ありふれた能力世界最強   作:コロンKY

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再会するハウリア

眼下の八雲が流れるように後方へと消えていく。重なる雲の更に下には草原や雑木林、時折小さな村が見えるが、やはりあっと言う間に遥か後方へと置き去りにされてしまう。相当なスピードのはずなのに、何らかの結界が張ってあるのか風は驚く程心地良いそよ風だ。

 

 

そんな気持ちの良い微風にトレードマークのポニーテールを泳がせながら、眼下の景色を眺めていた雫は、視線を転じて頭上に燦々と輝く太陽を仰ぎ見た。

 

 雲上から見る恵みの光は、手を伸ばせば届くのでは? と錯覚させるほど近くに感じる。雫は、手で日差しを遮りながら手すりに背中を預け、どこか達観したような、あるいは考えるのに疲れたような微妙な表情でポツリと呟いた。

 

「……まさか、飛空艇なんてものまで建造しているなんてね。……もう、何でもありなのね」

 

そう、雫が現在いる場所は、ハジメが作り出した飛空艇〝フェルニル〟の後部甲板の上なのである。

 

 このフェルニルは、重力石と感応石を主材料に、その他諸々の機能を搭載して建造された新たな移動手段だ。今まで使わなかったのは、ひとえにハジメの未熟故である。

 

ちなみにカービィ一行はローアで別移動だ。

 

「旅の終盤で飛行系の移動手段を手に入れるのは常識だろう?」

 

 と、自信満々に語ったものだ。

「でもカービィさんたちは既に持ってましたよ。」

 

「「「………」」」

 

このフェルニルは、全長百二十メートルのマンタのような形をしており、中には前面高所にあるブリッジと中央にあるリビングのような広間の他、更にキッチン・バス・トイレ付きの居住区まである。と言っても、帝国まで馬車で二ヶ月の道のりを僅か一日半で走破してしまうので、どこまで活用されるかはわからない。空に浮かせているだけでも、結構な魔力を消費するのだ。ハジメでなければ長時間の使用など不可能である。

 

「雫……ここにいたのか」

「光輝……」

 

 ハジメのセリフを思い出して、一体どこの常識だと内心でツッコミを入れていた雫に声がかけられた。

 

 雫がそちらに視線を向ければ、ちょうどハッチを開いて光輝が顔をのぞかせているところだった。光輝は、そのまま雫の隣に来て、手すりに両腕を乗せると遠くの雲を眺め始める。

 

 そして、ポツリと呟いた。

 

「これ……すごいな」

「そうね。……もう、いちいち驚くのも疲れたわ」

 

 当然、光輝が言っているのは飛空艇フェルニルのことである。しかし、その表情に感心の色はなく、どこか悄然としており、同時に悔しそうでもあった。

 

「みんなは?」

「龍太郎と近衛の人達はシアさんが作った料理食べてる。鈴はリリィと話してる。……南雲は……イチャついてるよ。ブリッジでふんぞり返りながら……」

 

 

 ハジメに付いて来たのは、帝国に送ってもらう約束をしたリリアーナ姫とその護衛の近衛騎士達数名、それに光輝達勇者パーティーだけだ。愛子は戦えない生徒達を放置することは出来ないと残り、永山達前線組も、光輝達がいない間王都の守護を担うと居残りを決意した。

 

 もっとも、王都にはフリードが残した超長距離転移の仕掛けをヒントに、いつでも直ぐに戻れるアーティファクトを置いてきてあるので、光輝達もハジメに頼めば一瞬で戻ることが出来る。

 

 雫は、どこか棘のある光輝の物言いにチラリと視線を向けた。その横顔で、何となく心情を察した雫は、どうしたものかと苦笑いを零しながら頬をカリカリと困ったように掻いた。

 

「なによ、随分と不満そうね? 南雲君がモテているのが気に入らないの?」

「……そんなわけないだろ」

 

