イエヤスが生きる!   作:七峰 舞斗

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34話 狩られる夜

 イエヤスがシスイカンに発った次の日からまるで狙ったかのようにナイトレイドは活動を始めた。

 帝都に住む要人を次々と暗殺し始めるナイトレイド。暗殺対象の要人はどれも大臣に寄り添い甘い蜜を吸う悪人であった。

 しかも今までとは違い、宮殿に近い場所に住居を構える要人も暗殺される事態に宮殿内は騒然となった。

 帝国を支える双璧、エスデス将軍とブドー大将軍、共に留守となっている為の行動だと推測された。

 上層部では将軍の内どちらかに帝都に戻ってきてもらうべきだという声が相次ぐ。

 だがエスデス将軍には前もってオネスト大臣が戻ってくるように指令を出していたが返事が来ず、ブドー大将軍に戻ってきてもらうかを検討する会議が日々行われていた。

 

 そんな中、とある夜、宮殿から出ていく影が二つ。

 

「久しぶりの外の空気は美味いのう、宮殿内の連中は辛気臭くていかん」

「待っていろよ江雪よ、極上の血を吸わしてやるからな」

 

 ワイルドハントの二人、ドロテアとイゾウであった。

 二人はエンシン達が殺されて以来リーダーであるシュラから外出を止められておりずっと宮殿に籠らされていた。ドロテアは研究に夢中で気にせず、イゾウは宮殿隣にある練兵場で死刑囚を斬ることで気を紛らわしていた。

 だが、それも数日までであり研究が一段落着いたドロテアは窮屈さを感じ、イゾウもまたには強敵の血を愛刀に吸わしてやりたいと思い始める。

 そして今日、二人は宮殿を抜け出して城下町に繰り出す事にした。元々シュラに対する忠誠心などは持ち合わせていないが故の独断の行動であった。

 

「シュラの話によるとエンシン達を殺したのはイエーガーズの可能性が高いらしいから気を付けろと言っておったが、今日ならば大丈夫じゃろう」

 

 ランやセリューは宮殿に引き籠ったワイルドハントの動向を窺っていたが、ナイトレイドの相次ぐ暗殺騒ぎのせいで仕事が急増し、宮殿の警備や要人の護衛などで忙しくなっていた。

 イエーガーズの予定を上層部から聞き出したドロテアは全員に仕事が入ってる今日を狙って宮殿を抜け出したのだ。

 

「拙者は別にイエーガーズと死合っても良かったのだがな、強敵こそ馳走というもの」

「やめい、妾はドクター・スタイリッシュと親交があるんじゃから、あまり事を荒立てたくはないのじゃ」

 

 ドロテアがプンスカとワザとらしく怒りを露にする。

 その様子にイゾウはフゥと小さな溜息を零しながらも受けて入れる事にした。

 

「だが、そうでござるな。どうせ斬るならばイエヤス殿が良い。今は不在との事、ならば今日のところは別の血を探すとしよう」

 

 出会った頃からイエヤスの事をいやに気にした素振りを見せるイゾウにドロテアは興味惹かれて尋ねる。

 

「随分とイエヤスという小僧の事を気にしておるのぉ? 何か気になることでもあるのか?」

 

 ドロテアの質問にイゾウはその薄い瞼を微かに開けて狂気に黝ずんだ眼を露わにする。

 

「拙僧が見てきた中でも稀にみる剣士と見ている。エンシン殿やシュラ殿は雑魚と侮っていたが……」

 

 腰に下げた愛刀を愛おしそうに撫でる。

 

「江雪が訴えかけるのだ。あの者の血を吸いたいとな、江雪は好き嫌いなどせぬがこう見えて舌は肥えている。余程の得物なのでござろう」

「ふーむ、あの小僧がのぉ」

 

 錬金術師として一流であるドロテアだが武へは理解は深くないため、しっくりこない様子で唸る。

 談話をしながら夜道を歩くドロテアは後ろからついてきているイゾウが立ち止まっている事に気付いて振り返り首を傾けた。

 

「どうした? イゾウよ」

「………………」

 

 問い掛けには答えず、周りへと視線を回したイゾウは無言のままで愛刀へと手を掛けた。

 そこまですればドロテアにもイゾウの様子の変化の意味を悟り、同じく視線を巡らした。

 

「何者じゃ? 姿を現せい!」

「……………其方か」

 

 イゾウが裏路地へと続く曲がり角へと視線を集中させる。ドロテアもそれに倣う。

 誰何の声に応えるかのようにゆっくりと曲者が姿を現す。

 

 アカメであった。

 

 さらにアカメのすぐ近くにインクルシオを装着したタツミが駆け付ける。

 ナイトレイドの二人は小声で会話する。

 

「レオーネ達は?」

「ちょっと遅かった。すでに暗殺に出ていった後だった」

「……そうか」

 

