JOJO's短編集   作:湯麺

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めちゃ長
視点が入り乱れてて……あーもう滅茶苦茶だよ(自戒)

嘘喰いという漫画を一気読みしたらいつの間にか完成していた作品です。ジョジョ好きは絶対に嘘喰い好き


ダニエル・J・ダービーは傷つかない─『真山祥造』

 

 

 

 1986年5月17日 アメリカ ラスベガス

 

 

 ホテルの名は『ハイ・ベガス』。部屋数6607。従業員数1913名。一流レストラン、バー、プール、パーティー会場は勿論のこと、専属の楽団や農場、牧場等、何から何までを有するラスベガス一のホテルである。

 それから、広大な敷地面積を持つこのホテルの目玉。それは地下二階を丸ごと使った「カジノ」である。

 

 トランプゲーム、ルーレット、サイコロ、スロットマシーン。人が想像したものは全てある。想像し得ないものも多々ある。

 誰もが心奪われる史上最高の地。

 

 

 造られた灯りはカジノ全体を煌びやかに照らし出し、絨毯の上で操られる正装の客人達は点となり鮮やかな景色を創り出している。

 それに異を唱えるが如く賭博師たちは踊り出す。

 

「おい貴様ッ!今イカサマをしたな!!!」

 

 ルーレットのディーラーが胸ぐらを掴んでもなお、掴まれている側の男は至極冷静な顔をしていた。ホール一帯に響く大声と、大柄な男2人の組み合わせはよく目立つようで、客たちの視線が一点に集まった。

 

「イカサマ?なんのことです?私は金を払ってこのホテルに宿泊している客だ。この邪魔な手を放してくれ」

 

 踵が浮いても男は慌てることなく、反抗的な言い草でディーラーの手を緩めさせた。

 

「なんだとッ……!」

 

「誇りに泥がついたからといって、ディーラーがそうやすやすと客を疑うもんじゃあない。この私がいつイカサマをしたというんです?ん?」

 

 ディーラーは顔に血管を浮き上がらせ、男を突き放し、バックヤードに消えていった。

 

「………敗者はイカサマに気づけない方だ……もっとも、このダービーのイカサマを見抜ける奴はいないがね。しかし目をつけられてしまったのは事実だ。そろそろ…この賭場も潮時か」

 

 よれたスーツベストを直し、右手につけた腕時計を流し目で見た。服装は至って紳士的で、口髭もよく手入れされている。

 その男の名は『ダービー』。世界中を旅しながらギャンブルで生計を立てる根っからの博打打ちである。

 

 ディーラーが扉を勢いよく開け再び姿を見せた。仕事を放棄していたわけではないようだ。

 彼は何かを言いながらダービーを指差すと、扉の奥から3人の黒服に囲まれ一人の男が現れた。と同時に、カジノにいたほぼ全ての人間がざわめき出した。

 

「…ま、所詮はカジノ。スリルを求める私とは最初からそりが合わない」

 

 烏合の衆を蔑むような表情でダービーは席に座り、敵手を待つ。そいつは何かが違うと、彼の長年の勘は知っていた。

 

 筋骨隆々の黒服に対し、モデルのようなスタイルで引けを取らない異彩を放つ、おそらく日系の若者。透き通るような肌にシルバーブロンドの髪。純白のスーツや高級腕時計を身につけているのはプライドの表れか。そんな一見傲慢にも見える男は、ダービーの前に来るやいなや深々とお辞儀をした。

 

「お初にお目にかかります。私は当ホテル支配人……『マヤマ ショウゾウ』と申します。当ホテルのご利用……心から感謝いたします」

 

「建前などどうでもいい。出禁にしたいならさっさと出禁にしたまえ」

 

「出禁だなんてとんでもない。料金をお支払い頂いている以上、お客様はお客様。ですが…ここまで見事な勝負を行われてしまうと、こちら側としては経営に関わる……そこで…提案がございます」

 

 そう言って彼は顔を上げた。

 

「私めと『賭け事』を…していただきたい」

 

「…………………ほう」

 

 マヤマ ショウゾウと名乗る男の予想外の発言に、ダービーは思わず口角を上げた。彼のこれまでの経験からすれば、支配人は静かに怒って追い出そうとする。しかし今、彼は賭け事をしようと言い出したのだ。まだ何者かはわからないが、毒を毒でねじ伏せ、プライドをズタボロにするという魂胆なのだろうか。

 

 席に座るよう促すと、マヤマは隣の席にゆっくりと腰を下ろした。見れば見るほど不気味な男に向かってダービーは口を開く。

 

「私の名は『ダニエル・J・ダービー』…ダービーと呼んでくれて構わない。君は…あー、「マヤマ」とか言ったかな?東洋人のようだが…」

 

「『真山祥造(マヤマショウゾウ)』、日本出身です。他に何かご質問はございますか?」

 

「………結構だ」

 

「では…始めましょうか、ダービー様」

 

 日本人がラスベガスでトップを張るホテルの支配人を務めていることに、ダービーは疑問を持った。

 

「マヤマ、君をかなりの手練れと私は見た。このホテルをここまで成長させた頭脳、一流のディーラーに勝るこの私にギャンブルで挑んでくる自信。そして決して図に乗らないところ………面白い。得意分野は何だね?受けて立とうじゃあないか」

 

「得意分野だなんて……滅相も無い。私は少し運の良いだけのいっぱしの男………」

 

「……そろそろその態度をやめたらどうだ。私にはわかる…ギャンブラーである私にはな、君の実力がよおーくわかるぞ。さあゲームを選びたまえ、それとも私が眠りこけるのを待つかね?」

 

「全くそのような気はございません……お褒めの言葉、光栄の限りです。そこまで仰るならこの真山祥造、選ばせていただきます…」

 

 マヤマがアイコンタクトを送ると、即座に黒服が台車を伴って現れた。一連の動きはまるで軍隊のように洗練されている。

 

 豪華絢爛なカジノにはそぐわない一般的な台車の上には、金属光沢を放つ角張ったイスが乗っていた。

 普通のイスとは一線を画す、カードにもダイスにも当てはまらない、ドンとそびえるそれは銀行の巨大金庫の如く好奇心を沸き立てる。

 

「一体……何だね?これは」

 

 運ばれてきた金属製のイスを見てダービーは眉をひそめた。サイズだけは通常のそのイスにはいくつかの太い配線が繋がれており、それらはバックヤードの奥にまで続いていた。

 イスは薄い板に乗せられ、2人の前に置かれる。

 

「私に得意分野がないのは真実。恐れながら少々トリッキーなものを提案させていただきました」

 

「……………」

 

「『イス取りゲーム』……と言うには値しませんが、参考にして当ホテルが開発したゲームの一つになります。こちらのイスはご覧の通り、一般のものとは異なります」

 

 ダービーは黒服から一枚の紙を受け取る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 5秒くらい経ったところで、目線は紙からマヤマへと移った。

 自作したものを見せるとき、人はたいてい自慢気な表情をするものであるが、彼は違った。素人からすればそれは真顔に見える。しかしギャンブラーであるダービーは反応を探っている表情だと確信した。

 既に闘いは始まっているのだ。

 

「ふむ………君は実に面白いヤツだ。死者は敗者、しかも一度だけ耐えられるとはいえ、もしかしたら後遺症が残ってしまうかもしれない。事実上の出禁…三本先取も上辺だけ……違うかね?……マヤマ」

 

 暗雲が立ち込めている。

 

「………………」

 

 マヤマは顔に濃い影をつくり、感情の無い目でじっと睨み返した。肯定か否定か、答えは言わなかったが、この男に漂う悪魔的風格、ダービーはその底知れなさを垣間見た。

 

 死刑に用いられる電気椅子とは違う仕組みではあるが、これも立派な電気イス。それを使った遊戯。勿論、ダービーはプレイしたことも目にしたことも無い。そのような状況をどう覆していくのかも、ギャンブルの魅力の一つなのだ。

 

「命を賭けたゲームなぞやりたくない……なんて私が言うとは君も思っていない。いいだろう!始めようじゃあないか」

 

 ダービーは不適な笑みを浮かべる。胸が高鳴り背筋がゾクゾクとするのを感じた。久々に楽しめそうだと、賭博師の本能がうずいている。

 それを制止するかのごとく、マヤマが素早く人差し指を立てた。

 

「その前に、一つ。賭け……でございますから、賭ける物を決定していただきます。ダービー様ならお分かりでしょうが………」

 

「おーっと…私としたことが、肝心なことを忘れていた。先に君からで構わんよ」

 

「このゲームではチップは賭けの対象にはなりません。己の所有物を……賭けてもらいます。何事も大きい方が良い、ということで……私は「東京にある8つの不動産全て」…と、いたします」

 

