イエヤスが生きる!   作:七峰 舞斗

35 / 40
32話 シスイカン

 イエヤスに派遣の通達が来てから数日が経った。

 帝都南の正門の前、シスイカン行きの馬車の前にはイエーガーズが集っていた。

 シスイカンへと向かうイエヤスの見送りにラン、セリュー、クロメがいた。

 衣類等が詰まった荷袋を背に背負ったイエヤスにランが暗い表情をして話しかける。

 

「すいませんイエヤス、私の考えが甘かったばかりに……」

「いつまで言ってんだよ、気にすんなって」

 

 ランの謝罪にイエヤスは辟易した様子で返す。

 イエヤスをシスイカンへと送還する通達が来た当初、ランはなんとかして撤回させようと努力したが命令が覆ることはなかった。

 

「粘ったのですが相当上の方からの命令らしく取っ掛かりすら掴めませんでした。おそらくは……」

「大臣……か」

 

 言葉を引き継いだイエヤスの言葉にランは静かに頷く。

 

 大臣自らの通達

 

 それはイエヤスが大臣の敵として認識された事を示す。

 帝国の元で働き始めてそれなりの時間を過ごしたイエヤスは遂に大臣と本格的に敵対した事に感慨深い想いが胸を巡った。

 腕を組み目を閉じ感慨を実感するイエヤス。 

 目を開ければ、そこには今まで絆を育んできた仲間達が心配げな表情を浮かべている姿が目に映った。

 視線を受けてイエヤスは思わず苦笑する。

 

「揃いも揃ってそんな目をしなくても……、そんなに俺って頼りないか?」

 

 イエヤスの言葉に仲間達は揃って首を横に振った。

 

「そんな事はありませんよ、純粋な強さなら相当なものだとは思っています。ですが」

「イエヤスくんは抜けている所がありますからね! 一欠片の油断も許されない戦場でそれが発揮しないか心配なんですよ」

「シスイカンって広いらしいから迷いそう、ついでに命令の意図を履き違えて怒られそう」

 

 口々に発せられる内容は正しくイエヤスを理解しているものであった。

 

「……皆が俺の事をよく理解していてくれて泣けてくるぜ」

 

 イエヤスは色々な意味で涙腺が緩みそうになるのを堪えるのであった。

 

 そろそろ馬車が出発する時間だと言う御者の言葉を受けてしばし別れの言葉を交わしたイエヤスが馬車に乗ろうとしたところ、息を切らしながら駆け付けてくる人物が現れた。

 

「なんとか間に合ったわね」

「ドクター・スタイリッシュ!」

 

 それは帝都に残るイエーガーズ最後の一人、ドクター・スタイリッシュだった。

 研究と依頼に忙しく見送りにはこれないと思っていたイエヤスが嬉しそうに来てくれた事に礼を言うが、スタイリッシュは首を横に振って否定した。

 

「ワタシは見送りに来たわけじゃないのよ、イエヤスちゃん」

「え?」

 

 駆け付けたにも関わらず見送りを否定したスタイリッシュにイエヤスのみならず他メンバーも首を捻ってみせる。

 

「シスイカンにはワタシも行く事にしたの!」

「「「「ええーーーーーーーーー!?」」」」

 

 スタイリッシュの信じ難い発言に4人は揃って驚いて見せた。

 まんまとサプライズが成功したスタイリッシュは満足そうな笑みを浮かべながら説明する。

 

 研究と依頼が一段落したスタイリッシュは今までご無沙汰だった分を取り返すべく活躍の機会を伺っていた。今回イエヤスがシスイカンに派遣される事を聞いて自分も出向く事にしたのだ。

 帝国においてトップレベルの腕を持つ医者でもあるスタイリッシュが赴けば兵士の死傷者は激減し、士気も高まろうという事で以前から度々上層部からは打診されていた。

 強化兵の補充も済ましており、イエヤスと共に乗る馬車とは違う経路を使ってシスイカンに向かう事になっていた。

 

「……ドクター・スタイリッシュ、ありがとうございます!」

 

 自分の事を心配して付いてきてくれると言うスタイリッシュにイエヤスは感動に肩を震わせながら礼を言った。

 

「いいのよイエヤスちゃん、それにそれだけが理由じゃないのよ♡」

 

 スタイリッシュは最前線という危険な場所に医者として赴くという事で上層部に交換条件として革命軍が多く所有している数々の帝具に触れる機会と気に入った物を自由に研究してよい許可をもらっていた。

 

「今回の依頼のおかげでワタシの研究は大きく進む事ができたのよ。後は多くのサンプルを集めるだけの段階にまで進んだわ。あとちょっと…あとちょっとなのよ」

 

