何もかもが返される。それはコニー・クリステンセンにとって久しく味わっていない新鮮な体験であった。
つい最近、
今回の練習試合だって本音を言えばそこまでやる気は起きてなかった。
もちろん、始まれば勝つ為に全力でプレイする気はあった。けれど、自分が認める程度には結構強いと思うこの学校以外にはあまり期待していなかったのだ。
──しかし、それは良い意味で誤算だった。
「20-15」
あと一点でゲームが取られる。こんなのは日本で数える程しか起き得なかった異常事態。
どれだけ早いラリーでも当たり前についてくる。どれだけ強い一撃でも完璧に返される。
何もかもが通用しない。同世代でそんな機会があるなんて考えもしてなかった。
こんなこと、
息を整え長めにサーブを上げる。短いのが全く通用しないのは分かっている。なら、打ち合いに持っていくだけ──!
ラリーの応酬。攻めと守りが間髪入れずに切り替わる。
どちらもが落とす気は無い。例えスマッシュが飛んできても、落とすことはなく繋いでいく。
「──っ!?」
しかしそんな均衡はすぐに崩れる。
コニーの足が一瞬、ほんの一時遅れる。唐突に鉛のように重くなる。
何とか一回は返すもそれは南雲にとっては絶好球。力強く振るわれたその強打を返せる道理などあるわけがなかった。
「……21-15」
審判の娘が少しゆっくりめに宣誓する。そこまで大きく無い声なのに、何故だかこの体育館にいる誰もがそれを聞き取れた。
悔しい。その感情がコニーの心を支配する。あそこで強打にしていれば、あの場面は前に揺らすべきだったとかそんな後悔も浮かぶ。
──けれど、それ以上に心は燃え上がっている。
早く続きがしたい。もっとこいつと試合したい。己を燃やせる勝負がしたい。
きっと相手もそうだろう。この戦いはそれだけ燃え滾るものだろう。
そう思い、彼女の方を向いてみる。試合前は特に興味がなかった相手の顔を。
──だが、黒髪の少女はこちらを見てはいなかった。
正しくはこちらに体は向けている。だが、その眼は、瞳が私を写してはいなかった。
少なくとも今試合をしている人に対する視線ではない。まるで、どうでもいい他人を見る目。
「──そこまでっ!! 時間につきこのゲームで終わりだ!」
次を始めようとした瞬間、あっちのコーチの大声が体育館に響く。
「……ありがとう、ございました」
その言葉で黒髪の少女が戻っていく。
冗談じゃない。こんなところで、終わってたまるかっての──!
「──ちょっと! まだ試合は」
「コニー。我儘言わない」
唯華に諭されるが納得はできなかった。だって、勝負というのはここからが本番だというのに、それなのに。
──どうしてあの少女は簡単に退くことが出来るのだろう。
悔しい。あの少女に続けたいと思わせられなかった自分が何よりも情けない。何がプロだ何が天才だ。そんな傲慢が今の敗北を形作ったのではないのか。
「ねぇ唯華。……あいつとまたやれる?」
「勝ってればね。だから今は終わりにしときな」
「……はーい」
ラケットを握ってない方の拳を握る。
面白い。お姉ちゃんや優勝の他にももう一つやりたいことが増えた。
……とりあえず、彼女に名前を聞くところから始めようかな。
試合が中断されコーチの元に戻る。足取りはどうなっているか。多分重いままなのだろう。そんな気がする。
だってあの金髪。予想の範囲内の強さしか見せてはこなかったから。
確かに他とは違う。普段よりは動いたとは思うし、他のやつよりはラリーも続いたであろう。
だが、想像を超えなかった。超えてはくれなかったのだ。
無論、あれが本気というわけではないだろう。もしそうだとしたら、私は余りに拍子抜け。プロとは何だったのかという話になる。
片付けをして、大人達の話を聞いた後体育館から離れる。
早くバスに戻って寝たい。それ以外を考えたくはない。
「今年はうちが勝つぜ」
「やってみな。勝つのは私達だけど」
主将と志波姫さんが何か話している。そういえば志波姫さんと試合してなかったな。……別にいいか。あの金髪が格下というわけではないだろうし。
「──ねぇ! さっきの娘!」
「……?」
バスに入ろうと思ったらさっきの金髪がこちらに話しかけてくる。なんだろう? さっきの試合についてか?
「名前! 名前教えて!」
「……はい?」
予想と大分違う質問に少し驚く。……名前? なんで?
「えっと……」
「私のことはコニーって呼んでね!」
どうしようか迷ってると先に名乗られた。これは答えた方が良さそうか。
「……南雲咲耶」
「さくや! うん! 次は絶対私が勝つから!」
その一言だけ言って軽やかに去っていくコニー。嵐のような少女であったとしか思えない破天荒さである。
だがまあ、あっちのやる気とは裏腹に私の心は冷めていた。
だって、もし推測が正しいなら。私の感覚が確かなら。
──例えあちらが手を抜いていても、私に勝てる可能性はない。
バスの席に座りながら時が過ぎるのを待つ。眠い。
「南雲さん南雲さん! もう出るって!」
いつのまにか帰ってきた花柳がこちらに言ってくる。周りを見るともう全員揃っていた。大分ぼーっとしていたようだ。
「全員いるな? ……よしっ。出発する」
コーチの声とほぼ同時にバスが動き始める。
二日近くいたこの校舎。多分もう来ないとは思うが綺麗な場所だったと思う。
「楽しかったね!」
「……そう、だね」
花柳に心にもない返事をする。
楽しい? そんなわけなかった。得るものどころかまた一つ、希望が減ってしまったのだから。
夢に逃げるために目を閉じる。一回寝ればこの重苦しい気持ちも何処かにいってくれるだろうか。
……そんなわけないか。今までそれを何回期待したかもう忘れてしまった。
意識を微睡みに沈める。取り敢えず、今は寝たい。何も考えたくない。花柳の話すら聞きたいとは思えない。
バスは進む。
その揺れの中、花柳莉子が見た隣の少女の寝顔は酷く悲しそうであった。
いつの間にかお気に入り登録が百件を超えていました。本当にありがとうございます。
息抜きで始めたものなのでここまで見てもらえるとは思っておらず、原作の力をとても強く実感しています。
上りきってしまったハードルなので何処で転ぶか分かりませんが、これからも読んでいただけると嬉しいです。
明日は書く時間がそんなに無いので、もしかしたら水曜日の更新は遅くなるか、無いかのどちらかになると思います。