「フッフッフ……なるほど、君の不動産か。しかも東京の……莫大な値打ちに違いない。見合うものは私の「全財産」ッ!それを賭けるッ!」

 

 これまでギャンブルで無敗を貫き、毎日数十人から大金を奪い去ってきた。現在所持していない札束を数えるには一ヶ月以上かかるだろう。それほどの額を賭けるには覚悟がいるが、それでこそスリルがあるというものだ。

 

「それと私も、一つ。これは趣味でね…どうせ命がけなんだ、追加しても構わんかね?」

 

「?」

 

「私の『魂』を賭けようッ!」

 

 常人には理解しえぬ、『魂』の賭け。

 やはり真山祥造は常人ではないようで。

 

「承りました……私の『魂』を賭けましょう」

 

「グッド!」

 

 

 《THE CHAIR TAKER》

 

 ダニエル・J・ダービー 〈全財産と魂〉

  VS

 真山祥造 〈東京にある8つの不動産と魂〉

 

 

【一回戦】

 

 黒服から受け取った書類にあらかたの事柄を書き込み、万が一ダービーかマヤマが死亡した場合の問題は解消された。

 それぞれ書類を黒服に受け渡し、一呼吸置く。

 

「…まずは手始め。初心者をいたぶる趣味は私には無いですから、気楽に楽しみましょう」

 

「その仮面がいつ剥がれるか実に楽しみだよ」

 

 お互い立ち上がって体を向かい合わせにする。開始の合図はマヤマ、電源スイッチをオンにするのは黒服だ。

 2人は挟むようにしてイスの両隣に構え、座りやすいよう少し前方に出た。

 

「ゲームの前に、このイスを調べさせてもらおう。当然の権利だろう」

 

 何も言わないマヤマを横目に、不正がないか黙々とイスを確認する。20秒程度触り尽くし、元の位置に戻った。準備完了。

 

 僭越ながら、という控えめな一言はよく耳に入った。殆どの客と従業員達が注目しているせいか、静寂が満遍なく張り詰めているからだ。

 

 まだ見ぬゲーム。偵察の一回戦。

 マヤマは宣言する。

 

「OPEN THE GAME!」

 

 合図と同時に電源が入りゲームスタート。

 短くも長い1分間の闘いが幕を開けた。

 

 電流の無い「10秒間」はランダム、すなわち人間が決めるシステムではない。その秒間を音で判断できるような生温い造りになっているハズもない。

 この勝負、ロシアンルーレットのような運試し。と、普通の人間なら考えるだろう。しかしそれはミスリード。そのように見せかけた、ギャンブラーとしての真の実力を見極めるゲームなのだ。

 

 無論、ダービーは電流を感じ取れたり、電流に強い体質ではない。おそらくマヤマもだ。そこで、体力も運も関係無い、勝者の手法があるに違いないと、ダービーは本能的に理解していた。探って見つけるには多少の時間がいる。

 

「……………」

 

「……………」

 

 膠着状態。

 着実に時間は過ぎ、現時点で28秒経過。

 確率は六分の一。

 

 先に動いたのはマヤマだった。ただし口が。

 

「……ご存じですか?隣にあるラスベガス・ヒルトンというホテルでは、エルビス・プレスリーが長いこと公演をしていたんですよ」

 

「………………それが……何か?」

 

「いいえ。私は彼の曲聴いたことありませんし、正直、顔も知らない。まあ、なんてことない昔話です」

 

 心理戦の一環か、それとも謙虚さは本心で、彼なりのヒントのつもりだったのか。どちらにせよ意味不明なのに変わりない。

 深く考えるのは止め、やはり一回戦は様子見に留めるか。

 

 と思った矢先、唐突にマヤマは動く。

 50秒経過──スッと、事もなげに座った。

 

「…………」

 

 真山祥造 成功

 

 ダービーは顔色一つ変えない。きっと親が死んでもこんな顔をしているのだろうなと思わせるほどに一切の変哲の無い真顔をしていた。 

 勝者は確定。プレイヤーの2人以外は眉をハの字にして、何が起こったか分からないままでいる。

 

 ブレイクタイムに入り、勝者は立ち上がって背筋を伸ばす。ダービーの顔が緩んだのはその後すぐだった。

 

「1つ……この真山。失礼ながら、お先にイカサマをさせていただきました、たった今」

 

「……………何だって?」

 

 またもや奇想天外な発言を飛ばしてきたので、ダービーは思わず耳を疑い、鼻で笑いとばした。

 

「ですが、一人として私のイカサマに気づいた人間はいない。この場合はセーフとなります」

 

 喉まで出かかった「は?」という言葉を飲み込み、再度確認してみる。

 

「イカサマを?今?」

 

「はい」

 

「フフフ、頭が下がるよ。考える必要も無い」

 

 いや、深く考え込んでみるとしよう。

 

 彼は本当にイカサマを行ったのか?答えはノーだ。第一、電流が流れる10秒間は機械が決める。それ自体がウソという可能性も十分にあるが、その場合、ほぼ確実に勝つことができる。私を疑心を持たせる必要は無いハズ。私を焦らせて殺したいなら、誰も気づけないイカサマを宣言するのは逆効果だ。

 このゲームは一度電撃を受けただけなら死なない。ズバリ、幾度かこのゲームを体験したマヤマは「電撃を耐えることに慣れている」ため、電撃を何食わぬ顔で耐え抜いたに違いない。 

 まだだ。まだ侮ってはならない。

 

 

 〈一回戦 勝者 真山祥造〉

 

 

【二回戦】

 

 

「このような風に、とても愉快なゲームです。大体の把握はできましたでしょうか、ダービー様」

 

「つくづく癪に障る男だ」

 

「先ほどのように上手くいくなどとは思っておりません。二回戦、いきましょうか」

 

 さすがはポーカーフェイスの達人、澄ました顔を解く気はないようだ。

 言い訳無用。迷走の二回戦。

 

 再度向き合って構え、マヤマの合図を待つ。

 

「OPEN THE GAME!」

 

 二回戦開幕というには大袈裟な空気感が漂い、おそらく電流が流れ始めた。

 

 現在0勝のダービーは悠長に策を練っていた。

 焦燥を浮かべてはならない。敗者はいつも焦って溺れていく。一級品の葡萄酒を舌の上で転がすようにジワジワと、それでいい。

 もしかしたら既に電流は停止しているかもしれない。それを素の力で確信を得られる人間など存在しない。不確定要素しかないゲーム。ならば真山祥造はどのように勝ち抜いてきたのか。

 

 「電流を耐える」以外に勝利をもぎ取る手段は「イカサマ」、ただ一つなのだ。

 確かめてやる。

 

「このアメリカで極東の島国の男が、どうやって生きてこれたのか?金持ちが家一つ建てるのだって難しい場所だ。ましてやベガスのホテルなんてのは、大抵マフィアが牛耳っているものだ」

 

 ギロリと眼光を研いで詰め寄った。

 

「先程申しましたように、ただ運が良かったのです。それだけの一般人……」

 

「………………そうかね」

 

 不自然に一歩踏み出すダービーと、応じて背筋を伸ばすマヤマ。両者は落ち葉すら通ることを許さない距離で睨みを利かせる。

 

 ダービーの勝算は出来上がっている。

 タダで座れるという手札を消費したマヤマには、イカサマを行うしか座る手段はない。

 そしてマヤマがイカサマを行う場合、私の背後で行うのが定石というもの。ならば目撃者は私の前方にいるはず。目を配るのは、マヤマであり彼の後方にいる観客共だ。

 さあ私の眼前でやってみろ。イカサマを!

