JOJO's短編集   作:湯麺

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皆さんはキッチリ考えてから執筆しましょう


リゾット・ネエロは滾らない─『偽装血痕』

 

 

 

「暗殺対象が行方不明?」

 

「ああ。俺の調査では、だ」

 

「なんだァ~そりゃあ?からかわれてんのかよ…つっても「上」からの指令には背けねぇか。行くんだろ、リゾット」

 

「…それしかできないからな」

 

 イタリアのギャング組織パッショーネ、その中の暗殺チームのリーダー、リゾット・ネエロは物々しく答えた。暗殺チームのアジトの、薄暗い部屋の明かりに照らされた顔は冷酷さを体現しているようだった。

 一方、チームの一員であるホルマジオはなんとも言えない表情をする。自分だったら溜息を吐くような暗殺命令だと思った。

 

 力ある幹部からの直接命令、拒否も失敗も許されない。

 

 

 *

 

 

 暗殺対象の男の名は「パガニーニ」。職業は売れない絵描きだったが、既に2年前に行方不明になっている。

 

 届いたメールにはご丁寧に家の住所が記してあった。その家は売りに出されてはいるものの、誰一人として買い手はついておらず、廃屋同然。

 

「(おそらく…麻薬か密輸の重要な何かを握っていて、表に顔が出せない者……といったところか。しかしこの村、人は住んでいるのか?さっきから誰も見かけないぞ)」

 

 ヴェネツィアの辺境にある田舎の、曇天の下にその家はあった。ごく一般的な家屋であるものの、雑草が天に昇る勢いで伸びていて、近づきがたい様相を呈している。

 周辺にはまばらに家屋が建ってはいるが、活気という二文字とはほど遠い。

 

 そう思いながら、裏口の前に立った。

 こんなボロ屋でもキチンと鍵はかかっている。

 

「(……問題は無い、何もな)」

 

 リゾット・ネエロは「スタンド使い」である。とても平たく言えば、守護霊を操る超能力者。

 しかし彼の場合は霊ではなく、子供が粘土で作った奥歯に手が生えた、そんな感じの見た目で、彼自身の体内に群生している。

 そのスタンドの名は『メタリカ』。周囲に存在する鉄分を、磁力を用いて自由自在に操作できる能力を持っている。

 

 『メタリカ』を使い、鍵を開けるなんてのは朝飯前だ。

 リゾットは鍵を開け、ひっそりと中に入った。

 

 ここでも『メタリカ』は役立つ。と言いたいところだが、家の中は仄暗く、光が通っていない。これでは暗殺に有用な迷彩能力が使えない。ただ、黒を基調とした服装なのが幸いだ。

 家主がいないのは確認済み。用心しながら進めばいい。

 

「……人の気配はしないな」

 

 少し埃っぽい裏口玄関はどこか臭うような気もする。本当にパガニーニがここに住んでいるのかは不明だが、今は待つしかない。

 

 メールに住所が記されていたというよりは、行き先を指定されたのだと、彼は思った。

 

「なんなんだこの部屋は……貴族でも住んでいるのか?外と内が真逆だぞ…意味がわからない」

 

 これでもかと廃れていた外見からは想像もできない、豪華絢爛な室内が眼前に現れた。ゴシック様式で統一された室内は宮殿のようで、高級インテリアが並び、僅かな日光が金色の装飾に反射して無駄にまぶしい。

 生い茂っていた雑草のせいのか、外見よりも中が広く見える。

 

「…………!」

 

 侵入して間もないというのに、リゾットはそう遠くない視線に気づいた。

 ワンともバウとも吠えず、廊下の奥から悠然と、張りつくようにこちらを睨みつけていた。

 

 汚く痩せ細った犬だった。犬種はシェパード。行方不明を装う人間が動物など飼うはずがないので、ヴェネツィアではあまり見かけないが野良犬だろう。どこかの隙間から入ったのか。

 

 犬は嫌いだ。暗殺チームの数名も嫌っている。奴らは嗅覚が鋭いし、ところ構わず寄ってくるからだ。

 脅威となる生き物の気配はしなかったと思ったが。もしミスだとすれば、早急に対処すればいい話。

 

「射程範囲内……静かなヤツで助かった。第一、こんな寂れた村なら吠えられても問題ではない」 

 

 鉄分。それは地球上のありとあらゆる場所に存在し、もちろん人間にとっても重要な物質である。

 赤血球に含まれるヘモグロビンは、鉄を利用して体中に酸素を行き渡らせており、その他にも様々な人間の活動に利用されている。

 犬にもそれはある。

 彼の『メタリカ』は体内に含まれる鉄分はおろか、射程範囲内にある全ての鉄を操れるのだ。

 

 突然、犬の胸のあたりが不自然に膨らみ、すぐに張り裂けそうなほどに肥大化する。

 

「…グギッ!」

 

