「大丈夫ですか? セリュー先輩」
エンシンと戦いで少なくない切り傷を受け、チャンプの《爆》の球の爆風により軽度の火傷と打撲をして座り込んでいるセリューを背に庇いエンシン達に油断なく視線を送りながらイエヤスは心配の声を掛ける。
「……はい、大事はありません。ですが」
未だ迷いを振り切れず歯切れの悪い反応を示すセリューにイエヤスは目を丸くする。
「イエヤスくん、相手はワイルドハント、奴等は紛れもない悪です。ですが帝国は奴等の所業を正しいと判断しました……」
セリューは地べたに置いた手をギュッと握り締めて戸惑いを隠し切れない瞳をイエヤスへと向ける。
「彼等を許せない私は間違っているのでしょうか? ……帝国の正義が……私には分からない」
セリューのらしくない様子にイエヤスは驚きつつも一呼吸を入れて状況を整理する。
ランにはワイルドハントとは揉めないように止められていたが、この段階でそれはもう無理だとイエヤスは判断して心の中でランに詫びた。
抜いたカリバーンをゆっくりと持ち上げてエンシン達へと向ける。その切っ先は微塵もブレず確固たる意志を持って敵対する事を選んでいた。
「……ッ!」
セリューの息を呑む音。
イエヤスはゆっくりと言葉を紡いだ。セリューの心に届けと真に願いながら。
「先輩に何があったのかは知りません。今は話す時間もないですから」
でも、と続ける。
珍しく迷っているセリューにイエヤスが掛けられる言葉などただ一つしかなかった。
「先輩は先輩の正義を貫いてください!」
カリバーンから風が溢れでる。
「俺がそれを支えます!」
風がイエヤスの身体に帯びてゆく。
「俺はその為に今ここにいます!!!」
帯びた風に靡かれながらイエヤスは高らかに宣言する。
「……私の……正義を……………」
イエヤスの言葉を口の中で転がすように繰り返すセリュー。
そうだ、帝国の正義が間違っているのなら正せばいい。
何を迷う事がある、しっかりしろ
この後輩に恥じない先輩であろう、この背中に誇れる先輩であろう
そう誓ったはずだろ! セリュー・ユビキタス!!!
心が確かに軽くなるのを感じたセリューは己の頬を強く張り気合を入れ直すと立ち上がった。
コロもまた《腐》の球の効果が抜けて持ち直した。
「ありがとうございますイエヤスくん、おかげで目が覚めました。格好悪いところを見せちゃいましたね」
「そんな事ないですよ、セリュー先輩はいつだって俺の自慢の先輩です!」
「………ははっ、そうですか」
イエヤスの全幅の信頼を寄せた誉め言葉を受けてセリューは頬を掻きながら照れ臭そうにした。
「オイオイオイ、オイ! 何を惚気た雰囲気を出してやがんだ? 黙って来てりゃ青臭いったらねぇな!?」
エンシンが苛立った態度で喚く。
「雑魚一人増えただけでもう勝ったつもりか? 随分とめでたい頭をしてるもんだな!!」
「…………」
エンシンの侮る発言にイエヤスは何も返さない。
出会ってから今日まで散々エンシンには煽られ続けてきたので慣れてしまっていた。
だが、エンシンの暴言を初めて聞いたセリューはそうはいかない。
イエヤスに代わりセリューが反論しようと口を開きかけるが
「イエヤスを雑魚と侮るのは勝手ですが、その代償は高くつくことになりますよ?」
その役は空からの声に取られてしまう。
空を見上げて声の持ち主を見つけたイエヤスは思わず顔を綻ばせた。
「ラン!」
「まったく、先走りすぎですよイエヤス。危うく見失うところでした」
帝具の翼を羽ばたかせてゆっくりと降りてきたランはイエヤスに苦言を呈した後、ワイルドハントへと視線を向けた。
「クロメには人払いをお願いしました。これから行われる事を目撃されるわけにはいきませんからね」
ランの発した言葉の意味を正しく理解したイエヤスは期待を込めた眼差しをランへと注いだ。
「と、いうことは!」
「ええ、なんとか間に合わせる事ができました」
イエヤスの期待に応えるように頷き返したランはワイルドハントへと宣言する。
「ワイルドハント、貴方達の悪行もここまでです。今日この時を以て終わりにしましょう」
「ハァ? 何を言ってんだてめぇは」
「そうだよランちゃん、私達仲良くやってきてたじゃん☆」
