歪でも、いいですか?   作:うたた寝犬

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「歪でも、いいですか?」後日談

春。出会いと別れが折り重なる桜の季節。

毎年、多くの学生が通い慣れた学び舎を後にして、最後だからと思い涙を流す。

 

三門市立大学でもそれは例外ではなく……この日、卒業式が粛々と執り行われた。

 

多くの卒業生が行き交う大学の広場で水瀬千景が瞳にじんわりと涙を浮かべている姿を見て、彼の前に立つ太刀川は千景を慰めるつもりで、いつものように笑った。

「おいおい、なんでお前が泣いてんだよ。卒業したのは俺だぜ?」

太刀川は両手を広げて、卒業式らしい紋付袴姿を見せつける。それを見た千景は、

「ええ……。だから、ですよ。単位が毎回ギリギリだった慶が卒業出来きたと思うと、思わず涙が……っ」

「ちょ、お前……ひどいこと言うな……」

心外そうに言う太刀川だが、彼の卒業の裏には多くの仲間による涙ぐましい努力が積み重なっており、千景は彼らの思いを代弁する形で涙を流していたのだ。

 

涙とごった返していた人の数が落ち着いたところで、千景は太刀川に確認する形で問いかけた。

「慶は、この後どうしますか?すぐに、出水たちのとこに向かいますか?」

「もちろん。ボーダーでの卒業祝賀会まで、お前らと……、初代太刀川隊の面子で飲んだり食ったりするつもりだ」

「お、じゃあ行きましょうか。唯我くんが持ってるコネを惜しみなく使って、いい場所を確保してくれたそうですよ」

「はっはー、そりゃあ楽しみだ」

太刀川はそう言って、かつてのチームメイトである千景と共に、目的地に向けて歩き始めた。

 

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太刀川がボーダー本部の屋上で千景の秘密や苦悩を聞き、彼を救ったあの日から、2人の身には色々なことがあった。

 

まず、

『太刀川が女子を泣かせた。太刀川サイテー』

という噂がボーダー中に広まった。これに関しては、2人は仕方ないと思っている。

屋上で千景が太刀川に「友達でいていい」と言われた直後、屋上に人が来た。単純に千景の叫び声がきっかけで警戒任務中だった隊に気づかれて、本部司令室に、

「屋上に怪しい人影があります」

と通報されたのだ。

司令室にいた忍田と、通報を入れた部隊が現場に急行すると、そこには太刀川と、彼に縋り付くようにして泣いている女子高生(千景)の姿があった。

実のところ、千景の事情はボーダー本部でも数人は把握していた。彼をスカウトした嵐山や、本部長である忍田……。その他にも本部内である程度の地位と実績と信頼、そしてなにより、口が固く、千景の事情に理解を示せると判断された隊員には、千景の事情が知らされていた。

そのため、現場にいた太刀川と千景を見て忍田はなんらかの事情があると察することが出来た。だが逆に、千景の事情を知らずに現場に駆けつけた隊員からすれば、

「太刀川が女子高生を泣かせている現場」

にしか見えず、太刀川にとって不名誉で、そしてある意味間違ってはいない噂が、あっという間に本部内に広がってしまった。

 

そして太刀川の誤解を、友の誤解を解くために、千景は、

『自分が性同一性障害であること』

を公表することにした。公表の前に上位チームなどの発言力を持つ者に、誤解がないように丁寧に事情を説明して下準備をした甲斐あってか、太刀川への誤解が解けただけでなく、千景の障害も、多くの人物に受け入れてもらえた。中にはどうしても、千景に対して奇異の目や心無い言葉を向ける者もいたが、これまで彼が経験していた、全員が敵といった状態に比べれば、千景の負担は遥かに軽いものだった。

 

それでも時々、千景は心無い目や言葉に苦しむ時があった。声を潜めているとはいえ、明らかに自分に向けて「気持ち悪い」と言われてるのがわかってしまった時が、特にそうだった。その度に彼の心には暗い影が差しかけたが、不思議とそういう時になると、

「よう、千景。ちょっとランク戦しようぜ」

まるで見計らったかのようなタイミングで太刀川は現れて、千景をソロ戦に誘った。そのタイミングで誘われる度に、千景は、

(またコイツに救われた)

