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最初に、その騒動に気がついたのはカービィとシアだった。
「ハジメ、あれ!」
「あれ? ハジメさん、あれって……何か襲われてません?」
例のごとく、ハジメが車内でユエとイチャつき、それに香織が割って入り、パワーアップして氷雪を纏うようになった般若と雷を纏う龍が威嚇し合い、結果、ほとんど前を見ていないという危険運転をしていたハジメは、カービィとシアの言葉でようやく前方に注意を向けた。
2人の言う通り、どうやら何処かの隊商が襲われているようで、相対する二組の集団が激しい攻防を繰り返していた。近づくにつれ、シアのウサミミには人々の怒号と悲鳴が聞こえ、ハジメの〝遠見〟にもはっきりと事態の詳細が見て取れた。
「相手は賊みたいだな。……小汚ない格好した男が約四十人……対して隊商の護衛は十五人ってところか。あの戦力差で拮抗しているのがすげぇな、カービィ行くぞ。」
「ってカービィは?」
シア「もうカービィさんなら助けに行ってますよ!」
カービィ「コピー能力クリエイト『スマブラ 、ミラー、リバイブ』」
カービィはリバイブでスマブラの攻撃力を上げ、分身して賊に向かう。
「「「「「「「「「「「鬼ごろし火炎ハンマー!」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「ファイナルカッター!」」」」」」」」」」」
ドゴォ! バキッ! グシャ!
戦慄、絶望、困惑――そんな表情を浮かべた賊達が、生々しい音を響かせながら冗談のように倒されていく。
カービィはそこまで鬼ではないのでクリエイトにコピー能力ウィップを追加して縄で縛った。
しかしハジメはというと………、
そんな彼等を尻目に、ハジメは香織に視線を向けながら確認するように口を開いた。
「やるからには容赦しない。奴らは皆殺しにする。慈悲なんてものはない。分かっているよな?」
「……うん。わかってるよ」
カービィ「でも可愛そうじゃない?」
それは、いくら香織やカービィが優しくても、敵対した者を癒したり庇ったりする事は許さないということだ。それをしたいなら、カービィはともかく香織はハジメの仲間ではいられなくなる。行くべきところは勇者パーティーだ。香織は、一呼吸置くと、決然とした眼差しでハジメに頷いた。
「なら、行け。邪魔はさせない」
「うん!」
カービィ「……」
ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!
周囲に炸裂音が連続して轟くたびに、殺意の風が吹き荒れる。一人また一人と、賊の頭部が粉砕され血飛沫が舞っていく光景に、救われているはずの護衛者達の背筋が粟立った。余りに圧倒的、余りに無慈悲。四十人以上いた賊達は、たった数秒でカービィが生かしていた者の数を半数まで減らしてしまった。
そんな彼等を見て歯噛みする香織に、突如、人影が猛然と駆け寄った。小柄で目深にフードを被っており、一見すると物凄く怪しい。だが、実は先程の結界を張って必死に隊商を守っていたのがその人物であると、魔力の流れと色で既に確認していたので、ハジメは特に止める事もなく素通りさせた。
「香織!」
フードの人物は、そのままの勢いで香織に飛び付き、可憐な声で香織の名を呼びながらギュッと抱きついた。香織は、まさかの推測が当たっていたと知り驚愕を隠せない様子で、その人物の名を呟く。
「リリィ! やっぱり、リリィなのね? あの結界、見覚えが有ると思ったの。まさか、こんなところにいるとは思わなかったから、半信半疑だったのだけど……」
香織がリリィと呼んだフードの相手、それは、
――――ハイリヒ王国王女リリアーナ・S・B・ハイリヒ
その人だった。