 少し茶化すように声をかけた雫に、光輝がより不機嫌そうな表情になって素っ気なく返した。

 

「……こんな凄いもん作れて……滅茶苦茶強いくせに……なんであんな風に平然としていられるんだ。……なんで簡単に見捨てられるんだよ……」

「……」

 

 どうやら光輝は、未だハジメが神と戦わずこの世界を見捨てる判断をしている事に納得がいっていないらしい。これだけの力があるのなら、自分なら絶対世界を救うために神を倒すのに……と考えている事が、雫には手に取るようにわかった。

 

「……選んでいるのでしょうね」

「選ぶ?」

 

 雫の呟くような返答に光輝が視線を雫に戻して問い返す。雫は、視線を遠くにやりながら、言葉を選ぶようにゆっくり語った。

 

「彼は……きっと見た目ほど余裕があるわけじゃないんじゃないかしら? たぶん、平然としているように見えても、いつも〝必死〟なのだと思うわ。〝必死〟に大切な人達と生き抜こうとしている」

「……」

「彼も言っていたでしょ? 力があるから何かを為すんじゃなくて何かを為したいから力を得て振るうみたいなこと。光輝が今、感じている〝差〟は、彼が最初から持っていたものじゃないわ。〝無能〟、〝役立たず〟、そんな風に言われながら、どん底から這い上がって得たものよ。……文字通り、決意と覚悟の果てに手に入れたもの。神を倒すためでも、世界を救うためでもない。もっと具体的で、身近なもののため……私達のように〝出来るからしている〟のとは訳が違う。だから、今更、〝出来るんだからやれ〟と言われても、簡単には頷かないわよ。だって、そんな事のために得た力ではないのだし、余所見してホントに大事なものを失ったら元も子もないのだし……」

「……よくわからない」

「う~ん。ちょっと違うかもしれないけど、ほら、ボクシングで世界王者になりたくて頑張ったのに、強いんだから街の不良を退治しろ! って言われるようなものって言えばしっくりこない?」

「む……そう言われると……でも、かかっているのはこの世界の人達の人生なんだぞ?」

 

「まぁ、困っている人がいたら放っておけないのは光輝のいいところではあるのでしょうけど……それはあくまで光輝の価値観なのだから南雲君に押し付けちゃダメよ」

「……なんだよ、雫はあいつの肩を持つのか?」

「なに子供っぽいこと言っているのよ。ただ、人それぞれってだけの話でしょ? それに、忘れているわけじゃないでしょうけど、何だかんだで南雲君は私達も含めていろんな人を救っているわ。ウルの町もそうだし、香織曰く、アンカジ公国も救っている。フューレンでは人身売買をしていた裏組織を壊滅させたらしいし、ミュウっていう海人族の女の子も救い出してお母さんと再会させたそうよ。……私達より、よっぽどこの世界の人達を救っていると思わない?」

「それは……」

「きっと自分のため……ユエ達、大切な人のためにやっただけなのでしょうけど……ふふ、そう考えると結局、〝物のついで〟で神様もぶっ飛ばしてしまうかもね?」

「なんだよ、その哀れな神様は……」

その哀れな神をも恐れるエンデニルがいることはまだ知らない。

 

「……何かあったのか?」

「取り敢えず、中に戻りましょうか」

 

 二人は、一拍おいて頷き合うと急いで艦内へと戻っていった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

雫と光輝がブリッジに入った時には、既に全員が集まって中央に置かれている水晶のようなものを囲んでいた。

 

「何があったの?」

「あっ、雫ちゃん。うん、どうも帝国兵に追われている人がいるみたいなの」

「不味いじゃないか! 直ぐに助けに行かないと!」

 

 光輝が、案の定、喚き立てた。ここは空の上だというのに今にも飛び出していきそうだ。

 

 しかし、ハジメは急かす光輝には答えず、その眉を寄せて訝しげに水晶ディスプレイを眺めている。

 