 

「……………」

 

 無知に待っているのは死だけ。特にこのゲームにおいてはそれは強い。

 

 26秒経過。

 ダービーがふと目覚めたような感覚に陥り、集中力が途絶えていた事に気づいた時、既に真山祥造は座していた。

 

「なッ……!」

 

 奴はどこだ。そう思い咄嗟に首を急かすと、足元から顔面へと、消えた彼と目が合い、ダービーは一滴の汗を染み出させた。

 見上げる。その抉られたように深く暗い眼は、ダービーの心にグサリと突き刺さった。それも1つの技能なのか。勝者が決定した後でも泣きっ面に蜂をかますマヤマは、万人に真のギャンブラーであることを再認識させた。

 

 真山祥造 成功

 

「一回戦で「耐える」という手を使った私は「イカサマ」を行うしかない……ダービー様は…きっとそうお考えになったのでしょう。この真山祥造……愚行は決していたしません。手か目か……何らかの合図を出して黒服に電源を切ってもらう、といった愚行は」

 

「…………」

 

「独りでも勝利を収める……それが賭博師というものです。誰かと協力し合っても、貨幣がある限り闘争の終息は雲の上」

 

 汗が空調で冷えて気持ちが悪い。

 

「……コングラチュレーション…なかなかやるじゃあないか。これで君の2勝だ……」

 

「光栄の限りです。非常に…」

 

「………………」

 

 久しぶりの強敵との邂逅に胸躍ってはいるが、追い詰められてしまっているのは逃れようのない事実。ダービーは加えて、見透かされていたという屈辱と悔しさを覚えた。

 

 なぜタイミングが判るのかが分からない。

 これにはさすがのダービーも頭を悩ませざるをえない。このままヤツの好きにさせていたら、結末はわかりきっている。

 彼の言うとおり、手先や足先、瞳で合図を送ってはいなかった。それは百戦錬磨のダービー自身が証人だ。そもそも、マヤマはおかしな行動をとってすらいなかった。

 イカサマのプランの打ち合わせを事前にしていたとすれば、ダービーの勝ち目は限りなく薄い。仕立て上げられた闘いを了承した時点で、それは敗北を意味するのだ。

 

 これからは、ありとあらゆるパターンを考慮して挑まなければならない。

 次戦を除いて。

 

 

 〈二回戦 勝者 真山祥造〉

 

 

【三回戦】

 

 

「これで私の2勝。あと1勝で私の勝利は確定となります」

 

「…………」

 

 全財産を失いかけている状況にも関わらず、ダービーは赤ワインをグラスに注ぎ入れていた。無視は意図的で、指先はほんのちょっとも震えておらず、状況に見合わぬ貫禄を覚えさせる。

 技術者兼黒服の一人が慌ただしくイスの修理をしているようで、それが大胆不敵なイカサマとは思えないので、開始までの暇はある。

 

「………ああ、すまない。ライター持っているかね?よければ貸してほしいのだが」

 

「どうぞ」

 

 グラスの三分の二まで注がれたワインを机に置き、ダービーはそう言ってきたので、彼は銀色のシンプルなライターを差し出した。

 真山祥造はタバコも酒も手をつけていないが、稀に要求してくる客がいるのでタバコもライターも常備しているのだ。

 

 ダービーはどこかからか取り出したタバコに火を点け、吸ったかも判断しかねるほど少し吸った後、灰皿の上にそっと投げた。

 そして、ワイングラスを持って水面を見る。

 

「このワインは……かなり高位なものだ」

 

「業務用です。サービスですから」

 

「………」

 

 この三回戦。2勝しているマヤマはさぞ気が軽いことだろう。未だイスに座っていないダービーに後は残されていない。

 前進あるのみ。反逆の三回戦。

 

 向かい合い、一本の鉄骨が入ったような背筋の男に対し、崩れた姿勢のままワインを見つめる男。三回戦のゴングは鳴る。

 

「OPEN THE GAME!」

 

 三回戦開始。

 あの賭博師は流れを食い止めることが出来るのかと、観客達は小言を言い合っている。

 このターンでマヤマのイカサマを見抜けなければ、負けは確定する。

 

「このゲームは運任せでやっていたら身も心も保たない…………猿だってわかることだ。全財産を賭けているんだ。真剣に解決策を見つけなくっちゃあ…な」

 

 ダービーはやっと黒目の直線上にマヤマを迎え、顔を上げながら何かを喋り出す。

 隠しきれないダービーの何かを見つけた、もしくは編み出した表情が、始まりを意味する照明弾ではないことをマヤマは感じ取れなかった。

 

「といっても、まずは自分自身に安心だと言ってやらなければならない。確実な安心を……」

 

「はて……?」

 

「私は辛酸のような刺激を求めてはいない。底無し沼に片足を突っ込むような…絶望と希望が程よく混ざり合った……まろやかな刺激を求めている。スリルはそのピークがわからないほどに増幅し続け…自分でも気づかない内に、真っ先に安心を探し始める。安心は向こうからやってこないからな」

 

「ですがダービー様の場合、突っ込んだ片足の下には「台」がある……十分に足を支えられるものが……………おっと、大変失礼致しました」

 

 体重計の動かない針のように微動だにしない彼は、最後まで頬に肉を寄せることはなかった。

 

「フン……常にその調子なら良いんだが」

 

 40秒経過。

 

「そうだ、ライターを返し忘れていた」

 

 先ほど貸し出されたライターをポケットから取り出した。マヤマは特に考えもせず手を差し出す。

 すると、互いの受け取りのタイミングが合わなかったのか、ライターを落としてしまった。

 

「っと、失礼」

 

「構いません」

 

 自身の後方辺りに転がってきたので、マヤマは屈んでライターに手を伸ばす。

 ダービーのしたり顔にも気づかずに。

 

「…………」

 

 ライターに触れたその時、マヤマの脳裏に閃光が走った。

 

 この一連のやりとり、引っかかるものがある。

 タバコを持ち歩く人間がライターを持っていない事があるだろうか。そもそも、さっきのタバコ自体全く吸っていなかったではないか。しかも隠すようにタバコを取り出していた。

 更にワインだって一度も口をつけていない。じっと水面を見ていただけだ。飲むフリくらいしてもいいのではないか。業務用ワインを高級品などと間違えたのも不自然だ。

 

 そう彼が考えたことが、今回の敗因と言えよう。この時、勝者はもう決定していた。

 

「…………このイス取りゲーム。成功する確率は六分の一。そう高くはないが、決して低くもない。焦らすには丁度良い」

 

「!」

 

「血走り、暴れて、それで勝てるほどギャンブルは単純明快ではない………混沌のスリルを持つ勝負ほどこの法則は当てはまりやすく、それすら知らない無知なる者は恐怖に駆られて無謀な行動をしがちだ」

 

 成功者であるはずの真山祥造を見下す人間が一人。

 彼は足を組み、確実に『座』に尻をつけていた。人が親切心で貸したライターを拾ってやっている間に、既に座られていた。この男、ダービーに。

 

 ダニエル・J・ダービー 成功

 

「メリットといえば、勝利した時の快感は何にも勝る事か。君には死んでも理解できないだろう……真山祥造」

 

「………………」

 

 これでマヤマは3勝目を見送った。

 そんなことはどうでもいい。自分の優位に変化は無いのだから。それよりも気になるのは、どう電流停止の10秒間を見切ったのか。どうにか解明しなければ屈託を残してしまう。

 

「……「こいつ、胡乱な動きだらけだ」とでも言いたいようだな?」

 

「話が早いようで大変有難い………是非、私にも教えてほしいものです。ダービー様の「イカサマ」を」

 

「「ダービー様の」?まるで自分もやっているような物言いだな。ああ、そういえば一回戦で言っていたか。これで「お相子」………」

 

 話すつもりがないのはこの会話で伝わった。睨み合っていても進展は望めない。

 

 電流停止の10秒間は完全ランダム。従業員や客を買収しても何も起こらない。表情や言動で読み取られるような薄い賭博師でないのは全員が百も承知のはず。電流を検知できる何かを使用したのだ。

 

 互いに立ち上がりダービーは重い口を開く。

 

「「胸中に成竹あり」。といっても仮初めの急造品。警戒されてしまっては二度も使えないのだがね……」

 

 優雅にワインを回し、芳潤な香りを楽しむわけでもなく、液体の渦が鎮まっていく様子を眺める。

 渦の中心。華美なシャンデリアはそれを暴き出した。

 

 パシッ──と、グラスを天高く弾き飛ばす。

 マヤマだった。

 

「………………全く…脱帽しました」

 

 ワイングラスの落ち砕ける音がただ響き、液体窒素で冷やされたような瞳はダービーを掴んで放さない。淡々と起きた突発的な出来事にうろたえる人間といえば観客共くらいで、やはりギャンブラーの意地があるのか、2人は一ミリも表情筋を動かさない。

 

 マヤマはたった今、何かを察知した。明白だ。

 

 飛び散った赤ワインがやっと降り注ぐと、ダービーの右腕にかかり、滴る液体は黙々と時を刻む。

 

「「暴力行為を認める」……どうした?殴らないのか?それとも「お客様」だから手を上げないとでも?」

 

 ダービーの挑発めいた発言を受けて、微々たる変化ではあるがマヤマの表情は元に戻った。

 

「……無論でございます」

 

「君が何を訴えたいかは知らん。だから先に言っておくと……私が不正行為をしたと叫ぶ者はいないようだ………ならばこの勝負ッ!」

 

 

 〈三回戦 勝者 ダニエル・J・ダービー〉

 

 

 四回戦開始手前。

 

「どうやらバレてしまったようだ。君は値踏みできない男……私の考えは正しかったらしい。それで、私のイカサマとは何だったのかね?是非、私にも教えてほしいものだ」

 

「立ち上がってやっと……理解できた。覗けたのです。「ワインの水面」を」

 

 そう言いながらマヤマは床に落ちていた微々たる光沢を放つソレを拾い上げる。 

 ソレとは、ひどく安っぽいシルバーの、小さな金属棒らしきもの。無理やり直線に曲げ直されており、両端には切断された痕跡、片側には焦げが見える。

 