ランの物言いにエンシンは意味が分からないと首を竦め、コスミナはショックを受けたようにワザとらしくウルウルと目を潤ませる。
ランは今日までワイルドハントにゴマを擦り続けていた。
正面から逆らう事ができないワイルドハントに対して、表立たない喧嘩を売る為の隙を見出すためである。
そして今、陰の努力が実る。
「イエヤス、セリューさん、詳しい事情は省きますが絶対条件として一人も逃してはなりません。必ず息の根を止めてください」
「おうよ!」
「話の流れはよくわかりませんが、悪を逃がすなと言うのならば無論です!」
臨戦態勢に入るイエーガーズ3人。
「ハッ! やる気だってんなら斬るだけだ、後悔させてやるよ」
「ランちゃんと戦うなんて……、殺す前に一回ヤラせてね☆」
「ハァハァ、俺の邪魔ばかりしやがって! いつの間にかにメイちゃんがいねぇじゃねぇか!?」
応戦の構えを取るワイルドハント3人。
特殊警察イエーガーズ VS 秘密警察ワイルドハント
「貴方が以前酒の席で話した事を覚えていますか?」
「……?」
相対して互いの出方を窺っているランとチャンプ。
ランは無造作にチャンプに話しかけた。
「昔ジョヨウの町で多くの子供達を殺したと自慢していましたね、……恍惚とした笑みを浮かべて」
「あぁ、そうだが? 今は関係ないだろ!その話は」
「あります」
ランはチャンプの言葉を否定する。
いつもの飄々とした態度はなりを潜め、鋭い目付きと激情に駆られた感情を浮かべながら翼を大きく駆動させて舞い上がる。
「私はその時に殺された子供達の教師でした!」
はためく翼から羽が溢れ、チャンプへと飛ばされる。
己へと迫る羽の銃弾をチャンプはその巨体からは想像し難い身軽さで避けて見せる。
地に手を付けて横転しながら手持ちの玉を幾つか上空のランに向けて放つ。
飛来する玉をランは素早く飛翔することで躱す。
すべてを躱すわけではなく、玉の中の一つは器用に羽で撃ち落とす。
羽と玉がぶつかり爆発する。
「なにぃ!?」
チャンプが驚きの声を上げた。
「今避けた玉は腐と氷でしたね。この二つは直接触れなければ問題ありません。羽で迎撃した玉は爆、これは任意のタイミングで爆発できるので近寄らせないのが吉でしょう」
ランは激情に駆られながらも冷静に対処していた。
今日までの下準備の時間でしっかりと相手の戦い方を予習していたランは玉の色で属性を読んでいた。
羽根と玉の飛ばし合いは情報戦を制しているランに分があり、すでにコロとの戦闘で負傷していたチャンプは徐々に押され始める。
だが、チャンプも戦いを続けていく中でランに対して有効な戦術を見つけていた。
「オラァ! 《嵐》の玉!!」
チャンプが投げた玉を空中で起動させて竜巻を発生させる。
竜巻に巻き込まれないように気を付けるランだが、竜巻に紛れて《爆》の玉が飛んでくる。
近寄られる前に羽による迎撃を狙うが巻き起こる風に煽られて狙いが上手く定まらない。
それでもなんとか羽を当てる事に成功するがかなり近寄られてしまっていた。
「クッ!!」
爆風を受けたランが苦悶の声を上げながらも翼を制御して墜落の愚は犯さない。
チャンプが隙ありと見て追撃の玉を二つ投げる。
投げてくる玉の属性を見たランは乾坤一擲の思いで羽で迎撃する。
片方は羽で弾き飛ばすがもう片方は今までのような一片ではなく、連なるように列をなした連撃を叩き込む。
玉は未だ舞う竜巻の中へと送られ、台風の目にいる《嵐》の玉とぶつかった。
ぶつかった玉の種類は《焔》
「うぉお!?」
チャンプが驚いた様子で一歩後ずさった。
竜巻の中で発生した焔は風に煽られ肥大化、爆発的に広がり竜巻は炎柱へと姿を変える。
予想していなかった現象に思わず目を奪われたチャンプは炎柱の裏へと隠れたランを見失う。
「クソ! 何処行きやがった!?」
上を見上げてランを探すチャンプ。最も回避が難しい《爆》の玉をいつでも投げられるように構える。
邪魔となってしまった炎柱を消すべく《嵐》と《焔》の玉を手元へと戻した時、ようやくチャンプは気付いた。
ランは地面ギリギリの高さを滑空しチャンプへと急接近していた。
高所を取る事こそマスティマの最大のメリットであり、まさか自らそれを捨てるとは夢にも思わなかったチャンプは度肝を抜かれた。
