ある日、イエヤスはオーガからの呼び出しを受けて夜に訓練場へと足を向けた。
訓練場の扉を開けるとオーガが一人、立っていた。地面には木剣が二本転がっている。
イエヤスには背を向けている状態だったが、なにか棒状のものを手にしているのが伺い知れた。
「おっ、きたかイエヤス」
イエヤスに気付いたオーガは手にしていたものを壁に立て掛けるとイエヤスと相対する。壁のものを気にするイエヤスにオーガは苦笑する。
「あれの事は気にするな、これからの結果次第では関係ないものだからな」
そう言いながら、地面に転がっていた二本の木剣を拾うと片方をイエヤスへと投げ渡した。
「?、今から訓練するんですか?」
いまいち要領を得ていない様子のイエヤスが問うとオーガは首を横に振った。
「違う、今からするのは………入隊試験の続きだ!!!」
「っ!?」
突如襲い掛かってきた一閃をイエヤスは受け止めると衝撃を殺すために後ろへと飛んだ。そのまま追撃しようとしたオーガだったが、ピタッと動きを止める。
態勢を立て直したイエヤスはすぐさま臨戦状態に入り、カウンターを狙っていることに気付いたのだ。だが、オーガの動きが止まると見るやイエヤスは今度はその一瞬の硬直を見逃さずに攻勢に出るべく地面を蹴り切り掛かる。
その一撃をなんとか受け止めたオーガの横をすり抜けるイエヤス。オーガは隙を突かれて撃たれた一撃に態勢を崩しながらもなんとか振り返るが、イエヤスはそれを読み、さらにオーガの周りを回るように移動した。
視線が追い付かずにたたらを踏んだオーガの背後からピタリと首筋に剣を当てるイエヤス。
「……………ふぅ……まいった」
木剣の落ちる音が訓練場に響き渡る。
両手を上げて降参のポーズを取ったオーガに倣ってイエヤスも木剣を引いた。
(ロクゴウ将軍……、アンタに教えられたやり方で隊長から一本取れたぜ。ありがとな……)
先日亡くなった尊敬すべき将軍ロクゴウを想いながら勝利を噛み締めているイエヤスに感慨深げな息を漏らすオーガ。
「……半月程度でここまで強くなったか……くそっ、あの時くだらねぇ見栄なんざ気にしなければ一度くらい勝てたかもしれねぇのにな……」
木剣の当たっていた辺りを手で擦り悪態を突きながらもどこか吹っ切れたように呟くオーガ。
入隊試験の時、イエヤスと剣を交わしたオーガは、その時点で負ける可能性が見えていた。周りで野次馬をしている部下達の手前、万が一にも負けるわけにはいかないと考えてしまい、試験を終了してしまったのだ。
「驚かさないでくださいよ隊長、なんで今になって入隊試験の続きを?」
「お前にこれを試す前に今の実力を見たくてな」
そう言うとオーガは壁に立て掛けられていた最初に持っていた物をイエヤスの元へと持ってくる。
「これの名は疾風迅雷カリバーン、話では風を纏うことができる帝具らしい」
そう言って両手で持ち上げられた鞘に納められた剣を見てイエヤスは目を輝かせた。
「剣の帝具っすか!オーガ隊長も帝具使いだったんですね」
その言葉にオーガは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
「……いや、俺は帝具使いじゃねぇ」
「え?」
「………抜けねぇんだよ、俺にはなぁ」
そう言いながら鞘と柄を掴むと力を籠め始めるオーガ。腕に血管が浮かび上がり、かなりの力が込められている事が分かるが抜ける様子はなかった。
「っ!! ……ふぅ」
やがて諦めたように力を抜いたオーガは帝具をイエヤスへと差し出す。
「やってみな」
差し出された帝具を凝視しながら、ゴクッと生唾を飲み込むイエヤス。恐る恐る両手を伸ばしたイエヤスの両手にカリバーンが渡された。
