その少女は生まれから最強であった訳ではない。
小学生の内は、程々に勝ちそれと同じぐらいに負けることのあった普通の少女であった。
少し周りよりも身体能力の高いぐらいでしかなかったのだ。
転機があったとすれば小学六年の後半。大好きだった父親に二度と逢えなくなったその時だろう。
少女は縋った。父との強い思い出に、父からもらった言葉に。
果たしてそれが影響したのかは誰にもわからない。
ただ一つ。やるだけで笑顔になれたその競技はその瞬間からもはや、嫌なことから逃れる手段でしか無くなっていたのだ──。
「17-5」
まただ。また一点差が広がっていく。
少しずつ追い上げようとしていたそのスコアが余りにも異常な速度で引き離されていく。
インターバルを境に大きく変化した試合展開。
その理由は単純明快。実に当たり前でシンプルな理由。
──有利であったはずの黒髪の少女が攻め始めた。それだけだ。
だが、それはどうしようもないほどの終わりの始まり。
元々、誘われたスマッシュで強引に点を取っていたに過ぎない状態でしかなかったこの足場が一気に崩れ去った。
「18-5」
「──くっそ」
思わず悪態が溢れる。
まだ言葉が吐けるならましか。けど、それもいつまで持つか。
(ああくそっ)
この期に及んでまだ見くびっていた。
いつからあいつが本気でやっていたと勘違いしていた。ボコボコにされているからって相手が全力だとなぜ思い違いをしていた。
「19-5」
動きがまるで違う。今までのそれとは文字通り桁が違う。
私が、私達が自転車だとすればあいつは何だ。ロケットか、音や光の類な速度程には絶対の壁を感じてしまう。
はっきり言って理解ができない。
先程まで決まっていたスマッシュをそのまま上から打ち返されるなど。
辛うじて狙えた逆サイドに認識するより速く移動し、気づけば私のコートに羽が落ちているなど。
何処へ打っても強打で捉えられそのまま相手の点になる。
どこに飛ばしてもあっさり追いつき、どんな体勢からでも完璧なショットで返してくる。
ただ攻撃が増えたのではない。
怪物が目を覚ました。虎どころではない。龍の尾を踏んだ。そんな曖昧で最悪な言葉が一瞬で脳を支配する。
足が止まりそうになる。心が途切れそうになる。
あと二点で私は負ける。あと二回のサーブが放たれればそれで試合が終わる。
なら、もういいんじゃないか。これで充分じゃないか。
頑張った。一瞬でもあいつに目を向けさせたので上出来ではないのか──。
「──ははっ」
そんな訳がない。そこで終わってしまって良いわけがない。
横を見る。支えてくれている美奈がいる。
後ろから感じる。私を応援する人の声が。
そしてはっきりとこの目に映る。この白帯から見える少女の表情。
僅かにわかる、笑い方を忘れたかのように歪んでいて、けれど楽しいと思わされる微笑。
(くそがっ)
そんな顔されてどうして諦められるか。
体はまだ動く。心はまだ死なず。うちに眠る炎は未だ消えず。
「──しゃあああ!!」
この体育館に響くよう吼える。
それが私の意地。一選手として、あいつの先輩として、海鳴高校バドミントン部のキャプテンとして。
譲れない覚悟ってもんがある。試合を捨てるなんて、それは馬鹿のやることだ──!
一瞬、あいつがこっちを見た気がした。少し驚いたように、少し嬉しそうなそんな目で。
サーブが上げられる。全身に力を込める。
最後まで折れてなんかやるものか。絶対に、絶対にぃ──!
「──らぁ!」
勝ちを譲ってなんてやるもんか──!
「ゲーム! マッチワンバイ南雲! 21-5.21-5!」
短く長い試合を終える声が体育館に響き渡る。
勝者は決まり、敗者も決まる。それは当然の摂理。
例えどれだけの実力差があれど、そこが変わるということはない。
少女は未だ負けを考えることはなく、この試合も今までとは大差無いもの。
だが、一つだけ。僅かにでも違うとすれば。何か変化があったとすれば。
──それは少しだけ、ほんの僅かだが。
かつて感じていた何かを、まだ負けを知っていたあの頃のように。
少しだけでも、試合で動く心が確かにあった。
それだけの話なのだ。
やっと終わりました。