すぐさま玉を投げようとするが、すでにランは目の前、投げようと構えていた玉は《爆》
自分も巻き込まれる可能性が頭を過り、僅かにだが動きが止まった。
それが命取りとなる。
ランから伸びた翼を構成するものが羽から光のエネルギー体へと変わる。
【万里飛翔マスティマ】 奥の手 神の羽根
チャンプの横を凄まじい速さで通り過ぎるラン。
横切る瞬間に光の翼をはためかせる事によって器用にも四肢だけ切り裂いた。
焼き切られて千切れ飛ぶ両腕と両足。
「ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁあアアアアアァァァア!!??」
四肢を失った衝撃と激痛で絶叫するチャンプ。
地を転げ回り痛みから逃れようとするが四方の断面から血を撒き散らすだけの結果に終わる。
「…………あまり動かないで下さい。悪戯に血を流しても死が近づくだけですよ」
着地したランが血塗れの地に這いつくばるチャンプへと近寄る。
当然ながらチャンプの身を案じて発した言葉ではない。
これから起こる事をしっかり味わってもらいたいが故の言葉だった。
一枚の羽がランの元へと舞い降りる。羽の上には一つの玉が乗っていた。
「これ、お返ししますよ」
羽は腐りながらもチャンプの元まで行き無へと消えた。
玉がチャンプの腹の上に落ちる。
「……ァァア………アァァァァァァッァァァアア!!!」
「投擲が要の帝具、腕を失った者を持ち主とは認めないと読みましたが正解でしたね」
玉に触れている箇所からジワジワと腐食が侵蝕し始める。
「やめ、やめろぉ! やめてくれぇええ!?」
四肢を飛ばされじっくりと腐らされるチャンプが乞い願う。それが命を乞っているのか、死を乞っているのか、ランにも分からなかったが何方でも良かった。
どうせ聞く気など露ほどもないのだから。
「楽に死ねると思いましたか? ………冗談じゃない」
チャンプに殺された子供達の事を想う。
命を奪われただけではない。
未来を閉ざされ、尊厳を踏み躙られ、凌辱の限りを尽くされて散った子供達。
そんな惨劇を幾つも生み出したチャンプが楽に死ねる道理など何処にもあるはずがなかった。
「ようやく……罰を与えることができました」
チャンプの苦しみ抜く声を鎮魂歌にランは祈るように手を胸の前へと置いた。
時は少し遡る。
「ワタシのお相手はランちゃんが良いんだけど☆」
コスミナがセリューに対して不満を呈しつつ頬を膨らました。
「私だって本当なら子供達を直接手に掛けた奴をこの手で裁きたい、しかし……」
セリューはチャンプの相手を譲ってくれと言ってきた時のランの真剣な顔を思い出す。
ランの似合わぬ鬼気迫る表情に並々ならぬ事情を察したセリューは苦渋の決断として譲ることを選んだ。
「彼等の悪行を身近にいながら止めようともしない貴様も同罪だ、覚悟しろ!」
「ギュゥゥゥウウウ!!!」
セリューの啖呵に呼応するようにコロが啼く。
「7番!」
コロは番号に対応した武具を吐き出すと、そのままコスミナに向かって突撃する。
巨大ライフル 正義泰山砲を受け取ったセリューは突撃するコロを援護すべくコスミナへと狙いを定める。
巨大ライフルが火を噴く。
迫るコロと銃弾に焦る事なくコスミナは大きく息を吸ってマイクに向かって発声する。
「出力最大! フルパワー☆」
声は衝撃波へと変わり床を割りながら飛ぶ。
コロはすぐさま方向転換をして避けるが当然曲がる事ができない銃弾は衝撃波が直撃して粉砕される。
それでも威力は弱まらずセリューまで届く。
「ッ! ならば!」
衝撃波を避けつつ、正面からの戦いは分が悪いと判断したセリューはコロに目配せをする。
マスターの意図を察したコロがコスミナを回り込むように動き、セリューはその逆方向に回り込んだ。
次々と飛ばしてくる衝撃波を躱しながら挟み撃ちの形に持ち込む事に二人は成功し、コロは再び突っ込み、セリューは手持ちの鉄球をぶん投げた。
真逆の方向からの同時攻撃ならば対処が難しいと踏んでの作戦であった。
だが
「そんなことしても無駄だよ☆」
コスミナは衝撃波に方向性を持たせずに全方向型の衝撃波を作り出した。