「? 意外と軽いんすね。この帝具」
オーガがずっと両手で持っていたため、それなりの重量を覚悟していたそれは、その見た目とは反してかなりの軽量だと感じたイエヤス。だがオーガはその言葉に疑問を抱く。
「軽い? いやそんなことは……………まあいい、はやくやれ」
そこまで言い掛けて、オーガは何かを察したように黙ると自嘲するような笑みを浮かべると急かした。
「は、はい」
意を決してグッと両腕に力を籠める。
抵抗は感じなかった。
オーガがどれほど力を込めて見せなかった刃が姿を覗かせたその瞬間、風が舞った。
その勢いで一気に抜けた両刃剣がキィィーンと鳴いた。
その刀身は淡い翠を纏い、長く鞘に納められ手入れ等されていないだろうにその鋭さは露程も失われていない事が分かる。
片手で軽く左右に振ると不思議と手に馴染む感覚を得るイエヤス。
「……なるほどな」
その様子を見て何かに気付いたように呟くオーガにイエヤスが視線を向ける。
「その帝具の強みってのが分かった」
オーガとイエヤスではカリバーンに感じる重量に明らかな差が生じていた。風を纏うという話から察するに剣に浮力のようなものを付与することによって使用者に与える負担を緩和させているのだろうとオーガは推測を話す。
武具の軽さはそのまま速さへと繋がる。しかし重さは威力に繋がる。軽すぎれば一撃が弱くなり、重すぎれば鈍重となる。だが疾風迅雷カリバーンは使用者に軽さを与えながら他者には重さを押し付ける。これはあまりにも大きすぎるアドバンテージであった。
「コロもそうだったけど帝具ってのは本当に凄いんすね」
「……………そうだな」
刀身を眺めながら感嘆の声を漏らすイエヤスにオーガは僅かな沈黙の後同意した。
「さて、これ以上遅くなったら明日の仕事に差し支えてくるな、片付けは任せたぞ」
出口に向かって歩きだしたオーガにイエヤスが慌てたように声を掛ける。
「え!? カリバーンは?」
「お前が抜いたんだ。貸してやるよ。得物が変わったんだ、ちゃんと馴らしておけよ」
「っ! ありがとうございます」
雑く手を振りながら去っていくオーガが完全に見えなくなるまで頭を下げるイエヤスであった。
とある夕暮れ
宮殿付近のメインストリートで営まれているバー、そこでオーガは待ち人が来るまでの間、一杯引っ掛けていた。
「…………」
コロァン
手にしていたグラスを置くと中の氷が揺れて心地好い音を鳴らす。
そして、その手を眺めるオーガ。
無骨な手であった。数えきれない程剣を握り振り、幾度もできた豆を潰してできた手だ。小指と薬指には横断するような傷があり、それはかつて強敵との戦いで指を切断してしまった時にできた傷であった。その時は剣士として終わりを覚悟したオーガだが優秀な医師を紹介されて、その危機は免れていた。その医師とはそれ以来、今も付き合いがあった。
そんな歴史ある手を酔いの含まれた胡乱な瞳で眺めているオーガに近づく人物が一人。
「へっ、マジで来るとは思わなかったぜ」
皮肉気味な口調で煽るオーガに人物は不快そうに鼻を鳴らすも隣に座り、オーガが飲んでいた酒の瓶を取るとマスターに差し出されていたグラスに注ぎ始める。
「十数年ぶりの教え子からの誘いだ、乗ってやっても罰は当たらんと思ってな」
「そりゃ有難い限りで、ブドー大将軍様」
帝国将軍最上位ブドー大将軍。代々皇帝と帝都を護る家系の出であり帝国2大最強格の一角を担っている。オーガをも超える巨体に黄色みがかった白髪、両手には特徴的な形をした篭手を装備している。帝都中央にある宮殿を守護する直属の近衛兵を率いている。
ブドーは見所のある若者を鍛錬することを趣味としており、よく練兵場と呼ばれる場所で鍛錬を行っていた。オーガもかつてはその一人であった。
