とある日、練兵場にて
ブドーの呼び出しを受けて練兵場に踏み入れたイエヤスは強い闘気を感じ、そちらへと目を向けた。
相対した二人が激しく武を競い合っている。
片側はどっしりと構え、相手の攻撃を両手の篭手で冷静に捌いている。
片側は捌かれている事に焦ることなく、得物である槍のリーチを最大限生かし、相手の間合いには踏み込まないように立ち回っている。
一見すると攻め続けている槍持ちが押しているように見えるが、その実、捉えられないためにせわしなく移動を繰り返している槍持ちと最低限の動きでそれを捌いている篭手持ち、体力の限界を迎えるのが何方が先かは一目瞭然であった。
イエヤスの読み通り、攻めきれずにいた槍持ちの動きがほんの僅かに翳ったその瞬間を篭手使いは見逃すことはなく、カウンター気味の一撃を当てられて槍持ちは悶絶する。
完全には吹っ飛ばされずに、どうにか両足で着地するがガクッと膝を着いて槍を取りこぼしてしまう。
決着である。
「ふむ、槍捌きに磨きはかかったが実戦不足だな、気負い故にペースが乱れていたな」
「ハァハァハァ、……………は、い、ご指導ありがとうございます!」
今の戦闘の批評を下す篭手使い、ブドー大将軍に対してなんとか息を整えて持ち直す槍持ち、名前はスピア。
薄い黄色みがかった髪を存分に伸ばした長髪が太陽を反射する姿はまぶしく、痛みによって歪めている目鼻はそれでもスピアの美しさを欠片も損なわせてはいなかった。
「むっ? 来ていたかイエヤス、ちょうどいい、紹介しよう。彼女はスピア、元大臣であるチョウリの娘だ」
「紹介にあずかりました、スピアです。今日は父の頼まれ事で帝都に来たのですが、ブドー大将軍にお声を掛けて頂き鍛錬に参加させていただいてます」
傍観者に気付いたブドーが声を掛ける。
自己紹介するスピアに同じく紹介し返したイエヤスの言葉を聞いてスピアは琥珀色の大きな目を丸くした。
「貴方がイエヤス殿でしたか、話はブドー大将軍から聞いていますよ。とても将来が楽しみな有望株だとか!」
スピアの言葉に今度はイエヤスが目を丸くする番であった。
ブドーは見た目通り気難しく、荘厳厳粛を擬人化したような人物であった。
心を折りにきているような諫言や底冷えするような怒号を浴びることはあっても褒められた記憶がイエヤスにはなかったのだ。
噂の人と出会えて目を輝かせるスピアにブドーは眉を顰めて、ただでさえ厳つい顔をさらに怖くする。
「スピア、適当なことを言うな。私はそのようなこと口にした覚えはないぞ」
「あら失礼しました。他者を滅多にお褒めにならないブドー大将軍が、悪くない、と評されたのでてっきりそういう意味かと!」
ブドーの苦言にスピアはワザとらしく驚いたように口に手を当てた。
その様子にブドーは小さく溜息を吐いて腕組をする。
「フゥー、その語り口、チョウリに似てきおったな」
「父を尊敬している身としてはこの上ない誉め言葉ですね、ありがとうございます」
ニッコリと心底嬉しそうに礼を口にするスピアにブドーは諦めた様子で認めた。
「こ奴は褒めてもろくな事にならん。図に乗らないようにしておるのだから、余計なことは言わないようにしろ」
「なるほど、そういう事でしたら余計なことを言いましたね。失礼しました」
ブドーの意図を聞いて納得したスピアは素直に謝罪した。
二人の長年の付き合いを感じさせるやり取りを聞いていたイエヤスはそれを少し羨ましく思った。
それは麗しい女性と気兼ねなく話せるブドーに対してでもあり、武の頂きであるブドー大将軍と遠慮なく話せるスピアに対してでもあった。
会話を挟みスピアの受けていたダメージがなくなってきたのを確認したブドーの指示によりイエヤスとスピアの手合わせが行われた。
剣VS槍、リーチの差を考慮すればスピアに分があった。
それは篭手を武器とするブドーも同じであったが、ブドーと違いイエヤスは待ちよりは速さを生かした攻めを基本とする闘い方を得意としている。
イエヤスを寄せ付かせない立ち回りを意識するスピアの選択は誤りではなかった、だが武闘派将軍ロクゴウに一目置かせ、鬼のオーガを圧倒したイエヤスの速さはスピアの予想を遥かに上回っていた。剣と槍が交わること数十回の後、踏み込みを加速させたイエヤスに対処が遅れ懐へと入られたスピアが降参するのに時間はそうかからなかった。