一方向へと飛ぶ衝撃波と比べて飛距離はかなり落ちるものの鉄球を弾き、コロにダメージを与え足止めするだけの威力を持っていた。
一方向へと飛ばす遠距離技に防御に向いた全方向攻撃、攻防ともに優秀な技を持つコスミナにセリューとコロは攻めあぐねていた。
さらに
「グッ!? 身体が動かない!?」
可視が困難な超音波を使ってセリューの拘束したコスミナが動かない的と化したセリューに向かって衝撃波を放つ。
「これで終わりだね☆」
「ナメるな! コロ、奥の手!!!」
セリューが叫び
「ギュウウウゥゥウウアアアアアァァァ!!!!!!」
コロが応える。
イエヤスの激励で迷いを断ち切ったセリューはコロを《狂化》させた。
全身を紅く染め血走った目をしたコロが咆哮する。
「なに!?」
地を揺らし教会を揺らす咆哮はただの音にとどまらず、力を持つ。
超音波と衝撃波を掻き消し、コスミナを無防備な姿へと変えた。
「悪は! 絶対に! 許さない!!!」
セリューは鉄球の繋がった鎖を全力でブン廻しコスミナへと鉄球を飛ばした。
「ガハァ!?」
鉄球の直撃を受けて吹き飛ばされるコスミナ。
激突する直前に自ら飛ぶことによって致命傷は避ける。
だが
「捕食!!!」
コロが鋭い牙が剥き出しとなった口内を晒しながらコスミナへと飛びつく。
空中へと投げ出されているコスミナに避ける事はできない。が、再び全方位型の衝撃波を使って難を逃れようとする。
「え!?」
マイクが弾け飛び手から離れる。
コスミナは驚愕の声を吐き出しつつも確かに見た。
自身へと向けられているセリューの掌の銃口から煙が出ている事を。
「……………」
対処手段を失ったコスミナは目の前まで迫った死を告げる大口を前に
「………アハ☆」
笑った。
西の国で歌姫として名を馳せ、魔女として家族を失い、心壊れた少女の最期のコンサートが始まった。
肉が弾ける音。
骨が砕かれる音。
血が滴る音。
コロの咀嚼音が奏でるコスミナ最期のコンサートが響き渡り、ゴクンという飲み込む音で終焉を迎える。
アンコールは来ない。
再び時間は遡る。
向き合うはエンシンとイエヤス。
剣を納刀して黙して構えるイエヤスに対してエンシンは曲刀を肩に担ぎ饒舌に口を回す。
「俺の相手はてめぇかよ、雑魚に俺相手は荷が重いんじゃねぇか?」
エンシンは煽りつつ上を見上げた。
「しかもよりにもよって今日とはねぇ、てめぇは運にも見放されているみたいだな!」
教会の天井にある割れた窓ガラスから月が覗いていた。
エンシンが持つ曲刀型帝具【月光麗舞シャムシール】は真空の刃を飛ばす事ができる。
わざわざ納刀する必要がない為、イエヤスの《烈風》の上位互換といって差し支えない。
さらに月の満ち欠けで性能が上下する特性を持っている。満ちている程性能は増す。
覗いている月は丸々と綺麗な円を描いている。満月であった。
「お仲間に泣きついてもいいんだぜ? さっき啖呵切ったせいでそれもできねぇか? 俺が支えますぅだっけ?」
「……………」
次から次へと煽り文句を発するエンシンだがイエヤスは答えない。
ただ深く深呼吸をして集中力を高めていた。
「なんか言えよ、つまんねぇ奴だな」
「………………」
イエヤスは答えない。
自分が口の回る方ではないと自覚しているイエヤスは口で勝てるとは思わない。勝とうとも思わない。
相手が今から殺す相手ならばなおさらだ。
説得する段階も理解し合う段階もとっくに終わっている、だったらもう会話は不要であり実力で捻じ伏せるだけであった。
イエヤスがカリバーンを抜き《烈風》を放つ。
風の刃がエンシンを襲う。
エンシンは予想外の攻撃に目を見開くが、すぐにニッと笑みを浮かべて曲刀を連続で振り幾重もの刃を飛ばした。
風の刃と月光の刃が激突する。
一つ目の月光の刃は風の刃に掻き消されるが二つ三つとぶつかるにつれ風の刃が弱まっていきとうとう押し負けて消滅、残った月光の刃がイエヤスへと飛んだ。
「やっぱり駄目か!」
教会に駆け付けた時にすでにエンシンの攻撃を目にしていたイエヤスは想定内だと慌てることはなく横に跳んで避ける。
遠距離戦は相手の領域だと理解したイエヤスは抜刀した剣を手にエンシンに向かって駆ける。
「ハッハァ! 刃飛ばしで勝てねぇからって剣を交えれば勝てるとでも思っているのかよ!