 最終暗殺対象であるオネスト大臣が住まう宮殿の動向を帝都内で探っていた密偵からワイルドハントの二人が外出したと言う報告を聞いたアカメ。

 ワイルドハントの悪逆によりナイトレイドへの暗殺依頼は過去最高の数に上っており優先順位はかなり高くなっていた為、千歳一遇のチャンスを前にアカメはすぐに行動に移した。

 万全を期す為にタツミにはすでに暗殺へと出向かっていたレオーネとシェーレへの連絡係を頼んだが間に合わなかった。

 

「仕方ない。二人でやるぞタツミ」

「おうよ! これ以上好きにはさせねぇぞ」

 

 村雨を構えるアカメに続いてタツミは槍を手に構えた。

 

「ぬぅ、イエーガーズは出し抜けたと思うたが今度はナイトレイドか、ついてないのぉ」

「吸わせ甲斐のある強者と早々出会おうとは、重畳重畳」

 

 真逆の事を言いながらドロテアとイゾウも臨戦態勢へと入る。

 

 

 

 アカメ&タツミ  VS  ドロテア&イゾウ 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アカメが持つ村雨が街灯に照らされて美しくも禍々しい反射光を放つ。

 その光にイゾウは興味を惹かれて視線を村雨に集中させる。

 

「それが噂の村雨か、確かに良い妖しさでござるな」

 

 だが、と腰の刀を抜き放ち対抗するように煌めかせる。

 

「輝きならば江雪の方が数段上、それを証明してみせよう」

 

 江雪を右手で持ち剣先を突き付けるように相手へと向ける。左手はいつでも剣を握れるように半開きにして宙に浮かせている。

 相手を威圧しつつも隙の無い構えと取るイゾウにアカメは本能的に強敵だと察する。

 

「……葬る」

 

 村雨を両手で握り締めて相手に剣先を向け、顔の左真横で水平に構える。

 

「………………」

「………………」

 

 互いに話さず動かず静寂が支配する時間が過ぎ去る。

 ただ出方を窺っているわけではない。むしろこの時間が最も疲労する時間だと言っても過言ではない。

 相手の構え、視線、呼吸、あらゆる要素から相手の狙いを予測して対処を考える。己に分が悪いと判断すれば予測の中で動きを変えて有利へと変える。そうすると相手もそれを悟り対策をしてくる。

 二人の間に無数の可能性が広がり一つの決着へと収束していく。

 一つの結果に到達したイゾウの口角が僅かに持ち上がる。

 

(拙者の勝ちだ)

 

 イゾウが勝ちを確信した時、アカメは突如村雨を左構えから右構えへと変える。

 

「ヌッ!?」

 

 アカメの構えが変わった事により至った予測が霧散する。イゾウが再び無数の可能性を模索し始めるよりも早くアカメが地を蹴りイゾウへと駆ける。

 

「クッ!」

 

 イゾウが振るう研ぎ澄まされた剣閃をアカメは刃を合わせることなく紙一重に躱す。村雨を敢えて振るわず最速を以てイゾウの背後に回り込んだアカメはその背中を斬った。

 

「グハァ!」

 

 一斬必殺の呪毒がなくとも致命と言える傷を負ったイゾウが倒れ込む。

 傷から流れ込む呪毒により一気に迫りくる死期を感じ取りながらもイゾウは小さく笑って見せた。

 アカメの冴え渡る勝負勘を目にして満足していた。

 

「予測勝負では分が悪いと察して即座に直感勝負へと切り替えたでござるか……見事」

 

 倒れ伏しながらもイゾウは愛刀である江雪を持ち上げてアカメへと差し出す。

 

「持って行け。貴様ならばもっと多くの血を江雪に……」

「……………」

 

 剣士として一つの高みへと達していたイゾウの最後の言葉、だがアカメは応える事をせず江雪を手にすることなくイゾウに止めを刺した。

 目を見開くイゾウ。

 

「ぐ………刀を…使う者の心が分からなぬとは……」

 

 願いを無碍にされ口惜しそうに息絶えたイゾウに冷めた視線を注ぎつつアカメは口を開いた。

 

「私は剣士ではない」

 

 あくまで裏方に生きる暗殺者を自覚しているアカメが告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妾の相手は貴様のようじゃな」

「…………」

 

 アカメとイゾウが睨み合い予測勝負をしている頃、タツミはドロテアと相対していた。

 見た目は幼気な少女の姿をしているドロテアを相手にタツミは少々やりにくそうにしながらも槍を構える。

 そんなタツミの心境など知る由もないドロテアは片腕を掲げてパチンッと指を鳴らす。

 物静かだった裏通りの至る所から気配が溢れ始めるのを感じ取ったタツミは警戒心を高めつつ周りに視線を巡らした。

 物陰から姿を現した気配の正体は造形こそ人に似ているものの昆虫のような頭を持ち手足に剛毛と鋭い爪を生やした姿は人間と呼べるものではなく、まさしく異形と呼ぶに相応しい。さらにタツミを見つめる目には理性を感じさせない闇を宿している。

 異形はタツミを囲むように陣形を組みつつ、ドロテアを守るように立ち憚る。

 

