JOJO's短編集   作:湯麺

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三年半ほど前にあらかた書いて放置していた小説を補填して書き上げたものです。けっこう書いてあるのに投稿してないのがもったいなかっただけで、別に投稿再開とかではないです。


モハメド・アヴドゥルは欺かない─『厄薬赤風』

 

 

  

 害虫が平然と闊歩する中、ヒビの入った灰色の壁に囲まれ、地元民は料理を口に運ぶ。話し声の絶えない店内に対し、外は日が昇りきり、出歩く者はかなり少ない。

 その一方。今にもひしゃげそうな椅子に座り、ベタつくテーブルで数十円のコシャリを食べながら、モハメド・アヴドゥルは村の様子を観察していた。

 砂漠から出土したような建築物を彩るアラビア語の看板。路上に展開された商品。木陰で寝転がる若者とドミノを楽しむ男たち。それら全てが、古代から変貌を繰り返してきたエジプトの文化を体現している。

 

 ここは活気に溢れるエジプトの辺境の村。地理的・気候的・歴史的観点から見るとお世辞にも良いとは言えない。にも関わらず近頃は評判が高まり、移住者が絶えない。

 やはり住民の温かさが功を奏したのだろう。それは店内にいる他の客からも見てとれた。彼らは仕事の休憩中だというのに、酔っているかのようだ。

 

 アヴドゥルは自らの皿に視線を戻し、右手で食事をする。貧相な店に慣れている彼でも、コシャリを口に入れる度に変容していくしかめっ面は隠しきれていなかった。

 コシャリとはご飯、パスタ、マカロニ、豆に玉ねぎとトマトソースを加えたエジプトの国民食であリ、国民食だからこそ多種多様な味が存在する。この店のものは、彼の口にそれほど合わなかったのだ。

 

 残すのも失礼なので黙々と食べていると、サングラスをかけた男が向かいの席に腰を下ろした。男は脚を組みかけたが途中でやめ、アヴドゥルの顔をまじまじと見つめた。

 

「…………あんたが…占い師のアヴドゥルかい」

 

「そうだ」 

 

 とアヴドゥルが返すと、男は肩を緩めて軽く笑って見せた。

 

「ふぅ~、良かった…………ああ、俺は案内人だぜ。あんたに占いを申し込んどいて悪いが、じいちゃんは脚が不自由でな、村の外れに住んでる。そいつを食べ終わったら行こう」

 

「うむ……悪いな」

 

 今回、アヴドゥルは一人の老人の占いを頼まれている。いつもはハンハリーリの市場(スーク)で営業しているのだが、この村出身という大男にやけにせがまれたので、特別出張という形でこの村に赴いたのだ。彼はついでに露店でも開こうかと考えていた。

 

 急いで食べる様子もないアヴドゥルを横目に男は騒がしい店内を見渡して言う。

 

「この村は遺跡も何もねぇ、ただの質素な村だ。俺は生まれたときからここに住んでるが、どうにもこの村の特色がわからん。そんくらい地味な場所さ」

 

「……地味?さっき住民の方に話を聞いたが、移住者が増えているそうじゃあないか。何らかの大きな利点がないのは確かだが、住民の優しさのおかげではないのか?」

 

 それを聞いた男の反応はまさに目が光るようだった。

 

「アヴドゥルさん………あんた、知ってるかい?」

 

「?」

 

「あんたの言う通り、「この村への移住者」は嫌になるほど多い……観光客もな。日増しだ」

 

 男は厳然と眉間にシワを寄せ、コソコソしながら顔を近づけた。一見唐突で意味のわからないその仕草は、何らかの秘があることを物語っていた。内緒事を言ってしまいたいという若者らしい私情が垣間見えた、では終わらず、アヴドゥルはおのずと答えを見た。内緒事が村全体に関する事柄だと、彼は察した。

 

 ここは都市化が進んでいたり、農業に適した土地であったり、観光業が盛んだったりするわけでもない。かといって、この地には村民性だけでは説明のつかない、価値にそぐわない人気がある。それはアヴドゥルも薄々感じていた。

 

「だがな……「この村からの転出者」はいない……ゼロだ。そのせいで人口がほぼ真上に急上昇だぜ。マジの話よこれ」

 

 言い終わり、男は冗談めかそうと半笑いになった。その行為がかえってアヴドゥルの違和感を増させることになるとも知らずに。

 

