夜、帝都のスラム街で彼方此方に明かりが灯る。
文明の利器による光ではない。むしろ逆に文明を無に帰す紅蓮の炎。
帝都を赤に彩り逃げ惑う人々の阿鼻叫喚が響き渡る。
「クハハッ もっと燃えろ! もっと叫べ!!!」
赤が瞳に映り叫び声が耳朶うつ地獄のような光景を前にシュラは見晴らしの良い高台の頂点で楽しそうにしている。その様はまるで祭りを前にはしゃいでいる子供のようであった。
「さぁ来いナイトレイド! 愚民が助けを呼んでるぞ!!!」
帝都に火を放った犯人はシュラであった。
オネスト大臣に謹慎を言い渡されたシュラはその事実が知れ渡る前に行動を開始、雑用を押し付けるために予め借り受けていた大臣子飼いの兵を使って帝都を業火で燃え上がらせた。これがきちんとした指示系統であればシュラの命令に疑問を感じた兵士の一人でも大臣に確認を行い事無きを得ただろうが残念ながら大臣が敷いているのは恐怖政治。余計な質問をして大臣やその息子の不評を買えば命はない。故に帝都に火を放つという愚行も実行に移されてしまう。
シュラの狙いはナイトレイドをおびき寄せる事であった。
民の味方を名乗っている偽善者集団のナイトレイドならば、この阿鼻叫喚の状況を見過ごせずに救出に来ると予想して、まんまとおびき寄せられたナイトレイドをシュラ自らが殺るなり捕まえるなりするのが作戦の全容であった。
炎に炙られ逃げ惑う人々を尻目にシュラはナイトレイドを探す。
そして
「………! クハハッ」
見つけた。
火から逃げる人々に声を掛け、安全な方向へと導いている黒髪の少女の姿を手配書のアカメと重ねたシュラは口角を限界まで引いて不気味な笑みを浮かべる。
手に持っていた掌に収まるサイズの円盤型帝具を構えて発動させる。
シュラが持つ帝具【次元方陣シャンバラ】は人間を予めマークしておいた場所に転送することができる異質の帝具である。同時に飛ばせる人数は少ないものの影響力は計り知れない。だが故に使用に膨大な体力を消耗し幾度の連発は難しい仕様となっていた。
高台から転送先を設定したシュラは帝具を起動させる。
アカメの頭上、何もない空間に突如紋様が発現しシュラが姿を現す。
「ッ!?」
予想不可能な完全なる奇襲に流石のアカメでも反応が遅れてしまう。
それは致命的な遅れであった。
どのような攻撃も受け止めるべく武器を構えたまでは良かったが、残念ながらシュラの行動は攻撃ではなかった。
シャンバラをもう一度発動させアカメの足元が輝き紋様が現れる。
シュラの扱う帝具がどんな効果か知らないアカメだが直感から来る悪寒に従い防御の姿勢から回避へと移すが間に合わなかった。
シュン
アカメの転送に成功したシュラは堪え切れない愉悦を口端から零すように笑い声を漏らした。
「……ククッ、クハッハッハッ! ナイトレイド様一名ご案内~、行先は独房でございますってか!?」
アカメが送られた先は宮殿近くに立てられた練兵場にある死刑囚専用の独房であった。中でも対凶悪犯用に作られた特別製の独房であり、村雨一本ではどうすることもできないものであった。これがなんでも斬る事ができるエクスタス使いや人を超えた膂力を持てるインクルシオ、もしくはどんな帝具を使うから判明していない者であったならばシュラは捕縛を諦めて仕留めに掛かったが相手がアカメならば話は別であった。
アカメは元は帝国の暗殺部隊に在籍していた人物であり、帝国の腐敗を見兼ねて反乱軍側へと寝返った過去を持っていた。故にその全容を帝国側は把握しており当然シュラも知っていた。
恐るべき身体能力と剣捌きを持つがあくまで技術に特化した暗殺者であり力そのものは女性の域を脱してはいない。刀で斬る事ができない独房に送ってしまえば自力で脱出することは不可能であった。
「よっしゃ! 次だ次、この調子でドンドン行くぞ!」
幸先の良いスタートを切れて機嫌を良くしたシュラは懐からある物を取り出す。
それは押し付けるタイプの注射器であり、半透明のカプセルの中には毒々しい妖し気な薬品が入っていたがシュラは戸惑うことなく自らの首筋に刺す。
空となった注射器を投げ捨てたシュラはシャンバラを発動させて再び見晴らしの良い高台へと戻り引き続きナイトレイド探しを始める。
