英雄を求めて   作:ゴマ醤油

3 / 31
部活

 その日の授業はえらく退屈だった。嫌いな数学、苦手な英語、ご飯後の体育。体育は嫌いではないけれどもマットを使う運動は好きでもなかった。

 放課後になった時には既にやる気が折れていた。それはもう、斧で割った木よりも綺麗に。

 

「な、南雲さ〜ん?」

「……花柳」

 

 おどおどとした声の持ち主を見る。花柳は声とは違いやる気のある顔でこちらに呼びかけてきている。

 

「ぶ、部活行かない? ほ、ほら。楽しいよ?」

 

 所々に噛みながらも言葉を紡ぐ花柳。どうしてそんなにかくかくしているのか。他の奴とは普通に話しているのを聞いたことがあるのに。怖いのか。私が怖いのか。……思い返せば塩な対応しかしてない気がする。

 

「……ん」

「へっ?」

 

 机に掛けてあるラケットケースを指差す。

 少し汚れた赤色のラケットケース。それを見た花柳の顔がぱあっと明るくなる。

 

「来るの? 来てくれるの!?」

「……調整」

 

 そんな顔をしないでほしい。なんか行ってない自分が悪いみたいになる。

 今日行くのは最初から決めていた。私は別に、弱くなりたいわけではない。衰えた私にライバルが欲しいわけではない。

 だから調整はするのだ。決して実力が下がらないよう適当に。

 ……決して朝言われたからではない。

 

「やったー! じゃあ行こっ! すぐ行こっ! 早く打と?」

「分かった、分かったから落ち着いて」

 

 体をぐいぐい揺らして歓喜を訴えてくる花柳。まるで長年の友人が引きこもりをやめたみたいな反応である。

 別に私が好きなわけではない。私に興味があるというわけだはない。

 ただ強い奴とは打ちたいだけだ。うちの部員はみんなそうなのだ。

 

 ぴょんぴょん跳ねながら体育館に向かっていく花柳。一緒に歩くのも疲れるので、少し後ろを歩きながら部活に向かっていった。

 

 

 

 

「おっはよーございますー!」

 

 体育館に花柳の声が響く。それぞれでアップをしていたり、雑談に花を咲かせていた部員達が一斉にこっちを見てくる。

 先輩、後輩、同級生。無数の視線につい帰りたくなるがそんなのはここに来るといつも通りなので気にしない──花柳と来なければ少しはましになるのだが。

 

「早く打と早く打とう?」

「先にアップ。怪我する」

「はーい」

 

 軽い返事をしてから体をほぐし始める。

 体全体を伸ばし関節をほぐす。

 怪我は実力が出せなくなるので気を付けなくてはいけない。そんなしょうもないことでもし動けなくなるのなら、私はそれに耐えられないだろう。

 

「おっけおっけ! さあ──」

「集合!」

「ありゃりゃ。始まっちゃった」

 

 部長がみんなを集める。初めに集合しコーチの話を聞く。無駄な気もするのだが皆ささっと移動してしまうので仕方なく私も並ぶ。

 

「お願いします!」

『お願いします!!』

 

 コーチに向けて礼をする。これもいつもやること。運動系の部活ってなぜ声を大きくするのが普通みたいになっているんだろう。

 

「はいおはよう。今日の予定を発表する」

 

 コーチは淡々と練習内容を確認していく。百六十センチほどの白っぽい髪色の女性。声は平坦だが、決してそれが逆に重々しさを強くしている。

 

「──以上。最後に報告だ。今週の土日に選抜戦をするので準備しておくように」

 

 選抜戦。その言葉一つで部内の雰囲気が変わる。

 選抜戦とは大会の団体戦を決めるためのリーグ式の試合で、それはこの部の最強を決めるようなものだ。

 うちの団体メンバーは学年関係なく勝敗で決まる。当たる相手はコーチが独自に決めるので多少の運が絡むのだが、この部でそれを非難するのは許されない。

 

 運も実力の内。運がないなら全員倒せ。それがこの部の方針である。

 ここまで徹底した実力主義はこのコーチが赴任してかららしいのだが、事実それでこの学校の成績は上がり全国にも進む学校になってきているらしい。

 

「では解散」

 

 その言葉と同時に一斉に動き出す部員達。外周、打ち合い、レシーブの練習。基礎的なことを全員で一時間半ほどこなしあまりの時間に自主課題。

 体育館が他より広いであろうこの学校特有の自分で考え自分で聞くというスタイル。当然相手も自分で見つけなくてはいけない。

 それは価値のない弱者は余るということだ。ここは急増とはいえ全国を狙える高校。中学時の強さゆえのプライドで去るも多い。

 

「──お願いします!」

 

 サーブを上げる。相手はネット前に落とされたそれを返すが随分と高い。

 打ち頃なそれを強打するのは簡単だ。しかし提示された課題は動くラリーの練習。我慢し少し強めに後ろのラインぎりぎりに打ち込む。

 再びそれに飛びつき返してくるが、すぐさま逆サイドのネットすれすれに落とす。それにはさすがに届かずシャトルはぽとりと地に落ちる。

 

「ありがとうございました!」

 

 礼をしてコートを去り、次の人が入ってくる。

 私はいつも教える側になる。調整で来ているのだからこちらの方がちょうどいいのだが、いかんせん人が多い。ほかの先輩──レギュラー連中に頼めばいいのに。

 

 

「次」

「お願いします!」

 