「………土地や食料に困っている様子はなかったぞ。来る途中に見たところ更地だらけだったし、仕事に勤しむ者も多く見受けられた。交通が不便なわけもあるまい」

 

「ま、そ。これといって困ることはない」

 

「さっきから………一体どういう意味だ?」

 

「この世には知らないほうが幸せなこともあるってことよ。んで俺もその、幸せ者の一人さ」

 

 

 ◇

 

 

 村外れの丘の上ある土壁でできた家に、依頼人である老人は住んでいた。

 老人は白い髭を蓄えており、腰が曲がっていた。村生まれ村育ちらしく、穏和で馴染みやすい雰囲気。家はというと、日当たりは良好なものの狭小で、3人入っただけでリビングが牢屋に思えてくるほどだ。

 アヴドゥルと老人はテーブルに向かい合って座り、軽い挨拶を済ませたところで、本題に入る。

 

「シャルマンさん、もし期待していたのなら申し訳ありませんが、私はあなたの「未来」を占うことはできません。過去や現在、一年後まではまだしも、遠い運命は私には見えない。ただ、「進むべき道」を示すことはできます」

 

 アヴドゥルはいつもの占い通り、老人にそう宣告した。

 

「いえ…………占ってほしいのは私では御座いません。「村がどうあるべきか」……それだけなのです」

 

 老人は祈るようにか細く震えた声を発し、珍しい要求をしてきた。

 アヴドゥル自身、企業方針等を占うことは数回あったので不可能な要求ではない。だが、村長でもない老人がそれと似た事を頼むことに、彼は多少の違和感を覚えた。先ほどの案内人の意味深長な話も相まって、彼の頭は疑問に支配されそうだった。

 今さら引き返すわけにもいかないので、彼は占いのうちは違和感については忘れようと決めた。今、彼は占い師で、依頼を全うすることが大事なのだ。

 

「村…となると、対象がかなり広くなります……タロット占いでは事足りないやもしれません。この村だけが描かれた地図はありますかな?」

 

「…おいアミール、アヴドゥルさんに地図を」

 

「あいよ~」

 

 店で出会った案内人ことアミールは、村とその周辺のみが描かれた地図を棚から取り出し、アヴドゥルに手渡した。

 

「ありがとう…………古来よりジプシー占いでは、「偶然にできた形」を人の意思に影響されない「運命の印」として占うことがあります。そのようなものを用いて相手の過去や目標、本質を割り出すことが「占い」の第一段階……ですがそれは土台作りに過ぎません」

 

 アヴドゥルは懐から取り出したメモ帳に地図を素早く書き写し、書き写した面を二人に見せた。それは詳細が省かれてはいるものの随分精密で、田舎者の2人はアヴドゥルの思わぬ手腕に目を奪われた。

 アヴドゥルは話を続ける。

 

「得た情報を整理し、将来起こりうる事件を予測する。そして対抗策を導き出す…………占いの本番はこの第二段階にあります。つまり占い師を名乗ってはいますが、実は「警告」と「人間的なアドバイス」こそが我々の仕事なのです」

 

「それで、その紙で何すんだ」

 

「さっき言ったジプシー占いに似た占術だ。アミール、シャルマンさん……あなた方は今から行うものが「マジックや実験の類いではないと信じなければならない」……」

 

 アヴドゥルは真剣な眼差しで釘を刺した。

 百発百中の占いなど存在しない。だからこそ占いを自身の利益に変えるためには、占いの結果を信じる必要があるのだ。無論、占いを依頼している時点で信じているのは明白なのだが、これから行う方法は疑念を持たれても仕方ない要素が盛りだくさんなので、念押しする必要があったのだ。

 

 無言の2人からひしひしと伝わる承認サインを確認したのち、アヴドゥルは精神を集中させた。

 

「では、始めましょう」

 

 指を鳴らした。すると突然、紙の左右上下と中心部が僅かに燃え、ジリジリと紙を焼き始めた。

 

「ほぉ!」

 

「おお!なんだこりゃあ!」

 

「…東西南北と中央の「五点」をほんの少し燃やしました。この燃え上がらないほどに小さな火がどのように穴を広げるか、焦げるかにより、この村を占います」

 

 アヴドゥルは右手で紙を提示しているだけで、着火装置や科学薬品を使用した素振りはなかった。にも関わらず、焼けて出来た穴はどんどん広がり、不規則的な形を作り出している。