「針金か……クリップか、そんなことは関係ない。これを入手する隙はいくらでもありました。この金属を私から奪ったタバコの影に隠し、更に私から借りたライターで端を熱した」

 

 タバコはおそらく二回戦で不自然に接近したときにポケットから奪ったのだろう。一流のギャンブラーの技術を応用すれば何も難しくはない。

 

「高熱を帯びた金属を急冷すると地磁気を帯びる。そして最後……水面に浮かべることで、簡易的ではありますが「方位磁石」を創り出せる。これが答えです…」

 

 ダービーは二回戦もしくは一回戦から時間をかけて素材集めを難なくやり遂げ、即席の方位磁石を作り出したのだ。

 電流の流れる所に磁力は生じる。さすれば方位磁石は磁力を持つ方へ導かれる。イスに高圧電流が流れているか否か、判断が可能に変わるということだ。

 

「不正行為だと叫んで私を敗者に仕立てる、すればいいさ。が、それは君のイカサマを説明させてもらってからにしてくれるかな?」

 

「どうぞ…………」

 

 重々しい雰囲気を醸し出す。

 

「君は『足』が無い。すなわち、『義足』をつけている。その右足に」

 

 そう聞こえたマヤマは刹那的に柳眉を逆立て、元の凍てついた顔面に戻る。

 

 一回戦からずっと目をつけられていたのだろう。

 方位磁石だけに飽き足らず、常人なら見分けのつかない足の形や大きさの違いを限られた時間で発見したというのか。単なる成長過程での誤差ともとれるというのに、これほど自信たっぷりなのは何故だ。

 

「義足に何らかの改造を施し、電流を感知できる機構を組み込んでいる。ま、大体そんなとこだろう?札束を纏った君のような男が思いつくのは」

 

「………それで?」

 

「見逃すわけにはいかない。とはいえ、イカサマだと野次馬共に訴えても、その中に義足技師がいるとは思えない。肝心の機構とやらを曝したとしても不正と判る者はいないということだ……解決するのは私だけでいい」

 

「…………悪魔の首を取ったような顔をしているところ申し訳ありませんが、義足を外すつもりは毛頭御座いません。力尽くでもぎ取りたいのでしたらご自由に……」

 

「では、そうさせてもらおう」

 

 右足の義足に突如として現れた違和感にマヤマはひっそりと汗を浮かべる。意思に抗う違和感に。

 義足の故障がないようにメンテナンスは日常的に行っている。まさかさっき弾き飛ばしたワインが偶然染み込んで異常を引き起こした?

 

「何…………!?」

 

「君自身、義足という事実は他聞をはばかるのではないのか?私はどうでもいいがね」

 

「こ……これは…脚が勝手に……何かに鷲掴みにされて持ち上がっている……」

 

 「何か」が少し脚を浮かび上がらせ、満遍なく舐めるように義足を調べている。義足なので感覚は無いし、存在を視認することはできないが、おそらく手のような何かが触っている。

 幽霊、物の怪、そういった表現が最も適している。

 

「どうした、義足の不調か?………いや、しらばっくれようが真実を伝えようが変わらないな……その『力』は、力を持つ者にしか見えないのだからな」

 

「『力』……?」

 

「一般人からすれば「超能力」とでも言おうか。安心したまえ、ギャンブルに使うつもりはない。それ以前に、『それ』は「魂を取り立てる」だけで、今…脚を持ち上げる事さえ精一杯だ」

 

 スタンド……と言ったか。

 恐るべき返し刀だ。

 

「義足を取り外せるのですか?こんな非力で」

 

「確認のためにほんのちょっぴり触らせてもらいたかったのだよ。それだけだ……何、気にすることはない」

 

 

【四回戦】

 

 

 ダービーに対する疑問はまだいくつかある。

 まず、知りもしないワインについて語り出した事について。そのような稚拙な行為に走れば増して怪しまれるのは当然。この思考に辿り着かない男でもあるまい。

 故意だとして、その理由も不可解だ。

 そしてこの四回戦、どうやって勝利を掴もうとしているのか。

 

「………と、君は考えている。それと…」

 

 ダービーはワインボトルの首を掴み、マヤマ側のイスの脚にワインを垂らし始めた。液体は脚を滴り落ち、否応なしにカーペットに染み込んでいく。

 ワインが空っぽになった頃に、安っぽいアルコールの香りが両者の鼻をさすった。すると何を言うわけでもなく、マヤマは目を細めた。

 

「このように、「こいつまさか、漏電で火でも起こすのでは?」……とも考えている。下は絨毯で、電圧は十分、おまけにアルコールもある……………ピッタリじゃあないか。どうだ違うか?」

 

「いいえ……全く」

 

「…嘘の好きな奴だ」

 

 疲れ気味な顔の裏に隠れたダービーの確信めいた目つき。ブラフかミスか、脳内票は均衡しているが、彼の策が今もなお進行していることだけは理解した。

 

「よければ拭きましょうか?拭かないのでしたら開始となりますが」

 

 このままゲームが開始となれば、高確率で漏電、炎上する。フランベのように、待つ暇は与えられないほどに一瞬で。

 

「ワインは君側にあるが………私も焼け死にたくはない。消火器だけ用意しておいてくれ」

 

「承知致しました」

 

 彼が言い終わると、黒服は待機していたのではないかと疑わせるほどに素早く消火器を傍らに備えた。それに、スプリンクラーもあるにはある。

 

 燃え広がるのにそう時間は要さない。ゲームが終了となるまでに、果たして火達磨にならないでいられるか、地獄の中心にあるイスに座ることが許されるのか。

 克己心と判断力。覚悟の四回戦。

 

「OPEN THE GAME!」

 

 始め。

 

 その蓋然性は等しく六分の一。前にも後にも揺るがない、ほんの約17%の確率。何が来ようとおかしくはないというのに、ただ一つ、一驚を誘うものがある。

 00秒、10秒、20秒、30秒、40秒、50秒。この6つの電流の停止開始時間のうち、この状況ならではとも言える、誰もが意外と感じるものはどれであろうか?

 

 答えの前に一つ。

 「王道」とは一般。基礎であり初歩である。けれども皆が皆、王道を外れれば、やがて王道は邪道に変化する。原初の王道とは、現代における横道なのかもしれない

 

 例えば、ババ抜きで真ん中にあるカードを避けたり、路地裏にある薄汚いレストランにあえて入ったりと、人間とはわざと「王道」を外れたがる節がある。それが「吉」に出ると思い込んでいるからである。

 ギャンブルにおいて思い込みは致命的であるが、短絡的に言えば今回のゲームは運勝負。「万人が「王道」だと思っている使い古されたモノを正解にもってくることはない」と思い込んで自分を安心させる事も、ある程度は重要なのである。

 このような王道を外れたがる心理から考えれば、最も意外と感じる停止開始時間は一つ。

 

 問いの答えは『00秒』。ゲーム開始と同時に、電流は停止していた。

 

「これは……………」

 

「燃え…ないッ……!?……クソッ……まさかッ!」 

 

 条件は満たすどころか溢れていたハズ。漏電で炎が上がり、火の海となる前にどうにかして決着をつける。その腹積もりが跡形も無く破壊されてしまった。

 根本からひっくり返された現状が示してくれた。四回戦、もう電流は流れないということ。火が上がることはもうないということ。

 

「決断は30秒でも40秒でも50秒でも無いッ!」

 

「思いのほか…勝負は早くつきそうですね、ダービー様。止まったのは……『00秒』…!」

 

「…『今』ッ!!!」

 

 

 *

 

 

 話は逸れ、アフリカのとある国のとある話。

 

 その国は独裁政治の失政や弾圧による経済破綻に伴い、治安が激しく悪化。これによって1960年代後半、打倒独裁政権を掲げた反政府武装組織が発足した。

 長き内戦の始まりはそれだけであったが、やがて複数の民間軍事会社の参戦や、政府内でのクーデターによる国家元首の交代によって戦争は複雑化。目まぐるしく変化する戦局の中、反政府軍はダイヤモンド鉱山を資金源とし勢力を拡大するも、2000年代に国連の介入によって停戦した。

 

 

 そんな当時の、終わりの見えない戦争の真っ只中の話。反政府軍は年齢問わず男を戦力として取り入れていた。

 長期的に使える少年兵を入手する場合、まず親を殺す。すると行き場を無くした子供たちは大人にすがるしかなくなる。ちなみに、その大人たちとは同じく親を殺され、やむを得ず戦い、生き残った少年兵の成れの果てである。

 

 そこは黒人国家なのだが、ただ一人、漂流したかのように迷いこんでいた日系人の少年がいた。売り払われたのだろうか、それとも本当に漂流してきたのだろうか、真相は彼自身しか知らない。