リリアーナは、心底ホッとした様子で、ずれたフードの奥から煌く金髪碧眼とその美貌を覗かせた。そして、感じ入るように細めた目で香織を見つめながら呟く。
「私も、こんなところで香織に会えるとは思いませんでした。……僥倖です。私の運もまだまだ尽きてはいないようですね」
「リリィ? それはどういう……」
香織がリリアーナの言葉の意味を計りかねていると、リリアーナは、今更ながらにハッと何かに気がついた様子でフードを目深に被り直した。そして、香織の口元に人差し指を当てて、自分の名前を呼ばせないようにした。
どうやら、本当にお供も付けず、隊商に紛れ込んでここまでやって来たようだ。一国の王女がそうしなければならない何かがあったのだと察した香織の表情も険しくなった。
「香織、治療は終わったか?」
香織とリリアーナが真剣な表情で見つめ合っていると、いつの間にか傍までやって来ていたハジメが、そう声をかけた。全く気配がなかったので、「ひゃ!」と可愛らしい声を上げて驚くリリアーナ。そして、フードの中からハジメを見上げて、しばらく考える素振りを見せると、ピコン! と頭に電球が灯ったような表情をしてハジメに挨拶を始めた。
「……南雲さん……ですね? お久しぶりです。雫達から貴方の生存は聞いていました。貴方の生き抜く強さに心から敬意を。本当によかった。……貴方がいない間の香織は見ていられませんでしたよ?」
「もうっ、リリィ! 今は、そんな事いいでしょ!」
「ふふ、香織の一大告白の話も雫から聞いていますよ? あとで詳しく聞かせて下さいね?」
どこかからかうような口調で香織と戯れるリリアーナは、照れて真っ赤になる香織を横目にフードの奥からハジメに笑いかけた。
国民から絶大な人気を誇る王女の笑顔。一度それを向けられたなら、老若男女の区別なく陶然とすること間違いないと思わせる可憐なものだ。しかし、それを見たハジメは、特に何かを感じた様子もなく、むしろ胡乱な眼差しをリリアーナに向けて空気を読まない言葉を放った。
「……っていうか、誰だお前?」
「へっ?」
ハジメがまだ王国にいた頃からリリアーナと香織達は積極的にコミュニケーションをとっていたし、他の生徒に対してもリリアーナは必ず数回は自ら話に行っている。確かに、ハジメは立場的に微妙だったので、リリアーナと直接話した回数はそれほど多くはないが、それでも、香織も交えて談笑したことはあるのだ。
そして、リリアーナは、王女である事と、その気さくで人当たりのいい性格もあって、一度交流を持った相手から忘れられるという経験は皆無。なので、全く知らない人間を見るような目で見られた事にショックを受けて、思わず王女にあるまじき間抜けな声が出てしまった。
呆然としているリリアーナに代わって、慌てたように香織がフォローを入れる。周囲にリリアーナが王女であるとばれるのは厄介なので、耳に口元を寄せて小声で話す。
「ハ、ハジメ君! 王女! 王女様だよ! ハイリヒ王国の王女リリアーナだよ! 話したことあるでしょ!」
「……………………………………………………………………………………ああ」
「ぐすっ、忘れられるって結構心に来るものなのですね、ぐすっ」
「リリィー! 泣かないで! ハジメくんはちょっと〝アレ〟なの! ハジメくんが〝特殊〟なだけで、リリィを忘れる人なんて〝普通〟はいないから! だから、ね? 泣かないで?」
「おい、何か俺、さりげなく罵倒されてないか?」
涙目になってしまったリリアーナに必死のフォローを入れる香織が地味に酷いことを言うので、ハジメは思わずツッコミを入れる。しかし、香織から「ハジメくんはちょっと黙ってて!」と一蹴されてしまった。しかもリリアーナが「いいえ、いいのです、香織。私が少し自惚れていたのです」等と健気な事を言うので、尚更、文句は言えなかった。全面的に、リリアーナの存在を完全に忘れていたハジメが悪いのだ。
