英雄を求めて   作:ゴマ醤油

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 海鳴高校。決して頭がいいわけでもないその平均的な学校には少し大きな木がある。ご飯を食べるにはちょいと遠く、暇つぶしに木登りをするにはだいぶ大きいその木は意外と人気がない。

 

「ふわぁ」

 

 春の気持ちいい木漏れ日に照らされながら欠伸をする少女──南雲咲耶はその木に通う常連である。昼はここで仮眠をとり、放課後は普通に眠る。もはや授業よりもこの木を目的に来ているといっても過言ではないぐらいに通い詰めている。

 

 今だってそうだ。授業が終わり、すっかり眠気がたまってきたので寝てから帰ろうと思っていたのだ。

 睡眠。それはなんと素晴らしいものなのか。これをしているだけで時間は過ぎ嫌なことからは目を背けられる。

 私は寝ること──より正確に言うならば好きな時間に寝るのが好きなのだ。

 というわけで寝よう。ここで軽く寝て、帰ってご飯食べてまた寝る。なんともまあ感動的な──。

 

「あ、あのー。南雲さん?」

 

 その高めの耳に残る声で思考が遮られる。一体なんだと思い壊れた機械のように首を回して見てみると、そこにはクラスメイトの花柳が立っていた。

 

「……何の用? 会話だけなら寝るけど」

「ご、ごめんね。ぶ、部活のことなんだけど……」

 

 どうやら理由はあるらしかった。だが、それは私の動く理由にはならない。

 

「行かないよ。私は大会に出るために入ってるだけで練習する気は無い」

「で、でも一応出ないとまた御劔部長とか煩いよ?」

「言わせておけばいい」

 

 花柳の言葉をピシャリと断ち切る。私にとって部活はただの手段。学校がどうしてもというから部活は好きにしてもいいという条件でこの学校に入ったのに、学生なんかに強制させられてちゃ意味がないだろう。

 

 それにしても眠気が取れてしまった。無駄な会話のせいか。

 立ち上がり、そのまま家に帰ろうと歩き出す。

 

「え、どこ行くの? もしかして」

「ない。帰る」

「そ、そんな〜。南雲さーん」

 

 落ち込む花柳。背後でへこたれてるのが目に浮かぶ。

 だが私の足は止まらない。練習なんてしたくない。努力なんてしても何にもならない。

 罪悪感などない。私は、今の私はそこまでバドミントンに価値を見出す気はないのだ。

 

 欠伸をしながら帰り道を歩く。途中で見えた遊んでいる親子が妙に胸をざわざわとさせたのしか覚えてはいなかった。

 

 

 

 

「よーし。いくぞー」

「うん!」

 

 緑の芝生の上で一組の親子が遊んでいる。片方が長身の優しそうな男、もう一人は小さな小さな少女。

 

 ああ、分かっている。これは夢だ。過去の記憶でしかない。

 父と遊んだ中で最も楽しかった記憶。夢にまでみるのだからバドミントンがそうなのだろう。

 いつからだろう。あの時はただ羽を追いかけるだけでも楽しかったのに。シャトルを打つのがどうしようもなく面白かったはずなのに。

 

「うまいぞー! もしかして、将来はプロなのかもなー」

「ぷろ? なんかつよそうー」

「強いぞー。お前がずっとバドを続けていれば、この日本ですっごいライバルにも会えるかもなー」

 

 父の言葉。それは子供を楽しませるただの冗談だったのかもしれない。現にその時の私はライバルという響きだけで目を輝かせていたのだから。

 

「なれるかなー」

「なれるさ。咲耶ならな」

 

 根拠のないその自信。

 思えばいつもそうだった。いつもそう言って励ましてくれた。背中を押してくれていた。

 

「じゃあなる! ぷろってやつに!」

 

 だからまあ、その言葉はよく覚えている。

 自分の幼い時の宣言。これからを楽しいと思って仕方がないというその力強い誓い。

 

 だが、今の私にはそれがあまりにもそれが美しく見える。何せ今は。

 

 ──今はもう、ほとんど思ってもいない夢なのだから。

 

 

 

 

「──っ」

 

 急激に意識が覚醒していく。時計を見ると朝の六時。いつも通りの起床時間。

 汗で体が気持ち悪い。また夢を見たからか。

 とりあえず、走ってからシャワーを浴びようと布団から出る。適当な服に着替え、外に出て走り始める。

 トレーニングとしてやってるのではない。体を衰えないためだけに行っていたこれはいつからかやらなくては体の調子が合わないぐらいにまで日常に染み込んでいた。

 

 走るのはいい。集中して走れば寝るのと同じくらいには何も考えずに済むからである。その上、体力まで付くというのだから人類全てが走っていれば平和じゃないかなと思えるほどだ。……そこまでではないな。

 

「……げっ」

 

 ようやく体が温まってきた頃、どこからかそんな声が聞こえた。

 まあ気にしない。今は朝なのだ。面倒いことには関わりたくない。

 

「おい、無視してんじゃねぇよ」

「……」

 

 ……はあっ。しょうがなく振り返るとそこには自分と同じラフな格好をしてランニングに来ているであろうその女──御劔令が息を乱しながらも付いてきていた。

 

「てめえ、呼んだら、待つだろ、普通」

「待たないです。特に待つ理由もないですから」

 

 別に嫌がらせとかそんなんじゃあない。御劔主将は同じランニングコースを使っているのを見たことがあるからいるのはわかるが話しかけてくることはほとんど無い。

 こいつとはほとんど関係がなく話したことだって数えるほどしかないはずだ。クラスも、学年も違うこの人に朝から出会ったところで何かあるわけでもない。

 

「……そろそろ行っても良いですか?」

「ああ!? ああくそっ。何でこんなやつに声なんか……」

 

 心からの不満顔で悪態をつく御劔。一応先輩なこの人だがそんなに嫌ってるなら何で声を掛けてきたのだろう。

 ……まあいいか。今更部活関連で好かれることはないし。

 

「では」

「あっ! 待てって」

 

 再び走り始めるがどうしてかこちらの横に付いて走る。別に構うことはないが一体何だというのだ。

 

「お前、部活、出ないのかよ」

「……出ません。それは顧問も納得しているはずです」

「それは、知ってる。けど──」

「そこまで練習したくないんです。では」

 

 速度を上げ主将を振り切る。まったく、朝からこんな体力使わせるなんて酷い先輩だ。

 

「たまには来いよ! お前と打ちたいやつなんていっぱいいるんだからな!」

 

 後ろから大声が聞こえた。だけど、それに答える気にはなれない。

 別に、打つのが嫌とかそんなんじゃない。練習自体は嫌いではない。

 

 無駄なのだ。しなくても勝てる。したら更に差が広がる。

 この体はやればやるだけ伸びるだろう。今なお限界が見えない自分はまだまだ強くなれるだろう。

 けど、それでは意味が無いのだ。

 

 

 だから私は練習はしない。ああ、どうか。どうかお願いだから。

 

 ──私を倒せる選手がいてほしい。その望みは中一の頃から何も変わらない。

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