「おい、南雲! それにカービィも!まさか、彼女達を見捨てるつもりじゃないだろうな!? お前が助けないなら俺が行く! 早く降ろしてくれ!」

「シア、カービィこいつらって……」

「へ? ……あれっ? この二人って……」

「うん。そうだよね。」

 いきり立つ光輝を無視してシアに声をかけるハジメ。シアも、よりズームされた映像を見て気がついたようだ。

 

「二人共、何をそんなにのんびりしているんだ! シアさんは同じ種族だろ! 何とも思わないのか!」

「すいません、ちょっとうるさいんで黙っててもらえますか? ……ハジメさん、間違いないです。ラナさんとミナさんです」

「うん。」

「やっぱりか。……豹変具合が凄かったから俺も覚えちまったんだよな。……こいつらの動き、表情……ふむ」

 

「まぁ、待て。天之河。大丈夫だ」

「なっ、何を言っているんだ! か弱い女性が今にも襲われそうなんだぞ!」

 

 キッ! と苛立たしげにハジメを睨む光輝に、しかし、ハジメはニヤリと笑うと、水晶ディスプレイを見ながらどこか面白げな様子で呟いた。

 

「か弱い? まさか。あいつらは……〝ハウリア〟だぞ?」

 

 何を言っているんだ? と光輝が訝しげな表情をした直後、「あっ!」と誰かが驚愕の声を上げた。光輝が、何事かと水晶ディスプレイに視線を向けると、そこには……首を落とされ、あるいは頭部を矢で正確に射貫かれて絶命する帝国兵の死体の山が映っていた。

 

「……え?」

 

 光輝だけでなく、ハウリア族を知らないその場の全員が目を点にする。その間にも、輸送馬車から離れて兎人族を追っていた部隊が戻ってこない事を訝しんだ後続が、数人を斥候に出した。

 

 そして、その斥候部隊が味方の死体の山を見つけ、その中央で肩を寄せ合って震えている兎人族の女二人に、半ば恫喝するように何かを喚きながら詰め寄った。

 

 彼等も、普段ならもっと慎重な行動を心がけたのかもしれないが、いきなり味方の惨殺死体の山を目撃した挙句、目の前にいるのは戦闘力皆無の愛玩奴隷。動揺する精神そのままに無警戒に詰め寄った。詰め寄ってしまった。

 

 斥候の一人が兎人族の女のウサミミを掴もうとした瞬間、どこからか飛来した矢がその男の背後にいた別の斥候の頭部に突き刺さった。一瞬の痙攣のあと横倒しになった男の倒れる音に気がついて振り返る斥候。

 

 その前で、恐怖に震えていたはずの兎人族の女が音もなく飛び上がり、いつの間にか手に持っていた小太刀を振るって、眼前の斥候の首をあっさり落としてしまった。

 

 そして、もう一人の兎人族の女も、地を這うような低姿勢で一気に首を飛ばされ倒れる男の脇を駆け抜け、突然の事態に呆然としている最後の斥候の首を、これまたあっさり刈り取ってしまった。

 

 まるで玩具のようにポンポンと飛ぶ首に、光輝達が「うっ」と顔を青褪めさせて口元を押さえる。リリアーナ姫や近衛騎士達は、兎人族が帝国兵を瞬殺するという有り得ない光景に、思わずシアを凝視する。特殊なのはお前だけじゃなかったのか!? と、その目は驚愕に見開かれていた。

 

「いや、紛れもなく特殊なのは私だけですからね? 私みたいなのがそう何人もいるわけないじゃないですか。彼等のあれは訓練の賜物ですよ。……ハジメさんが施した地獄というのも生温い、魔改造ともいうべき訓練によって、あんな感じになったんです」

「「「「「……」」」」」

 

