英雄を求めて   作:ゴマ醤油

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遅刻

 ――前提として多賀城ヒナは優秀である。野性染みた感覚(センス)。並よりも優れている身体能力。

 二年生ながらにこの名門フレゼリシアのレギュラーに入れるというだけでそれは偽りなく本物である。

 

 そう。決して弱いといえる人物ではないはずなのである。

 

 

「20マッチポイント3」

「――くそっ!」

 

 予感はあった。こいつがコートに立った瞬間に嫌な気はしていた。

 コニーとは違う突き刺す絶対感。それは自ら針の山に突撃しろと言われているようなそんな感覚。

 

 部長は注意しろと言ってきたけど一年にびくつかされていちゃ立つ瀬が無い。そう思っていた。

 けれども実際に試合をしてそれは過小評価だと思い知らされた。

 試合前に感じたそれより遙かに強く、恐ろしく無機質な恐怖。

 

 体が思うように動かない。疲労もあるがそれ以上に動くことを、これ以上試合をすることを拒否しているかに固まってしまっている。

 こんなこと初めてだ。これまでいくらでも圧倒されることはあった。つい最近だってコニーにぼこぼこにされたし、神奈川の一年に封殺された。

 けれど、こんなにも。こんなにも震えが止まらなかった事があっただろうか。こうまで逃げ出したいと思うことが果たしてバドミントンであっただろうか。

 

 相手は今だこちらを見ない。一度も目が合うことはなく時折見えるその眼はどこか遠くを見ているよう。

 それはたまらなく悔しいはずなのに。どうしようもない屈辱であるはずなのに。

 

 ――なぜだかそれは、救いにも感じてしまった。

 それで始めて、心が折れてしまっているのを実感できた。

 

 

 

「ゲームマッチワンバイ南雲。21-4、21-3」

 

 試合が終わる。何にもないまま私の勝利を告げられる。

 何もないまま終わってしまっていた。……終わってしまった。

 

 握手をしてコーチの元に戻る。相手は試合前の快活さが見られなかったけど、落ち込んでいるのはこっちも同じ。例え勝ったとしても心は依然曇ったままだ。

 

「……言うことはない」

「はい」

 

 相変わらずのコーチの言葉。私が試合をした際に何か言われることはなかった。

 別に何か助言がほしいとも思っていない。コーチもそれをわかっているから何も言う気が無いのだろう。

 並べられていたパイプ椅子に座る。次の試合は少しの休憩を挟んでからだ。

 

 ああ、やりたくない。だって、もうやる気はほとんど欠けてきているからだ。

 名門フレゼリシア。花柳の話では準優勝校だったか。

 そこの生徒、レギュラーならと少し期待はあった。だから少しは気持ちを上げてプレイした。

 それなのに結果はあれだ。もう少し何かやってくれると思っていた。少しは私を追い詰めてくれると思っていた。

 

 うすうすわかってはいた。去年のコーチの言葉。私をこの学校に、ほとんど辞めかけていたバトミントンに引き連れた魔法の言葉。

 

『今の高校になら、お前と戦えるやつはきっといる』

 

 そもそもきっととか使っているのだからもっと疑ってかかるべきだったか。いや、それだと父の言葉を疑うことになってしまう。

 他の試合を見てみる。均衡している点数、両者の充実感、何よりそこの緊迫感がたまらなく羨ましい。

 あんな風に試合が出来たのはいつまでだったか。中学ではすでに負けはなかった。であれば、小学生の時であっただろうか――。

 

 志波姫さんと部長の試合に目が行く。19-17。志波姫さんがリードしているが決してあきらめなど見せていないその目つき。

 羨ましい。私にはそんな目を向けないのに。すぐに辛そうな表情しか見せなくなるのに。

 

 ……はあっ。もう辞めようかなバドミントン。だってこれ以上続けたって――。

 

『きっとライバルが現れるよ。この国に』

 

 そうだ。まだ終わるわけには行かない。それが覚えている父の言葉だから。

 せめてあと三年。高校が終わるまではやらなければ。そしてそれでもいなければそこで辞めれば良いのだから。

 

 少しだけやる気が戻ってきた。よし、自己問答終わり。

 思えば何回こんなことを繰り返しただろう。中学の頃からずっと、試合の度に続けてきた心の安定化。

 

 一つの試合が終わる。さっきまで見ていた部長達の試合だ。

 次は、志波姫さんとやらせてもらえないかな。彼女がこの学校の最強らしいし。

 

 そう思い話しかけようとする。この人で駄目なら全国まで何も感じる事は無い。結局、どれだけ期待しても無駄だろうから。

 

「すいませーん! 遅れました-!」

 

 何処からか声がした。甘ったるいの猫撫で声。人が聞けばあざといと言うであろうそんな声。

 声の主を見てみる。そこにいたのは金髪。金髪の女だった。

 長い手足。整った容姿。まるで神に祝福されているようにバドミントンで輝けるだろうすべての要素を持ち合わせている少女。

 

 そんな少女がフレゼリシアの監督の前に移動し、なにやら話をしている。遅刻だろうか。

 

「コニー・クリステンセン、だとっ……」

 

 コーチの驚くような声。名前を知っているようだけど知り合いなのだろうか。もしかして義理の姉妹とか?

 

「知り合いですか?」

「違う。クリステンセン。あいつはデンマークのプロ選手だ。まさか留学してきているとは思わなかった。」

 

 プロ。つまりバドミントンで金を稼いでいるやつのこと。高校バドミントンに参加して良いのだろうか?

 

「ああくそ、あの天才が留学するのを知っていれば、勧誘も出来たのだがな……。惜しいことをした」

「天才?」

「ああ。あの年にして様々なタイトルを取った天才だ」

 

 天才。コーチから出るその言葉は期待が出来る。何せ滅多に人を褒めることをしない女である。

 ……期待できるのか。少しは何か、掴めるのだろうか。でも留学してきてるとはいえ海外のプロ選手って国内の括りに入れて良いものなのだろうか。

 

「……コーチ。次、あの娘と試合します」

「……そうか」

 

 ラケットを片手にその少女の元へ歩いて行く。志波姫は後だ。今日は時間がたくさんあるし問題無い。全開の志波姫とプロなら後者を取るのが正しい。

 話し終わったのかジャージを脱ぎアップをしているその少女に声を掛ける。

 

「あの……試合しませんか?」

「え? いいよ! 体動かしたいし!」

 

 まるでウォーミングアップとしか思っていないかのようなその軽い返事。

 それが間違いでないことを証明してほしい。ああ、どうか。お願いだから。

 

 ――プロなら私を追い詰めてくれ。




次は少し遅れるかもしれません。
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