イエヤスが生きる!   作:七峰 舞斗

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35話 狩られる夜 その2

 帝都、夜

 ナイトレイドがワイルドハントを狩っている頃、別の場所でも戦いは巻き起こっていた。

 

 帝都に佇む家々の屋根上を次から次へと飛び移る人影が一つ。

 時折後ろを振り返り追っ手を気にする様は逃亡者そのもの。

 非凡の身体能力を駆使して夜の帝都を跳び回る影に追い付けるものなどそうそういやしない。

 だが

 

「……! きやがった!!」

 

 鼻をひくつかせて敵の接近を探知したナイトレイドの一人レオーネは走りながら軽くジャンプする。レオーネの足があった場所に銃弾が被弾する。射撃を避けたレオーネは今度は着地と同時にしゃがむ。頭上直ぐ上を異常に柄の長い薙刀の刺突が通り過ぎる。

 伸びた柄を元に戻しながら薙刀の持ち主がレオーネと同じ家の屋根へと辿り着く。

 一つ後方の屋根には二丁拳銃を持つ女性も立っている。

 クロメが持つ帝具【八房】の能力で動く死体人形のナタラとドーヤである。

 死体人形の二人にレオーネを追わしていたクロメも追い付く。

 

「逃がさないよ、ナイトレイド!」

「ヘッ、モテる女は辛いってか」

 

 真剣な表情をしたクロメにレオーネは減らず口を叩く。

 

 

 シェーレとは別行動で暗殺任務を行っていたレオーネだが、不運な事にレオーネのターゲットにはクロメが護衛に付いていた。

 レオーネが気付いた時にはすでに遅く、クロメ達と接敵していた。

 暗殺者の意地を通し、一瞬の隙を突いてターゲットを殺す事に成功したレオーネは離脱を目論むがクロメ達がそれを許すはずもなく、追い付かれてしまい現状に至る。

 

 

 減らず口を叩いたものの置かれた状況の絶望さ加減にレオーネは密かに冷や汗を掻く。

 ドーヤが放つ射撃に正確無比、動かなければ必中であり油断を許さない。

 ナタラは純粋に戦闘力が高く、さらに後方にいるドーヤやクロメの元へとは行かせない立ち回りを徹底しており隙が無い。

 さらに

 

「………うおっ!? ぁぶな!」

 

 ナタラが薙刀を頭上で回転し始めたので何をするつもりかと注意を引かれたところに背後から迫る鋭い刃をレオーネが身体を捻りつつ横へと飛んで躱す。

 クロメに負けず劣らず夜の闇に溶け込む衣装に身を包んだ死体人形ヘンターがレオーネに奇襲を掛けていた。ナタラの動きは囮であった。

 

「今のを避けるんだ? 結構必勝パターンだったんだけど」

 

 クロメがレオーネの察知能力に感心した様子で驚いて見せる。

 かつてロマリー渓谷の戦いでナイトレイドの一人ラバックはこのヘンターの気配を殺した奇襲により破れている。

 決して余裕があるわけではないが、それでもレオーネは不敵な笑みを浮かべて見せる。

 窮地な時ほど笑え、それがレオーネの信条であった。

 

「こんなところでヤられるレオーネ姐さんじゃないんでね」

 

 ヘンターの気配消しは完璧と言って差し支えなく、姿を確認している今でも存在は虚ろであった。レオーネが奇襲に気付く事ができたのは死体人形達から僅かに漂う死臭のおかげだった。

 帝具ライオネルによる獣化のおかげで嗅覚が大幅に強化されているレオーネは普通は気付かない死臭を見逃さなかった。これのおかげでナタラとドーヤ、そしてヘンターの攻撃を掻い潜っていた。

 

 再びレオーネは駆け始めて逃走劇を再開する。

 屋根から屋根へと飛び移りながら変則的な刃を、何処までも追従する薙刀を、狙い定められた銃弾を、躱し続ける。

 だが、どれだけ駆けても引き離せる気がしないレオーネの中で焦りが生じる。

 スタミナには自信があり相手の息切れを狙っていたが死体であるが故にか疲れる様子もなく死体人形の後ろをついてゆくだけのクロメよりはレオーネのスタミナ切れが早いのは自明の理であった。