と思っていた。しかしそれを悟られるのはなんだが気恥ずかしくて癪だったから、千景は太刀川の誘いに対しては、決まって、

「いいよ、ぶっ殺してやる」

その気恥ずかしさを奥深くに隠した、好戦的な言葉を返していた。

 

2人が本気で剣を交えて戦う様を見て、周囲では自然と、

「千景のああいうところを見てると、男とか女とか、あんまり気にならなくなる。千景は千景」

という声が、少しずつ、でも確実に増えていった。

 

それからしばらくして、千景のことがあまり騒がれなくなって来た頃になると、太刀川は、

『千景。お前もう、俺の隊に入れ』

堂々と千景をチームにスカウトし、千景はそれを誇らしげな笑顔で受け入れた。

そうして太刀川隊に加入できた千景だったが、初めは、反対の声があった。真っ先に反対したのが、特別な事情(親のコネ)で太刀川隊に途中編入した唯我尊だった。

「考え直してください太刀川さん!チームは今の人数で十分に戦果を出しています!こんなポッと出の隊員を入れてしまっては、連携の見直しが必要になる上に、人数が増えてオペレーターの国近先輩の負担が大きくなってしまいます!」

形だけはそれっぽい唯我の意見を聞いた太刀川は、

「千景の加入は決定した。これは隊長権限だ」

普段めったに使わない隊長権限(という名目のわがまま)を行使した。続いて、チームの射撃の核である出水公平は、

「千景先輩ならこれまで何回も任務こなしてるし、連携の見直しとかいらねーぞ」

すでに千景が半ばチームに溶け込んでいることを伝えた。そして最後に国近柚宇が、

「唯我くん戦闘じゃ大抵すぐにやられちゃうから、むしろいつもは、私の負担軽いんだ〜。千景くん入ってくれたら、逆に丁度いいくらいだよ〜」

ゆるーい声で優しく唯我にとどめを刺した。

 

千景が加入したことによって太刀川隊は、他の追随を許さぬ圧倒的な戦果を上げ続け、誰もが認めるA級1位部隊となった。そして太刀川隊は頂点に立ったまま、遠征任務と大規模侵攻へと向かっていった……。

 

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太刀川隊にとって、大規模侵攻は今でも語り草な出来事である。

こうして太刀川の卒業を祝うために集まり、テーブルについて飲み食いしながら昔話に花を咲かせていると、いつの間にかその話題になり、笑顔で語らう。

 

「でもね〜、大規模侵攻終わった時はすっごく焦ったんだよ〜。どれだけ呼びかけても、千景っちが返事してくれなくてさ〜」

 

20歳になった国近柚宇が、チューハイを飲んで程よく顔を赤らめながら当時のことを振り返ると、千景が苦笑を浮かべた。

 

「いやいや、あの時は本当にすみませんでした」

 

あまりアルコールが得意ではない千景は、水でかなり薄めた梅酒に若干酔いながら答えると、そこに、まだ未成年の出水がノンアル片手に会話へと割って入る。

 

「でも、あの時はマジで焦ったんすからね。そりゃ、千景先輩が太刀川さんみたいに1人でラービット狩ってたのは知ってましたけど……まさか、そしたら…」

 

一瞬空いた出水の言葉の間に、唯我が、

 

「あんなことになるなんt「おい唯我。俺の酒が無え。ちょっと持ってきてくれ」

割り込もうとしたが太刀川が彼に飲み物を要求すると、唯我は素早い動きで飲み物を確保しに行った。

 

席を立った唯我の言葉を、太刀川は引き継ぐように続けた。

「まあ、でもまさか……、お前がラービットに食われてアフトクラトルに連れていかれてたなんてな」

 

太刀川隊三大伝説事件の1つこと、

『千景、ラービットに食われたってよ』

だが、その話になる度に、千景は声を大にして答える。

 

「もうね、何っ回も言いますけど!オレは、わ・ざ・と、ラービットに食われてアフトに行ったんですよ!奴ら、明らかにC級狙いだったから、あっちに連れていかれたC級をまとめるために、オレはわざと連れていかれたんです!」