全員の視線が一斉にハジメに向けられる。その目は何より雄弁に物語っていた。すなわち「また、お前かっ!?」と。ハジメは、スッと視線を逸らした。

「こ、これが兎人族だというのか……」

「マジかよ……」

「うさぎコワイ……」

 

 フェルニルのブリッジでそんな戦慄を感じさせる呟きが響く。

 

「ふん、練度が上がっているじゃねぇの。サボってはいなかったようだな。……だが、ちと詰めが甘いな」

 

 唖然呆然とする光輝達を放ってハジメはシュラーゲンを取り出すと開閉可能な風防の一部を開けて銃口を外に出し立射の姿勢をとった。現場まではまだ五キロメートル程ある。ユエ達以外が目を丸くする中、ハジメは微動だにせずにスッと目を細めた。そして、静かに引き金を引く。

 

ドバァン!!

 

 炸裂音と共に紅いスパークを纏うシュラーゲンから一条の閃光が空を一瞬で駆け抜けた。

 

 そして、ちょうど馬車から飛び出てハウリア達を狙い魔法を発動しようとした帝国兵の頭蓋を寸分違わず消滅させた。帝国兵は馬車の中にもいたのだ。魔眼石と〝遠見〟で魔力のうねりを感知したハジメは、伏兵が潜んでいることに気がつき、フェルニルの上から狙撃したのである。

 

 

 ハジメ達が谷間に降りると、そこにはハウリア族以外の亜人族も数多くいた。百人近くいそうだ。どうやら、輸送馬車の中身は亜人達だったらしい。兎人族以外にも狐人族や犬人族、猫人族、森人族の女子供が大勢いる。みな一様にハジメ達に対して警戒の目を向けると共に、見たことも聞いたこともない空飛ぶ乗り物に驚愕を隠せないようだ。まさに未知との遭遇である。

 

 と、そんな驚愕八割、警戒二割で絶賛混乱中の亜人族達の中からクロスボウを担いだ少年が颯爽と駆け寄り、ハジメの手前でビシッ! と背筋を伸ばすと見事な敬礼をしてみせた。

 

「お久しぶりです、ボス! カービィ殿!再びお会いできる日を心待ちにしておりました! まさか、このようなものに乗って登場するとは改めて感服致しましたっ! それと先程のご助力、感謝致しますっ!」

「よぉ、久しぶりだな。まぁ、さっきのは気にするな。お前等なら、多少のダメージを食らう程度でどうにでもできただろうしな。……中々、腕を上げたじゃないか」

 

 

 ハジメがニヤリと口元に笑みを浮かべてそう言うと、唖然とする亜人族達の合間からウサミミ少年と同じく駆け寄ってきたウサミミ女性二人と男三人が敬礼を決めつつ、感無量といった感じで瞳をうるうると滲ませ始めた。そして、一斉に踵を鳴らして足を揃え直すと見事にハモりながら声を張り上げた。

 

「「「「「「恐縮でありますっ、Sir!!」」」」」」

 

 谷間に木霊する感動で打ち震えたハウリア達の声。敬愛するボスに、成長を褒められて涙ぐんでいるが、決して涙は流さない。全員、空を仰ぎ見ながら目にクワッ! と力を込めて流れ落ちそうになる涙を堪えている。若干、力を入れすぎて目が血走り始めているのが非常に怖い。ハジメ、ユエ、シアの三人は平然としているが、背後のティオや香織、光輝達とリリアーナ達はドン引きである。

 

「えっと、みんな、久しぶりです! 元気そうでなによりですぅ。ところで、父様達はどこですか? パル君達だけですか? あと、なんでこんなところで、帝国兵なんて相手に……」

「落ち着いてくだせぇ、シアの姉御。一度に聞かれても答えられませんぜ? 取り敢えず、今、ここにいるのは俺達六人だけでさぁ。色々、事情があるんで、詳しい話は落ち着ける場所に行ってからにしやしょう。……それと、パル君ではなく〝必滅のバルトフェルド〟です。お間違いのないようお願いしやすぜ?」

