歪でも、いいですか?   作:うたた寝犬

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完結という形にしてましたが、ちょくちょく書いたのがまとまったので、おまけという形で更新します。


「歪でも、いいですか?」おまけ集

 水瀬(みなせ) 千景(ちかげ)

 

 誕生日:12月24日

 星座:かぎ座

 

 身長:160cm

 体重:53Kg±1.0Kgくらい。

 血液型:A型

 

 好きなもの:ランク戦、紅茶、料理、男装

 

 髪:長くて、栗色

 眼:グレー(少なくとも黒ではない)

 

「歪でも、いいですか?」におけるオリ主。心と身体の性別が不一致である『性同一性障害』。心は男の子で身体は女の子。障害に理解がないというよりも、両親の『私たちが思い描く理想的な女の子像』を押し付けられて歪んで育ったためか、生まれついてのものだったのか定かではないが、精神年齢が実年齢より少し幼い傾向にある。

 両親の教育(躾け)を渋々ならがも受け入れたため、歩き方や立ち振る舞いなどは綺麗で、普段の口調は丁寧気味。ただ、内心では反抗期の少年のような口調である上に、時々ぽろっと本音が出る。

 子供の頃はなかなか友達を作ったり、人と仲良くなることが上手くいかなかったが、ボーダーに来てからは色んな人と仲良くなれた様子。太刀川隊を除けば、影浦や当真、村上や今結花など同年代と仲良し。特に仲が良かったのが蔵内と絢辻。生徒会庶務で生徒会繋がり。

 好きなものにある『男装』は文化祭時に日の目を見ており、クラスで実行した男女逆転喫茶にて披露した執事姿で接客と料理をこなし、客の心臓を片っ端から鷲掴みしていった。

 太刀川ほどではないがランク戦に入り浸っており、最終的には弧月とハンドガンアステロイド両方でポイントが10000を越えた。

 トリガー構成は、メインが弧月、アステロイド(拳銃)、旋空、シールド。サブが、アステロイド(拳銃)、シールド、バッグワーム、テレポーター。戦闘スタイルはブレードメインのオールラウンダーで、弧月と併用して牽制用にハンドガンを持ちながらも、場合によっては2丁拳銃スタイルにシフトする。得意技は、敵の前で拳銃2丁を放り投げてテレポーターを使って投げた拳銃の元にワープして、相手の死角から撃つというもの。この技のパターンとしては、

 ①どちらかの拳銃の元にワープして射撃

 ②敵の背後にワープして鞘に収めてる弧月を抜刀して旋空

 ③敵の懐にワープしてそのまま斬る

 ④ワープすると思わせてその場で旋空

 の4パターンがあるため、それなりに対応が面倒くさい。

 

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『アフトクラトルでの日々』

 

 オレはこれまで、剣の扱いに関してそれなりに自信があった。弧月のソロポイントは1万越えで、少なくとも才能がある方だとは思ってた。ポイント4万越えの太刀川さんとか、そんな太刀川さんよりも強い忍田本部長とかには勝てる気はしないけど……、それでも、オレの剣はネイバーフッドに出ても心の頼りになると思ってた。

 

 だけどオレはここ最近、毎日剣で負けて転がされる日々を送ってた。

 

「らぁっ!」

 鋭く踏み込んで放つオレの斬撃を、

「ほっ」

 その人はまるで羽虫をあしらうくらいの何気ない受けで、無力化する。斬撃のタイミングに合わせて剣を当てられて、斬撃の軌道を逸らされる。受太刀じゃない、というのがタチが悪い。剣に限らず、当てるつもりで振ったものを外す……いわゆる空振りは、思っている以上に身体に負担がかかる。トリオン体じゃ生身のような負担はかからないが、それでも確実に、こっちの攻撃のリズムは崩される。

 

 毎日、毎回、あの手この手で攻撃のパターンを変えても、この人の守りは崩さない。そして、1日の間に思いついた攻撃のパターンが底をつくと、その人は……、アフトクラトルが国宝『星の杖(オルガノン)』の使い手、ヴィザは笑う。本人は隠してるつもりだろうけど、笑顔の奥からほんの少しだけ、肉食獣のような獰猛さが漏れ出てる。

 

「ふむ。どうやら、今日の千景殿の攻撃は売り切れた様子……。ならば、こちらから攻めましょう」

 

