「隊長が………死んだ?」
意味を理解できていないような様子でイエヤスは言葉を漏らした。
最近は寝坊癖も治りつつあったイエヤスは眠たげに目を擦りながら朝の集合場所である詰め所に入ると、いつもよりも人が多いことに気が付いた。
すでにパトロールに出ていた者も戻ってきているようで警備隊ほぼ全員が揃っていた。
入隊して以来、初めての光景に目を丸くしているイエヤスに気付いたセリューが沈痛な表情でオーガの死を伝えた。
それに対する反応が先ほどの腑抜けた呟きであった。
突然の事に脳の処理が追い付かないイエヤスだったが、セリューの目尻から零れるものを見て、無理矢理現実へと引き戻される。
オーガ隊長が死んだ。
「な……んで?……」
やっとの事で絞り出した声は掠れていた。
その問い掛けにセリューは腕で目を乱暴に拭うと、憤怒の表情を露わにした。
「宮殿近くのメインストリート、その路地裏で殺されていたそうです。まだ確定はしていませんが、おそらくはナイトレイドの仕業ではないかとの報告が上がっています」
ナイトレイド
その言葉だけは何故かすんなりとイエヤスの心に入ってきた。
もともとロクゴウ将軍を暗殺した組織として強い敵対意識を持っていたからだろう。
オーガが死んだことにまだ実感を持てないが故に悲しみよりも怒りがふつふつと湧き出てくるのが分かった。
その日は予め決まっていたパトロールを各自行うことになり、後日新たな隊長が任命されると共に人事整理が行われる事が決まった。
パトロールをしている間、イエヤスはいるはずもない、そして分かるはずもないナイトレイドを探してしまっていた。イエヤスの中に沸いた怒りは心の中で出口を探してグルグルと回り続けて荒ませていく。
そんな心情の中、定期連絡のために詰め所に戻ってくると自分に軍上層部から呼び出しが来ているという連絡を聞いたイエヤスは、心当たりの無さに疑問を抱きながらも呼び出し場所である練兵場へと向かった。無論、その間も意味もなくナイトレイドを探しながら。
「失礼します。帝都警備隊所属一般隊員イエヤス、呼び出しを受け、ってうわぁあああぁ!?」
練兵場へと入ろうとすると目の前に物凄い勢いで何かが飛んくるのを察知したイエヤスは横へと飛び避ける。
壁にぶつかると同時に漏れた呻き声によって飛んできたものが人である事を認知するイエヤス。飛ばされてきた男は気絶しているようであった。
「気を失ったか。おい、医務室へ連れていってやれ」
思わず委縮してしまうような声音を発しながら一人の男が寄ってくる。気絶した男を一瞥して部下らしき人に指示を出した後、突然の事態に立往生しているイエヤスへと視線を向けた。
「その恰好、帝都警備隊か、ならば貴様がイエヤスだな」
名を呼ばれて意識を覚醒させたイエヤスは慌てて敬礼をして答えた。
「はい! 帝都警備隊所属一般隊員イエヤス、呼び出しを受けてきました!」
ブドーはここ練兵場で定期的に有望な者を鍛錬している事、それにイエヤスが選ばれた事を簡単に説明する。
大将軍自ら相手をする稀有な鍛錬に呼ばれた事に驚くイエヤスにブドーは誰から推薦されたか明かす。
「……………隊長」
「……オーガの件は聞いている。残念だ」
ブドーからの言葉、そして知らされたオーガ隊長の置き土産にイエヤスは心の内に溜まっていたものが口から零れ落ちる。怒りだと思っていたそれは
「俺は……返せていない!」
悔恨だった。
(入隊を認めてくれた! その後もなにかと目を掛けてくれて、帝具まで授けてもらった! それだけでも返しきれない程の恩があるのに、こんな……大将軍の鍛錬にまで推薦してくれていただなんて………)
身に余る恩、そしてもうそれを返せない現実。
目頭が熱くなっていくのを自覚するが、それを防ぐ術を持ち合わせていなかった。
「……うぅ……」
俯き涙を零す少年の姿にブドーは腕を組み、少年の心中を察しつつオーガの言葉を思い出す。
「あやつは言っていたぞ。貴様は伸びしろの塊だとな、いずれは私にさえ届くかもしれん、ともな」
溢れるものも拭わずに顔を上げるイエヤス。その目を彩るのは涙だけではなかった。その目を見てブドーは頷いた。