そんな微妙な雰囲気のハジメ達のもとへ、ユエ達と、見覚えのある人物が寄ってくる。
「お久しぶりですな、息災……どころか随分とご活躍のようで」
「栄養ドリンクの人……」
「は? 何です? 栄養ドリンク? 確かに、我が商会でも扱っていますが……代名詞になるほど有名では……」
「あ~、いや、何でもない。確か、モットーで良かったよな?」
「ええ、覚えていて下さって嬉しい限りです。ユンケル商会のモットーです。危ないところを助けて頂くのは、これで二度目ですな。貴方とは何かと縁がある」
握手を求めながらにこやかに笑う男は、かつて、ブルックの町からフューレンまでの護衛を務めた隊商のリーダー、ユンケル商会のモットー・ユンケルだった。
彼の商魂が暴走した事件は、ハジメもよく覚えている。この世界の商人の性というものを、ハジメはモットーで学んだようなものだ。実際、彼の商魂はいささかの衰えもないようで、握手しながらさりげなく、ハジメの指にはまった〝宝物庫〟の指輪を触っている。その全く笑っていない眼が、「そろそろ売りませんか?」と言っていると感じるのは、きっと気のせいではないだろう。
背後で、シアがモットーとの関係を説明し、「たった一回会っただけの人は覚えているのに……私は……王女なのに……」とリリアーナが更に落ち込んでいたりする。そんな彼女を香織が必死に慰めているのを尻目に、ハジメはモットーの話を聞いた。
それによると、彼等は、ホルアド経由でアンカジ公国に向かうつもりだったようだ。アンカジの窮状は既に商人間にも知れ渡っており、今が稼ぎ時だと、こぞって商人が集まっているらしい。モットーも既に一度商売を終えており、王都で仕入れをして今回が二度目らしい。ホクホク顔を見れば、かなりの儲けを出せたようだ。
ハジメ達は、ホルアドを経由してフューレンに行き、ミュウ送還の報告をイルワにしてから、【ハルツィナ樹海】に向かう予定だったので、その事をモットーに話すと、彼はホルアドまでの護衛を頼み込んできた。
しかし、それに待ったを掛けた者がいた。リリアーナだ。
「申し訳ありません。商人様。彼等の時間は、私が頂きたいのです。ホルアドまでの同乗を許して頂いたにもかかわらず身勝手とは分かっているのですが……」
「おや、もうホルアドまで行かなくても宜しいので?」
「はい、ここまでで結構です。もちろん、ホルアドまでの料金を支払わせて頂きます」
どうやらリリアーナは、モットーの隊商に便乗してホルアドまで行く予定だったらしい。しかし、途中でハジメ達に会えたことでその必要がなくなったようだ。その時点で、リリアーナの目的にキナ臭ささを感じたハジメだったが、文句を言おうにも香織が「これ以上、リリィをいじめないで!」と無言の訴えをしているので、取り敢えず黙っていることにした。
「そうですか……いえ、お役に立てたなら何より。お金は結構ですよ」
「えっ? いえ、そういうわけには……」
お金を受け取ることを固辞するモットーに、リリアーナは困惑する。隊商では、寝床や料理まで全面的に世話になっていたのだ。後払いでいくら請求されるのだろうと、少し不安に思っていたくらいなので、モットーの言葉は完全に予想外だった。
そんなリリアーナに対し、モットーは困ったような笑みを向けた。
「二度と、こういう事をなさるとは思いませんが……一応、忠告を。普通、乗合馬車にしろ、同乗にしろ料金は先払いです。それを出発前に請求されないというのは、相手は何か良からぬ事を企んでいるか、または、お金を受け取れない相手という事です。今回は、後者ですな」
「それは、まさか……」
「どのような事情かは存じませんが、貴女様ともあろうお方が、お一人で忍ばなければならない程の重大事なのでしょう。そんな危急の時に、役の一つにも立てないなら、今後は商人どころか、胸を張ってこの国の人間を名乗れますまい」