 

 ちなみに八房の操れる死体の数はその名の通りに8体、ナタラ、ドーヤ、ヘンター以外の5体は有り合わせで集めた5体であったため、最初に接敵した時の戦闘でレオーネにより粉砕されている。

 

「…………ぅしっ!」

 

 逃げ切れないと判断したレオーネが覚悟を決める。

 常に前の屋根へ前の屋根へと跳んでいたレオーネだったが、唐突に踵を変えて追っ手達への方向へと跳ぶ。

 屋根伝いを跳ぶ移動をしている為レオーネの突然の方向転換に対処するのが難しく接敵していたヘンターはレオーネを追い越してしまい、ヘンターより一歩引いた位置を維持していたナタラとレオーネが急接近する。

 範囲を変幻自在とする薙刀を得物としているナタラだが、超近距離戦となればその持ち味を生かせず、殴る蹴るが基本戦法のレオーネに分がある。

 数度の打ち合いでナタラを押し込んだレオーネはついにその腕を掴み取る。

 空いている手に力を込めて渾身の力でナタラの粉砕を狙いながら、ナタラを振り回してドーヤの銃弾への盾にし、背後に迫るヘンターの斬撃を匂いで察知してナタラをぶつけて吹き飛ばす。

 

「まずはてめぇからだ!」

 

 距離管理が絶妙で連携の要を担っているナタラから始末することを狙っていたレオーネが掴んで手を振り回しながら足元へと叩きつける。相手が人間ならばそれだけで死に至る衝撃を与えながら渾身の力を込めたもう片方の手を全力で振り下ろす。

 

 

 いや、振り下ろそうとした。

 

 だが

 

「……ぅ…ぁ……」

 

 全力の拳が振り下ろされることはなかった。

 レオーネが自身の胸から生えたモノを震える瞳で見つめる。

 

「ナタラを虐めちゃ、ダメだよ?」

 

 背後から聞こえる囁くような声を聞きゆっくりとレオーネが振り返る。

 

「……て、めぇ」

 

 八房を両手で握り締めたクロメが漆黒の瞳を煌めかせながら立っている。八房はレオーネの背中に突き立てられており、貫通して胸から顔を出していた。

 

 八房は心臓を正確に貫き通している。

 

 ここまで戦闘を死体人形に任せきりにしていたのはレオーネの中からクロメの存在を希薄になせる事がクロメの狙いだった。常に敵を観察し続け、自身の存在を気にしなくなる瞬間を見極めて必殺の一撃を決める。これがクロメのもう一つの必勝パターンであった。

 

 ゆっくりと八房が引き抜かれ、刃を引き抜かれたレオーネが力なく倒れる。

 倒れたレオーネには見向きもせずにボロボロになり倒れているナタラへと視線を向ける。跪いて体の様子を確かめる。

 

「よかった。これならなんとかなりそう」

 

 損傷は激しいがナタラの無事を確認したクロメが嬉しそうな声を出しながら笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その背後で立ち上がる者がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 レオーネであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 致命傷を受けながらも最期の力を振り絞ってクロメを殺すべく気合で立ち上がった、、、わけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロメは嬉しそうな笑みを浮かべたまま、レオーネへと振り返る。

 

「名前は確か、レオーネだっけ? よろしくね」

 

 八房の能力の発動条件はその刃で殺す事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日

 

 ワイルドハントが二人狩られ

 

 ナイトレイドが一人狩られ

 

 イエーガーズの戦力に強力な駒が一人、加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けた宮殿内

 

 適当に選んだ女を抱いて惰眠を貪っていたシュラは父親であるオネスト大臣に呼び出され向かった先の執務室で聞かされた話に驚愕の声を上げる。

 

「死んだ? あいつらが?」

「えぇ、昨日の夜に宮殿を出たところを襲われたようですな」

 

 執務机に腰掛けたオネスト大臣が報告書を片手に内容をシュラに伝える。

 

