ワイルドハント3人に勝利したイエヤス、ラン、セリューは互いの無事を喜び合った。
奥の手を使ったコロがオーバーヒートにより活動を休止する前に最後の仕事としてエンシンとチャンプの死体を食べてもらう。
死体に口なし、というが調べられればイエーガーズに繋がる証拠がないとも限らない為だ。
手際よく後処理をするランとそれに従うイエヤスに首を傾げたセリューを見てイエヤスはランに目配せをする。
帝国の正義に疑問を持ち、大臣の息子であるシュラが率いるワイルドハントを真っ向から否定したセリューならば大丈夫と判断したランは静かに頷き話す許可を出した。
「よっしゃ! セリュー先輩、話があります。……実は」
帝国を内から変えるために動いていた事を話した。
セリューは驚きを露わにするがランの予想通り反発することはなく、むしろ納得して心底悔しそうな顔をする。
「……そういうわけでしたか。私がもっと早く気づいていればあの子達は……」
「あの子達?」
沈痛な表情で零したセリューの呟きを聞いたイエヤスがオウム返しをする。
セリューは公園の子供達とはイエヤスも親しかった事を思い返し、開く口にかつてない重さを感じながら、そもそも自分がワイルドハントと戦う事になった経緯を話した。
「……マジ……かよ、………クソが!!!」
沸き立つ感情のぶつけどころを求めて壁を殴り付ける。
最大のぶつけどころはすでに死してコロの腹の中であるため、イエヤスのモヤモヤは収まらない。
それは話を横で聞いていたランも同じである。
だが、ランに圧し掛かるモノはある意味セリューやイエヤスよりも重い。
自分の準備がもっと早ければ死なずに済んだかもしれないという自責の念がランの心を蝕む。
そも準備などせずに真っ向から挑み殺せば、その後処刑は免れないだろうが犠牲者を減らす事はできたはずなのだ。
それでは帝国を変える事は叶わず一時は防ぐ事ができてもなんの解決にはならないと理性では理解するが、そんな理屈で心の重しが軽くなることはなかった。
「……これ以上の積もる話は後にしましょう、見張りをしているクロメと合流してここから離れます」
「……了解」
「わかりました」
ランの提案に異論を挟むことなく3人は教会から脱する。
駆ける3人は凶賊を断つ事に成功したが、決して明るい表情をすることはなかった。
紆余曲折はあったがイエヤスとランの帝国を内から変える同志にセリューが仲間入りした。
ワイルドハントと戦ってから数日が経った。
表向きはナイトレイドとの戦闘でイエーガーズの3人も協力して討伐に掛かったが甲斐もなくワイルドハントは暗殺されてしまった、という形になっていた。
ベストなのはイエーガーズは関りがないとする事だったが、それなりに激しい戦闘を行い、そこに駆け付けるイエヤス達の姿を見たものも零とは言い切れない。
また、詳しい目撃者を出さないためにクロメには人払いを頼んでいたので、クロメ自身の姿を見た者は間違いなくいるため、その場にイエーガーズがいなかった事にするのは困難だというランの判断であった。
他にも証拠を出さない為に細心の注意を払っていたランの工作は上手くいったようで容疑がイエーガーズに掛かる様子はなかった。
「よし、ではいきましょうか!」
「はい、でも無理はしないでくださいよ、まだ完治はしていないんですから……」
「分かってますよ、イエヤスくんは心配性ですね」
セリューに心配げな表情を向けるイエヤス。
先日の戦闘の痕がまだ残っており、ところどころに巻かれた包帯が痛ましい。
本当ならまだベッドで安静にしていた方がいいのだが、セリューの目的を聞いてイエヤスは止める事をやめた。
手荷物をイエヤスが持ち、セリューと目的地へと向かった。
目的地の家に着いたセリューが扉を叩く。
しばらくして足音とともに誰何の声が家の中から聞こえてくる。
セリューが自分と背後に立つイエヤスの存在を伝えると声の持ち主は慌てた様子で扉を開けた。
家主はセリューの姿を見て涙が零れそうなほどの破顔をして見せる。