 大きく裂けた胸から現れたのは大量の釘だった。犬の体は大穴を開け、釘は音をたてて床に落下した。

 横になった犬から噴き出した血潮は弧を描き、血溜まりを作り出す。

 

「……………」

 

 リゾット・ネエロに罪悪感はない。特定の人物への感傷はあっても、暗殺対象にそんなものはない。その点では彼にとって暗殺者は天職だろう。

 

 ひどく冷めきった目線を横にやり、再びリゾットは室内を見渡す。

 誰かが暮らしている形跡などは見当たらない。映画のセットのような見た目をしているクセに、一切使われていないようだ。

 

 疑問は絶え間なく増す。

 

「(パガニーニという男の現状…………それがわからない以上、記してあったここで待つしかない。他の奴に任せていたら帰っていただろうな…)」

 

 犬の死体のある廊下のほうへ息を殺して歩いていく。

 廊下を半分程度進むと半開きの3つの扉が見え、一番奥の右側には玄関が覗ける。

 

 広く煌びやかなこの家にいると、観光にでも来ているような気になる。かなりの大金をかけたのだろうが、圧倒的な外見の見窄らしさは謙虚な証か。

 

「(これは王宮を模したのか…?…今も昔も、絵描きには常識外れな奴が多い…パガニーニもその一人か。なにも気配は感じない……)」

 

 まずは右側にある扉から覗きこむ。

 迫る影は彼の影に重なり合う。

 

「ぁあ………い」

 

 忍び寄る人影──リゾットが感づかないわけはない。反対側にあったドアに、薄汚れて破れまくったシャツとジーンズをはいた初老の男がいた。

 

「あーいぃなぁ……あー…いぃなぁ……ぁ」

 

「何…!」

 

 背後からの強襲となれば、リゾットは判断は稲妻の如く素早い。

 

「『メタリカ』ッ!」

 

「グギッ……!」

 

 男の心臓部が異様に膨らみ、そこから鋭い針が滝の如く溢れ出した。出会って数秒、呆気なく倒れた。

 

 リゾットが驚いたのは他でもない、その男が写真で見たパガニーニだったのだ。なんとなく予想はついていたが、パガニーニにとっくのとうにこの家で殺され、ゾンビのような状態にされていたのだ。

 

「気配を完璧に消していたのではない…やはりこの家…普通じゃあないぞッ!犬もこいつも……既に死体だった…!この家には感染症のような………いや、スタンドが潜んでいるッ!」

 

 自分の侵入を探知した人間のスタンド使いならば、入ったときに不意打ちで殺しに来るハズだ。それをやらなかったということは、かなり限定的、もしくは知能の低い何かがいる。

 

 息を乱さず、360度あらゆる方向を視認する。

 

「…なるほど……この暗殺の意図がわかりかけてきたッ!何者かは知らんが…この「血」が生物を操作しているのかッ!」

 

 犬の浸っていた血溜まりはいつの間にか消え去っている。

 そして今、パガニーニから溢れ出していた全て血が、一滴残さず、毛細管現象のように床を這って動いているのだ。ゼリー状にも見えるそれはとても不気味だったが、血液という事実さえあればリゾットの敵ではない。

 

「犬にもこの男にもある裂傷…時間経過でここまで大きく開いたようだ……傷口から入り込み、意のままにするというワケか。次にこの、まるで意思があるかのような「血液」はどこへ向かう?…………他に死体はあるのか…?」

 

 大量の血液の塊はリゾットの真横をゆっくりと通過し、蛇行しながら移動を続ける。

 一方リゾットはパガニーニの顔をじっくりと眺め、疑問を解消していく。

 

「この任務の意味……!まったく溜息が出るな…馬鹿にされている気分だ」

 

 ふと幾つかの情報を思い浮かべると、パズルのピースは次々とハマっていく。

 

「組織はいたるところで麻薬を売りさばいている……ここヴェネツィアも例外ではない。噂で聞いたことがあるぞ…ヴェネツィアには他国の犯罪組織との仲介役がいると。しかもその仲介役はパッショーネ以外の犯罪組織からしてもかなり重要な人物だと言う…」

 

 リゾットは続けて言った。

 

「そうだ。およそ2年前から見境無く、ヨーロッパ以外でも麻薬売買を始め出した…パガニーニが「血に操られてしまった」からだ…!パッショーネだけでは安定した売買が難しくなったのだ!」

 

 パガニーニの表の職業は絵描き。しかし裏の職業は実績のある元マフィアであり、ヨーロッパ諸国の犯罪組織の仲介役だったのだ。さぞ権力があり信頼された人物だったのだ。

 

 その時、リゾットに電撃走る。

 

「……こ、こいつはッ…………!」

 

 右足首にチクリと小さな痛みを感じた。

 

「「(ハエ)」ッ!いつの間にッ…!」

 