「……え? いま、そこをツッコミます? っていうかまだそんな名前を……ラナさん達も注意して下さいよぉ」

 

 相変わらずのパル君にシアが頭痛を堪えるようにこめかみをぐりぐりしながらツッコミを入れる。しかし、場所を移すべきだという意見はもっともなので、取り敢えずそれ以上の追及はせず、シアは、ラナと呼んだハウリアの女性と他のメンバーにパルの厨二全開の名を改めさせるよう注意を促した。

 

 だが、現実というのは常に予想の斜め上をいくものなのだ。

 

「……シア。ラナじゃないわ……〝疾影のラナインフェリナ〟よ」

「!? ラナさん!? 何を言って……」

 

 ハウリアでも、しっかりもののお姉さんといった感じだったラナからの、まさかの返しにシアが頬を引き攣らせる。しかし、ハウリアの猛攻は止まらない。連携による怒涛の攻撃こそが彼等の強みなのだ。

 

「私は、〝空裂のミナステリア〟!」

「!?」

「俺は、〝幻武のヤオゼリアス〟!」

「!?」

「僕は、〝這斬のヨルガンダル〟!」

「!?」

「ふっ、〝霧雨のリキッドブレイク〟だ」

「!?」

「僕は〝星の戦士カービィ〟だよっ!」

「カービィさんまで!?」

 

全員が凄まじいドヤ顔でそれぞれジョ○的な香ばしいポーズを取りながら、二つ名を名乗った。シアの表情が絶望に染まる。どうやら、ハウリアの中では二つ名(厨二)ブームが来ているらしい。この分だと、一族全員が二つ名を持っている可能性が高い。ちなみに、彼等の正式名は、頭の二文字だけだ。

 

 久しぶりに再会した家族が、ドヤ顔でポーズを決めながら二つ名を名乗ってきましたという状況に、口からエクトプラズムを吐き出しているシアの姿は実に哀れだった。なので、ハジメは、呆れ顔をしつつ数年後には恥ずかしさの余り地面をのたうち回ることになると忠告しようとした。

 

 しかし、そこでパルの方から流れ弾が飛んで来た。

 

「ちなみに、ボスは〝紅き閃光の輪舞曲ロンド〟と〝白き爪牙の狂飆きょうひょう〟ならどちらがいいですか?」

「……なに?」

「ボスの二つ名です。カービィさんはもう決まってますから。一族会議で丸十日の激論の末、どうにかこの二つまで絞り込みました。しかし、結局、どちらがいいか決着がつかず、一族の間で戦争を行っても引き分ける始末でして……こうなったらボスに再会したときに判断を委ねようということに。ちなみに俺は〝紅き閃光の輪舞曲〟派です」

「まて、なぜ最初から二つ名を持つことが前提になってる?」

「ボス、私は断然〝白き爪牙の狂飆〟です」

「いや、話を聞けよ。俺は……」

「何を言っているの疾影のラナインフェリナ。ボスにはどう考えても〝紅き閃光の輪舞曲〟が似合っているじゃない!」

「おい、こら、いい加減に……」

「そうだ! 紅い魔力とスパークを迸らせて、宙を自在に跳び回りながら様々な武器を使いこなす様は、まさに〝紅き閃光の輪舞曲〟! これ一択だろJK」

「よせっ、それ以上小っ恥ずかしい解説はっ――」

「おいおい、這斬のヨルガンダル。それを言ったら、あのトレードマークの白髪をなびかせて、獣王の爪牙とも言うべき強力な武器を両手に暴風の如き怒涛の攻撃を繰り出す様は、〝白き爪牙の狂飆〟以外に表現のしようがないって、どうしてわからない? いつから、そんなに耄碌しちまったんだ?」

「……」

「シ、シズシズ、笑っちゃダメだって、ぶふっ!」

「す、鈴だって、笑って……くふっ…厨二って感染する……のかしら、ふ、ふふっ」

 