 彼は7歳にして兵士として迎えられるも、異色の宿命か、犬以下の扱いで雑務を押し付けられ、食事は微量しか貰えず、憂さ晴らしに暴力を受け、ある日は射撃の的として倒れた。

 

 彼が長いこと生き抜いてこられた理由としては、忍耐と奇跡が五分五分に存在する。仲間たちに隠れて藻や虫の死骸が浮かぶ泥水をすすり、見たこともない木の実を頬張り、感染病にかかっても我慢した。

 いつしか少年は食べれば食べるほど痩せ細り、誰がどう見ても死体同然だった。

 

 少年の住む土地には土着信仰があった。

 それは他人の心臓を食らうと持ち主の勇気や知恵を手に入れられるというもので、無知な少年兵たちはこぞって行った。

 結末から言えば、極限状態に陥っていた少年は寝ていた仲間の心臓を自力でえぐり取り、貪った。

 

 過酷な環境は人を病ませるが、異才を放つ怪物を産むこともある。

 

 最終的に計4人を殺害。

 少年の行方は未だ不明である。

 

 

 *

 

 

「……………………ハッ……!!!」

 

 暗く深い意識の深潭から醒める。

 なぜか憔悴しており、指先が思い通りに曲がらない。

 

「……痺れている………これは…」

 

 なんとかして上半身を起き上がらせるも、抗いようのない脱力感に包まれ、ピリピリとした痛みが目立って感じられる。朧気な意識が眠気のように思考を奪い、現状を呑み込むのにそれなりの時間を要した。

 白いベッドの上。薬品棚が目につくと、すぐに医務室だと察した。こんなところで眠っていた理由も、信じがたいが予測はついた。

 

「ま、まさか「失敗」したというのか…?あの時既に……「00秒」で確定だったはずだ……何故……間違いないのだッ……!」

 

 独りで頭を抱える最中、その悩みを吹き飛ばすために来たと言わんばかりに、見慣れたヤツが姿を見せた。

 記憶が曖昧な今、不本意とはいえ憎きヤツに訊ねるしかない。

 

「……意識が戻ったようで嬉しい限りです」

 

 業務用スマイルすら知らない男、真山祥造のことだ。

 近づいてくる焼け跡一つ無い純白のスーツが、ダービーの策の失敗という現実を突きつける。ダービーは壁にもたれながら立ち上がり、再び彼と相対した。

 

「マヤマ、貴様……新たなイカサマを…!そうでなければ説明がつかない……謀ったな!」

 

 なけなしの体力で焦りを見せる。

 

「さあ、存じ上げません」

 

「くッ…………もういい……で、私は失敗してしまったようだな。こうなってしまっては、私に言うことはない…………」

 

 勝負に負けたのなら、それ以降の反抗は負け犬の遠吠え。ダービーにはプライドがあるため、常人以上に出来っこない。

 

「……電流停止を見誤ったのは事実ですが、失敗ではありません。気絶しようとも座りさえすれば電流は止まりますので……四回戦はダービー様の勝利となります」

 

「…………」

 

 そうだ。よく考えてみれば今、自分は生きている。感電諸々の話ではなく、魂の話だ。魂を取り立てられていないということは、まだゲームは進行している証拠。

 

 ダービーは胸をなで下ろす思いで顔を上げ、新たに芽吹いた疑問符を貸し付ける。

 

「……だが…………見誤った…だと?」

 

「はい。止まってしまったので本来の停止時間は不明ですが、ダービー様は今、気絶から目覚められた。すなわちダービー様が座った時はまだ、確かに電流は流れていたのです」

 

 しかし、ワインは一瞬として燃えなかった。偶然か?そんなバカな。触れただけで気を失うほどの電気だぞ。やはりこの日本人、何が何でも隠し通そうとしている。自らのイカサマを。

 

 ダービーが不正を暴く決意を再度固めようとしたとき、マヤマは話を変える。

 

「それと、「電流は一度だけ耐えられる」などと説明文には記してありましたが、あれは言い換えれば「一度だけなら生還できる可能性は高い」……というだけ。かなり威力は抑えていようとも、あれは「雷」なのです」

 

「…?」

 

「落雷を喰らったのにのうのうと起き上がる…なんて話があります。が、もしそんな風に生還できたとしてもダメージは計り知れません。皮膚や内臓の熱傷、心停止、呼吸停止など……ホテル側で善処致しますが、絶対に死なないという保証は出来かねます」

 

 一度ほぼ無傷で耐えたからといって二度目はない、五回戦で切れる手札に数えるな。彼はそう伝えたいのだろう。

 言われてみれば、電撃による痛みや息苦しさは全く感じない。薬品でも投与されたのだろうか。軽傷に越したことはないとはいえ、ホテル内で応急処置以上のものが可能というのと、小さな医務室で治療を受けてこれとは、摩訶不思議だ。

 もしや、落雷並の電撃というのはハッタリで、本当はスタンガン程度の電撃なのではないか?という希望的観測が頭をよぎった。

 

「では…今から10分後、ゲームを再開させていただきます。もし来なければ、その時点で」

 

「この私が敵前逃亡すると?」

 

「大変失礼しました。ああ、それと……」

 

 去り際、釘を刺すようにマヤマは言い放つ。

 

「時間はもう……残されてはいないのです」

 

 

 〈四回戦 勝者 ダニエル・J・ダービー〉

 

 

【五回戦】

 

 

 10分間のインターバルは終了した。疲労からかトラップを仕掛ける気力も起きず、ダービーは特に何もしなかった。

 

 カジノ内に残っているのはマヤマと彼、あとは数名の黒服と半分以下に減った観客たち。地下にあるため空は拝めず、イスの位置や黒服の配置、灰皿やワインの空き瓶までもが以前と変わらないここでは時間の感覚なんてものは到底掴めない。

 

「電気マッサージというものは血行が良くなるなんて言うが……案外信憑性アリだな。肩凝りが治った」

 

「……それはそれは…良いことで」

 

 時間が進んでいるのか疑うほどに代わり映えしないやり取り。

 相手の気丈な振る舞いは、既に勝ったつもりでいる証。巨大な落とし穴を忍ばせている証だ。と、二人は思った。

 

 遂に最終戦が始まる──そう思った矢先。ダービーの城壁は崩れることになる。

 

「…『50秒』」

 

 マヤマが唐突に言い放つと、ダービーは目を見開いた。

 

「…………もう……見当はついていらっしゃるのでしょう?何を意味するのか」

 

「何だって…………?」

 

「…ダービー様の心拍数の急激な上昇………予想通り………ですが、決して私が驕り高ぶれる事でもありません。ダービー様から種明かしをしてはいかがでしょうか」

 

 この男ならありうる。いや、この男でなければありえなかった。

 天才を超えた天才ほど恐ろしい者はいない。ダービーは自分自身が常識を無視した能力を持つからこそ、余計にそれを思い知らされた。

 

 ダービーは諦めたムードで重苦しく話し出す。

 

「…………その前にまず、いくつか問おう。一つ、君が義足を着けているのは事実だが「義足はイカサマではない」…な」

 

「……………………」

 

 真山祥造はじっとりと寡黙を貫いている風にも見えるが、それはとんだ見当違いだ。

 かといって、初対面の際に見せたような、黒い指摘に対する不敵な無言でもない。あの時はまだ、互いが探りあっていた。

 では真実は何か。それは脈絡のないダービーの質問に対して「応答は無駄である」と言いたげな、達観した面構えだった。

 

 あろうことに、何もかもを見通した具眼の士は、いつからか「それ」を知っていたのだ。

 

「…………くっ」

 

 ダービーの心臓は激しい血液のビートを奏でている。「それ」が見破られることなどあるハズがないとタカを括っていたせいで、隠しきれないほどの身震いが彼を襲う。

 

「…………二つ…………貴様はゲームが開始する寸前、イスの電源がオンになった時、「電流の停止時間を知ることが出来る」……」

 

「…………………」

 

 またも黙りこくっている。

 「それ」を知っていれば、わざわざ単純な質問に舌や顎を上げ下げする必要はないからだ。

 

 「それ」とはダービーのイカサマであるのだが、一般常識を持つ人間ならば、思い浮かべることすら馬鹿馬鹿しい。しかしマヤマには一般人でない前例がある。噛み合わないパズルのピースを並べて完璧な絵面を思い浮かべることが、彼にはできる。

 そして、ピースを最終的に繋ぐのが「それ」だ。「ダービー」だけが知り、利用していた枷だ。

 

「両方とも、答えは「YES」でしたか?」

 

「!」

 

 マヤマの狂いなき正答。これを恐れない者はいない。

 