シャンバラの使用に体力を著しく消耗したシュラだが、ドクター・スタイリッシュに作ってもらっていた薬品により連続使用が可能になっていた。無論、身体によい影響を与えるはずもない危険な物であったが、シュラは気にはしなかった。ワイルドハントは全滅し、ナイトレイドに対抗できる戦力を失ったシュラが一人で戦うにはこれ位の無茶はしなくてはならないという自己判断の結果であった。
「……どこだ? どこだ!? ナイトレイド!!??」
燃える街並みに血走った目を巡らすシュラは薬品の副作用により興奮状態に陥る。
このままでは誰も彼もをナイトレイドと誤信して襲い掛かりかねないといった様子だった。
だが、幸か不幸か次の標的を見つける事に成功する。
白銀の鎧を全身に纏った男が自慢の膂力を使って崩れ落ちた瓦礫を退かして人を救出しているところであった。
インクルシオである。
「クハハッ、釣れる釣れる、流石は俺、完璧な作戦だったなぁ!」
上機嫌な声を上げながらシュラは帝具を発動させる。
アカメの時と同じやり口を使いインクルシオに襲い掛かる。
だが
「……グッ!!」
インクルシオを転送する為に帝具を発動させたシュラだが、想定されていない連続使用によってシャンバラの反応が鈍る。
シュラは薬の力で増大させた体力を注ぎ込み不具合を捻じ伏せ発動まで漕ぎつけるが、その僅かなタイムロスはインクルシオに侵蝕され竜と混じりつつあるタツミの反射速度にもってすれば避けるのには十分すぎる時間であった。
「ッ!? あぶねぇ!!」
足元に突如浮かんだ紋様から異様な雰囲気を感じ取り、跳んでギリギリで脱したタツミは不意打ちを仕掛けてきたシュラを視界に捉える。
「お前は……ワイルドハント最後の、シュラだったか」
「チッ!」
話に聞いていた人相から襲撃者を特定したタツミの言葉にシュラは舌打ちを返す。
不意打ちに失敗した苛立ちゆえだった。
「ハァ……まぁいいや」
一呼吸を入れて逸る気持ちを抑えたシュラは丁度良い機会だと考えを改めた。
槍を構えているタツミに対して拳を構えつつシュラは口を開く。
「エンシン達やイゾウ達をよくもやってくれたなナイトレイド! この落とし前付けさせてもらうぜ?」
「……エンシン達?」
シュラの口から飛び出した身に覚えのない名前にタツミは首を傾げた。
その反応を見てシュラは口角を引きつらせるように持ち上げて歪んだ笑みを浮かべた。
「その反応! 親父の言ってた通り、エンシン達を殺ったのはてめぇ等じゃねぇようだな!!」
奇襲を掛けられ多少なりとも混乱している状況、かつ特に誤魔化す必要性のない事であった事もありタツミの反応からシュラはエンシン達を殺した下手人をイエヤス達だと確信する。
「イエヤスつったか、あのカス。大臣の息子であるこの俺様が率いる部隊に手ぇ出すとは命が惜しくねぇってわけか」
「………なるほど」
シュラの言葉を聞いてタツミはある程度の事情を察した。
ナイトレイドにワイルドハント暗殺の依頼が殺到した時、すでにエンシン達は殺されていた。ワイルドハントの悪行に業を煮やした帝都民による不意打ちか皇拳寺門下生の手によって始末されたと考えられていたが、真相は違ったようだとタツミは納得する。
「そうか」
納得の声と共にインクルシオの鎧の中でタツミは思わず笑みを零す。
運命と巡り合わせの悪さからか、道を違え、刃を交える間柄となってしまった幼馴染。だが全てが変わってしまったわけではない。そんな幼馴染の変わらぬ部分を知れた事が何故か無性に嬉しく思うタツミであった。
「次に会おうものなら俺様に逆らった事を後悔させてやる。拷問で苛め抜いた末にぶち殺す、あのカスには相応しい最期だな!」
「……それは無理だな」
「あぁ!?」
気分良く展望を語っていたシュラは横槍を入れられて気分を害した様子で声をがなり立てる。シュラの視線の先でタツミは気を引き締めて槍を構え直す。
「お前程度の奴にやられるイエヤスじゃねーし、何より」
おしゃべりはここまでだ、とタツミはシュラへと突撃する。
「お前は俺が、ここで倒す!!!」
「ハッ!? やってみろ!!!」
売り言葉に買い言葉で返したシュラが迎撃の構えを取る。