 白黒が反転した目が、例の血液で操られているハエを捉えた。

 それに刺されたということは、傷口が出来、そこから例の血液が侵入してくるということ。

 

「クッ……迂闊だったか。このまま…俺の体内の血液と混ざり合ってしまったら我が『メタリカ』でも取り除けない…」

 

 足首から昇ってくる凄まじい異物感が、血液の位置を示している。

 

「……位置がわかれば十分だ。本体の位置ではない…本体はいない…そう言い切れる。「血に憑依した何か」………仲間にはなれないらしいッ……!」

 

 そう言い終わると、リゾットの脹ら脛の中間あたりから、丸い刃が飛び出した。それは瞬く間に皮膚を一周し、右脚を切断した。

 痛みは仕方ない。全身に回る前にやらねばやられていた。

 

 切れた脚が宙を舞うと同時に真紅の血が溢れ、例の血液も共に飛び出してくる。一見、普通の血と見分けがつかないものの、奇妙にうねって、水面に浮く油のように血溜まりを彷徨っている。

 

 リゾットは片足のままそいつを凝視した。血液は外気にさらされてのたうち回っているように見えた。

 意思はあるのだろうか。この家に住みつく理由はなんなのか。

 

「……何も考える必要は無い。組織が求めるのはパガニーニが死んだという証ッ!パッショーネが奴を殺して埋めたと思われては厄介だ…………2年前の死体だが、俺の任務は「死体を持ち帰る」ことッ!」

 

 始めからそうメールに書いておいておけば楽だったというのに。組織内でよほど暗殺チームが信頼されていないという表れか。

 

 一瞬、睨み合う。

 そう簡単にはやらせないと、血液は硬い覚悟を放っている。そんな気がした。

 

 例の血液が飛びかかってくる。

 

「来るか……お前は正真正銘の血液だ…単なる赤黒い液体ではない。だからこそ…相手が悪かった」

 

 野良犬とパガニーニはとうの昔に死に絶え、血が一切無くなっていた。そいつらの血液中から鉄の凶器が生成できたということは、例の血液が本物の血であることの証拠。

 つまりは『メタリカ』の独壇場。

 

 血液はリゾットの目の前で突如として軌道を変え、壁に叩きつけられる。

 

「…………ほんとちょっぴり…鉄分を入れておいた。今度はこっちが操りやすいようにな」

 

 次いで血液は反対側の壁に叩きつけられ、天井に叩きつけられ、床に叩きつけられる。

 まるで下手くそな大道芸人に操られているように、リゾットの思いのままにされ、戦いは終わった。

 

 

 *

 

 

 あの血液の塊は何者かの死後のスタンドだったのか。それは誰にもわからない。あそこで何をしていたのかもわからない。

 リゾットはただ課題を遂行していくだけであって、何故殺すのかといった謎を解くことは決してないのだから。

 

 

 リゾットは二本の脚で暗殺チームのアジトに戻り、その場にいたメンバーに確認した全てを報告する。

 淡白で無駄の無い報告を聞いた全員が、もれなく疑問符を浮かべていた。主に疑問の対象は2つに分かれた。

 

「で、死体を届けて終わりか?その…動き回る「血」とやらは何なんだ?その家で何をしていたんだ?」

 

 ふとメローネは問う。

 

「わからず終いだ。第一、わかって何になる」

 

 ぶれない冷徹さでリゾットは答えた。

 

「でもよリーダー、ちょっと…ちょーっとだけ気にならないのかい?ホラー映画みたいで面白そうじゃあない?」

 

「ペッシおめーなぁ……俺たち暗殺チームのシノギは出された任務をこなすことだ。勘違いすんじゃあねーぞ。まあ…今回ばかりは少々異論ありだがな……てかオメー、ホラー映画なんて怖くて見れねぇだろーが」

 

「うう……わかったよ兄貴」

 

 ペッシは落ち込んだ様子でプロシュートの意見をのみ込んだ。

 

「他国との仲介役の死体っつーのを持って帰る仕事ってよォ~………上のクソ共は俺らを何だと思ってんだァ!?下っ端と同じ扱いなんて気に食わねェーぜッ!!」

 

 ギアッチョの堪忍袋の緒はずっと切れていた。

 

「言うほどか?金はいつもの3倍は貰えたし、けっこう太っ腹じゃあねーか。その命令出してきた幹部ってのは一体誰だ?上手くいきゃあもっとたかれるぜ」

 

「しょうもねー思考しやがって。鏡の世界に脳みそ忘れきちまったのか?あ?…暗殺チームは暗殺専門に決まってんだろ」

 

「なんだとテメー……?」

 

 イルーゾォの誇りもへったくれも無い提案にホルマジオは喧嘩腰でそう反論した。

 

「静かにしろ。もうこの話は終わりだ」

 

 




 
吸血鬼に捨てられたゾンビの成れの果て…だったりしたらいいなと思ってます。

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