モットーの口振りから、リリアーナは、彼が最初から自分の正体に気がついていたと悟る。そして、気が付いていながら、敢えて知らないふりをしてリリアーナの力になろうとしてくれていたのだ。
「ならば尚更、感謝の印にお受け取り下さい。貴方方のおかげで、私は、王都を出ることが出来たのです」
「ふむ。……突然ですが、商人にとって、もっとも仕入れ難く、同時に喉から手が出るほど欲しいものが何かご存知ですか?」
「え? ……いいえ、わかりません」
「それはですな、〝信頼〟です」
「信頼?」
「ええ、商売は信頼が無くては始まりませんし、続きません。そして、儲かりません。逆にそれさえあれば、大抵の状況は何とかなるものです。さてさて、果たして貴女様にとって、我がユンケル商会は信頼に値するものでしたかな? もしそうだというのなら、既に、これ以上ない報酬を受け取っていることになりますが……」
リリアーナは上手い言い方だと内心で苦笑いした。これでは無理に金銭を渡せば、貴方を信頼していないというのと同義だ。お礼をしたい気持ちと反してしまう。リリアーナは、諦めたように、その場でフードを取ると、真っ直ぐモットーに向き合った。
「貴方方は真に信頼に値する商会です。ハイリヒ王国王女リリアーナは、貴方方の厚意と献身を決して忘れません。ありがとう……」
「勿体無いお言葉です」
リリアーナに王女としての言葉を賜ったモットーは、部下共々、その場に傅き深々と頭を垂れた。
その後、リリアーナとハジメ達をその場に残し、モットー達は予定通りホルアドへと続く街道を進んでいった。去り際に、ハジメが異端者認定を受けている事を知っている口振りで、何やら王都の雰囲気が悪いと忠告までしてくれたモットーに、ハジメもアンカジ公国が完全に回復したという情報を提供しておいた。それだけで、ハジメが異端者認定を受けた理由やら何やらを色々推測したようで、その上で「今後も縁があれば是非ご贔屓に」と言ってのけるモットーは本当に生粋の商人である。
モットー達が去ったあと、ハジメ達は魔力駆動四輪の中でリリアーナの話を聞くことになった。焦燥感と緊張感が入り混じったリリアーナの表情が、ハジメの感じている嫌な予感に拍車をかける。そして、遂に語りだしたリリアーナの第一声は……
「愛子さんが……攫われました」
ハジメの予感を上回る最低のものだった。
リリアーナの話を要約するとこうだ。
最近、王宮内の空気が何処かおかしく、リリアーナはずっと違和感を覚えていたらしい。
父親であるエリヒド国王は、今まで以上に聖教教会に傾倒し、時折、熱に浮かされたように〝エヒト様〟を崇め、それに感化されたのか宰相や他の重鎮達も巻き込まれるように信仰心を強めていった。
それだけなら、各地で暗躍している魔人族のことが相次いで報告されている事から、聖教教会との連携を強化する上での副作用のようなものだと、リリアーナは、半ば自分に言い聞かせていたのだが……
違和感はそれだけにとどまらなかった。妙に覇気がない、もっと言えば生気のない騎士や兵士達が増えていったのだ。顔なじみの騎士に具合でも悪いのかと尋ねても、受け答えはきちんとするものの、どこか機械的というか、以前のような快活さが感じられず、まるで病気でも患っているかのようだった。
そのことを、騎士の中でもっとも信頼を寄せるメルドに相談しようにも、少し前から姿が見えず、時折、光輝達の訓練に顔を見せては忙しそうにして直ぐに何処かへ行ってしまう。結局、リリアーナは一度もメルドを捕まえることが出来なかった。
そうこうしている内に、愛子が王都に帰還し、ウルの町での詳細が報告された。その席にはリリアーナも同席したらしい。そして、普段からは考えられない強行採決がなされた。それが、ハジメの異端者認定だ。ウルの町や勇者一行を救った功績も、〝豊穣の女神〟として大変な知名度と人気を誇る愛子の異議・意見も、全てを無視して決定されてしまった。
