吸い込まれるように迫る。長年使ってきた経験が不可避のタイミングだとチャンプに告げて、コロが爆散する姿を期待する。

 しかし

 

「なにぃ!?」

 

 球はコロの頭上を素通りして掠りもしなかった。

 コロが回避したわけではない、チャンプが外したわけでもない。

 ただ一瞬だけコロが巨大化を解いた。ただそれだけだった。

 身体を縮めることによって球を掻い潜ったコロは身体を再び巨大化させる勢いと助走を掛け合わせた渾身の一撃をチャンプへと振るった。 

 

「グヘァ!?」

 

 直撃を食らったチャンプが無様な声を上げながら吹き飛ばされ壁へと激突、衝撃に耐えきれずに壁は崩れ瓦礫へと変わりチャンプを埋める。

 瓦礫の間から血潮が流れ地面へと広がり起き上がってくる気配はない。

 

「キュウ!」

 

 コロが勝利の鳴き声を上げる。

 

「ナイスです、コロ! エレナさん達、今の内です!」

「は、はい、ありがとうございます」

 

 チャンプが死んで僅かながらも其方に気を取られているエンシン達の隙を突いて母娘を逃がす事に成功するセリューとコロ。

 

「セリューさんは?」

「私は残ります。悪を野放しにはできませんから!」

「……どうかご無事で」

「コロちゃん、頑張って!」

「当然です! 正義は悪には屈しませんから」

 

 メイの声援に親指を立てて強気なポーズをして見せるコロ。

 実際にはチャンプとコスミナの攻撃で何度も再生を繰り返してかなり消耗していたが、そんなことはおくびにも出さなかった。

 追わせないように母娘が出ていった出入口に立ち塞がるセリュー達だがエンシン達もこの事態において母娘を気にする訳もなかった。

 

「あーあ、エンシンが遊んでる内にチャンプが死んじゃったね☆ 流石に本気出したら?」

「チッ、今日は帝具の加減が難しそうだからよぉ、勢いで殺しちまいそうで嫌だったんだが」

 

 コスミナの諫言にエンシンは不機嫌そうに頭を掻きながら曲刀を軽く振る。

 すると曲刀が淡い光を帯び始める。仄かな白とも金とも取れる色合いは月光を彷彿とさせた。

 

「思ったより強いみてぇだしマジでやってやるよ。生き残ってくれよ? 泣きっ面を拝みながらヤりてぇからな」

 

 下卑た視線でセリューの身体を嘗め回すように視るエンシンにセリューは瞳に嫌悪を宿らせる。

 

「これ以上その薄汚い口から悪を垂れ流すな!」

「だ、か、らぁ、帝国に逆らおうっていうお前の方が悪だろうがよぉ!」

 

 エンシンが曲刀を虚空に振るう。

 帯びていた月光の光が三日月状の刃へと変わりセリューへと飛んだ。

 予想外の攻撃に一瞬驚くセリューだが、コロが巨大な姿で壁になることで事なきを得た。

 

「……クッ!」

 

 セリューが苦虫を嚙み潰したような表情をする。

 エンシンにしてみれば売り言葉に買い言葉を返しているだけに過ぎない。

 そこに深い意図も信念もありはしない。

 だが、その言葉はセリューの胸中にある騒めきを肥大化させる。

 

 帝国の正義と自身の正義を重ねていたセリューにとって今回の事件はとてつもなく重い。

 今まで正しいと信じていたモノが間違っている可能性を突き付けられてセリューの地盤は揺らいでいた。

 

 帝国の正義が間違っているとしたら……私の今までの行いは……

 

 そんな考えが脳裏を過ぎる。

 エレナ達がいる時はよかった。

 ただ守る事に必死でそれ以外を考える事ができなかった。

 だがエレナ達を逃がした今、セリューの中で生まれた澱みは無視し難いほど大きくなっていた。

 

 と、そんなセリューと壁となってたコロの元に思わぬ方向から飛来物が投げ込まれ

 

 

 

 爆発した。

 

 

 

「グハァ!?」

「ギュッ!?」

 

 爆風を受けて吹き飛ばされるセリューとコロ。

 幸いにも寸前に気付き距離を取った為、致命傷とはならなかったもののセリューは全身を走る激痛に苦悶の表情をして飛来物が飛んできた方向を見た。

 

「俺の頑丈さを甘く見たな、これくらいで死んで堪るかよ!」

 

 チャンプが息を荒れながらも立っていた。

 瓦礫から抜け出したチャンプは全身を打撲し大量の血を流しているが持ち前の生命力の高さによって生き延びていた。

 

「さっきはよくもやってくれたな、畜生がよぉぉお!!!」

 

 チャンプが怨嗟の叫びを上げながらコロに向かって球を投げた。

 コロは身体を再生するのに精一杯で回避できない。爆発からセリューを守るためにより近い位置から爆発を浴びたのが原因だった。

 

「ギュ……ギュゥゥ………」

 

 球が当たった部位が異臭を放ちながら腐り落ち始める。《腐》の球の効果である。

 肉が腐り削ぎ落され弱点であるコアが剥き出しとなった。

 

「弱点発見だなオイ、そらそらそらそらそらぁ!!!」

「わっかりやすーい☆」

 

 チャンプのまさかの生存に面食らっていたエンシンだが、攻め時を察して連続で月光の刃を飛ばした。相手がセリューではないので加減をする気もなく全力だ。それにコスミナも追撃の衝撃波を放つ。

 

「まずい、コロ! 奥の手!!!」

「キュッ! ………………キュ~……」

 

 セリューの指示にコロは《狂化》を発動させようとするが、できなかった。

 

「!? なんで!!」

 

 悲痛の叫び声が上がる。

 

 帝具【魔獣変化ヘカトンケイル】のマスターとなれる条件は狂的な程に己の信念を持っている事であった。セリューの正義を信じる心はまさに選ばれるだけのモノを秘めていたが、今の迷いが生じているセリューでは奥の手を発動させるには至らない。

 

 

 

 コロの剥き出しのコア目掛けて刃と衝撃波が押し迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風がすべてを掻き消す。

 

 

 

 コロの前に身を乗り出し腰の剣を抜刀すると目の前に竜巻が発生させた。

 竜巻は月光の刃と音の衝撃波を相殺させて無へと帰る。

 

「……お前等」

 

 突然の乱入者は自分達が放った渾身の攻撃を散らされて目を丸くしているエンシンとコスミナに憤怒の込められた瞳を向ける。

 

「セリュー先輩とコロに何してんだ?」

 

 助けられたセリューもエンシン達と同じく目を丸くしながら、その名を呟く。

 

「……イエヤス……くん……」 

 

 

 

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