実際のところ、そう答える千景の言葉に嘘はないのだが、少しアルコールが入って酔いながら話す姿は、まるで必死に嘘をついているようにしか見えなくて、

「はいはい、千景っちは偉いね〜」

国近は子供を褒めるような優しい口調で窘めて、

「千景先輩の判断は賢明だったと思いますよ」

出水はあしらうように軽い態度で、それぞれ接していた。

 

「本当のことなのに……っ!」

泣き上戸の節がある千景の目には、早くも涙が浮かぶ。心は男性とはいえ、千景の外見は完全に女性……、美少女と美女の中間とも言えるものであるため、傍目から見れば(本人としてはとても不本意だか)とても可愛らしいものだった。

 

外見と中身がちぐはぐな千景の扱いを、長い付き合いで学んだ太刀川は、さりげなく、それでいて彼が心から言って欲しい言葉を投げかける。

「たしかに、俺たちは初めこそ慌てたが……、すぐに、千景なら心配ないって、みんな信じてたさ」

「慶ぃ……」

「それに実際、アフトに救出に行った時は、千景が俺たちが来るのを見越して準備してくれてたお陰で、すげーやりやすかったよ。ありがとうな」

 

欲しい言葉をもらって機嫌が良くなった千景は、

「だろー!?そうだろー!」

得意げに言ってから、アフトに連れていかれてからの出来事を語り始めた。

 

アフトクラトルにて、ベルティストン家というところに軟禁されていたこと。

高いトリオン能力を持った自分たちが本当に貴重で、とても大事にされたこと。

自分たちが何らかの取引の商品として扱われ、C級たちが1人、また1人と減っていったこと。

もし離れてしまっても、連絡を取るための手段をいくつも用意していたこと。

自分が最後まで取引されずに、ベルティストン家に1人だけ残ったこと。

それから、監視の意味合いでヴィザという翁の家に移されたこと。そして、ヴィザの家で過ごした日々と、ヴィザがどんな人物だったのか。

 

すっかりお酒に酔った千景は、今までに何度も太刀川隊に聞かせた話を、改めて話していた。

 

「もうなー、ヴィザって人は本当にすごいおじいちゃんだったんですよ!初めて会った時、ちょっと話しただけで、オレの心と体が合ってないってことも、オレがわざとアフトに来たことも、オレがここから逃げる算段をしてることも、みんなが助けに来るのを疑ってないことも、ぜぇーんぶ見抜いたんですよ!」

千景の話を聞く太刀川隊だが、彼のこの状態には慣れたもので、交代で返事をしていくシステムすら作っていたほどだった。

 

順番に返事をしていく彼らに、千景は語り続ける。

ヴィザが『いつかまたミデンの戦士と相見えた時のために、特訓に付き合ってくれますかな?』と言って毎日剣を交えたが、結局ただの一度も勝てなかったこと。

稽古の後は決まって散歩で町を歩き、そこに住む人々と他愛もない会話を交わしていたこと。

国宝の使い手と呼ばれ、尊敬されながらも、決して市民に恐れられてはいなかったこと。

ヴィザが家で、数匹の犬を飼っていたこと。

そしてその子達の名前が、かつて戦場で散って、もう会えない友の名前であること。

毎晩、少しだけ……、本当に少しだけ、好きな酒を飲むこと。

飲んだ後には必ず、『私の旧い友の話です』と前置きをしてから、自分の若い頃の武勇伝を1つだけ話すこと。

堅固な守りを誇る城を、1人で崩したこと。四方八方を敵に囲まれて死を覚悟しながらも、それでも切り抜けた時のこと。その身に病を宿しながらも、滅びゆく国と共に最後の最後まで戦った、誇り高い剣士がいたこと。労せず勝てたはずの戦いで驕り、友を失ったこと。国宝である「オルガノン」の正式な使い手として認められた時のこと。殺すには惜しい剣士を、アフトクラトルの平和のために殺さなければならなかった時のこと。

そして、数多の戦場を全て切り抜けてきたからこそ、今生きていること。

 

本来なら、千景の語りはボーダーが助けに来るところで、結びを迎える。しかし、語りながら酒を飲み続けた千景は最後まで語ることなく、途中で緩やかに眠っていったのであった。

 