有り得ない決議に、当然、リリアーナは父であるエリヒドに猛抗議をしたが、何を言ってもハジメを神敵とする考えを変える気はないようだった。まるで、強迫観念に囚われているかのように頑なだった。むしろ、抗議するリリアーナに対して、信仰心が足りない等と言い始め、次第に、娘ではなく敵を見るような目で見始めたのだ。
恐ろしくなったリリアーナは、咄嗟に理解した振りをして逃げ出した。そして、王宮の異変について相談するべく、悄然と出て行った愛子を追いかけ自らの懸念を伝えた。すると愛子から、ハジメが奈落の底で知った神の事や旅の目的を夕食時に生徒達に話すので、リリアーナも同席して欲しいと頼まれたのだそうだ。
愛子の部屋を辞したリリアーナは、夕刻になり愛子達が食事をとる部屋に向かい、その途中、廊下の曲がり角の向こうから愛子と何者かが言い争うのを耳にした。何事かと壁から覗き見れば、愛子が銀髪の教会修道服を着た女に気絶させられ担がれているところだった。
リリアーナは、その銀髪の女に底知れぬ恐怖を感じ、咄嗟にすぐ近くの客室に入り込むと、王族のみが知る隠し通路に入り込み息を潜めた。
銀髪の女が探しに来たが、結局、隠し通路自体に気配隠蔽のアーティファクトが使用されていたこともあり気がつかなかったようで、リリアーナを見つけることなく去っていった。リリアーナは、銀髪の女が異変の黒幕か、少なくとも黒幕と繋がっていると考え、そのことを誰かに伝えなければと立ち上がった。
ただ、愛子を待ち伏せていた事からすれば、生徒達は見張られていると考えるのが妥当であるし、頼りのメルドは行方知れずだ。悩んだ末、リリアーナは、今、唯一王都にいない頼りになる友人を思い出した。そう、香織だ。そして、香織の傍には話に聞いていた、あの南雲ハジメがいる。もはや、頼るべきは二人しかいないと、リリアーナは隠し通路から王都に出て、一路、アンカジ公国を目指したのである。
アンカジであれば、王都の異変が届かないゼンゲン公の助力を得られるかもしれないし、タイミング的に、ハジメ達と会うことが出来る可能性が高いと踏んだからだ。
「あとは知っての通り、ユンケル商会の隊商にお願いして便乗させてもらいました。まさか、最初から気づかれているとは思いもしませんでしたし、その途中で賊の襲撃に遭い、それを香織達に助けられるとは夢にも思いませんでしたが……少し前までなら〝神のご加護だ〟と思うところです。……しかし……私は……今は……教会が怖い……一体、何が起きているのでしょう。……あの銀髪の修道女は……お父様達は……」
自分の体を抱きしめて恐怖に震えるリリアーナは、才媛と言われる王女というより、ただの女の子にしか見えなかった。だが、無理もないことだ。自分の親しい人達が、知らぬうちに変貌し、奪われていくのだから。
香織は、リリアーナの心に巣食った恐怖を少しでも和らげようと彼女をギュッと抱きしめた。
その様子を見ながら、ハジメは内心で舌打ちする。リリアーナの語った状況は、まるで【メルジーネ海底遺跡】で散々見せられた〝末期状態〟によく似ていたからだ。神に魅入られた者の続出。非常に危うい状況だと言える。
それでも本来なら、知った事ではないと切り捨てるべきだろう。いや、むしろ神代魔法の取得を急ぎ、早急にこの世界から離脱する方法を探すべきだ。
しかし、愛子が攫われた理由に察しがついてしまったハジメは、その決断を下すことが出来ない。なぜなら、十中八九、愛子が神の真実とハジメの旅の目的を話そうとした事が原因であると言えるからだ。おそらく、駒としての光輝達に、不審の楔を打ち込まれる事を不都合だと判断したのだろう、というハジメの推測は的を射ている。