 ハジメがハッと我を取り戻して背後を見ると、雫と鈴が肩を震わせて必死に笑いを堪えているところだった。全く堪えられていなかったが。

 

 ハジメは、取り敢えず激論を交わし始めたパル達をゴム弾でぶっ飛ばし、未だ小刻みに震えている雫と鈴に向かって恨めしげな眼差しを向けた。

 

「八重樫、クールなお前には後で強制ツインテールリボン付きをプレゼントしてやる。もちろん映像記録も残してやる」

「!?」

「谷口、お前の身長をあと五センチ縮めてやる」

「!?」

 

 雫と鈴の笑いがピタリと止まり、表情には戦慄が浮かぶ。それがたとえ、理不尽極まりない八つ当たりだったとしても、ハジメが本気になったら二人に抗う術はないのだ。そして、ハジメの目は完全に本気だった。

 

「あの……宜しいでしょうか?」

 

 地面でのたうつハウリア達をそそと避けながら、ハジメに理不尽だと猛抗議している雫達を尻目に、そう声をかけてきたのは足元まである長く美しい金髪を波打たせたスレンダーな碧眼の美少女だった。耳がスッと長く尖っているので森人族ということが分かる。どこか、フェアベルゲンの長老の一人であるアルフレリックの面影があるな、とハジメは感じていた。

 

「あなたがたはは、南雲ハジメ殿とカービィ殿で間違いありませんか?」

「ん? 確かに、そうだが……」

「そうだよ。」

 

 ハジメが頷くと、金髪碧眼の森人族の美少女はホッとした様子で胸を撫で下ろした。もっとも、細い両手に金属の手枷がはめられており、非常に痛々しい様子だった。足首にも鎖付きの枷がはめられており、歩く度に擦れて白く滑らかな肌が赤くなってしまっている。

 

「では、わたくし達を捕らえて奴隷にするということはないと思って宜しいですか? 祖父から、あなたの種族に対する価値観は良くも悪くも平等だと聞いています。亜人族を弄ぶような方ではないと……」

「祖父? もしかして、アルフレリックか?」

「その通りです。申し遅れましたが、わたくしは、フェアベルゲン長老衆の一人アルフレリックの孫娘アルテナ・ハイピストと申します」

「長老の孫娘が捕まるって……どうやら本当に色々あったみたいだな」

 

「おい、お前等。亜人達をまとめて付いてこさせろ。ついでだ。樹海まで送ってやる」

「Yes,Sir! あっ、申し訳ないんですが、ボス。帝都近郊に潜んでいる仲間に連絡がしたいんで、途中で離脱させて頂いてもよろしいですか?」

「ああ、それならちょうど、こっちも帝都に送る予定だった奴等がいるから、帝都から少し離れた場所で一緒に降ろしてやるよ」

「有難うございますっ!」

 

 現在、ハジメ達がいるのは帝都のかなり手前の位置だ。そんな場所で亜人族達の輸送馬車がいたということは、この輸送は樹海から帝都へ行くものではなく、帝都から他の場所へ向かう途中だったということだ。つまり、パル達は帝都に何らかの情報収集をしに行って、輸送の話を知り、追いかけてきたということだろう。

 ハジメによって全ての枷を外された亜人達が、飛空艇フェルニルに度肝を抜かれながらも物珍しげにあちこちを探検しているころ、ハジメ達はブリッジにてパル達ハウリアの話を聞いていた。

 

「なるほどな……やっぱ魔人族は帝国と樹海にも手を出していたか」

「肯定です。帝国の詳細は分かりませんが、樹海の方は強力な魔物の群れにやられました。あらかじめ作っておいたトラップ地帯に誘導できなければ、俺達もヤバかったです」

 

 パル達曰く、樹海にも魔人族が魔物を引き連れてやって来たらしい。【ハルツィナ樹海】は大迷宮の一つとして名が通っているからフリード達が神代魔法の獲得を狙っている以上当たり前と言えば当たり前だ。

