『バニシングツイン現象』
初期の双胎妊娠(双子を妊娠する事)の際に、どちらか一方の胎児だけが流産してしまう現象のこと。確率は一割ほどで、明確な原因は不明。
ごく稀に、母体に吸収されるはずの流産した胎児が、生き残った胎児の方に吸収されてしまう場合がある。
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「それでね、「埼玉県狭山市の原田さんが15年間改良に改良を重ねて辿りついたオーガニック厳選茶葉のみを使ったふんわり感たっぷりのクセになる甘味と苦味の失恋シンフォニー抹茶プリン848円そして幸せが訪れる」……ってのがすんごい美味しくてさ~~!やたら能書き長いからって馬鹿にするのはもうやめようって思ったの!」
「アケミあんた母親と行ったのォ~?いいな~私もお母さんと「やたら値段が規則的なコスメショップ」に行ってみたい~」
「レイコこないだ「お母さんと喧嘩しちゃった」って泣いてたばっかじゃ~ん。もしかしてもう仲直りしたの~?家族愛が深淵~~!」
アケミ、レイコ、ヨシエの女子3人が隙を見せないトークを展開していく。
それを横目に笑みを浮かべる男、噴上裕也。やんわりと暴走族を続ける彼らは夕暮れのカフェで休憩していた。
「あっそうだ裕ちゃん、私のお母さんの友だちのお姉さんが失踪してね、その息子さんが施設で悲しんでるから裕ちゃんに慰めてやってほしいんだって!親戚にも知り合いにも同年代の男の子がいなかったらしくってね、裕ちゃんしか頼める人いないんだって!」
先ほどのトークと全く同じテンションで語られたヨシエの無理解な事実によって、噴上の笑顔は徐々に困惑顔に変わっていった。
「…………は…?」
*
11年前の2月。S市内の総合病院でとある女性が一人の赤子を出産した。
赤子の出産時の体重はなんと6480グラム。平均体重のほぼ2倍の重さで生まれるという事態に母親も看護師も仰天したが、それを除けば極々標準的な健康児だったため、母親は出産直後とは思えないほどの声で笑い、喜んだという。
愛くるしい我が子と生活を始めて一年後、目に見えて異変は訪れた。
「ハルヤ…なの?……ねぇ、最近忙しくって気づかなかったけど…背ェ………伸びた?」
母親はひどく汗をかいたことだけ覚えている。我が子の成長から目を背け始めたのは、この時からかもしれない。
身長140センチメートル体重26キログラム。平仮名、片仮名はすでにマスターし、足し算引き算もわりと出来る。息子はまだ生後1年、世界一のビッグベイビーの誕生である。
数え切れないほどの病院を渡り歩き、指をくわえる我が子を引きずって、母親は助けを求めた。周囲からの目など気にせず、死に物狂いで息子の成長を止めようと努めた。
やっとの思いで出会えた息子に苦しんでほしくない、その一心で走り回った。
「ハルヤ。はい、ご飯よ」
「ありがとう母さん」
朝昼晩、三食全てで3人分の量を作るようになったのも、この時からだった。
同年代の子と馴染めないであろうことは分かってたので、母親は幼稚園には行かせなかった。勤務時以外は常に母親と共に過ごし、算数や歴史を好んで勉強していた。
子が8歳になった頃、身長190センチメートル、体重は91キログラムとなり、中学校レベルの学習は全てマスター。既に高校レベルの学習に入っていた。
10歳になった頃は、身長2メートルの大台を突破し、体重も100キログラムを突破。大学レベルの学習を進め、様々な技術も身につけていた。母親の半分以下の年齢である息子は、体つきも頭脳も完璧に大人だったのだ。
母親はそんな麒麟児を常に愛していた。それが過ちに繋がることを知っていながらも。
父親は交通事故で亡くなっていたので、それを止める者も気づく者もはいなかった。息子の知識は十分だったし、二次性徴も完了していたので、興味も欲もあった。
10歳5ヶ月の時、母親と息子は一線を越えた
母親には、自分よりも一回り大きな男性に抱かれるという夢が昔からあったのと、快感が相まって、彼女の罪悪感は打ち消されていた。