 イゾウ達が宮殿を出た事を知ったランとセリューは任されていた宮殿の警護を色々な理由をこじつけて他者に任せてワイルドハントを追った。

 始末をするチャンスでもあるが、これ以上犠牲者を出させないという強い想いを胸にイゾウ達を追うラン達。

 だがイゾウ達に追い付いた時、イゾウ達は既に事切れており、手口から下手人だと思われるナイトレイドも去った後であった。

 

「今回の件はナイトレイドの仕業と見て良さそうです」

 

 前回のエンシン達の暗殺をイエーガーズの仕業と判断したオネスト大臣が今回の暗殺をそう判断した。

 イゾウの身体から村雨特有の呪毒が確認されたためである。

 報告書から視線を外して息子をチラリと見る。

 話を聞かされていたシュラは途中からオネスト大臣の声が聞こえていない様子で俯きながらブツブツと口の中で言葉を転がしていた。

 

「……あいつ等、なにやってんだ……俺が目を掛けてやってたってのに………無駄死にしやがって……」

 

 エンシン達が死んだ時と同様に仲間の死を悼んでいるのではなく、あっけなく殺された事実に憤っているシュラ。

 そんなシュラの態度を確かめたオネスト大臣は

 

「………ハァ」

 

 大きく溜息を吐いた。失望の色を隠そうともせずに。

 

 ビクリ

 

 溜息の音に我に返ったシュラは肩を震わしながら面を上げる。シュラの目に映るオネスト大臣は皇帝には決して見せない黒く暗く澱んだ色で瞳を彩りシュラを見つめている。

 

「私の名を使って好き勝手させたにも関わらず、大した手柄も立てずに全滅。よくもまぁ私の顔に泥を塗ってくれましたね、シュラ?」

 

 机の上に置かれている籠の中にある飴玉を一つ口の中に放り込む。じっくりと舐める事はせず一思いに噛み砕く。

 バリボリと咀嚼音を混ぜながらオネスト大臣は続ける。

 

「部下を御することもできず、宮殿から出たところを殺されるなど恥晒しもいいところです」

 

 ゴクン、と飴玉の欠片を飲み込んだオネスト大臣は甘ったるい息を吐きながらシュラへと言い放つ。

 

「私は無能な人間が嫌いです。あまりガッカリさせないでください」

「グッ!?」

 

 父親から失望の視線と言葉を投げ掛けられたシュラは言葉を失う。

 

「本来ならば許される事ではありません」

 

 が、と言葉を続けながらオネスト大臣は手元に新たな資料を手繰り寄せる。それを目にしてようやくいつもの二ヤついた笑みを浮かべる。

 

「ドロテア。彼女はドクター・スタイリッシュと協力して私の期待に応えてくれました。その功績に免じて処罰は見逃してあげましょう」

 

 しばらくは大人しくしておきなさい、と言う言葉で話を区切ったオネスト大臣はもう用はないと言わんばかりにシュラを部屋から追い出した。

 

 

 

 

 追い出されたシュラは廊下をフラつきながら歩く。

 足取りが覚束なかったシュラは壁に寄り掛かるようにぶつかるとそのままズルズルと崩れ落ちて座り込み項垂れる。

 父親を超える事を目標に生きているシュラは夢と現実の差の激しさに現実感を見失っていた。

 

「………クッ」

 

 シュラは

 

「……クックックッ」

 

 笑う。

 

「クッハッハッハッハッ!!!」

 

 現実感のない浮ついた思考でシュラは考える。

 エンシン達がやられてから今日まで唯引き籠っていたわけではない。ナイトレイドを仕留める為の作戦をあれこれ考え準備していたシュラはその中で最も過激な手段を選ぶことにした。

 父親に失望された今、失った信頼を取り戻す為には何においてもナイトレイドを始末する必要がある。シュラはそう考えた。もうなりふり構ってなどいられない。

 ズボンのポケットに忍ばせていた薬品を確かめるシュラ。

 

「上等じゃねぇかナイトレイドォ!? 俺を怒らせたらどうなるか分からせてやる!!!」

 

 宮殿の廊下でシュラの狂った高笑いが響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都の一部が炎に包まれる。

 

 

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