英雄を求めて   作:ゴマ醤油

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練習試合

「あー暇ー!」

 

 後ろ側でそんな声が聞こえる。この狭い空間ではそこまで大きくない声もよく響くため鬱陶しいことこの上ない。

 

「王手! どう南雲さん!」

 

 隣では一手を自信満々に指す花柳。将棋アプリをやっていたら花柳のやりたいと言ってきて、何故か将棋盤を持ってきていたので対局している。

 ……ふむふむ。じゃあここに。

 

「……ああっ?!」

 

 多分これで決まりだろう。中途半端に王手をしてあっさりと返される。よくあることである。

 ……最も今日だけで五回ほど見た気がするけど。

 

「もう一回! もうワンチャンス頂戴!」

「…………」

 

 私の肩を揺らしながらもう一回を要求してくる花柳だが、正直そこまでやりたくない。

 弱い。そこまで強くない私が言うのもなんだが弱いのだ。

 何せもう五回連続でこんなざまだ。始まる前の自信から見て初心者ではないと思うのだが、特別手加減しているとは思えないほどに負けを悔しがる。これで接待なら素晴らしい才能だろう。

 

 しかし疲れた。酔い止めを飲んではいるのだがバスに強くないためそろそろ限界だ。

 全く、なんで新幹線ではないのだ。

 

「そろそろ着くぞ。準備をしとけ」

 

 コーチの厳しいお声がバス全体の空気を少し変える。さっきまでの高校生らしい雰囲気からピリピリとした勝負前のように。

 未だ寝ている者もいるが、隣の人が起こし始めたのを確認できる。

 

 ……ところで。

 

「花柳。フレ……って強いところ?」

「フレゼリシアだよ南雲さん! フレ女は去年のインハイで準優勝したすっごい場所だよ! あの志波姫さんもいるし!」

 

 将棋盤を片しながら饒舌に語る花柳。なんでも色んなスポーツが強い学校であり強さを求めるならまず名のあげられる一つであるらしい。

 

 中学の時、私は特に高校選びに力を入れてはいない。大会に出場したのは一年の時のみ。それも途中で棄権した為実績なんて無いに等しい。

 その時にコーチに出会いここに誘われなければ、多分私はそのままバドミントンを辞めていたのだろう。

 けど志波姫。その名は聞いたことがある。昔試合をしたような気がする。

 

「ふーん」

「志波姫さんはね! 凄いんだよ! 三強って呼ばれているうちの一人で御劔主将にも勝ってるって話──」

「何か言ったか!? 花柳ぃ!!」

「へうっ!」

 

 花柳の体がびくっと浮く。まあ小声で話していたのに反応できた主将は気にしないとして。

 三強か。中一の頃からそんな存在がいるのは聞いたことがあるような気がする。顔を見れば思い出せるか。

 

 バスが知らない街中を進む。木が生い茂ル山の中。やがて見えるのは大きな学校。この自然の領域には似合わない文化の象徴。

 門を入る頃には既に、このバス内の空気は完全に部活中と同じ刺々しいものに切り替わっていた。

 

「さて、まずは挨拶。御劔、わかってるな」

「はい」

 

 バスを降りるとそこには案内役なのか人が二人ほど待機していた。風貌的に片方は監督かコーチに当たる人なのだろうがもう一人は生徒である。案内役の人なのか。

 コーチを筆頭にバスを降りる。後ろの方に座っていた私たちは最後だ。荷物が重い。

 

「亘理さん。本日はよろしくお願いします」

「九月さんもよくお越し下さいました」

 

 コーチが丁寧に男の人に挨拶をする。丁寧語のコーチは外でしか見れないのでえらく貴重であろう。

 

「御劔」

「はい。──全員! 礼!」

『よろしくお願いします!』

 

 一斉に頭を下げる。先輩達に散々バス内で言われたことなので上手く合わせることが出来たが何故私ばっかり強く釘を刺されたのだろう。花柳には軽く言っただけなのに。

 

 

「はい。今日はよろしくお願いします。では志波姫君」

「はい監督。では皆さん付いてきて下さい」

 

 フレゼリシアの監督とコーチが別れ、少女が私たちを誘導してくる。なるほど、この人が志波姫さんか。ということはここに来たのは主将であるからか。

 

「志波姫。今年はどうだよ」

「まあまあ。令は相変わらず目が怖いねー」

「うっせえ」

 

 軽く話す志波姫さんと主将。まあ主将は何度もインターハイに出ているらしいので知り合いなのかもしれない。

 