また、同じ帝都を守護する者の長として定期的に開かれる会議においても顔を合わせる仕事上での顔なじみでもあった。
「それで、要件はなんだ?」
しばらく飲み交わしていたところ、切りのいいところでブドーが切り出す。
「なんだ、もうお開きか? もう少しゆっくりしてもいいだろ?」
「非番とはいえ深酒は感心せんな、ほどほどにしておけ」
苦言を呈するブドーに、フンと鼻をならしたオーガはグラスに残っていた酒を勢いよく呷ると今日の要件を語りだした。
「あんたが練兵場でやってる鍛錬、それに加えてやってほしいやつがいる」
「ほう、貴様が私に紹介するとは初めてのことだな」
予想外の話に驚きの声を出すブドー
オーガはそんなブドーに反応はせずに、期待の新人の事に思いを馳せる。
「………あいつは………俺の若い頃に似てやがる」
絞り出すように心中を語る。
ただ我武者羅に剣だけを振っていればなんだってできる、なんにだってなれる。そう信じていた時期がオーガにもあった。
剣の才能には恵まれていた。そのおかげでブドー大将軍にも目を掛けられた。
運にも恵まれたほうだった。腐った貴族や軍上層部には目を付けられなかった。
だが、帝国で武の頂点を目指す事において避けては通れない存在があった。
帝具である。
帝都警備隊隊長としての伝手等を使って幾度か帝具を試せる機会はあったが選ばれなかった。帝具に選ばれない度に徐々に歪んでいく自分を自覚していった。
そして剣型の帝具カリバーンを目にした時、これだとオーガは思った。
自分は剣士なんだから、今までの帝具が合わなかったのは仕方ない。この帝具こそが自分を選んでくれると確信する。
今までアウトロー寄りな事はしても決定的な事には手を染めていなかったオーガだったがカリバーンを手に入れるために、この時初めて悪事を見逃すという形で悪事を成してしまう。
痛む良心がないわけではなかったが、それ以上に高揚した気持ちで柄を握るオーガ。
しかし選ばれなかった。
心が完全に折れた。
一度行った悪事は付いて回る。心が折れ、どうでもよくなっていたオーガは思うままに誘惑に乗る。そうして穢れ淀み腐っていった。
現在では悪事を見逃す代わりに賄賂を受け取り、あまつさえ身代わりを用意し冤罪まで着せる外道にまで堕ちてしまっていた。
カリバーンを手に入れて十数年、未練がましくも未だ手放す事はなく、時折抜く真似事をしては絶望を深めていた。
だが、そこに一人の少年が現れた。
かつての自分と同じく剣を手にのしあがらんとしている。他の事に手が回らず、周りに頭が上がらないところも過去の自分と重なった。
そして、その少年はその齢で自分を上回った。
オーガはそこで漸く自分が強さを諦め切る事ができた事を自覚した。
訓練場でイエヤスが来るまで悩んでいたのが嘘であるかのように、あっさりとイエヤスに帝具を渡すことができていた。そしてイエヤスが抜き、初めてその刀身を目にした時、何故か肩の荷が下りたような錯覚を感じた。
「………そうか」
絞り出すようなオーガの声を聴いたブドーは深くは追及しなかった。
「あいつは強くなるぜ、将軍どころか、アンタにも届くかもな?」
「貴様がそこまで言うのなら期待しておこう、練兵場に寄越すがいい、名は?」
「イエヤスだ」
「覚えておこう」
それだけを返し席を立つと振り返ることなく去っていった。
残されたオーガも同じく席を立とうとするが、予想より酔いが深かったらしくふらついてしまった。
「っとと、らしくもなく飲みすぎちまったなぁ」
代金をテーブルに置きつつ千鳥足で後にするオーガの後ろ姿はどこか嬉し気であった。
その夜、オーガは殺された。