「大将軍が認めになられる方に勝てるとは思っていませんでしが、流石に少し自信をなくしてしまいますね」
「速さは一種の不意打ちみたいなもんですからね、分かっていれば対処も難しくはないと思いますよ? 目で追えてないわけではないようでしたし」
落ち込んだ様子で肩を落とすスピアに手合いを思い出して無理のないフォローをするイエヤス。
用事のため帝都を出るスピアを見送るようブドーに言われたイエヤスは馬車を待たせている場所まで同行することとなっていた。
道中、手合わせについて語り合う二人。
当初見送りを言い渡されたイエヤスは上手くエスコートできる自信があるはずもなく緊張していた。だが、振られる話の内容は武についての事ばかりであり、なんとか受け答えできていた。スピアの気遣いに感謝しかないイエヤスであった。
「私も速さを軸にした戦い方がメインなので見習うべきところは多そうですね、たとえば……あっ………」
爛々とした目で語っていたスピアだったが、急に黙り込んだ。
不意の沈黙にどうしたのかとイエヤスが視線を向けると、スピアは頬を少し朱に染めて恥ずかしそうに肩を竦めていた。
「す、すみません。つい武についてばかり話し込んでしまいました。もうお淑やかにするように父のもよく言われるのですが、どうにも難しいですね」
テヘヘと照れ隠しをするように笑うスピアに気遣いではなかったのかと驚くイエヤスだったが、気遣いにしてはのめりこみ過ぎていたかと納得する。
「いえ、俺も楽しかったですし、相手によるんじゃないですかね? それに」
言葉を続けるイエヤスの脳裏に幼馴染の少女の姿が幻視される。
サヨも武に通じ、話す内容はもっぱら闘いの事ばかりであった。
「強くなることに対して真摯な事は良い事だと思います。そこに男女は関係ないですよ」
現状一番身近な女性であるセリューも強さにはかなり貪欲なタイプである。
なのでイエヤスにとってスピアは親しみやすく好感のもてる人物であった。
「そう、ですか、……ありがとうございます………」
礼を言いながらイエヤスの横顔を見るスピア。
今日出会い戦い話してイエヤスに抱いた印象は快活で真っ直ぐな心意気を持った裏表のなさそう少年であった。
だが、今眺めている横顔はどこか遠くを見ているかのような謎の儚さを匂わせるものであった。
そのギャップとでも言うべき表情に、スピアは先ほどとは違く理由で頬が赤く染まってくるのを感じる。
自分より強く、大将軍に将来を期待されており、話が合い、惹かれるものがある。
父には日頃から色気の無さを弄られており、そのたびにいい人がいればすぐにでも結婚できるはずと豪語していた。
もしかしたらいい人を見つけたのかも、しれない。
「イエヤス殿、私は一度帝都を出ますが、後日父と共に帝都へと挙がる予定なのです」
ほんおり頬を染めて、やや上目遣い気味でイエヤスを見る。
「その時にまた手合わせを………お願いできますか?」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
頬を染める理由を最初の恥ずかしさの延長としか見なかったイエヤスは特に深読みをすることはなく、ただ上目遣い可愛いなとだけ思って返事をするのであった。
帰りの馬車の中、一人座るスピアは先程の自分の大胆さに身悶えしていた。
「まだ会って間もない殿方に女性から誘うなどはしたないと思われてないでしょうか」
手合わせの再戦願いをまるでデートの誘いかのように認識する謎の感性を持つスピア。戦いの申し出である以上、はしたなくはない、とは言い切れないのが微妙なところではある。
「ですが!」
と、気を取り直して両手を握り拳にして気合を入れ直す。
「基本は闘いと変わらないはず、ならば私の戦い方は速攻を生かした攻め一辺倒! 自分に合った戦い方こそ勝利の秘訣!!」
顎に手を当てて熟考を重ねる。
「さらには相手のリーチと此方のリーチを把握して、適格な距離感を持つのも重要ですね」
恋愛の話をしているのか戦い方の話をしているのか傍から見ると分からない事を呟きながら、スピアは次にイエヤスと会った時の作戦を練るのであった。
再戦が果たされることはなく、二人が再び出会うことはなかった。
スピアは無残にも殺され、その下手人がナイトレイドであることだけがイエヤスの耳に届いて、スピアとイエヤスの始まることさえなかった恋物語は幕を閉ざした。