だがタツミの突進から繰り出される刺突はシュラの予測を凌駕しており紙一重で躱してカウンターを叩きこもうと企んでいたシュラは躱す事しかできなかった。それも躱し切れずに脇腹に浅くない傷を負ってしまう。
「なっ!? てめぇ……」
たった一回の攻撃で力量の差を感じ取ったシュラは冷や汗を流した。
まともにやり合っても勝ち目がない事を悟ったシュラは帝具を握る手に力を込める。
「ナイトレイドでやべぇ奴はアカメぐらいかと思ってたが、そうでもないみたいだな、光栄に思え、俺の全力、見せてやるよ!」
シャンバラを発動させる。
タツミと相対してしばし雑談を挟んだのは別に無駄話をしたかったからというわけではなかった。シュラは話しながらここら一帯の至る所に転送先としてのマークを設定していたのだ。
シュラの身のこなしから攻めれば押し切れると判断したタツミがシュラの目の前まで迫るが振るわれた槍は虚空を突く。
「何!?」
避ける所作など見せずその場から消えるという表現が正しい避け方をされたタツミは驚きの声を上げた。真横から迫る殺気を感じたタツミは反対側の横へと跳ぶ。
タツミの真横へと転送していたシュラの拳が今度は空を切る。
徒手空拳を戦い方の主とするシュラ、皇拳寺拳法を主軸に異国を練り歩いた際に様々な武術を取り入れた自己流の拳法を編み出していた。
今タツミに放った一撃も寸勁と呼ばれる特殊な技法が行われており鎧越しに肉体へ直接的にダメージを与える事ができる一撃であった。
それを横に跳んで躱したタツミが、地を蹴り元の位置に戻るようにしながらシュラへと槍を振り被る。
「クッ! またか!!」
シャンバラを発動させて再び予備動作無しでタツミの攻撃を躱すシュラ。
今度は回避ではなくカウンターを決めるべくタツミは何処から攻められてもいいように気を張る。
だがそれを読んでか、シュラは直接攻撃を行わず代わりにタツミの足元に紋様が現れる。
「今度はそれか!?」
転送が始まるより僅かに早くその場から離脱したタツミだが、避けた先にシュラが突然現れ一撃を入れていく。
「グッ! この!!」
鎧越しのダメージを食らいながらも仕返しに槍を振り回すがシュラはすぐに転送で消えてしまう。
タツミを弄ぶようなシュラの性格そのものを体現する戦法に搦め手を苦手とするタツミは反撃の糸口を掴み損ねるが、その機会は唐突に訪れる。
「グッ!? カハッ!」
シュラがタツミの攻撃を躱して少し離れた場所に転送した直後、体調の変化にシュラは思わず地に膝を着いて胃の中身をぶちまける。
帝具の乱用から来る体力の衰退と薬物の効果による体力増強を繰り返した反動であった。
その大きすぎる隙を見逃すタツミではない。地を強く蹴り出しシュラの元へと急接近する。
「ハァハァ、ナメんな!!」
口元を拭いつつ息を整えたシュラはシャンバラを掲げてタツミの足元へと向ける。
「それは分かってるんだよ!」
タツミは足元に紋様が浮かぶ事を読み、シュラに向かって大きく跳躍する。
それを見てシュラは
手で隠された口元で弧を描いて見せた。
シャンバラを宙にいるタツミへと向ける。
「何!?」
目の前に広がる光景にタツミは驚愕の声を上げる。
シュラの前にまるで盾の如く展開された紋様がタツミを待ち受けていた。
タツミとの戦闘が始まってシュラは一度も空中に紋様を出す事はなく、全て地に描かれていた。故にタツミは地面にのみ注意を払うようになっていたがそれはシュラのブラフであった。
唯一、最初の奇襲時に宙に浮いた紋様からシュラは現れていたが、奇襲故にシュラの出どころに視線を向けていたわけでなかったので気付く事ができなかった。
「行先は活火山の中だ、精々楽しんで来いや!!!」
「!? クソ!!!」
タツミはなんとか紋様から逃れようとするが空中で多少藻掻いても無意味な程展開された紋様は大きかった。
「だったら!!」
タツミは覚悟を決める。
眼前に迫る紋様から逃れる事をやめたタツミは槍を持った手を大きく振り被る。
狙いを定め、渾身の力を込めて槍を投擲する。
確実にタツミを転送するために紋様の展開にありったけの力を込めているシュラに超速で飛んでくる槍に反応する余力は残っていなかった。