ならば、愛子が攫われたのは、彼女を利用したハジメの責任だ。攫ったという事は殺す気はないのだろうが、裏で人々をマリオネットのごとく操り享楽に耽る者達の手中にある時点で、何をされるかわかったものではない。
ハジメの生き方が、より良くなるようにと助言をくれて、そして実際、悪くないと思える〝今〟をくれた恩師のことを、ハジメはどうにも放っておくことが出来そうになかった。
だからこそ……
「取り敢えず、先生を助けに行かねぇとな」
ハジメは、それを選ぶ。切り捨てず、見捨てず、救う事を選ぶ。
ハジメの言葉に、リリアーナがパッと顔を上げる。その表情には、共に王都へ来てくれるという事への安堵と、意外だという気持ちがあらわれていた。それは、雫達から、ハジメは、この世界の事にも雫達クラスメイトの事にも無関心だと聞いていたからだ。説得は難儀しそうだと考えていたのに、あっさり手を貸してくれるとは予想外だった。
「宜しいのですか?」
リリアーナの確認に、ハジメは肩を竦めた。
「勘違いしないでくれ。王国のためじゃない。先生のためだ。あの人が攫われたのは俺が原因でもあるし、放って置くわけにはいかない」
「愛子さんの……」
リリアーナは、ハジメが純粋に王国のために力を貸してくれるわけではないと分かり、少し落胆するものの、ハジメが一緒に来てくれる事に変わりはないと気を取り直す。しかし、次ぐハジメの言葉には、思わず笑みがこぼれてしまった。
「まぁ、先生を助ける過程で、その異変の原因が立ちはだかればぶっ飛ばすけどな……」
「……ふふ、では、私は、そうであることを期待しましょう。宜しくお願いしますね。南雲さん……」
愛子を攫ったのは教会の修道服を着た女だ。そして、異常な程教会に傾倒する国王達のことを聞けば、十中八九、今回の異変には教会が絡んでいると分かる。つまり、愛子を助けるということは、同時に異変と相対しなければならないという事でもあるのだ。その事は、ハジメも分かっているはずであり、それは取りも直さず、実質的にリリアーナに助力すると言っているに等しい。
香織と笑みを交わし合うリリアーナを横目に、ハジメは口元を僅かに歪める。
ハジメには、愛子救出以外にも、もう一つ目的があった。それは【神山】にある神代魔法だ。ミレディからの教えでは、【神山】も七大迷宮の一つなのである。しかし、聖教教会の総本山でもある【神山】の何処に大迷宮の入口があるのか、さっぱり見当もつかない。探索するにしても、教会関係者の存在が酷く邪魔で厄介だった。
なので、先に攻略しやすそうな【ハルツィナ樹海】へ向かうことにしたのだが……今回の事で、【神山】に向かう理由が出来てしまった。そして、愛子を救出する過程で、教会と争う事になる可能性は非常に高い。ならば……総本山をハジメの方から襲撃して、そのまま神代魔法を頂いてしまうべきだろう、とハジメは考えた。
リリアーナの言った銀髪の女……ハジメの脳裏に、【メルジーネ海底遺跡】の豪華客船でチラリと見えたアルフレッド王の傍に控えていたフードの人物が浮かび上がった。船内に消える際、僅かに見えたその人物の髪は、確か〝銀〟だったと。同一人物かは分からない。時代が違いすぎる。しかし、ハジメには予感があった。その銀髪の女と殺り合う事になる、と。
ハジメは闘志を燃やす。己の道を阻むなら、例え相手が何であろうと、必ず殺してやる! と。瞳を野生の狼のようにギラつかせ、獰猛な笑みを口元に浮かべるハジメ。
「……ハジメ、素敵」
「はぅ、ハジメさんが、またあの顔をしてますぅ~、何だかキュンキュンしますぅ」
「むぅ、ご主人様よ。そんな凶悪な表情を見せられたら……濡れてしまうじゃろ?」
「ボクたちもちからを貸すよ!」
しかし、頬を赤らめて、ハァハァする女性陣のせいで雰囲気は何とも微妙だった。
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