次の日。私たちは昨日と変わらずフレゼリシアと練習試合を引き続き行っていた。
「守るとき右が抜けやすくなっている。修正しろ」
「──はい!」
コーチが試合の終わった来栖先輩にいろいろ言っている。全員が試合をしている状況でこうも的確にアドバイスを出来るのは凄いと思う。……言葉は大分きついが。
ドリンクを飲みながらパイプ椅子に座る。昨日と変わらず試合三昧なので割と疲れてはいるのだ。
別に、体力がどうとかという話ではない。これはどっちかというと精神的な疲労という面が強いと感じる。
「南雲、次行け」
「……はい」
コーチに言われ次の試合場所に足を運ぶ。足取りはやはり肉体的な疲労とは別に、車のタイヤのように重い。
試合だって特に変わり映えの光景の連続。相手が動き自身が返す。それを繰り返しているとコートの向こうで勝手に相手が諦めたような顔を向けてくる。それだけだ。
出来ることならあの金髪か志波姫さんとやりたい。けれどなぜだか、どれだけタイミングを見計らっても噛み合うことはなく他の人達との試合になっている。……ここのバド部は人が多い。
「……ありがとうございました」
「────っ」
結局この試合も変わらない。最後まで勝とうと足掻いてはくれなかった。此処は名門だろうに、いかに控えの選手でも全国でも強い部類に入るだろうに。
「……特にない」
「はい」
コーチも何も言うことはない。私には必要が無いという信頼か、それとも無関心が故なのか。正直、どっちでも良い。
再び椅子に座り、体育館に付けられている大きめの時計を見ると短針が十一を指している。既に三時間ぐらい経っていたのか。
朝にコーチが午後には帰りのバスが出ると言っていた気がする。ということはもうすぐ終わりか。
「……はあっ」
思わずため息が出る。この合宿だけで何回口から出たのか。数えてはいていないし、覚えていても更に気持ちが萎えるだけだ。
どうしようか。このまま終わるのも別にいいのだが、出来るなら志波姫さんか、あの金髪と試合してみたい。いやでも、もし何も変わらなければどうしよう。全国トップクラスと海外のプロ、それらが他と違いがない試合になってしまうかもと思うとこのまま座っていた方がいい気がする。
「──ねえ!」
「……?」
突然話しかけてくる声が聞こえた。そちらに首を向けるとあの金髪の女が笑顔でこっちを見ていた。
……改めて近くで見ると、本当に綺麗だなこいつ。
「昨日の娘だよね? 今から試合しよっ」
「……えっ」
「ほらっ! 早く!」
金髪が愛くるしい? 笑顔で急かしながらコートに誘ってくる。なんかこう、迷っていた私の気持ちなんて気にせずに試合をしようと言ってくるこいつが台風かなんかに思えてきた。
──まあ丁度良い。そっちがやろうと言ってくるのならそれに答えるまでだ。
「ねえ」
「ん? なにー?」
反対側のコートで軽く体を伸ばしながらこちらを見る金髪。そいつの笑顔は絶対に負けることはないという余裕が感じ取れる。
「──私を倒して」
「っ?? 当然。勝つのは私よ」
当たり前の様にそう言ってのける金髪。それは人によっては挑発に聞こえるだろうその自信に満ちた言葉。
けれど、私にはその傲慢さが何よりも頼もしかった。
──そうだ。私を倒して。
試合が始める。
少しだけ期待はしていても、この体はいつもと変わることはない。
それは高校生という枠にはあまりにもふさわしくない試合だった。
試合の組み立て方、フィジカル、展開の速度。まるで常にジェットコースターに乗せられているかのような急激な緩急。
この体育館の中でも浮いているそのコートで行われている一つの戦いは全国の決勝といわれても何も疑問が湧かないだろうそんな一戦。
それもそのはず、そこにいる二人の内片方はあのコニー・クリステンセン。つい最近までデンマークにてプロ選手として活動し、若くして様々なタイトルを取ってきた正真正銘の天才である。
「18-12」
点数にその差は出ていた。試合を見ていない人間のほとんどが彼女が勝っているとスコアからは感じるだろう。
この世代で最高位の天才相手にここまで善戦している──それだけで賞賛するに値するだろう。
──だがしかし、現実は違った。一般的な常識では考えつかないことになっていた。
点数が勝っているのは黒髪の少女。名前なんて誰も知らない無名の学生である。この空間の過半数──フレゼリシアの生徒はその異常事態を理解しきれなかった。
当たり前だ。何せ、コニー・クリステンセンはこの部で最強と上げられる少女である。彼女は部長である志波姫と戦い勝利しているのだ。三強と畏怖される彼女に勝てるあの少女が、少なくともこんな練習試合で不利な状況になるなんて予想もしてなかった。
「19-14」
それでも決して一方的というわけではない。状況次第ではいくらでも逆転できる、フレゼリシアの生徒ならこう思っていた。
「で、ヒナはどうしてそんな不安そうに見ているのかな?」
「……違うんです。まだ、これからです」
多賀城ヒナの呟きは他の部員にはそこまで理解はできないだろう。
余り似合わない彼女の弱音。だが志波姫にとってはある意味納得がいく物であった。勘の良さはこの部一であると見ている彼女は昨日の試合でそれと感じているのだろう。
彼女──志波姫唯華も昔、あの少女にぼろぼろに負けているからわかる。あの少女の恐ろしさを。本当に辛いのはここからだということを。
「どういうこと?」
「……あいつとやってるとなんでか動けなくなるんです」
「はい?」
「なんか何処に打っても、何をしても返される、そんな風に考えちゃったんです」
隣にいた白石の疑問で嫌そうに思い出す多賀城。そう。その感覚は気のせいではない。
中学時代にも、志波姫は似たような感覚に陥り十分なパフォーマンスが出来なくなっていて負けたのだ。
覚えている。あの自分の体が自分の物でないと思えてしまうほどの絶望を。心が動こうとしても、本能がこれ以上やったって意味が無いと諦めて動こうとしないそんな苦痛を。
志波姫唯華はそれを今でも夢で見るときがある。あの試合で見た対戦相手に興味など示さない冷め切った眼を。益子泪にすら感じる事の無かった恐怖を、己の夢想の世界で幾度となく見せられた。誰にも言ったことはないが敗北の直後はそれで眠りが嫌いになったほどだ。
あの少女はその悪夢そのもの。昨日他のことではただの少女なのだと知れたとしても、それでも彼女は中学時代に与えられた恐ろしい過去の一つ。
「……まあコニーなら大丈夫。応援してあげな」
「はいっ!! 頑張れコニー!」
だが、その不安は今は置いておこう。私はこの部の部長。自分が仲間を信じれなくて何で家族と言えるのだろう。
コニーのことを信じてる。私の気持ちなんてそれで十分。
そう考えながら志波姫唯華は試合を見守ると決めていた。
続きます。