 ある者の超能力により、質問さえ投げかければ一方的に是非がわかるという、簡単な読心術。それこそがダービーの秘術だったのだ。

 更なるマヤマの解説は否定のしようがなかった。

 

「…………「YES」か「NO」のどちらかでしか読めないものなのでしょう、その『力』は…………質問に味気がなかったので。しかも、使用するためには何らかの「準備」が要る。例えば、三回戦のあと、私の義足に『悪霊』を取り憑かせていた……なんてどうです?」

 

「…………な……」

 

「ああそれと、隠しても無意味ですのでついでに言わせてもらいます。『50秒』とは四回戦での本来の停止開始時間………であると共に「五回戦の停止開始時間」です」

 

 またもや不意。

 しかしながら、事実に合わせて与えられた疑念はダービーを落ち着かせ、思案は焦りに蓋をした。それがマヤマの狙いだったと思うと、情けに思えて、少し腹立たしくなった。

 

 四回戦での停止開始時間が50秒であることは、質問はしていなかったので不確定とはいえ、偶然にもその時の会話によってダービーは知っていた。つまり彼の言った内の前者は信用できた。

 問題は後者。五回戦の停止時間が50秒であるという事について。一回戦、四回戦と続き、五回戦でも停止時間が50秒とは。

 

「それを信じるとでも?…………とは言わん。四回戦の50秒は勿論、五回戦の50秒もどうせ「YES」だろう。問い詰めはせん」

 

 大して考え込むことなく信じることにした。

 ダービーが読心術を使っていると知った以上、彼が悪意のある嘘をつくことはないだろう。

 

「これもラストですので言わせてもらいますと、停止時間の判断は『音』。電源がついたときの『音』で……いつ停止するかわかるのです。私、聴力には自信がありまして。鼓動ぐらいなら聴こえます」

 

「…………君というやつは……」

 

 もはや呆れてものもいえないダービーは鼻で笑い、呼吸を整えるくらいしかやることがなかった。

 

「……それでは、最終ゲームを始めましょう」

 

 静かになったのを確認すると2人は背筋を正し、昂然と立ち、改めて向かい合った。

 

 失敗は許されないダービーと、どんな手を使うか予想のつかないマヤマ。いつしか二人を包むのは緊張感ではなく高揚感。ギャンブルの魔力に溺れ、抜け出すことのできなくなった人間同士での命賭けの闘い。今から始まるゲームの結果が予想できればと思うのは凡人の浅知恵。先の見えないスリルこそが史上最上のエネルギーなのである。

 

 どちらが四回戦終了後に仕掛けられた極大の地雷を踏んでしまうのか、耐えるのか、避けるか、はたまた拾い上げて投げ返すか。いずれにせよ、塗炭の苦しみをじっくり味わうことになるであろう。

 ただ一つ言えることは、ここに後悔は無い。

 

 敗北とは死。勝利とは栄光。

 大博打の五回戦。

 

「OPEN THE GAME!!!」

 

 開戦を告げるラッパは鳴る。

 耳に染み付いた開始宣言はもはや懐かしく、ゲームは終わりを迎え始めた。

 

 精神の中で凍結していた時は再び刻み始め、体内時計は鼓動と共に勝手に死へのカウントダウンを数えていく。延長戦など望んではいないからだ。

 

「先ほどの「読心術」の件……気づいたのはついさっき。ですのでこの真山祥造、この最終戦は異なる手段を用意しております」

 

 マヤマはスーツの袖をめくり、やたらと光を跳ね返す腕時計の文字盤をダービーに見せつけた。

 

「現時刻は『午後4時59分21秒』……ちなみに五回戦開始時刻は午後4時59分17秒となります」

 

「それが何か?」

 

 ダービーは自分のものよりも値の張る腕時計を見せつけられたせいか不機嫌になりつつも、彼の突拍子も無い話を用心した。

 

「当ホテルでのチェックアウトは午前11時。それ以降になりますと、延長料金として一時間につき30ドルを頂きます。ですが当ホテル……特にこの時期はお客様の数が多く、あまりにも延長が長引くと業務に支障をきたします」

 

「…………うむ……勝負に関係ないとはいえ、こればかりは言うことはない。そういえば、私の腕時計が見当たらないが…」

 

「いいえ、そうではありません。当ホテルの規定で、ダービー様の宿泊している一等室の場合……大変恐縮ではありますが、チェックアウト時刻から6時間後が………『強制チェックアウト時刻』となっています」

 

 妙に粛々と話すのでダービーはほんの少し不思議に思い、その後すぐに息を呑むことになる。

 『強制チェックアウト』。これが何を意味するのか、瞬時に読み解き、これがマヤマの策謀なのだと驚愕した。これは彼であるからこそ真価を発揮する、一本道に堂々と居座る障壁だ。

 

「要は本日『午後5時』……ダービー様は強制チェックアウトとなり、同時に延長料金をお支払い頂きます。お部屋の荷物はホテル側で責任を持って預からせていただきますので、ご心配なく…」

 

 ああ、そうだ、忘れかけていた。

 

「………「お客様だから」……敵であるこの私にそれを伝えた。そうだ………「客だから」…………」

 

 隅っこに隠れていた、このゲームのルールでは可、真山祥造のルールでは不可な行為を。

 

「この五回戦で言いますと、『43秒』……それがダービー様の『強制チェックアウト時刻』……」

 

「…バカな……………これでは……」

 

 「暴力」だ。

 これまでマヤマは、自分がホテルの客だから暴力を振るわなかったのだ。そこで強制チェックアウトが執行されれば、自分はホテルの客ではなくなり、マヤマが自分を丁寧に扱う理由は消失する。

 しかも、このゲームでのヤツの真の狙いは自分が二度とこのホテルを利用しなくなること。つまりは死亡すること。マヤマはその真の狙いを、自分自身で執り行おうというのだ。

 

 『43秒』を過ぎれば、死ぬ。

 

「いや待て……!私が貴様とゲームを始めたのは昨日の夜9時頃だぞッ!四回戦の後……19時間以上も気絶していたと言うのかッ!」

 

「はい」

 

「大嘘つきめ………仕掛けるなら私の見ていない間………このカジノにある時計を全てずらしたな!」

 

 柱のモダンな掛け時計は5時直前を示している。

 右手首を見るも腕時計は無く、カジノから抜け出そうにも二の足を踏むばかり。

 

 多分てはあるが、気絶していたのは10時間程度。カジノは24時間オープンしているため判りづらいが、本当は今は朝方だろう。そしてマヤマは、強制チェックアウトを利用するためにカジノ内の時計を一つ残らず動かしたのだ。そうでなければ日没の近い時間帯の客数がこんなにも少ないわけがない。

 

「この場から10m以上離れた場合は棄権と見なします。それとダービー様の腕時計は三回戦後の際、ワインがかかって外していらしたので、当ホテルが責任をもって…メンテナンスをさせていただきました」

 

「チッ…………そんなもの信用できるか…細工されているに決まっている」

 

 もう腕時計はどうでもいい。

 電流停止開始時間は50秒。強制チェックアウトは43秒。この2つの時刻の狭間にある『7秒間』という名の傍観者たち。その邪魔者たちをどう凌ぐかが、現時点での最大の難関である。

 

 午後4時59分40秒。ゲーム開始から23秒経過。

 

「…………昔、父親とキャッチボールをしました。けれど新品のボールは壁に当たるばかり。何故か?理由は私に親なんていなかったからです」

 

「また与太話か。興味の無い話ほど退屈なものはないということを教えられた事はないのかね?おっと、教える親がいないんだったな。すまない」

 

「私は米国人です……国籍があります。生まれてから一度として日本人とは名乗ったことはありません」

 

 日本名のままのアメリカ人とは。

 よくよく顔を見てみれば、肌はキメ細やかでシワ一つ無い整った顔立ちをしている。若作りではここまでの質感は生み出せない、本物の若さだ。

 

 こんなこと尋ねる暇があると言われれば十中八九無いのだが、自分の中に有耶無耶を留めておくのも癪なので。

 

「……これは興味本意で聞くが、貴様一体何歳だ?」

 

「今年で22です」

 

 ダービーはフッと吐息を強めて嘲笑った。それが冗談へのせめてもの社交辞令だと思ったからだ。

 

「バカを言え。このホテルは1971年開業だろう」

 

「私は2代目支配人。初代は私との賭けに負け、あらゆる権限と共にこのホテルを明け渡してくれました」

 

「な…………初代支配人とやらは、たかが若造との勝負にこのホテルを賭けたというのか?……君はマフィアの一人息子でもあるまい」

 

「ええ、私は一般人です」

 

「……………」

 

「それがギャンブルの魅力というものです」

 

 そんな無駄話をしている間にも、43秒は刻一刻と手を伸ばしてくる。

 