 この不自然極まりない現象を目の当たりにして、アミールとシャルマンは心の奥で、これはアヴドゥルがああ言うのも当然だと思った。しかしその思いも、いつの間にか占い師アヴドゥルの高い評判にかき消されていた。

 

 10秒程で火は収まり、五つの焼け穴と焦げ跡が完成した。まずそれをアヴドゥルが確認する。

 焼け穴は数センチの小さなもので、全てが手を伸ばすように同一方向に進んでいた。焦げ跡のほうは斑模様になっていて、不吉としか言いようがないほどに不規則だった。

 

「これは……!」

 

 アヴドゥルはとっさに紙を伏せた。

 全ての焼け穴は一方向に向かい鋭く尖り、その先端は老人宅を指していたのだ。この占いに失敗はあり得ない。それ故に、今までの疑問も踏まえ、アヴドゥルはその奇妙な事実を隠さなければならないと思った。

 

「ハッハッハッ、面目無い。この占術はまだ未完成でして、失敗してしまいました」

 

「いえいえ……占いはデリケートなものです。無理に見知らぬ土地に呼び込んだのは私たちですから、まだ色々と慣れていないのでしょう。そうだ、アミール、紅茶を」

 

「……へいへい」

 

 渋々と引き受けたアミールにチープな紅茶を出されて、アヴドゥルが口をつけることはなかった。その理由は、もしや秘匿にしていた占いの結果を相手に覗かれ、村について疑念を持っていることを悟られたのでは。そして紅茶に毒でももられたのではないかと。単純ながらも彼はそう思ったのだった。

 この小さな行為は相互の疑いというものを助長させた。

 

 シャルマンは占い師アヴドゥルを強く信用し、敬意を払っていた。今後ともそれは不変の感情であるつもりでいた。だが今、それは良くも悪くも揺らいだ。彼も一方的であることは理解していた。村へ迎え、無用な疑いを持たせたのは彼らであるからだ。それも仕方がない事。現状では、他人に希望を寄せるしか選択肢はなかった。

 

「お前は下がっていなさい」

 

「……」

 

 祖父にそう言われて、ふとアミールは底の見えない紅茶を一瞥する。何に目をやるべるきかわからなかっただけで、特に意味はなかった。次いで彼はタロットの準備を始めるアヴドゥルを見た。これまた何を思えばいいかわからなかっただけだった。

 アミールは乾いた空気を浴びに外に出た。家の中はアヴドゥルとシャルマンの二人きり。

 

「アヴドゥルさん、私は先の炎を見たとき……「運命」だと感じました。あなたは未来を占えないと言っていましたが、私には信じ難かったのです。占い以前に、我らの行動は見透かされていたのだと…………そう思わされました」

 

「…?」

 

「気づきませんか……炎ですよ」

 

 シャルマンの不気味な物言いに警戒心を高めようとした直前、煙の臭いが鼻をかすめる。

 それはアヴドゥルの慣れているものとは一線を画す、脳を逆撫でするような強烈な異臭だった。異臭は気づけば部屋に充満し、吸わざるをえなくなっていた。

 アヴドゥルは訳がわからないまま、シャルマンを睨みつける。逃走という選択肢は何故か現れず、その場に2人は立ち続けた。

 

 先に口を開いたのはシャルマンだ。

 

「紅茶に毒など入ってはおりませんよ。ですがあなたは我々に疑いを抱き、出された紅茶を飲もうとしなかった……違いますかな?」

 

 紅茶を出すタイミングもなにもかも、全ては掌の上だった。ただ一つの例外は、村の希望が消え果てたことだ。しかしシャルマンはそれに対して怒っているわけでもなく、絶望しているわけでもない。遠方から呼びつけ、勝手な感情を押し付けてしまっていることを悔いていた。だがおかしなことに、言葉が止まらなかった。

 

「あなたに村の行き先を占ってほしいと思っていましたが、やはり無理があったようです。この村は……もう、どうしようもないほどに呪われている…………私も、民も…」

 

「うっ……」

 

 老人が舌を流暢に回す傍ら、アヴドゥルは鈍器に殴られたような頭痛に悶え、段々と頭を侵食する味わったことのない感覚に混乱していた。

 一方でシャルマンの目は充血し、頬は不気味に吊り上がっている。

 