 帝具と同等の物を作り上げる事が夢であるスタイリッシュはフフフッと恍惚な笑みを零しながら語った。

 

「……なんか俺の付き添いはオマケ感ないっすか?」

「気のせいよ、き、の、せ、い」

 

 誤魔化すスタイリッシュに感動を返してほしい気分となるイエヤスであった。

 

 改めて帝都に残るメンバーに別れを告げたイエヤスとスタイリッシュは馬車に乗り込みシスイカンへと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道中雑談に花を咲かせたイエヤスとスタイリッシュは何事もなく無事シスイカンにつく。

 入口に詰めている兵士に案内してもらって現在要塞の総指揮を取り締まっているブドー大将軍のいる指令室へと向かう。

 案内された指令室の扉を叩き許可を得て二人は入室する。

 

「エスデス将軍直属特殊警察イエーガーズ所属のイエヤスです。指令により援軍に来ました!」

 

 イエヤスの宣言にスタイリッシュも続く。

 二人の言葉を聞いたブドー大将軍が鷹揚に頷いた。

 

「うむ、よくぞ来てくれた。歓迎しよう」

 

 ブドー大将軍はちょうどこの後、対反乱軍の事について話し合う大規模な会議が行われる予定となっているので現在の置かれた状況の詳しい把握と紹介も兼ねて出席するようにと二人に言い渡した。

 会議までの時間があまりなく情報まとめで忙しそうなブドー大将軍から紹介された案内役の兵士に誘導されて砦内を回るイエヤスとスタイリッシュ。

 総合医務室でスタイリッシュとは別れ、イエヤスはこれから寝泊まりする部屋を最後に案内される。

 

「それでは私はこれで」

「あぁ、ありがとうございました」

 

 案内役の兵士はイエヤスの礼を受け取った後、足早にその場を去っていく。

 

「…………」

 

 その忙しそうな様子をイエヤスは黙って見送った。

 エスデス直属という事は結構な高い地位であるため部屋は他の兵士との共同ではなく、専用の部屋が用意されていた。

 とりあえず部屋へと入ったイエヤスは背負った荷袋をベッドの脇に降ろしながら、ここに来るまでの光景に思い耽る。

 

 ブドー大将軍含め、皆忙しなく動いており高い緊張感に支配されていた。

 廊下で擦れ違う兵士やスタイリッシュと別れた時に少しだけ見えた医務室にいた兵士達の多くは赤く染めた包帯を巻いており僅かではあるが死傷者もいる様子であった。

 

「………………」

 

 それなりに修羅場を潜ってきたつもりのイエヤスであったが本格的な戦争を経験するのはこれが初めてであった。その独特な雰囲気は今までとは勝手が違いピリピリとした緊張感を肌で感じていた。

 

「なるほど、これがランが心配していた事か、………!」

 

 イエヤスは己の手が微かに震えている事に気付き、グッと力を込めて震えを押し留める。

 恐怖、よりも武者震いに近いものであったが戦場の雰囲気に呑まれかかっている自分に気付き治める為に一呼吸を入れる。

 

「……ふぅ、そろそろいくか」

 

 会議の時間が迫っている事を思い出したイエヤスは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………やばい、…………これはやばい」

 

 廊下の突き当り、左右に分かれた場所でイエヤスはキョロキョロと何方に進むべきかを考えつつ、焦る思いを口先から零した。

 

 出発前に言われたクロメの予想通り、イエヤスは迷っていた。

 

 間違いなく会議はもう始まっており、その事実がイエヤスの中に焦燥を生んだ。

 だが、焦っても道が分かるようになるわけもなく駆け足で砦内を駆け巡るが会議室へと辿り着かない。会議室には相当な人が集まっているのか、もしくはイエヤスの運が悪いのか、人と擦れ違う事もなく、場所を聞くこともできずにいた。

 逆に砦の外に出る事ができれば見張りの兵士は確実にいるため、場所を聞く事もできるのだが出る方向も分からない為、八方塞状態であった。

 

「……まずいまずいまずいまずいまずい」

 

 もはや会議室ではなく、人を探す為に廊下を駆けるイエヤス。

 この事態は予想する事ができた事態であり、自室へと案内してくれた兵士を逃さずにそのまま荷物だけを下ろして会議室へともう一度案内してもらえれば防げたことであった。

 そこに思い至らなかったのはやはり慣れぬ戦争の雰囲気に呑まれてしまっていた事を示していた。

 

 結局、いつまで経っても現れないイエヤスを探すように命じられた兵士と出会い会議室へと案内されるのは、それから数十分後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