そして息子の11歳の誕生日、母親は失踪した。
*
「ちくしょう………なんで俺が慈善事業なんてしなくっちゃあいけねぇんだ。こんな時に限ってアイツらは用事があって来られねぇっつーしよォー」
「ぶどうヶ丘児童センター」。身寄りの無い子供や虐待を受けていた子供、孤児の保護を行う児童養護施設である。
当然、暴走族が関わるには気が引ける、縁遠い場所。
噴上は戸惑いつつも門を叩き、アポをとっていたおかげで、何事も無く中に入ることに成功した。
養護施設の中といっても幼稚園のようにカラフルではなく、老人ホームのように無駄なく広い。出迎えてくれた職員は暴走族であることを知らないのか、特に恐れることはなく、どこかホッとしている様子だった。
「あの……聞いてるとは思うけど、噴上君だったかしら。絶対に驚かないであげて。ああ見えてけっこう繊細な……子…だから」
「…?」
そう言って職員はそそくさと去り、一人残された噴上は眉をひそめた。やがて個室であろう扉を緊張気味に開け、優等生を意識して踏み込む。
なんて決意とは裏腹に、中身は日光さえ通らない無灯の部屋。そもそも部屋の位置自体が日照に適さないのか、窓がどこにあるかも分からない。明かりといえば入口から入るもののみで、もう噴上のやる気は失せかけていた。
「あんだよ……不在通知でも置いてけってか?まあ手間が省けたからありがてぇ…のか」
人間の匂いはしたが単なる残り香だろう。
帰ってやろうと思い、踵を返した。
「怖いと思うなら帰ればいい……貴男が善人ならまた、帰ればいい……」
「!」
頭上から掛かる野太い声に、思わず噴上は振り返った。
「な、なんだ…オイオイオイ………」
「すいませんね…意識してないと蛍光灯に被ってしまうもので。貴男が噴上裕也さん……高校生でしたよね?話は聞かされてます……ですが、荷が重いと感じたなら…もう一度考え直したほうがいい」
2メートル…いや、3メートルはある背丈。はたして人間か?それともスタンド攻撃か?はたまたサプライズか?痩せ細った体が畏怖を加速させる。
噴上は顎を撫でる。その巨躯ゆえか、相手の男は部屋にうずくまってもなお窮屈そうにしていた。
「顔も見せないのは無礼ですよね。ちょっと待っててください……今、ライトを点けますから」
部屋の隅にある円柱形のライトを点けると、巨人の顔がはっきりと見えるようになった。
何度見ても慣れることはないであろう。凛々しい顔は鬱屈の表情を浮かべ、体はアンバランスの極致のような長さをしている。
「驚いたぜ。思いっきり恐がっちまった……だが病気だってんなら…もしかしたらだぜ?……どうにかできるかもしれねぇ」
「何ですって?……申し訳ない。籠もりっきりだったから……どう見ても貴方は医者には見えない」
「ああ、その通りだ。ただしさっき言ったことは本当だ。だから話してくれ……一体何があったかを」
なぜそんなことを口走ったのか、噴上自身にも理解はできなかった。成功する保証すら皆無であった。
初めましての高校生に、墓まで付き添うつもりだった艱難を打ち明ける人間がどこにいるか。祈祷師や呪術的の類いには見えないとはいえ、滅茶苦茶怪しいではないか。それとも怪奇の人間には先の見えない怪しさが似合っているということか。
いや、自分に打ち克つためには一筋のちっぽけな光すら頼らなければならないのか。
巨人は口をつぐみ悩んだ末、彼の眼差しの奥にあるものを信頼し、彼は口を開いた。
「「兄を食ってしまった」のです…私は」
「…………は…」
「母の腹の中での出来事です……母には教えていません。二卵性の双子だった私は、妊娠12週間目の時……兄を食べたのです…………腹が減っていたとか喧嘩したとか、そこまでは覚えてません。ただ一つの事実……母の腹の中で「共食い」を行って私は産まれた…!」
無意識のうちに噴上は言葉を失っていた。
「そして……兄は未だ…私の中で生きている。私と共に生きている…!こんなに大きくなってしまったのも…私が『二人分』の人生を送っているからなのです……」