「強くなれ少年! あやつの言葉が真であったと証明して見せろ。それが手向けになるであろう!」
そう、オーガはイエヤスを強くしようとしていた。それはこれまでイエヤスが与えられてきたものを考えれば明白であった。
ならば、そうなることしか恩を返す方法など存在しないのだ。
「話はここまでだ! 鍛錬を始める、覚悟はするがいい」
「はい!!」
「……いってぇ……」
夕暮れに自室で一人、ベッドに横たわりながらごちる。
鍛錬はイエヤスの予想を遥かに超えた熾烈なものであった。身体中を痛めつけられ、体力も限界まで酷使させられた。
このまま目を瞑れば、数秒もしないうちに堕ちてしまうことを感じ取り、身を起こす。身体中から悲鳴の声を上げるが、それを無視して再び警備隊服を身にする。
溜め込んだものは練武場で口と目から吐き出し、鍛錬で思う存分力を奮う事によって発散もした。朝のパトロールの時と比べれば、かなりすっきりしている。
それでも
「ジッとは…………してられないな」
オーガ隊長を殺した暗殺集団ナイトレイド
その活動は当然ながら、夜が多い。だがまだ入隊して日の浅いイエヤスは夜の担当を任されることはなかった。
だからと言って素直に眠れるほど、すべてを吐き出したわけではなかった。
部屋を出て宿舎のロビーに入るとちょうど同時に部屋からロビーへと出てくる影をイエヤスは確認した。
それはイエヤスと同じく完全武装したセリューであった。
お互いの姿を見て考えている事は同じだと確信した二人は無言で合流し、深けた夜へと駆り出した。
「いきましょう、セリュー先輩! 悪を討つために!」
「はい、イエヤスくん! 正義を為すために!」
そう簡単に成果が出るはずもなく、夜のパトロールは朝焼けを終了の合図として、自室に帰ったイエヤスは数刻睡眠を取って出勤した。いつもの如く、危うく寝坊するところだったが、それを見越したセリューが起こしに来てくれたためことなきを得た。しかし、いつもの罰という名の特訓は行う辺りセリューは容赦なかった。
ルーチンワークを新たにしたイエヤスの日々は続き、非番の日がやってくる。
ナイトレイドを野放しにしたまま休む気にもなれず自主的パトロールをしようと考えていたイエヤスだったが、流石に疲労が溜まっていた為、昼過ぎまで寝過ごしてしまっていた。
急ぎ出掛ける支度をして帝都に繰り出したが、特に成果もなく日が暮れようとしていた時
「イエヤス!!」
声を掛けられた。
背後からの聞き覚えのある、いや聞き飽きていた声にイエヤスは間髪を入れずに振り返る。
そこにいた人物は予想通りの少年だった。
身長はイエヤスとそう変わらない。はねっ毛の強い茶髪の下にはある愛嬌を感じさせる顔立ちに嬉し気な笑顔を浮かべていた。
「タツミ!」
久しぶりに会う幼馴染の姿にイエヤスも同じような笑顔を浮かべ、互いに駆け寄り片腕を出し合い力強く組み合わせる。
「音沙汰がねーから、どっかで迷ってんのかと思ったぜ!」
「お前じゃねーんだから、そんなわけあるかよ!」
なにをー、とタツミの肩に軽くジャブを入れるイエヤス。
帝都に向かう途中、夜盗に襲われて散り散りになったのが一か月弱前。しかし、イエヤスには遥か昔であったかのような錯覚を覚えた。それだけ帝都に着いてからの日々が濃厚であったということだろう。
「サヤは一緒じゃないのか? あいつの小言も久しぶりに聞いてやってもいい気分だぜ」
視線を巡らせて周りを見渡すが、タツミ一人のようであった。
僅かに肩を落としながらタツミに視線を戻すと、さっきまでの笑みが幻であるかの如く、沈痛な表情を浮かべるタツミがいた。その顔は生まれてから同じ村で育ってきた幼馴染の身をもってしても見た事もないほど暗いものであった。
「…………えっ?」
タツミは言葉を吐こうと口を開くが、よほど言いにくいことなのだろう、唇は震え呼吸することを忘れてしまっているようにすら見えた。
その様子をイエヤスが知っている。
先日に見たばかりだった。
それはそう、セリューがイエヤスにオーガの死を伝える時に残酷なほど酷似していた。
嘘だ、そんなはずない、違う、言わないでくれ、そんな顔をするな、やめろやめろやめろやめろやめろやめろ
やめてくれ!
「サヨは……………死んだよ」