「セリューさん! ご無事だったんですね!!」
「はい! エレナさん達もご無事でなによりです」
イエーガーズの一人 ボルスの奥方であるエレナ、その後方で窺うように此方を覗いている娘メイの姿を確認したセリューもまた笑顔で応じた。
セリューの包帯姿を見て申し訳なさそうにしているエレナにセリューは気にしないように言う。
「エレナさんが気にする事ではありません。むしろ同じ帝国に属する者の横暴を許してしまい申し訳ありませんでした」
頭を下げて謝罪するセリューに後ろのイエヤスも続いた。
二人の姿にエレナは慌てて頭を上げるように言った。
そして教会から出て数日間、セリューの様子を見に行かなかった事をエレナは謝罪する。
自分達を庇ってくれたセリューの身を案じていたものの、あのような事があった後では迂闊に宮殿に近づく事はできなかった。ボルスに家と娘を任されている手前、無茶なことはできず日々を鬱蒼とした気持ちで過ごしていたという。
対面した時に破顔した理由を知ったセリューは胸が熱くなるのを感じながら礼を言った。
そこからはあの後の顛末やまだワイルドハントは残存しているのでまだ宮殿には近づかない方がいい事などを話し合う。
多少血生臭い話や難しい話をしているのでメイの相手をイエヤスが努める。
「コロちゃんは寝ているの?」
「ああ、しばらくは目を覚まさないそうだ」
奥の手を使った反動で休息期間に入っているコロだがエレナ達の様子を見に行く際、コロも気にしているだろうという事で怪我をしているセリューに代わってイエヤスが抱えて連れて来ていた。
「先輩が言うには今回はそんなに時間は掛からないそうだから目が覚めたら連れてきてもらうように頼んどくよ」
ロマリー渓谷の時とは違い、狂化時の行動時間が短かった為、休息期間は短めだと聞いていたイエヤスがメイのそう告げた。メイは嬉しそうに頷いて見せる。
「うん! 起きているコロちゃんにちゃんとお礼を言うんだ、ありがとうって!」
「コロもきっと喜ぶな」
笑顔で未来を語るメイにイエヤスは顔を綻ばせながら、この笑顔を奪おうとしたワイルドハントに対して改めて怒りを感じ、絶対に好きにはさせないことを心に誓った。
現在残りのワイルドハントはナイトレイドにいきなり半数を殺された事に焦ったのか宮殿に引き籠っており、おかげで見回りをすることもなくなり被害はなくなっていた。
しかしランに言わせれば宮殿の中では流石に始末する隙などできるはずもなく、出てくるのを待たなければならない事態に歯噛みしていたので状況は良好とは言い難かったが。
セリューとエレナの会話は粗方説明はし終えて、エレナが助けてもらったお礼をしたいという段階に入っていた。
だがセリューは礼はいらないと固辞していた。
「お礼は結構ですよ、正義は見返りを求めないものですから」
そう言って礼を受け取ろうとしないセリューにエレナは困っていた。
セリューの言い分も理解できるが絶望の淵に立ったあの状況から助けてもらったエレナとしては何かを差し出さないと気が済まなかった。
互いに譲る気配のない状況の中、セリューはふとある事を思い出した。
かつて会議室にてボルスがメンバーに料理を作っていた時、夫の忘れ物を届けて来ていたエレナが手料理を振る舞い絶賛されていた事を。セリュー自身もあまりの旨さに震えた記憶があった。
「これは見返り…というわけではありません。嫌というのなら断って頂いても全く問題ないのですが、一つお願いしたい事があります」
セリューが折れるように口にした言葉にエレナは目を輝かせて待った。
「料理を、教えてもらえませんか? 簡単な物なら作れるんですがボルスさんやエレナさん程凝ったものは作った事がないので」
セリューが話す事を聞き漏らさないようにセリューへと注目していたエレナは気付く。
僅か一瞬だが、確かにセリューはチラリと視線を向けた事を。
エレナはセリューが視線を向けた方向を同じくチラリと見る。