 とりあえずダービーは距離をとった。

 4mほど離れただろうか、マヤマは変わらずイスの真ん前を陣取っている。平凡に考えればこの位置取りは、マヤマが50秒時点で楽々とイスに座るのを野放しにすることになる。

 言わば今の位置は、彼の本質を看破したダービーだけが踏み入れられる領域。あとは少しの積極性があればいい。

 

 ふと、今になってダービーは言い忘れた事を思い出し、少しばかり声を張った。

 

「そうそう、言い忘れていたが、このゲームには大きな「欠陥」があるな。お互い向かい合っている…それが何を意味するのか」

 

「…『相手が座す時』を見ることができる」

 

「そう……すなわち、相手を押し退けて座ることが可能。暴力行為を認めるこのゲームならでは…と、言えるだろう」

 

 ダービーは話を続ける。

 

「だが何故、どうして私はそれをやらないのか…………それは君が、私が力で勝利をもぎ取るギャンブラーではないと分かっていたからだ。当然、私は君の思うようなギャンブラーだし、今後もそのつもりだ」

 

「ダービー様が暴力行為に走らない方であると知った上で、私がこのゲームを選択した……そう仰りたいのですね?」

 

「今みたいに、君は全てを掌で踊らせているようで、実は違うのだよ。この勝負……どちらがマリオネットか、すぐにその身に焼きつくさ」

 

 ヤツは、私が押し退けない人間であるからストレート負けは無いと考え、かつ強制チェックアウト後の暴力行使も含めてこのゲームを選んだのだ。

 私と出会ったときから既に、五回戦まで行うつもりだったのだ。

 

「まもなく、ダービー様の強制チェックアウトのお時間となります。準備はよろしいですか?」

 

「……正真正銘、これがファイナルラウンドだ」

 

 42秒突入。

 刻は誰の許しも得ずに進む。どちらかの死を拝むために。

 

 42.96秒

 

 功名心は生を受けると共に捨て、研磨されすぎた暴力には固く封をしている。しかし、永久に似た刹那を過ぎれば、獲物を食らう絶対強者と化す。望んだ終わりを成し得たとき、彼は大多数に全能と評され、極少数に畏れ戦かれるであろう。

 機は熟す。深層にすら恐れはあらず、本能の赴くままに静謐は今、牙を剥く。

 

 42.98秒

 

 42.99秒

 

 43.00秒

 

「行くぞッ!!!ダービーーーッ!!!」

 

 高らかにゴングが鳴った。

 先までマヤマがいた場所はカーペットがめくれ、微細な埃が漂っているだけ。だというのに、その場から声は聞こえた。いや、置き去りにされた声を聞いたのだ。

 彼が計り知れない頭脳を持つのは明らかである。そして頭脳だけで勝ち上がってきたのではないことも、また明らかである。

 

「何ィッ!?………まずいッ!」

 

 マヤマは一歩で走り幅跳び以上の距離を前進し、まだ43秒半になっていないというのに、ダービーの目前に迫っていた。

 予測を遥かに下に見ている。どれほどの脚力があればそれを可能とするのか、考える必要を感じる暇さえなかった。

 

 ダービーはとっさに灰の溜まった灰皿を投げつけ、マヤマが煙幕のように散ったそれを払う隙に、大回り気味に彼の背後に回った。

 

「……イスから10m以上離れれば棄権扱いだ。決して逃げられない、お前だからこそ……」

 

 視界を遮る灰を取り除いた後でも、彼は自身にかかった灰を払い続けていた。実は潔癖症なのか。こんな些細なことでも、数秒前までの彼からは想像もつかない行動だった。

 

「本当にそうかね?…私だって人間だ。自信を持ってそう言える。賭けでもなんでも、マジに殺されそうになれば、迷わず逃げ出すさ」

 

「…………」

 

 まだ灰を払い終わってはいないものの、マヤマは振り返った。

 彼は見た目こそ均整がとれていて筋肉量はさほど無く見え、華奢だと言えるが、スーツの下には歴戦の肉体が秘められている。真山祥造は天才的頭脳だけでは飽き足らず、超人的筋力を持ち合わせているのだ。

 

「何を…………企んでいる……」

 

 ダービーはカーペットに座り込み、床に置いた指先は今にも電気イスの脚に触れそうであった。

 

「さあな…………」

 

「…………そうか、共倒れを狙っているな…?だがなダービー、お前が一度失敗していることを忘れたとは言わせないぞ」

 

 私の攻撃がヤツに触れた瞬間に感電することで一緒に感電させようという腹積もりか。ここにきてヤツは最大の悪手を選んだ。

 

「死にたくないのなら、50秒になるまで待ってやっても……私は一向に構わんがね」

 

「……」

 

 ヤツの愚かさは二つある。

 まず一つ目は、ダービー自身が一度感電で倒れていること。二度目はないとあれほど肝に命じさせたというのに、ここにきて奇跡に身を任せるのは愚かである。

 次いで二つ目は、そもそもイスの脚に電流が流れていないということだ。二回戦で私とダービーが近寄った際、ダービーの足先がほんのちょっぴりイスに近づき、彼の意識は一瞬とんだのだ。そして唯一ダービーの足先を見ており、それを漏電と勘違いした黒服は急ごしらえの漏電対策を施した。本来は全体に走る電流のうち、イスの脚に流れる電流のみを止めたのだ。四回戦、ワインが燃え上がらなかった理由もそこにある。

 

「Bring it!怖じ気づいたかマヤマッ!!!」

 

 しかし油断は禁物だ。

 必ずしも愚かだと言えない理由は、ダービーが一つの作戦だけにこだわり、それ以外は無策だという人間ではないからだ。

 床にこぼれたワインは乾ききっているし、ダービーが漏電対策のことを知っているとも考えられない。何者かに賄賂を渡せるタイミングは出来るだけ削ったし、もし黒服に渡せたとしても私に報告すれば賄賂以上の金額を出すように約束している。ヤツが忍ばせられる伏兵は凶器持ち込み厳禁の一般客のみだと、断言できる。

 

「まあいい……引っ掛からなければいい話だ。感電させようものならば、回避すればいい。違う策であれば、即刻対処すれば終わる話…………結局のところ、この私は『無敵』だ」

 

 マヤマは脚を力ませ、軽く息を吸う。

 

「避けるなよッ!!賭博屋ッ!!!」

 

 今度は一気に距離を詰めるのではなく、短距離走の形で近づいた。スピードはその道のトップランカーの最高速を優に超えていた。

 

 ダービーの人差し指がほぼイスの脚に触れる。

 

 人間が大電流に感電したとき、筋肉は反射的に硬直し、手などの感電部分を離すことができなくなる。そして、電気が流れているままで感電している人間を引き剥がそうとした場合、その者も二次被害にあうのは言うまでもない。

 ならダービーが感電する前に素早く殴ればいいとか、先走って感電してくれればと思うだろう。それは浅はかな願望である。追い詰められた人間の瞬発力は甘くない。

 

 そこでマヤマが用いるのが、「飛び蹴り」で救助するという俗説である。俗説とはいっても、素肌で触れることがなく、吹き飛ばすことができ、触れる時間が短い方法を使うしかないのだ。

 

 マヤマは地面を蹴り、宙に飛び上がった。

 圧倒的走力から生み出される跳躍距離は凄まじく、高さも完璧。体を横に向け、右足を全力で蹴り出した。

 

「くらえッ!」

 

「オオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 ダービーは、電気イスでぶん殴った。

 

「なッ………!!?」

 

 意表を突かれたマヤマは一方的に感電し、殴られた衝撃で少し浮き上がったのち、勢い余ってダービーの後方に転がった。

 

 金属製の電気イスは相当の重量がある。それを踏まえて相手を見据えつつ、両手で持ち上げ、高速で接近してくる物体に当てるというのは気苦労であったが、実際やってみると何てことはなかった。

 当然、イスの脚に電流が流れていないことを知らなければ頭にすら浮かばなかった芸当である。

 

「ふう」

 

 一息つくと、角張った脚のせいでできた手の擦り傷を無視してマヤマに目をやる。

 受け身をとっておらず、動く気配もないので気を失っているに相違ない。

 

「………………時間の感覚が狂っているな………まるで何時間も戦っていたようだ」

 

 視線を戻し、イスを慎重に立て直すと、何となく気持ちを整理した。油断大敵と心で念じた。

 あんな怪物に粗暴なカウンターKOが決まってしまったのだ。目覚めたら何をしでかすか予測不可能。マヤマと一言も交わさずにホテルを出るのが最善だろう。

 

 遂に、ゲームが終わる。

 

「「勝者」はこのわ…」

 

 ダービーの足がピタリと止まる。最初は第六感が働いたとしか思えなかった。内心は恐怖のあまり非現実的だと叫んで信じようとしなかった。

 28年間生きてきて、これほどに背筋が凍りついたのは初めてだった。理由は、とは言うまい。どうせ表面上の答えしか解らないから。

 最終的には、焦げ臭さが決め手となった。

 

