英雄を求めて   作:ゴマ醤油

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選抜戦

 選抜戦。それは大会前の選手達が何よりも力を示すための試練の場。

 一年は高校にその名を示すために、二年はおおよそが今年からの主力になるために。そして三年は最後の大会に自分たちの名を残すため。

 後悔、自信、憧れ。各々が秘めるその感情を、そして己の技術を持って勝利を目指す。

 

 この部活に所属する者はだれもがコーチからの宣言を聞く。自分は勝たせるのが仕事。団体にも出れない控えの選手に時間を割くのは難しいと。

 それはすなわちここで選抜になれなければもはや何も期待されることはないということ。

 あまりにも教育者としてあるまじき言葉。普通であればすぐさま追い出されているのだ今の世では当たり前だろう。

 

 けれど、彼女らは違う。ここに入る理由はそれぞれであろう。

 身長の違い、技量の差、熱意。そのどれもが皆一緒と言うことはない。

 共通するのはただ一つ。それは競技者が、人が争うときに当たり前に持つだろう欲求のみ。

 

 ――つまり勝つこと。勝利をこの手に掴む。それだけである。

 

 

 

 

 この日は快晴である。少し暑くなってきた春の陽気の中、その体育館の熱気はあまりにも異様であった。

 

「ゲーム。マッチワンバイ御劔。21-17、21-16」

「ゲーム。マッチワンバイ花柳! 23-21、21-14」

 

 審判のコールが聞こえる。どこかで試合が終わったのか。

 選手の奮起する声が聞こえる。未だに続く試合、絶対に落とせない状況であるのか。

 

 いずれにしても、この日のこの空間は音が止むことはない。

 シューズと床が擦れる摩擦音。シャトルえお打ち込む衝撃音。そのどれもが絶え間なく鳴り響く。

 

「ああだるい。連続で良いから早く終わんないかなあ」

 

 そんな呟きもすぐに消え去る。座りながら試合を待つのもいろいろ退屈でしょうがない。

 

「南雲さん南雲さん! 勝ったよ勝った!」

「……おめでとー」

 

 嬉しそうにこちらに勝利報告をしてくる花柳。近い、暑い、鬱陶しい。

 そんな私の思いなんて気にすることなく近くに寄ってくる花柳。よほど嬉しいのだろう。

 

「あと一回で選抜入れるよ! 南雲さんは?」

「同じ。あそこ終わったら次」

「わー! 見てるから頑張って!」

 

 指さしながらあちらの試合のスコアに目を向ける。20-18。どうやらマッチポイントらしい。

 先輩らしき人の鮮やかなスマッシュが決まりゲームが終わる。どうやら出番が来たようである。

 

「頑張ってー!」

 

 ゆっくりと立ち上がりコートに向かう私に花柳が声援を送ってくる。

 負けた一年は審判席に座る。反対側にはすでに相手の寺島先輩。確か三年だった気がするその人が屈伸をしながらこちらを睨んでいた。

 

「オンマイライト南雲。オンマイレフト寺島。南雲、トゥーサーブ」

 

 試合が始まる。サーブはこっち。けれども私の熱気は上がることはない。

 

 どんな相手なのかも知らない。覚える意味なんて無い。

 どんな攻撃もその場で対応できる。どんな守備もその場で崩せる。どんな作戦も予測できる。

 相手の名前はわかる。けれど、どんな相手だったかなんて記憶することはない。

 

 シャトルを上げる。意味なんて無いのだ。ああ、本当に。

 

 

 

 

 

 その試合はその場のすべての視線を集めていた。

 その試合を見る者は誰もが言葉を失っていた。

 

「――はっ、はあっ。っはあ」

 

 息を大きく乱す少女。三年生の彼女は疲労を隠すことは出来ず、既にラケットも手から滑り落ちそうになっている。

 一方で反対のコートに立つ少女はただ何もせずどこかを見ている。

 

 今掲示されているスコアは17-2。どちらが勝っているかは言うまでも無い。それはもはや蹂躙である。

 本来は逆になるのだろう。一年にもスタメンになれるチャンスがあるのはわかるが通常、二年間この環境で鍛え上げてきたその力は並ではないだろう。

 ましてや彼女は前大会において試合に出れるだけの選手――つまり三年の中でも高い実力者である。

 

 しかし、この場にいる者は皆理解していた。それが悲しいかな必然であるということを。

 

 疲れの見えない少女がサーブを上げる。短く低いそれはネットに掛かり前方に落ちようとする。

 受ける少女はもはや死にかけに等しい疲労を見せていたがどうにかラケットに当て相手コートに返す。

 しかしそれはあまりにも脆弱。強さもなく、ただ上がっただけのそれは絶好球。容赦なくスマッシュをコートに叩き込む。

 

「18-2」

 

 その言葉と同時に少女は崩れ落ちる。周りから人が駆け寄りその場から運ばれる。

 それが去った後、一人この場に立ち尽くす少女に視線が向けられる。

 少女をその強さに恐れるような、人ではないものを見るかのようなその眼。

 

(…………)

 

 言葉も思考もないその空虚。それが心に漂って離れない。

 勝つのは当たり前。そうでないと思えるのなら試合中に何かを感じているはずだ。

 倒れるのはしょうがない。それだけ彼女は全力だったのだろう。そこに言うことなど何もない。

 

「お、お疲れ様」

 

 花柳が近づいてくる。しかし、今は何も言う気が無かった。言う必要は無かった。

 戻ってきたコーチに目を向ける。それを認識したのか軽く笑みを浮かべるコーチ。今の自分の心を見透かしているような嫌な目線。

 花柳を気にせずにゆっくりと近づき、コーチの前に立つ。

 

 周囲に緊張が走る。今の空気は酷く緊張している。例え試合直前の部員達にとって試合どころではない。

 

「寺島は問題無い。気にするな」

「……そうですか」

 

 聞いてもいないのに伝えてくるコーチ。どうやら私が先程の先輩を気にしているのだと勘違いしたらしい。

 それは違う。勝負に関して思うところはあるが、それは私より弱かったのが悪い。強いて言えば最後まで出来なかったのがちょっと残念なぐらいだ。

 

「何か言いたいことでも?」

「……ないです。すいません」

 

 少し考え、言葉は飲み込むことにした。

 この人に言っても意味は無い。どうせ、この人ではどうにもならないのだろうから。

 とりあえず何か飲もうと、軽く礼をしてその場を立ち去ろうとする。

 

「……お前の目は、変わらないんだな」

 

 不意にそんな言葉を聞いたような気がした。

 それは私に向かって言ったのか。あるいはただの独り言なのか。そんなことはわからない。

 

「花柳。外で寝てるから終わったら声掛けて」

「え、う、うん」

 

 花柳に一声掛け、そのまま周りの視線を気にせず体育館を出る。

 

 試合に勝ったのに心は重い。

 相手は全国級。そこに期待はあったのか。それとも何も思わなかったのか。それは私にもわからない。

 

 結局眠りにつくまでその胸のざわめきが消えることはなかった。消えてほしいとも、何故か思えなかった。

 

 

 




 
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