 

 当然、樹海に侵入した魔人族達を、フェアベルゲンの戦士達が許すはずもなく、最大戦力をもって駆逐しに向かった。

 

 しかし、亜人族と樹海の魔物以外は感覚を狂わされ、視界を閉ざされる濃霧の中でなら楽に勝てると思われた当初の予想は、あっさり裏切られることになる。魔人族はともかく、引き連れた魔物達は、樹海の中でも十全の戦闘力を発揮したのだ。ほとんどの魔物が昆虫型の見たこともない魔物だったらしく、その固有魔法も多彩かつ厄介でフェアベルゲンの戦士達は次々と返り討ちにあってその命を散らしていった。

 

 その魔人族は、瀕死状態の亜人族に、かつてのハジメと同じく「大迷宮の入口はどこだ?」と聞いて回ったらしい。しかし、彼等が敵に情報を教えるわけもなく、また、そもそも知らないこともあり、魔人族は、ならば長老衆に聞けばいいとフェアベルゲンに向かって進撃を始めたのだそうだ。

 

 曰く、この世界は魔人族によって繁栄していくべきであり、神から見放された半端者の獣風情が国を築いているという時点で耐え難い屈辱だということらしい。その表情は自らの神を信望する狂信者のそれだったという。

 

 そして、その魔人族は、その思いのままフェアベルゲンに牙を剥いた。大迷宮に行く前に亜人共を狩り尽くしてやる、と。

 

 フェアベルゲンの戦士達は必死に戦った。しかし、樹海の影響を受けない上に強力な固有魔法を使う未知の魔物の群れが相手では、彼等に勝目は薄かった。

 

 このままで、いずれ全てが蹂躙されてしまうと、そう考えたとある熊人族の戦士が、隙を見て密かにフェアベルゲンを抜け出した。逃げるためではない。助けを乞うためだ。

 

 彼の名はレギン・バントン。かつて、長老の一人ジン・バントンを再起不能にされた恨みからハジメ達を襲撃し、逆にハウリア族によって返り討ちにあった男だ。

 

 そう、レギンは、自分達フェアベルゲンが追放したハウリア族に恥も外聞もなく頭を下げに行ったのである。満身創痍の体で必死に樹海を駆け抜け、辿り着いたハウリア族の新たな集落で、レギンは何度も額を地面にこすりつけた。そして、ただひたすら懇願した。

 

――助けて欲しい、力を貸して欲しい

 

 その願いにハウリア族の族長カム・ハウリアは応えた。

 

 それはフェアベルゲンのためではない。もちろん、フェアベルゲンにも同族である兎人族はいるので、助けたいという思いが皆無というわけではないが、何より、カム達が看過できなかったのは、攻めてきた魔人族の目的が大迷宮であるということだ。

 

 万一、魔人族が大樹をどうにかしてしまったら……

 

 自分達のボスであるハジメはいずれ戻って来るのだ。その時、その魔人族が何かしたせいで大迷宮に入れなくなっていたら目も当てられない。

 

 ハジメの部下たらんとする自分達がいながら、みすみすボスの望みが潰えるのを見逃したとあっては、もう胸を張って再会を喜ぶことなど出来はしないし、ハジメをボスと呼ぶ資格もない! と、いうわけである。

 

 ハジメは、そんなこと全く気にしないのだが……ハウリアの矜持というやつだ。

 

 その結果、ハウリア族はレギンの要請に応えるというよりも、「われぇ、なにボスのもんに手ぇ出しとんねん、ア゛ァ゛!? いてまうぞ、ゴラァ!?」という心境で参戦を決意したのである。

 

 レギンは後に語る。

 