 諦めをつけた物事を他人が成功させたとき、人はどれほど悔しがり、どれほど脳内で負け惜しみを繰り返すだろうか。たいてい、無いとか少ないとかいう答えは返ってはこない。それが人間というものなのだから。だかしかし、今の状況はそれに反している。悔しがることも、負け惜しみを唱えることも自然とない。仕方がないじゃないかと、すぐに結論づけるしかなくなっている。

 それほどに彼は、人類の枠組みを外れすぎている。

 

 背を羽毛のように優しくさする、奇妙な混沌の気配を、ダービーだけが感じた。

 彼はまさしく、人知の及ばぬ孤高の王。

 

「さあ………………ゲームを楽しもう………」

 

 その声を聞いたダービーは絶句し、開いた口が塞がらなかった。

 確かに背後にいる、少なくとも数時間は寝ているはずだった、二本の足で地を踏みしめる男を、幽霊などではないと信じることがやっとだった。

 

 皮膚や内臓の焼けた臭いが鼻につき、絨毯と革靴の擦れあう音が何度も耳に入った。ダービーは首から体へと捻りを伝え、確信するために振り向いた。

 

「…マヤマ……貴様…………本当に人間か……!?」

 

 真山祥造は蘇っていた。

 

「フフハハハハ………ああ………驚かされたよ…全くだ…」

 

 夢遊病患者のように漠然と立ち、髪の毛は乱れきっていて、息は切らずとも弱っているのは明瞭だった。かといって、それが大きな影響を及ぼすとは考え難かった。

 

「…四回戦……お前の真の目的は……「イスの脚に電流が流れてるかの確認」だった……二回戦の「意識の空白」を疑わないお前ではなかったのだ」

 

 復活直後にも関わらず、マヤマは全てを読み解いている。いや、ダービーが電気イスを持ち上げたときには、もう読み解いていた。

 

「漏電など下らぬ口実………ワインは脚の電流の有無……失敗は脚以外の電流の有無……身を呈して調べていた…………全く脱帽モノだ………イスで私を攻撃する…あの一瞬のためだけに、一度しか使えないカードを使ったとは………」

 

 二回戦の違和感。四回戦の失敗。五回戦の反撃。

 ダービーによって手繰り寄せられた糸は絡み合い、敵の首を絞り上げたのだ。

 

「電撃より速い思考回路…人の域を超越した運動能力…………マヤマ、君は…何なんだ……?」

 

「…………」

 

「何者だと聞いているんだッ!!答えろッ!!」

 

勝負師(ギャンブラー)だ」

        

 50秒突入。

 

 時間の感覚というものは、状況によって変わる。

 これから始まる終わりは、彼らにとっての永遠。

 史上最高の、一世一代の、紛うことなき大勝負。

 

 さすがに弱ったマヤマの脚は震え、歯を食いしばり、何らかの激痛に悶えている。数十秒前の彼の面影はとうに消え果て、今や糸に吊られた死人。

 ダービーはそんなことお構い無しである。

 

「……お互い、大まかな勝負の流れを予見していたとはいえ、それは大まかでしかない………私とて強制チェックアウトや君の力には戦慄が走ったし、電気イスをぶつけるのはマジに奥の手だった………だろ?マヤマ…」

 

「ああ…………賭けとは絶え間ない挑戦だ。どんな過酷な運命が待ち受けているかわからない「恐怖」……乗り越えたときの「興奮」、負かしたときの「優越感」。どれをとっても……この世で一番目に素晴らしい…」

 

「………………フッ」

 

「……本当……に…心から………そう思い…ます………」

 

 光の下で、最期にマヤマは微笑んだ。

 

「…………我らは『同類』……いや」

 

 君は、運が良いヤツだ。

 

「君こそ真の勝負師だ」

 

 空気の抜けた風船のように緩みきり、倒れかかってきた体を、不本意ながらダービーは受け止めた。

 手に触れた白い肌は冷えた鉄よりも冷たく、凍てついた水よりも空虚だった。汗一つ染みていないスーツはまだどこか焦げ臭く、永久に閉じた瞳は懐かしくもある。そして、この半開きの口から、あの憎き台詞が発せられることは二度とない。

 

 極限状態へと入っていた男の数秒限りの余命は、真山祥造という人物を伝えるには十分すぎた。きっと彼自身、人生最後の予定外は、それだったはずだ。

 

 マヤマはダービーと出会うずっと前から病人であり、たった今、その生命を終えたのであった。

 

「……………『(せい)』を捨て『勝利』を求めるとは……何が君を突き動かすのかは計り知れんが………よく耐えたものだ……」

 

 そっと、生気を失った彼の体を床に置いた。

 ダービーもそれが性に合わないのは承知していたが、雑に扱う事はどうもプライドが許さないらしい。

 

 ダイヤモンドの光沢。それは万人を魅了する世界最高の輝き。それは無為自然の原石と悠久の人類史の結晶体。ただ万人は、表面上の輝きにしか目を奪われない。どれほど長く地中に忍び、どれほど多くの命が関わってきた事を知っても、感傷に浸ることはない。何故ならそれら数多の過去から不要な過去を淘汰した結果が今、万人の眼前にあるからである。結果とは選び抜かれた過去、現在とも呼ぶ。それを知れば、他の雑多な過去など不要なのだ。

 今日、この賭場で散った男は、果たして歴史から排除されてしまったのか。それとも勝ち残った者に吸収され、生きる過去の一部となったのか。

 それを考えることに、意義はあるのか。

 

 やがて、気が滅入る前にと思い、イスに座った。

 

「グッド」

 

 

 

 《THE CHAIR TAKER》

 

 〈天才ギャンブラー〉ダニエル・J・ダービー

   VS

 〈ホテル『ハイ・ベガス』支配人〉真山祥造

 

 勝者  ダニエル・J・ダービー

 敗者  真山祥造 

 獲得物 東京にある8つの不動産 

     真山祥造の魂

 

 

 

 *

 

 

 「クールー病」とは、脳などに存在する異常プリオン蛋白質を摂取することで感染し、クロイツフェルト・ヤコブ病や伝達性海綿状脳症と類似した、言わば脳がスポンジ状になってしまう病気である。

 パプアニューギニアのフォレ族が代表例で、感染原因は「食人行為」にある。その潜伏期間は最長40年を越す場合もあり、前述の症状や筋肉の衰え、震えをはじめ、様々な症状ののちに死亡する。

 

 

 *

 

 

 【ゲーム終了後】

 

 マヤマの死体は黒服たちに回収された。

 強制チェックアウト前ギリギリに五回戦を設定したことや、黒服が誰一人動揺しない事に理由があるとしたら、死ぬことも負けることも予定の内だったから、だろう。そこまでして勝負をした理由を、ダービーが知ることはなかった。

 

 そんな中、新たな一人の来訪者が歩み寄ってくるや否や、電源の切れたイスに座ったままのダービーを見下した。

 

「見ていて飽きない戦いだったよ、お前の滑稽さのおかげでな………ダニエル」

 

 観客に紛れていたその男、名をテレンス・D・ダービーが現れた。テレンスは10歳年下のダービーの実の弟であり、彼もまた博徒である。

 

「半ば強引に呼ばれて来てみれば、急に私のスタンドをつけろだサインを送れだ……あんな猿ごときに何を焦っていたのだ?」

 

 弟の長いこと溜めていた文句が溢れだしたが、気疲れしたダービーは耳を貸さなかった。

 

「…………マヤマは確実に…」

 

「?」

 

「テレンス、お前がこの場に来ていたのを知っていた」

 

「何?…………そんなわけがない。確かに私は部外者だが、あの男はホテルの客全員の顔を覚えているとでも?」

 

「そうだ。客はおろか、従業員やその他大勢の顔も名前も記憶している……それがあの男だ。金を落とさずにここに来たお前の正体がバレないはずがない」

 

 黒服たちの消えていったバックヤードを見て、ダービーは上の空で言った。彼に哀愁は無く、ぼーっとそこにあるものを見つめていた。

 

「2人がかりでも負けかけたのだ、敬服しろ。マヤマを軽視することは…この私が許さんぞ」

 

 ここでやっと2人の視線が交わされた。

 

「いつも意地を張っているクセに、らしくないではないか」

 

「フン……」

 

 薄笑いを浮かべ、イスを押して立った。

 死人を見てビビった観客たちには目もくれず、誰からも賛辞を受けることなく、ダービー兄弟はカジノを後にする。

 

「…………ただ、これだけは譲れんな」

 

 それさえあれば、他はどうでもよかった。

 

「『勝者』はこの私、ダービー(ザ・ギャンブラー)だ」

 

 

 

 

 

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