そこにはメイと楽しそうに話すイエヤスの姿があった。
美味しい手料理を好きな男性に食べてもらいたい、そんな年頃の娘なら誰もが思う事をエレナは思い出して小さな笑みを浮かべた。
「えぇ、勿論いいですよ。とっておきのスープの作り方も教えてあげます!」
勿論エレナは気付いたセリューの思いをつつく様な野暮な真似はしなかった。
「今、ではありません。今は為さなければならない、討たなければならない者達がいるので他の事に現を抜かしている場合ではないので」
セリューは己の握り拳を見つめて力を籠める。
「だから、全てが終わった時に教えてください。私もその時が来ることを励みに頑張りますので」
一瞬見せた乙女な表情は消え去り、戦う戦士として覚悟が秘められた顔をするセリューにエレナも微笑ましい気持ちを心に仕舞いこみ強く頷いた。
それは厳しい業を背負った夫を理解して支えてきた軍人の妻の顔をしていた。
「分かりました。その日を楽しみにして待っています」
「はい!」
その後、イエヤスとメイを交えて軽く談笑してボルスの家を二人は後にした。
イエヤスは護るべき者達への想いを新たにして。
セリューは目指すべき未来へと想いを馳せながら。
帝都宮殿内
一室にてテーブルを挟んで向き合っている男二人。
テーブルには所狭しと並べられた豪華な料理で溢れており、男達は肥えた舌を唸らしながらそれらを貪っている。
しかし表情は真逆と言って良いほど違っており、片方は料理に舌鼓を打ち愉快そうに、片方は自棄食いをしているようで眉間に皺を寄せ不服そうに口に料理を運んでいる。
「ムッフッフッフ、随分とご機嫌斜めなようですな、シュラ?」
愉快そうに食事をしていたオネスト大臣が息子であるシュラに話しかける。
シュラは肉を口に運びかけていた手を止めて父親に返答する。
「そりゃそうだろ親父、ったくあっさり死にやがってよぉ、この俺が目を掛けてやったってぇのに」
エンシン、コスミナ、チャンプの3人を失ったシュラは不機嫌そうに言う。
だが、そこには仲間を失った悲壮感はなく、ただ特に役に立たずに死んだ3人に対する怒りのみが含まれていた。
シュラの様子をオネスト大臣は様子見をするような視線で眺めているが、シュラはそれには気付かず話を続ける。
「エンシンなんて満月の日にやられてちまってダサいったらねぇよ。ナイトレイドってのが思ったよりヤるみたいだが、それにしたってねぇわ」
そこまで口にしたシュラは、自分を見つめるオネスト大臣の視線の温度が幾らか下がった事でようやく異変に気付いた。
「あん? どうかしたか? 親父」
心当たりがないシュラの問い掛けのオネスト大臣は目に見えて落胆したように肩を落とす。
「ハァ、あの報告を鵜呑みにしているようではシュラもまだまだですねぇ」
露骨に溜息まで吐いて見せる大臣にシュラは色めき立ちながらも言われた言葉に目を見開いた。
「報告ってナイトレイドがエンシン達3人をやってやつか? 事実は違うって言うのかよ」
シュラの言葉を聞き流しながら大臣は焦らすように巨大な肉をじっくりと咀嚼する。。
大臣の態度にシュラはヤキモキしながらも待つ。
ゴクン、と呑み込み音を鳴らした大臣は手元の布巾で口元を拭いつつ指を3本立てる。
「報告書には私も目を通しました。上手く証拠を出さないように気を付けていますが3つ程気になる点がありますな」
大臣は語る。
一つ、エンシン達の死体が上がらなかった事。今までナイトレイドは特別な事情がない限り標的の死体は残るように動いていた。これは依頼を受けて暗殺をする生業である以上、しっかり死体を残して依頼主にきちんと仕事をしたことを伝える意味があると思われていた。それが今回は3人揃って死体がない。
二つ、被害の偏りがある事。ナイトレイドと相対したのはワイルドハントの3人とイエーガーズの3人との事だが死んだのはワイルドハントの3人だけである。また、イエーガーズ側はランとセリューは負傷しているもののイエヤスに関してはほぼ無傷。エンシン達の死体も残らない程の激戦を行いナイトレイドを逃がすという大敗を喫したのには違和感があった。