「凄いね凄いね! サインほしいな!」

「……学生に?」

「うん。志波姫さんはとっても人気があるんだよ!」

 

 小声で志波姫さんの凄さをこちらに伝えてくる。そこまで尊敬してるならどうしてフレゼリシアに行かなかったのか。これが不思議でしょうがない。

 

「それでねそれでね! 後はね──」

「ほうほう。ならサインをしてしんぜよう」

「──うひゃあ!」

 

 気づけば背後を取られて花柳の首に手を当てている志波姫さん。それが冷たかったのか、くすぐったくなったのかは花柳のみが知るところ。

 

「し、志波姫さん!」

「可愛いなー君。令の所じゃなくてうちに来てればかわいがったのになー」

「後輩をいじるなよ。そいつはうちのマスコットなんだよ」

「ちぇーっ」

 

 主将に言われようやく離れる志波姫さん。ここまでスキンシップが強いのは花柳の構ってほしいオーラの影響か。今マスコット扱いされたけどいいのだろうか。

 

「う、うへへぇ」

 

 駄目だこいつ。もう既に昇天してしまっている。これから練習とか出来るのだろうか。彼女と打つ機会があったらその後がすっごくめんどそうだ。

 

「…………」

「……何か?」

「いやー? 可愛い顔だなーと思って」

 

 今度は私に矛先を向けてきた。志波姫さんはあれか。俗に言うコミュ強とかいう人種なのか。

 けど、花柳に向けた視線とはどこか違ったような気がする。何というか、驚きとかそういうのが目から見えた気がする。気がするだけなのだが。

 

「そいつにもちょっかいかけんなよ。一応うちのエースだかんな」

「おやおや? 一年なのに?」

「寺島完封するぐらいにはな」

「へぇー」

 

 じろじろと見てくる志波姫さん。今度は隠すことなく興味を向けてくるがここまで露骨だと別に気にするまでもない。

 

「……ふーん。まあ後でのお楽しみかなこれは。はいとうちゃーく!」

 

 いつのまにか体育館に着いていたらしい。歩いている最中ずっと彼女のペースに乗せられていた気がする。恐るべし志波姫さん。

 

「お前ら並べ!」

 

 入り口に整列する。大きな声を二回出さなきゃいけないのが非常に疲れる。

 

『よろしくお願いします!』

 

 大きい体育館に鳴り響く大声。各自でやるべきことをしていた人達も何かとこちらに目を向けてくる。

 

「志波姫。アップは何処でやりゃいい?」

「半面好きに使っていいよ」

「さんきゅ。お前ら!! すぐ荷物置け!」

 

 端の方に荷物を置き練習できる格好になる。まあ別に制服でもない為長袖を脱ぐだけだが。礼儀がどうとか言っておいて制服着ないのはよくわかんないと思う。

 

 さっさと集まりアップを始める。長いバス移動で凝った体をほぐし体を温める。

 十分くらいやっていつもの調子に戻ってきた時、入り口からフレゼリシアの監督とうちのコーチが入ってくるのが見えた。……そろそろか。

 

 

「集合!!」

 

 走ってコーチの前に近づくと、集まって来た全員を鋭い目で軽く見回す。

 

「御劔。アップは?」

「終わりました」

「よろしい。──間もなく試合が始まる。名門フレゼリシアの選手と試合できる機会は少ない。全員最後まで気を引き締めるように」

 

『はいっ!!』

 

 まるで全国の一戦のような気合いが感じられる。普段はぽやーっとしている花柳も真剣になるとまるで別人のような雰囲気を纏わせる。……どうやら、心配する必要なんてないようだ。

 あちらの様子が気になり少し目を向けてみる。こちらと同じように真剣に監督の話を聞く彼女たち。どうやらあただの練習試合なんて空気ではないらしい。

 

 それぞれが指定されたコートに向かう。こちらは人数が少ないので一気に全員試合である。

 辿り着いた先に居たのは色黒で短い髪の女性。なんだか野性味のある人物。

 

「お、来たねー! よろしくっ」

 

 声を掛けてくるその女。選手の名前は知らない。

 けど、胸がざわざわしている。これは期待だ。ほんの少しの期待だ。

 

 ラケットを持つ手に力が入る。少しだけ、心に灯が灯る。

 せっかくここまで来たんだ。ああ、どうか。どうかお願いだから。

 

 ──少しは私を追い詰めてくれ。

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