タツミが紋様に触れ、
姿を消す。
だが
「…………ク、ソが……」
シュラが掠れ声で悪態を付く。
タツミが最後に放った槍は
掲げていたシャンバラを貫き
シャンバラを持っていた腕を貫き
シュラの胴体をも貫いていた。
「カハッ!?」
内臓を深く傷つけられて吐血する。
無事なもう片方の腕で槍を抑える。抜きはしない。今抜けば出血多量で死が確定してしまうと本能でシュラは理解していた。
「まだ、だ……この俺様が賊と、相打ちなんて、冗談じゃねぇぞ……」
ほとんど致命傷と言っていい傷だが、僅かな可能性に賭けてシュラは足掻く。
なんとか鎮火に動いている帝国兵を探して医者のところまで運んでもらうべく一歩踏み出したシュラの
胴体に刺さった槍が消える。
「……あ?」
理解の追い付かない事態にシュラは素っ頓狂な声を出す。
タツミの扱う槍の名はノインテーター、インクルシオに搭載された副武装である。
普段タツミが生活している際にインクルシオの鎧が消滅しているように副武装も消えている。タツミが遥か遠くに転送された影響でノインテーターが消えるのは自明の理であった。
ボタタッ ボタタッタタタタッタタッ
「……ぁ………あぁ」
ポッカリと空いた穴から夥しい量の血が溢れ出る。
同時に力も抜け出ていき、立つ事もままならなくなり、自らが生み出した紅い水たまりに崩れ落ちる。
倒れ伏し、顔半分を血に浸しながらシュラは呟く。
「……おれ、は、こんなところで死ぬような、男じゃ……」
父親を超え、いずれは皇帝から帝位を簒奪することまで夢見ていた男は己の身に迫る死を受け入れることなく
「………………」
死に絶えた。
場所は変わって、燃え盛るスラム街のとある場所。
黒焦げとなっている遺体を前にする3人の人がいた。
ラン、セリュー、クロメの3人であった。
3人はスラム街の火災を聞いてすぐさま出動、人々の避難を促しながら火災の鎮火にも助力していた。そんな中、炎の出どころを探るべくスラム街の奥へと突き進んだ3人は全身に酷い火傷を負った帝国兵士を見つける。
逃げ遅れた者かと思われた兵士だが、どうにも様子がおかしい事にランは気付く。
火傷の深度から助からないと判断したランは最期の力を振り絞って言葉を紡ぐ兵士の声に耳を傾けた。
その結果、重体の兵士はシュラの命令によってスラム街に火を放った犯人である事が判明した。
シュラの指示通り、設置された火薬樽に着火した兵士だが、火薬樽は即座に爆発。
火を撒き散らしながらの爆発に巻き込まれて兵士は致命傷を負ってしまっていた。
それを言い残して息を引き取った兵士を看取りつつランは考える。
おそらくは着火した兵士を巻き込んだ爆発はシュラにとっては予め仕組まれたものであるとランは予想した。
如何なる理由があろうとも皇帝住まう帝都に火を放つ等、万が一にもバレてしまえば極刑は免れない。そのリスクを少しでも低くするためには真相を知る者は一人でも少ない方が良い。そう考えたシュラは実行犯である帝国兵士達には何も告げずに即効性の火薬を用いて口封じも兼ねたのだ。
そこまでシュラの考えを読んだランは周りを見渡した。
スラム街の火は下火になり始めて、鎮火も時間の問題となっていた。
それを確かめたランは二人に話しかける。
「セリューさん、クロメさん、此方の後の事を任せられますか?」
「それは構いませんが、ランさんは?」
「私は宮殿に戻り、今回の火災の真相について調べたい事ができました」
ランの返答を聞いてセリューとクロメは納得したように頷いた。
「そういう事でしたら了解しました。後の事は私達に任せてください!」
「うん、帝都に火を放つなんて絶対許せない。しっかり調べて来てね」
二人の頼もしい言葉にランは真剣な眼差しで頷き返してその場を後にした。
その後、火災は無事に鎮火した。
幸い被害はスラム街に留まり、それ以上広がる事はなかったがそれでも少なくない数の死傷者を出していた。
そんな中、スラム街の一場所でシュラの遺体が見つかり、また練兵場にある特別独房にアカメが捉えられている事が判明した。
火災の原因については判明せず、調査が続けられることになった。