「……こいつ等は?」

「フフン、こ奴らは妾の生物実験により生み出された特別強化兵とでも言っておこうかの」

 

 タツミの疑問にドロテアは聞かれてもいない事をペラペラと話し始める。さも自らの偉業を知らしめるかのように。

 

 異形の正体はドクター・スタイリッシュの私兵である強化兵の一部をドロテアが貰い受けて錬金術により改造を施したものであった。

 もともと並の兵とは比べ物にならない強さを誇っていた強化兵をさらに強化した特別強化兵。

 強さには元々の人間の強さや錬金術との相性といったものが関りバラつきはあるものの帝国最強を自負している近衛兵数人に値する戦闘力を持っている。

 

「……………そいつ等は」

「ん?」

 

 悠々と研究成果を語っていたドロテアの言葉を遮るようにタツミが言葉を発した。

 

「そいつ等はそんな身体になる事に納得しているのか?」

「なんじゃ、そういうことか」

 

 タツミの言わんとしている事を理解したドロテアは下らない事であるかの如く吐き捨てるように言い放つ。

 

「こ奴らに自我などないわ、ただ妾の言う通りに動く傀儡にすぎん。逆らわれてもつまらんからの!」

「………そうかよ」

 

 槍を握り締めた手に力が籠もる。さっきまで感じていたやり辛さはすでに消え去り、目の前の敵は少女の皮を被った外道だと認識したタツミの瞳が滾る殺気により爛々と輝いた。

 

「フン、暗殺を生業にしておる者がつまらん感傷をもったもんじゃのぉ」

 

 ドロテアがサッと腕を振り上げる。

 それを合図としてタツミを取り囲んでいた異形達は一斉にタツミへと襲い掛かった。

 如何に巷で騒がれているナイトレイドと言えどこの数の特別強化兵を相手ではどうすることもできまいと勝利を確信するドロテア。

 だが

 

「なに!?」

 

 飛び掛かってくる異形達をタツミは全身をバネのように使い槍を大きく一回転させて上下に両断する。

 たったの一振りをもって対処された事実にドロテアは驚きの声を上げた。

 

「悪いな、俺は止まるわけにはいかないんだ」

 

 詫びの言葉はドロテアに向けられたものではない。

 身体を変えられ意志を奪われ、道具として使われて生を終えた異形達へと向けられた言葉だった。

 元の人間が善人だったか悪人だったか分からない、元に戻せるかも分からない者達に割く時間をタツミは持ち合わせてはいなかった。

 気絶させようにも異形となれば加減が分からず万が一にも倒した気になって隙を突かれては目も当てられない。故に手加減などせず全力を以て両断する。せめてこの外道は必ず殺すからと自己満足に過ぎない誓いを立てて。

 

「なんじゃ貴様!? つ、強すぎるじゃろ!?」

 

 予想を超えるタツミの強さに度肝を抜かれたドロテアは残った異形達を嗾けつつ宮殿方向へと逃亡を図った。

 

「逃がすかよ!」

 

 足止めを務める異形をまた一人また一人を薙ぎ払うタツミ。

 罪なき人を殺めた可能性がタツミの心に重く圧し掛かる。だが止まらない。

 信じるモノの為に外道以外の血で染まる覚悟ならばとうの昔に、そうイエヤスに刃を向けた時から決まっていた。

 自分達の振り翳す理不尽が今よりはずっとマシな世界に繋がると信じて、タツミはひたすらに槍を振るう。

 

 次々と嗾ける異形がろくな足止めの出来ずに散っていく姿を見てドロテアは全力で逃げつつ戦々恐々とした。

 

「なんなんじゃ!? 人の出せる力ではないぞ!」

 

 タツミが発揮する人間離れした戦闘力をドロテアはそう評した。

 事実、今のタツミは純粋な人間とは呼べない状態となっていた。

 

 帝具インクルシオの材料となっている超級危険種タイラントは素材となった今でも生きている。タツミの力を渇望する心に呼応して身体を侵蝕し人智を超えた力を得た代わりにタツミの体は竜へと近付いていた。

 副作用からくる全身に走る激痛や体調不良がタツミを襲ったが、反乱軍本体も動き、革命も最終段階へと入ったこの時期に暢気に寝てなどいられるわけもなく、気合で捻じ伏せていた。その甲斐あってナイトレイドのメンバーにも一名を除いてバレずに済み、その一名もなんとか説得する事に成功していた。

 

「ウォォォォオオオオオオオオオ!!!」

「グハッ!?」

 

 瞬く間にドロテアへと追い付いたタツミの一突きがドロテアの心の臓を穿つ。

 急所を貫かれたドロテアが吐血しながら倒れ伏す。

 

「……………」

 

 ドロテアの血で染まった槍を振るい血を飛ばしながらタツミがその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワイルドハント   シュラを除いて全滅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトレイドがワイルドハントを狩った夜、だがこの日、狩られたのはワイルドハントだけではなかった。

 

 

 

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