「遅い!」

 

 会議室へと入ると同時に怒号が飛ぶ。

 部屋全体に響く渡る声は壁を震わし対象を底冷えさせる覇気を持っている。

 声の持ち主たるブドー大将軍は怒りで目を燃やし唯でさえ険しい目付きをさらに厳しくして遅れてきたイエヤスを睨みつけていた。

 

「申し訳ありません!」

 

 申し開きもないイエヤスは頭を下げて平謝りする他ない。

 時間を惜しんだブドー大将軍は遅れた処罰に関しては後で言い渡すことにして、早く席に着くように言った。

 イエヤスはもう一度頭を下げて謝罪をしてから予め用意されていた席へと歩く。

 会議に参加している多くの兵士から向けられる冷ややかな視線に凄まじい居心地の悪さを感じながらも自業自得なためイエヤスは甘んじて受け止める。

 イエヤスとは別の所に座っているスタイリッシュは、あっちゃー、と言いたげな表情をしながら天向き額に手を当てていた。

 

 途中からの参加ではあったがシスイカンへと来る前にランから情勢については聞かされていたイエヤスはなんとか話についていくことは出来ていた。

 此方から打って出るような事はせず、シスイカンの高い防衛力を生かした籠城戦を主軸とした展開を狙い、反乱軍の策に絡み取られないように細心の注意を払う。

 これ以上の帝都からの援軍は帝都の防衛力低下が危惧されるため期待できず、実質イエヤス達が最後の増援であることがブドー大将軍の口から伝えられる。

 エスデス将軍が西の異民族の排除を済ませてしまえば優秀な遠征部隊が帰ってくる。

 その時こそ反撃の時である。ここを乗り切った時が帝国の勝利だと言うブドー大将軍の激励に兵士達の士気は最高潮に上がって会議は終わりを迎えた。

 

 ブドー大将軍に呼ばれたイエヤスは改めて怒号と処罰が下される事に腹を括りながら司令室へと向かう。

 司令室に着き扉を叩く。

 

「入れ」

 

 シンとした空気の中、心まで響く低音の声が告げる許可の言葉にイエヤスはゴクリと生唾を呑み込みながらも覚悟を決めて入室する。

 司令室の最奥に設置された机に居座るブドー大将軍は机に両肘を立て顔の前で手を組んだ状態でイエヤスを待っていた。

 

「……………」

 

 入ってきたイエヤスを無言のまま見つめるブドー大将軍。

 

「申し訳ございませんでした!」

 

 まず謝罪から入ったイエヤスは勢い良く頭を下げる。

 

「…………ハァ、面を上げろ」

 

 しばしイエヤスの下げた頭を見下ろしていたブドー大将軍は小さな溜息を洩らした後に言った。

 その声音はイエヤスが予想していたよりも遥かに柔らかいものだったことに驚きつつも言われた通りに顔を上げた。

 顔を上げたイエヤスの視界に映ったブドー大将軍はしかめっ面をしているが、それはいつも通りの表情であり会議室の時と比べればずっと緩やかなであった。

 

「……お前の方向音痴は私も知っている事であった。にも拘わらず何の対策も指示していなかった私にも落ち度はある」

 

 忙しかったが故に教え子の事を失念していたブドー大将軍はイエヤスを強く責める事はしなかった。

 ただ会議室では部下たちの手前、規律を破ったイエヤスに甘い態度など許されなかった為、厳しく扱ったとイエヤスに説明をする。

 

「いや、俺が悪いんです! 俺が案内役の人に自室からそのまま会議室へと案内してもらえればこんな事には……」

「それは当然だ、最も悪いのは間違いなく貴様だからな、当然罰は受けてもらうぞ」

 

 それに、とブドー大将軍は付け足す。

 

「今回の事で貴様は兵達からの信頼を失ったと言える。背を預けるに足る存在だと自身の力で証明してみせることだな」

「はい! 精進します!」

 

 ブドー大将軍の諫言を甘んじて受け止めたイエヤスは背筋を伸ばして罰則の内容を聞くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 イエヤスはシスイカン内全てのトイレ掃除を命じられ、道具と砦内の地図を渡された。

 これをイエヤスは早くシスイカンの地形を覚えろという遠回しな気遣いだと理解してブドー大将軍に感謝しながら罰を受け入れた。

 イエーガーズとして援軍に来たイエヤスはそれから数日間トイレ掃除の為に地図と睨めっこをしながら廊下を歩く姿がよく目撃された。

 

 

 

 こうしてイエヤスのシスイカンでの任務は初手躓きながら始まった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。