英雄を求めて   作:ゴマ醤油

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予選前夜

 放課後の体育館。いつもは熱気が溢れるこの空間に、今日は何故だか異常な緊張感が上乗せされていた。

 

「次ぃ!」

 

 強く響く部長の声。それが一層張り詰めた空気を作り上げていく。決して彼女だけではない。学年関係なく、選抜か否かなど意味を成さずに集中を高めている。

 

 それもそのはず。この日は貴重な練習日。個人戦前日の最終調整。団体戦に出れるか出れないかなど気にすることはなく、自身を出せる貴重なチャンスの場。そこに向けての最後の練習なのである。

 

 

 

 

「お願いします!」

 

 もう何巡目か。再び相手とラリーを始める。

 怠い。とてつもなく怠い。そんな感情が心に溜まってきている。

 調整は終わった。もう帰りたい。なのに帰れない。

 少し眠い。今日は昼寝をしなかったので尚更眠い。早く布団に潜りたい。目を瞑ってそのまま意識を落としていたい。

 

「集合!」

 

 コーチの声で全員が一斉に動き出す。やっと終わる。時計を見なくて正解だった。見てたらこんな長い時間、耐え切れようもない。

 

「明日は個人戦。分かっているな? 選ばれなかった三年は恐らくそれが最後の大会だ。今年入った一年はそれが最初の大会だ」

 

 その言葉で何人かは顔を反らしたり、俯いたりする。

 選抜に選ばれないということは団体戦には出れないということ。それは三年にとってほぼ引退を宣言されているようなものだ。

 

「だからこそ悔いのないように当たれ。どうせ、優勝しなきゃ後で後悔する。なら、なるべく自分のやりたいようにやれ。それが一番良いんだ」

 

 励ましなのかただ見放しているだけなのか。けれどそれを聞いて全員が前を向いている。

 

「以上だ。明日の集合時間は──」

 

 その後、業務連絡をして部活は締められる。最後に少し疲れた気がするが、まあとにかく家に戻りたい。

 

「南雲さん帰ろ──」

「南雲ぉ。少し付き合え」

 

 花柳を遮ってこちらを呼ぶ部長。部活が終わったはずなのに、辺りの空気が更に緊張感でいっぱいである。

 

「……いいですけど」

「良し。悪りぃな花柳。……一緒に来るか?」

「いえいえいえいえ! 遠慮しておきまーす! ばいばい南雲さん!」

 

 手と顔をぶんぶんと振りながらその場から立ち去る。

 逃げたな。少しは対抗しろよ。……まぁ無理か。部長怖いし。

 

 半ば強制で部長と二人で帰り道を歩く。何だろう、いつも歩いている道のはずなのに妙にどきどきする。なんで嫌われているだろう人と放課後まで一緒にいなきゃいけないのだろう。

 

「…………」

 

 無言が続く。もはや何のために私はこの人と横に並んでいるのだろうか分からない。……はあっ。…………はあーっ。

 

「……お前は、バドミントンは嫌いか?」

「……別に」

 

 いきなり質問されたので簡単にしか返せなかった。まあ、いきなりじゃなくてもこんな風にしか返せなかっただろうが。

 バドミントンが好きか。改めて考えると、どうなのだろうか。父の言葉のためにやっているのか、好きだからやっているのか。バドしかない私が好き嫌いで考えたのはいつ以来だろうか。

 

「私は好きだ。そして、私は正直お前が大嫌いだ。入ってきていきなりサボり出すし、それをコーチがいいと言ってるし。……それなのに、うちの部で誰よりも強い……。本当に嫌いだ」

 

 その大嫌いな人の眼をはっきりと見て言ってくる部長。

 沈黙が公園内を走る。何故だか眼を逸らせない。

 

「だから、お前に勝つ。例え練習で負けてても、絶対に勝つ。私を、見させてやる」

 

 はっきりと宣言する部長。こちらを見据え、明確にそう主張している。

 

 まあ、私の心に響くことはない。そんな奇跡、起こり得ないのは誰よりも知っている。

 部長とはこの一ヶ月何度か試合をした。しかし、他と違うように思えることはなかったのだ。せめて、コニー程度に何かを感じていたならまだ期待はできたのだろうに。

 

 ──だけど、もしそれが虚勢ではないのなら。

 

「……やってみせてください。先輩」

 

 希望を持って、いいのだろうか。

 私を倒してくれるのだろうか。

 

 こうまではっきり言われると望んでしまいたくなる。縋ってしまいたくなる。

 

「話は聞かせてもらった!」

「!?」

 

 ばっと物陰から何人か出てくる。最初は暗くて分からなかったが、こっちに近づいてきてそれが部員達だと確認できた。……びくった。

 

「へっへーん。花柳がそわそわしてるから喧嘩かと思って付けて来たら何だ何だ!? まるで、令だけが勝ちたいと思ってるみたいに聞こえるじゃんか!」

 

 椎名先輩が少し怒っていらしき表情で部長に肩を組む。

 

「そうだよ。南雲に勝ちたい人なんてうちの部活にはごまんといるのに。いかにも私だけが挑もうとしていない空気を作るのは辞めてほしいかな」

 

 来栖先輩が微笑を浮かべながらそう発言する。全く笑っていない目で部長を見てるのが凄く怖い。

 

「一応先輩としてさー。負けっ放しじゃ面白くないんだよねー」

「そうそう。正直、他の学校に期待される方が悔しいったらないし」

 

 新崎先輩と根本先輩がお互いに見合いながらそう言ってくる。

 

「わ、私も! 南雲さんに勝ってみたいんだからね!」

 

 そして、花柳が私の手を掴みながら伝えてくる。

 練習試合を共にした選抜生の方々全員。言葉は違うが、伝わってくるその気持ちは皆同じ。燃えるような情熱が瞳や声からはっきりと理解できる。

 

「……まあそういうわけだ。そんなふぬけた顔でこの予選は突破させねえ。それだけだ」

 

 ぐだぐだになりそうだったのを強引にまとめる部長。なんだか空気が締まらないがそれならその方がずっと楽でいい。

 

 部長に対する期待も冷めた。悪いけど、私は誰にも希望を持つことはない。

 だからどうか、見せてくれ。私に、誰でも良いから輝きを。この哀れな女を追い詰める光を。

 

 月が夜の公園を照らす。それぞれが、それぞれの思いを胸に挑もうとしている。

 奮起する者、勝つためだけに参加する者。

 これが最後だという者。途中だという者。最初だという者。

 いずれにしても言えることはただ一つ。この大会は人生において一回しかないということだけ。

 

 ──長い激闘が始まる。ようやく、運命の幕が上がる。

 

 




 次から個人戦の予選に入ります。頑張って書きたいです。
 多分金曜の朝の投稿はないです。多分。
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