大粒の涙を流し、彼は悔やみ続ける。
「私は生まれる前から過ちを犯していた…!どうしようもないミスだった…!それを知らせなかったせいで、僕を恐れた母親は出ていってしまった!」
拳を壁に叩きつけ歯を食いしばった。いつまで経っても涙の雨は止まない。
予想以上にハードな内容に噴上は頭を悩ませる。
明日世界が滅びるのかと勘違いしそうなくらいの悲壮感溢れる彼は、全く演技風なところが無かったのだ。といっても、その悲しみは誰にも慰めきれないと心底思った。
そうだ、根本的解決をしてやろう。
「……テメーの中にいる『兄』とやらを「成仏」させてやりゃあいいんだな?」
「え…?」
「聞いてんだぜ。テメーと一緒に生きてきた顔も声も知らねー兄貴をキチンと「殺す」覚悟はあんのかってな」
「それはまあ…ずっと願ってますよ。「兄」にいなくなってほしい……と。でも!自分勝手にも程があるッ!これは僕への罰なんだ!」
彼は数奇な「呪い」を自分への罰と思い込んでいる。それで償えると信じてしまっているのだ。
ただただ噴上はため息をはいた。
「ったくよォ……四の五のうるせーなぁ。自分勝手なのは兄貴のほうだぜ。今、確かに生きている弟が願ってんならそれでいいんだよ」
ここで見捨ててバイクに跨がるのはカッコ悪い事だ。何が起こるかは予測不可能の世界。自分なりに出来ることをやるまで。
「今からテメーのために全力出してやるが、成功するかは「賭け」だぜッ!いいか!失敗したらなんとかしてやるッ!」
「……な、何を…!?」
「『ハイウェイ・スター』!ヤツの中から一人分の養分を吸い取り、兄貴を取り除けッ!!」
*
我が子の前から雲散霧消した母親は、逃げるようにS市外を抜け、格安ビジネスホテルで3日間、悩むわけでもなく只管に眠り込んだ。
3ヶ月後。両親に頼んで実家に隠れて暮らしていた母親は、突然家を飛び出した。
走って走って走りまくり、後悔を胸に我が子を探し求めた。
*
「ハァッ……ハァ…どこにいるの…!?」
茜雲の下、一人の女性が息を荒らげ、脚の激痛に耐えながら必死に誰かを探していた。
線路沿いの住宅街には夕飯の香ばしい匂いが所々に広がり、子供たちの笑い声がたえず聞こえる。そんな平和そのものの場所で涙を浮かべ走り回る女性はミスマッチだ。
体力的限界により女性は咳き込んで、踏み切りの近くで膝を曲げた。その声が耳に入るまで。
「母さんッ!」
「!」
聞き慣れた声に思わず顔を上げると、踏み切りをまたいだ向こう側には幼い少年が立っていた。小学生だろうか、ひたすら何かを叫んでいる。
丁度、警報機の金切り声が鳴り響いた。
警告色のか細い腕は2人を隔てるよう。鉄の箱は何も知らない。その時はまだ、誰一人悲しんでいなかった。
「声が似てたから一瞬驚いたけど……よその子だわ。背丈が違うし、よく考えれば声変わり前の声だった……何より全然「顔」が違ったもの…」
疲れきった顔を叩き、女性は進み始めた。脚を引きずっても探すのを止めようとはしない。日が沈んでも日が昇っても歩き続ける覚悟が、女性にはあった。
一方、少年はまだ叫び続けていた。
「母さん!母さ……うう……頭が…ああ……頭脳も半分になっているのかな…………痛い…頭が…………でも…!」
爆発しそうな痛みを我慢して歩き出す。
「母さん……!僕はこ…こにいるよ……!…お兄ちゃんが…治してくれたんだよ!」
警報機の音など耳には入らない。視界の中心の母親しか、彼の頭にはなかった。彼自身気づかない間に遮断機もくぐり抜け、痛みと喜びの半笑いを浮かべていた。
二人分の成長を強いられていたあの時、心は一人分だったのだ。いくら勉強ができて体が大きかろうと子供であることに変わりない。愛する母親のもとへと、少年は歩を進める。
普通に戻った息子を見てテメーの親は喜んでくれるって、知らないお兄ちゃんは言ってくれた。周りの子よりちょっと背が小さいって言って、きっと母さんは笑うだろう。
幸福の渦の中心。
警笛さえも聞こえない。