――あるところに、白い少女がいました。
少女は不思議な力を持っていて、不老の身体で、長い間人々の願いを叶えていました。
彼女は人々の役に立てることに満足しており、優しさに溢れていました。
しかしある時から、人々は私利私欲に走り始めます。
少女の力を独占したいがために、王族や貴族という身分が作られ、少女は城に軟禁されました。
来る日も来る日も王族や上位貴族の願いを叶えるだけの生活。
少女が望めば誰もが従いましたが、やがて彼女の人格さえも無視する世代が現れます。
少女を傍に置いて、好き放題をする王。少女が願いを叶えようとしなければ、彼は暴力を振るって命令しました。
そうして、少女の存在は「道具」へと変化します。
少女に対する畏怖や敬意は消えてなくなり、彼女の心情を気にもとめない人間たち。疲れ切った少女はやつれて、感情をほとんどなくしてしまいました。
しかしある時、王の一人が、少女に手を出しました。自分こそが少女とつがいになり、本物の王になるのだ、と。
それを受けて、初めて少女は拒絶しました。
それまで拒絶をしてこなかった少女でしたが、それが行われて初めて、人々は少女に対する畏怖を思い出します。
少女の力は、それだけの効果を及ぼしたのです。
三日三晩、王族も貴族も、全てが狂気に塗れました。町は火に溢れ、城は融けて、あらゆる人々を呑み込みます。
全てが終わったあとに残ったのは、少女と、平民たちと、融けた城が変化した、天にも届く白亜の塔。
少女はそこから人々に告げました。
「優しい人を寄こしなさい。そうしない限り、私はこの塔から出ないわ」
焦った民衆たちは必死になって「優しい人」を送り込みますが、少女に欺瞞は通用しません。心の内に黒いものがある人間ばかりで、真の「優しい人」は現れませんでした。
少女は白亜の塔に自室を作り、そこに世界中の本を集めます。
あらゆる知識、あらゆる物語を自分の元に集めて、ただただ本を読み続けます。
そんな彼女は、今日もまたやってくる人間を眺めて呟きました。
「人間なんて、信じないわ」
少女の名はメルカテリィ。世界に創られた、統べる存在……。
※※※※
見上げる程の本棚が立ち並ぶ、白い白い大きな部屋。
白いベッドの上でメルカテリィは、読書の手を止めて、はぁとため息を吐きました。
「……あなた、何がしたいのかしら」
そして眼前で動き回るモノを眺めて、うっとおしそうに言います。
「お掃除をしているのです、メルカテリィ様」
「この部屋に汚れは溜まらないわよ」
「こういうのは、するという意識が大切なのです」
にこりと笑って、黒髪の少女は言います。
少女は白亜の塔を訪ねた中で、初めて黒いものがない存在。
決して『優しい人』ではありませんでしたが、黒いものがなかったので、メルカテリィは彼女のことを拒みませんでした。
「エリーナ。べつにあなたの行動を咎めはしないけれど、そんなことをしても、私はあなたに力を貸さないわよ」
「別に構いません。あなたの身の回りについて居られるだけで」
黒髪の少女、エリーナは、メルカテリィの言葉に眉一つ動かさず、平然と言ってのけます。
「薄っぺらい言葉を並べるのは、好きじゃないわ」
「メルカテリィ様に比べれば薄いですけど、それでも私の人生を掛けた言葉ですよ」
「ふん……信じられないのだけれど、あなたはそれを証明できるのかしら?」
唇に指先を当てて、メルカテリィは目を細めます。
エリーナはしばらく考える素振りを見せます。それはとても難しい問題で、心のうちの証明など、そう簡単に果たせるものではありません。
メルカテリィは、この質問によって、エリーナに黒いものが生まれる可能性を考えたのです。
「それなら……こうしましょう」
しかし、エリーナはなにかを閃いたように、手に持っていた箒を投げ捨てます。
そしてその後、メルカテリィに駆け寄り、その手の甲に口づけしました。
「女の子の唇って、大切なんですよ」
ふふ、と口角を上げて、エリーナ。
メルカテリィのまん丸になった紅い瞳に、彼女の姿がハッキリと写りこみます。
「っ……もしかしてあなた、ばかなのかしら」
そして、メルカテリィの陶器の様に白い頬が、ほんのり朱に染まりました。
メルカテリィは人の心の機微がわかります。エリーナの心は、こんなことをしておいて、一切下心が無いのです。
その事実を踏まえた彼女は、気恥ずかしさを覚えて、いそいそとエリーナから離れます。
「メルカテリィ様?どこかへお行きになるのですか?」
「行かないわ……!お風呂を作るから、沸かしてきなさい……!」
エリーナは決して、メルカテリィの使用人でもなんでもありませんでしたが、本人の素振りを受けて、すっかり扱いはそうなっていました。
お湯も作れるでしょうに、と微笑むエリーナ。
バスルームが作られ、そこに去っていく彼女を見ながら、メルカテリィはため息を吐きます。
エリーナにもあるはずの黒いものは、まだまだ見えないようでした。