そらそらそらぁ、来れるもんなら来てみろよぉ!!!」
制限なく月光の刃を飛ばし続けるエンシン。
イエヤスはエンシンの予想を遥かに上回る速さで地を蹴り距離を縮める。最低限の動きで次々と刃を躱し剣を当てる事もしなかった。
「ハァ!? ………ッ!!!」
素っ頓狂な声を上げたエンシンが接近したイエヤスが振るう剣を受け止める。
一度の攻撃を止められようとイエヤスは気にすることなく右に左にと剣を振るう。足を止めず絶えずエンシンの周りを駆け回り翻弄する事を意識的に行いながら追い詰めていく。
「ッ! ラァ!! クッ!? このっ! うぉ!?」
さっきまでの饒舌だった口は掛け声や呻き声を上げるばかりとなり話す暇など与えない。
風を纏い身体能力を向上させたイエヤスはエンシンがたまに放つ反撃をすべて躱し、エンシンはイエヤスの剣閃を捌くに届かず身体に傷を増やしていく。
このまま押し切られると思われたエンシンだが
「調子に、、、乗るな!!!」
手にした曲刀が月の色に光る。
エンシンが振るった曲刀の軌跡に月光の刃が発生する。それだけならイエヤスもすでに知っている攻撃であったが
「っ!?」
イエヤスが息を呑み驚愕の感情を押し殺した。
月光の刃は発生した場所から動かず制止していた。
エンシンは構わずイエヤスに向かって斬撃を繰り返しイエヤスはしっかり回避するが、エンシンが曲刀を振るたびに制止した月光の刃が増えていく。
制止した月光の刃がイエヤスの頬に触れ薄皮を裂く。
素早い身のこなしでエンシンを追い詰めていたイエヤスであったが、周りを月光の刃で固められて動きを阻害される。
肩身の狭さを感じたイエヤスは一度態勢を整えるべく、後方へと跳び距離を空けた。
だが、距離を空ければそれはエンシンの領域であった。
「どうしたどうした! シャムシールの力の前に成す術なしかぁ!?」
イエヤスが離れる事によって話す余裕が生まれたエンシンが再び煽りを口にしながら今度は飛ぶ刃を放ち続ける。
左右へと動き、跳び、しゃがみ、剣で逸らして躱し続けるイエヤスはエンシンの周りに浮かんでいた刃が消えた事を確認した。
躱しながら納刀したイエヤスがエンシンに向かって再度駆ける。
「何度来たって同じ事を繰り返すだけだぜ! 学習しろっての!」
イエヤスの速さと剣技を知ったエンシンは近寄られるより先にある程度の刃を配置した。
気にせず突っ込むイエヤスにエンシンは曲刀を振り回し刃の数を増やしていく。
イエヤスはひたすらに躱す、躱す、躱す。
その間、イエヤスは剣を納刀し続けていた。
相当数の刃がエンシンの周りに浮かんだ事を確認したイエヤスは最後にエンシンの斬撃をしゃがんで躱した後、抜刀した。
繰り出す技は《旋風》
「うぉぉぉお!?!?! グガッ!? いてぇ!? ガハッ!?!?」
足元から突如発生した竜巻に足を取られて態勢を崩したエンシンが自らが生み出した刃へと触れる。
荒れ狂う風にもみくちゃにされるエンシンを次々と刃が切り裂く。腕を、脚を、顔を、腹を。
自前の身体能力を以てギリギリのところで深手は免れるが全身が紅く染まっていく。
「クソッたれがっ!!!」
エンシンが悪態を吐きながら帝具の力を解いて刃を消滅させた。
竜巻で足を取られ
痛みに気を取られ
そして今、障害物が消えた。
イエヤスが地を強く蹴り、跳んだ。
「これで、、、終わりだぁぁぁぁぁぁ!!!」
渾身の一閃がエンシンの首を捉え、飛んだ。
「……………あ?」
自らの敗北に気付かぬまま、エンシンは逝く。
ゴロン
切り飛ばされた首が地面を転がる音にイエヤスは其方に目を向けた。
「散々煽り倒していたけど、最後の言葉も冴えないものだったな」
剣を鞘に収めつつ、頬を伝う己の血を拭った。
エンシンとの戦いで負ったイエヤス唯一の傷。
「じゃあな、エンシン」
イエヤス 完勝