 どのくらいやったのだろう。シャトルを打ちながら時計に一瞬目を向けるとすでに六時を切ろうとしていた。そろそろ部活も終わりだな。

 そろそろかと思ってコーチを見る。ラリーは続いているが問題ない。次にどこに落ちるかは大体検討がつく。そのように打っているのだから。

 降ったラケットがシャトルを捉えそのまま返す。それは計算通りに逆サイド、ラインぎりぎりの部分に落ちていた。

 

「集合!」

 

 招集がかかる。部長のそれにはいかに疲れていようとも部員たちは動く。まるで調教された犬ころだと思いながらそちらに向かう。

 

「南雲! 遅い! 出ているのならしっかり動け!」

「……すいません」

 

 どうやら少し遅かったのが気に障ったらしく部長が強めな口調で注意してくる。まあ出ている以上はこちらが悪いのだ。しょうがない。

 

「ふむ。今日もお疲れ。明日はいつも通り休みです。各々で時間を大切に使って下さい。では解散」

『はい! ありがとうございました!』

 

 体育館が声で震える。始まりと終わりが一番大きな声だと思えるぐらいにはよく響いていると感じる。

 それぞれが帰る用意をするために更衣室に向かう。うちは一応私立なのでシャワーがあるにはあるのだが、いかんせん人が多いのを皆知っているので使う人は少ない。

 

「南雲さん! い、一緒に帰らない?」

「……途中まででいいなら」

「! うん!」

 

 花柳がこちらに寄ってきて一緒に帰ろうと提案してきたのでとりあえず頷く。なんでこいつが誘ってきたのかわからないがどうせ途中で別れるのだからどっちでも良いだろう。

 返事を聞いて花が咲いた様な顔でわたわたと練習着を仕舞い鞄を持つ花柳。正直こいつは他に友達いるんだからそっちと帰れば良いのにとは思うがなんで今日は私なんだろう。……何か嫌なことでもあったのか。

 

「よしっ! 帰ろっ!」

 

 花柳に付いていきながら帰り道を歩く。学校を出てちょっと拾い大通りを進む。どこかに向かうスーツの男、わいわい騒いでいる大学生か何か、手を繋ぎながら歩く親子。様々な人が目に映る。

 

「ねえ南雲さん! 何でいつも部活来ないの?」

 

 唐突に花柳が聞いてくる。表情を見るに本当に気になったから聞いてみた、そんな程度な疑問なのだろう。

 少し悩んで別に話しても問題無いと考える。

 

「参加は自由。それがここに来るときの条件だから」

「へぇ-」

 

 そうなんだーと呟きながら納得したような顔をしている花柳。何だろう。非常に間抜けな面に見える。

 こんなやつでも私と同じ推薦生。コーチが拾ってきた三人のうちの一人である。 

 

「あっ! コンビニ寄ろっ?」

「……いいけど」

 

 返事をすると嬉しそうにすぐ近くにあるコンビニに駆け込む花柳。

 中に入るとアイス売り場で頭を捻らせていたが特に気にすることなくスイカに似たアイスを売り場から取りレジに向かう。

 

「うーん。よしっ!」

 

 すぐに決めたらしく、それを取ってこちらの後ろに並ぶ。……はあっ。

 

「すいません、これも」

「かしこまりましたー」

 

 花柳からアイスを剥ぎ取りそのままレジに置く。急なことでわたわたしている花柳がいるがどうでもいい。二人いて待っているとかったるい。それにアイスが溶けてしまう。

 おつりを受け取りコンビニを出て、ビニール袋からアイスを花柳に渡す。

 

「あ、ありがと! お金渡すね!」

「いらない」

「で、でも~」

「さっさと食べなよ。溶けるよ」

 

 袋を破りアイスを食べる。所で箱売りのメロンのやつの方が好きなのだが、何故単品だとスイカのやつしか売っていないのだろう。とても疑問で仕方が無い。

 

 

「あ、後でお金渡すから!」

 

 そう宣言をしてソフトクリームの蓋を取り舐め始める花柳。バニラ味の白いアイスを美味しそうにぺろぺろと食べ進めていく。なんだか尻尾を振っているのを幻視するほどには美味しそうに食べている。

 

「美味しかったー! あ、お金!」

「──あむっ。いいよ別に」

 

 何でか私より早く食べ終わった花柳が財布を取り出そうとしたので断っておく。

 お金は別に良いのだ。普段は特に使うこともないし、いちいち財布を開けるのが面倒くさい。

 

「だめ! こういうのはちゃんとしなきゃいけないってお母さんが言ってた!」

 

 断ったのを更に断られる。何だその言い方、小学生か。

 無理矢理にもアイスを持っていない方の手に握らせてくるのでしょうがなく受け取る。たった百何十円なのに大げさだなこいつ。

 最後の一口を食べて棒を袋ごとゴミ箱に捨て、小銭を財布に入れる。

 

 

「そろそろ行こ?」

「……うん」

 

 こちらが食べ終わったのを確認した花柳と再び歩き出す。しばらく歩くと分かれ道に辿り着く。

 

「私こっちだから」

「そっか! じゃあまた明日!」

 

 どうやらここで解散らしくもう一方の道を進む花柳。

 適当に挨拶し、自分の家までの道を進み始める。

 

「なぐもさーん!」

 

 少し歩いた先で後ろから大声が聞こえた。何かあったかと振り向く。

 

「選抜戦! 頑張ろうねー!」

 

 両手を振りながらこちらに言ってくる。元気なやつだな。

 軽く手を振り返すとぴょんぴょん跳ねる花柳。その体力は見習う所があると重いながら再度歩き出す。

 

 一人で暗い帰り道を進む。道の電灯が寂しく光る。さっきまでうるさかったその声が何でか妙に懐かしかった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。