「最後の一つはこれです」
オネストは横の椅子の上に無造作に置かれていた報告書を手に取った。
三つ、以前皇帝の裏に何者かの影を見た大臣は最近の皇帝の交友関係を調査していた。その結果、皇帝が自ら動き出す直前に接触したと思われる人物にイエーガーズのイエヤスの名があった。つまりイエヤスは大臣に不満を持つ要注意人物であり、大臣の息子である事を振り翳し好き勝手にやっていたワイルドハントに反感を持っている可能性は大いに考えれた。
一つ一つであれば違和感で話は終わるが幾つも重なればそれは確信に変わる。それが長年謀略に生きてきたオネスト大臣の嗅覚であった。
「最後は私が独自に調べていた事なのでシュラが知らないのは仕方がない事ですが、このイエヤスという小僧とは何度か接触した事があるのでしょう? ならばそれらしき振る舞いもあったのではないですか?」
「………言われてみれば」
シュラはイエヤスが自分達の行いに憤りを感じている素振りがあったことを思い出す。
だがエンシンと同じようにイエヤスの事は護衛任務もこなせないような雑魚だと決めつけていたシュラはイエヤスがエンシン達に歯向かう等夢にも考えてはいなかったのだ。
「あの……野郎!」
雑魚と侮っていた者に牙を向かれたと知って頭に血が上ったシュラは椅子から乱暴に立ち上がると部屋から出ようとする。
「待ちなさい。どうするつもりですか?」
「舐めたことしやがったカスをぶっ殺しにいくに決まってるだろ!!」
額に青筋を立てながら喚くシュラに大臣は再び溜息を吐く。
デザートのプリンを頬張りながら大臣はシュラを止める。
「言ったでしょう、証拠は上手く消されていると。誰だか知りませんが上手くやったものですな。シュラも見習うべきですよ」
これが末端の兵士であれば証拠など適当にでっち上げて処罰すればいいことだが、エスデスの部下となれば勝手が違う。明確な証拠もなしに罰したとなれば部下想いではあるエスデスの逆鱗に触れかねないと大臣は説明した。
説明を受けてひとまずは気を落ち着かせたシュラはドカッと椅子に座り直すとテーブルに肘を立てる。
「だったらこのままどうするんだよ? まさか泣き寝入りか?」
「それこそまさか、ですよ」
直接的ではないにしろ大臣に対して反抗的な動きを見せた者を見逃す程、大臣は緩くない。
ただ今回は表立って罰することはできないだけの話だと大臣は息子を正した。
大臣は手元の別の資料を流し見しながらデザートをパクつく。
「さて、どうしてやりましょうかね。全く、頭を働かせる事ばかり起きて困ったものですよ。私はただ平穏に生きたいだけだというのに……」
大臣が今見ている資料は最前線のシスイカンから送られてきたものであった。
帝国南から破竹の勢いで帝都に向かって進軍していた反乱軍本体は南の要衝シスイカンで待つブドー大将軍とぶつかった。
勢いに任せてシスイカンの突破を図った反乱軍だが難攻不落と称えられるシスイカンと武の頂点たるブドー大将軍の組み合わせは伊達ではなく破竹の勢いは止められてしまう。
シスイカンの突破に失敗した反乱軍は要衝前に陣を敷き攻める機会を伺う一種の硬直状態となっていた。
だがそれは長くは続かない。
資料には何度か小競り合いが発生したが、近々大規模な戦闘が行われる可能性が高い事が綴られていた。
頭に糖分を与えながら複数の資料や報告書を読んで情報を整理するオネスト大臣。
「……ふむ、イエヤスという小僧は確かブドー大将軍が目にかけていたはず、……ならば」
何かを思いついたオネスト大臣はヌッフッフッフといつもの含み笑いをした。
シュラは父親がこの顔をする時は妙手を考え付いた時だと知っている為、おもわず生唾を飲み込む。
「どうやら元気が有り余っているようなので、それを別口に発散してもらいましょうかね」
後日、決戦が近いという理由で援軍としてイエヤスがシスイカンに派遣される事が決定された。