「私はかれこれ70年は生きておりますが、「耐性」がつくとは思いません…………ただ老いぼれたので、効果が出るまで時間はかかりますが……この濃度でしたら、若いときのように……」

 

「まさか………この…「煙」はッ…………」

 

「……………完全なる…理性の喪失も時間の問題。逃げ……ることをお勧めしたい……」

 

 シャルマンは煙を吸い込む度に記憶が削られていくのを意に介さず、一回一回の呼吸をこの上なく楽しんでいた。

 

 吐き気を促すような尋常ではない心拍数に脳が危険信号を発している。そんな中、アヴドゥルは一心不乱に歩き出す。

 

 シャルマンの高笑いを背中に受けながら外に出る。

 アヴドゥルが汗ばんだ顔を上げるとそこにはアーミルがいた。

 

 

「……この丘を北に迂回しながら東に行けば風上を避けられる。車が待ってるぜ」

 

「お前は……何故…」

 

「…最低限の呼吸で走りな」

 

 アーミルは家の外壁にもたれながら、北の方角を指差した。彼はアヴドゥルを追い詰めるようなことはしない。それはアヴドゥル自身もわかっていたこと。故郷に、運命に囚われただけの一人の人間だ。

 

 もう二度とアヴドゥルがこの村に来ることはないとアーミルが思ったとき、アヴドゥルはアーミルの横に立っていた。北とは真逆の方向を向いていた。

 

「……お聞かせ願えないか……「この村」の事と煙の秘密……を」

 

「あんたも意地っ張りだな……へへ」

 

 乾いた笑いを浮かべ、アーミルは丘の上から村を一望した。そして話し出す。特に覚悟はいらなかった。

 

「…………イギリスがこの土地を支配していた時代……ここら一帯は奴らの極秘の糧となった。奴らは機械人間、猿と人のハイブリッド……謎の石製仮面や古代エジプトの遺物まで…………ひでー実験を繰り返した末、ここ村を「不死隊」の実験に用いた……痛覚を遮断した人間を生み出そうと………っつーワケよ」

 

「その名残があの()()の煙…か」

 

「麻薬の風……この村の名産品さ。多分、いつも少しずつ燃えてたんだと思うぜ。んで、理由は知らねーが、外部のやつに全部焼き払ってもらおうってじいちゃんは考えた。結局んとこ、自分の愛した村を自分で壊す勇気は無かったんだ。イカれてるだろ?」

 

 笑いながら小刻みに言葉を震わせて、アミールは真相を話した。といっても彼はそれ以上の詳細は知らないようで、アヴドゥルが更に追求することはなかった。

 

 やがて去っていくアヴドゥルの背中を見つめながら、彼は空に笑った。息が苦しくなるほどに高笑いしたのち、一気に汚染された空気を吸った。

 彼もまた、望まない快楽に取り憑かれた村民の一人だ。村の外に出た経験はあるが、あらゆる禁断症状に襲われ引き返すことを余儀なくされた。麻薬が眠ることは今の今まで知らなかった。

 

「皆、ハナから達してたんだ……狂気の臨界点に…」

 

 火とは生命である。同様に温もりを与え、無くてはならない。しかしながら、同様に危険である。

 

 

 ◇

 

 

 なぜ満足に立つこともできない老人があんな場所に住んでいたのか。若い孫がいるとはいえ、他に空き家はいくらでもあったはず。穏和な人間が村民との交流を嫌っているとも思えず、アヴドゥルは一つの結論に辿り着いた。

 守っていたのだ。村の命を。

 

 

 村の外にたどり着いたアヴドゥルは一台の車をすぐに見つける。

 駆け寄ると、運転席には見たことのある大男が座っていた。

 

 

「貴様はたしか……」

 

「五日ぶりですね、アヴドゥルさん」

 

「……あ!あのとき私の店に来た男!」

  

「へい、シャー・ルクと申します。いつもはエドフの方でトコ屋を営んでいる若輩者で、アミールは私の従兄弟、シャルマンは私の祖父です。ワケあって実際に会ったことはないんすけどね。電話で話すくらいで」

 

 

「ふむ、そうか………そうだ、君、村について何か知っていないか?」

 

「う~ん……そう言われても単なる田舎ですからねぇ。「空気が澄んでる」なんて噂くらいしか耳に入りませんよ」

 

 冗談半分で話すような姿は、あの案内人そっくりだった。

 アヴドゥルは気分が晴れていた。

 

 

 

 

 

 

 

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