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「……ん…?」

眠りから覚醒した千景は、自身が隊長を務める部隊の作戦室にいた。何があったかすぐには思い出せなかったが、傍らに太刀川の文字によるメモが残されていたので、自分が酔って眠ってしまったところを、ここまで連れてきてもらったのだと理解した。

 

ほんの少しだけ痛む頭を抑えて、わずかな酒で酔ってしまう自分のことを情けなく思いながら、千景は作戦室を出た。酔いを覚ますために、通路にあった自販機でスポーツドリンクを購入して屋上に向かう。

 

屋上に着いた時間が時間だけに、すでに陽は落ちて月が空を煌々と照らしていた。

場所と時間のせいで、千景は否が応でもあの日のことを思い出しながら、あの日と同じ場所に腰かけた。

「……」

千景は無言でペットボトルのキャップを開けて、喉を鳴らしながらほんのり色づいたスポーツドリンクを嚥下する。

「…ぺは…っ」

飲み口から口を外した千景はキャップを閉めて、中身が減ったペットボトルを月明かりに晒す。その行動に特に意味はなく、千景も単に「キラキラして綺麗だな」くらいにしか思っていない。

 

無意識のうちに取ったその千景のその行動を、見ていた者がいた。

「お前、時々意味が無いというか……、妙に子供っぽいことするよな」

千景がスポーツドリンクを飲んでいる間に屋上に来た太刀川は、言いながら千景の隣に……、あの日座った場所より、少しだけ近くに座った。

 

飲みながら太刀川に気づいていたのか、それとも酔いが残る頭ではどうでもよかったのか。千景は太刀川が来たことに対して特別な反応は見せずに、月を見ながら問いかけた。

「祝賀会はどうしたんですか?まさか、抜け出してきたんじゃないですよね?」

「お、鋭いな。そのまさかだ」

「はぁ……。大方、祝賀会に来た、色んなところのお偉いさんとの会話が面倒だったんでしょう?」

「はは、正解正解」

小刻みに両肩を揺らして、太刀川は笑う。

 

そうして笑う太刀川慶を見て、水瀬千景は思う。

出会った頃から変わらず、ソロランキング1位に君臨している彼が、本当の自分のことを知って尚、受け入れてくれたことが……、友達でいていいと言ってくれたことに、どれだけ救われたのか。あの時、太刀川が受け入れてくれたから、今の自分がいる。悩みながらも、時々辛い思いをしながらでも、人生を楽しめている自分がいるのは、紛れもなく太刀川のおかげだった。

 

だから、

「なあ、慶」

「ん?どうした千景」

その事実を改めて噛み締めた水瀬千景は、少しの照れ臭さを感じながらも、

「ありがとな」

心からの感謝を込めた言葉を、太刀川に贈った。

 

そしてそれに対して太刀川は、飄々として笑みを浮かべる。

「はは、どういたしまして」

 

たった一言で、千景の思いが太刀川にどれだけ伝わったのかはわからない。全部伝わったのか、一部しか伝わらなかったのか、それとも全く違う形で伝わってしまったのか、千景にはわからないし、そしてどれでもよかった。

 

太刀川が千景のことを友達だと思ってくれていて、それに対して千景はお礼を言えた。それだけで、千景は良かったのだ。

 

お礼を言って満足する千景をよそに、太刀川は腕時計で時間を確かめる。

「よーし、これだけ時間開ければ、流石に客も帰っただろ。千景、ちょっとランク戦しようぜ」

「いや、そんな『もう一軒飲み行こうぜ』みたいなノリでランク戦誘わないでくださいよ。まだちょっと、酔ってるんですから」

「はっはーん。負けるから戦いたくないのを、酔いで誤魔化したな?」

太刀川の分かりやすい挑発に、千景はわざと乗った。

「あはは、そこまで言うならやりましょう。ぶっ殺します」

 

この夜は後々、

『太刀川慶と水瀬千景の一世一代の名勝負』

と語られる戦いが繰り広げられるのだが、

 

それはまた、いつか別の機会にて。




思いつきで書こうと思った水瀬千景のお話は、ここでひとまず終わりになります。どうしても書き足したいこととかあったら、またしれっと書くかもしれません。
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