「あの時のハウリアはホントに怖かった。以前のように狂乱するわけでもないのに、ゆらゆら揺れながら口元が、こうスッと裂けて……笑うのだ。うぅ、あの日からよく眠れない。……夢に口の裂けたウサギが出て来て、首を……はぁはぁ……ダメだ。動悸息切れが止まらない。……薬はどこだ……」

 

 

 参戦したハウリア達は、まずフェアベルゲンの外側から各個撃破で魔物達を仕留めていったらしい。魔物達の動きと固有魔法を実地で確かめて戦略に組み込むためだ。ハウリア族が強くなったといっても、それは自らの種族の特性を上手く扱えるようになったというのと、精神が戦闘を忌避しなくなったというだけで、劇的にスペックが上がったわけではない。なので、未知の敵と正面から戦うような愚は決して犯さなかったのだ。

 

 

 そして、ハウリアに若干の被害を出しつつも、遂に、魔人族の首を落として、魔物の殲滅に成功したのだという。

 

 しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。ハウリアにより窮地を救われたフェアベルゲンだったが、その被害は甚大。とても樹海の警備に人を回せるような余裕はなく、復興と死者の弔い、負傷者の看病で手一杯だった。

 

 そして、その隙を突くように、今度は帝国兵が樹海へと侵入してきたのである。

 

 目的は人攫いだったらしい。

 

カム達は、ハウリア族以外の兎人族の集落に急いで駆けつけたが、その時には既に遅く、女子供のほとんどを攫われてしまった。非力な兎人族を攫う理由が労働力のためでないことは明らかだ。襲撃を受けて高ぶっている帝国人を慰めるという目的以外には考えられない。

 

 流石に、同族の悲惨な末路を見過ごせなかったハウリア族は、仲間の過半数を樹海の警備のためにおいて、カム率いる残り少数で帝都へ向かう輸送馬車を追ったのである。

 

 しかし、そろそろ帝都に着いたはずというあたりで、カム達からの連絡が途絶えてしまった。伝令役との待ち合わせ場所に、時間になっても姿を見せなかったのだ。

 

 何かあったのではと考えて、じっとしていられなくなった樹海に残った者達は、何人か選抜して帝国へ斥候に出した。

 

 結果、どうやらカム達は帝都に侵入したまま、出て来ないようだとわかったのだ。

 

 その後、帝都に侵入してカム達の現状を知るべく、パル達が警備体制などの情報収集をしていたところ、大量の亜人族を乗せた輸送馬車が他の町に向けて出発したという情報を掴み、パル達の班が情報収集も兼ねて奪還を試みたというわけである。

 

「しかし、ボス。〝も〟ということは、もしや魔人族は他の場所でも?」

「ああ、あちこちで暗躍してやがるぞ? まぁ、運悪く俺がいたせいで尽く潰えているけどな」

 

 今思えば、魔人族にとってハジメは疫病神以外の何者でもないだろう。明確に種族全体に対して敵対意識を持っているわけでもないのに、彼等が事を起こした場所にタイミングよく居合わせて、邪魔だからという軽すぎる理由で蹴散らされているのだから。

 

「まぁ、大体の事情はわかった。取り敢えず、お前等は引き続き帝都でカム達の情報を集めるんだな?」

「肯定です。あと、ボスには申し訳ないんですが……」

「わかってる。どうせ道中だ。捕まってた奴等は、樹海までは送り届けてやるよ」

「有難うございます!」

 

 パル達が一斉に頭を下げる。シアは何か言いたそうにモゴモゴしていたが、結局、何も言わなかった。

 

 ハジメはそれに気がついていたし、シアが何を言いたいのかも察していたが、取り敢えず、シアが自分で言い出すのを待つことにして、やはり何も言わなかった。

 

 最後に、パル達から樹海に残っている仲間への伝言を預かって、ハジメは、帝都から少し離れた場所でリリアーナ達とパル達を降ろした。そして、一行は【ハルツィナ樹海】に向かって高速飛行に入るのだった。

 

 

 

 




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