 ヴィザの宣言からわずか3分で、オレは尻餅をつく形で転ばされて喉元に切っ先を突きつけられる。それから少しだけ無言を挟んでから、

「……ほっほっほ。今日は、ここまでにしますかな」

 ヴィザはそう言って剣を収めて、手を差し伸べて、オレはその手を取って立ち上がる。老いて皺がありながらも、力強い手で身体を起こしてもらったオレは、思わず呟いた。

 

「……井の中の蛙、大海を知らず……とは、こういうことか……」

 

「……? ミデンの世界の(ことわざ)ですかな?」

 

「ええ。井戸の中のカエルは……、狭い世界で生きていた人はそこしか知らなくて、世界の本当の広さは知らない、という意味です」

 

 ボーダーという括りの中しか知らなかったオレは、まさにそれだった。今まさに、世界の広さを痛感するオレに向けて、ヴィザはさして考えることなく言葉を返す。

 

「なるほど。それは確かにそうかもしれませぬな。しかし、あまり気を落とさぬ方が良いのではないてすか? ……狭い世界で生きるものは、その世界の広さを知る機会が無い分、自分の世界については隅々まで知っているのですから。広さと深さを併せてこその、本当の知識でしょう?」

 

 ヴィザの言葉を聞いて、オレは驚いた。だってそれは、そのことわざの後に続く言葉の意味そのものだったから。

 

「……さすがですね。実は今の言葉には、『されど空の青さを知る』という風に続くんです。広さは知らなくても、そこから見える景色の綺麗さは知っている……、まさしく、貴方の言う通りです。素晴らしい知見ですね」

 

「ほっほ。伊達に長く生きてはおりませぬ……。それに、言わせてもらえれば、若くして博識な千景殿も中々です。ミデンは、よく教育が行き届いている」

 

「ええ、そういう制度があるので」

 

「羨ましいことです」

 

 ヴィザは本当に羨ましそうに言った後、訓練場の窓から差し込む光にチラッと視線を向けた。

「さて……、どうやら、お昼時が近い様子……。いつものように、散歩がてら、出先で昼食としましょう。千景殿、準備ができたら、部屋にいるので声をかけてくれますかな?」

 

「ええ、わかりました。ですがその……、出かける前に身支度に時間をかけさせてもらっても良いですか?」

 

「ええ、構いませぬ。さほど、急ぐことでも無いのですから」

 

「ありがとうございます」

 

 オレは丁寧に礼をして、訓練場を出た。

 

 通路を歩いて、割り当ててもらった部屋にたどり着き、椅子に座ったオレは思いっきり溜息を吐いた。

 

「捕虜にしては待遇緩すぎるな……。警戒されてないのか、それとも上の奴らがヴィザに全幅の信頼を置いてるのか……」

 

 正直、アフトクラトルにたどり着いた直後とかは、生身で拷問されたりするもんだと思ってたが、少なくともオレの待遇は捕虜にしては快適なものだった。基本、このヴィザの屋敷にいなければならないが、屋敷の中での行動は制限されていない。ヴィザの目があれば外出だって可能だった。

 というかむしろ、ヴィザが毎日のように散歩しに行くので同行しなければならない上に、屋敷で飼っている犬の世話とかもあるから、外に出ない日がない。お陰でこの辺の地図は頭に入ったから、あとはオレのトリガーを取り返せば脱出可能な状態だったが、タイミングがない。

 

 午前中は「今後またミデンの者と戦う時のために、予習をしなければなりませんな」という名目のもと、ヴィザの稽古に付き合わされている。

 こちらの戦い方が漏れるのは問題だけど、それ以上に、国宝の使い手に任命されるほどの腕前を持つヴィザの戦い方を知れることの方が大きすぎるリターンだった。

 いつかヴィザと本気で戦う事になった時、この経験は絶対に役に立つ。オレはそう信じて今を生きている。

 

 さっきまでのヴィザとの手合わせで使ってたのは、アフトクラトルから支給されたもので、ボーダーで言うところの訓練用(C級)トリガーだった。耐久力が低めで、武器が剣1本しかない、本当に訓練にしか使えないような借り物のトリガーで脱出するには心許ないから、どうにかしてオレのトリガーを取り返さなきゃならないんだが……、

 

(それがどこにあるのかが、さっぱり分かんねえ……)

 

 肝心な隠し場所は、全く見当がつかなかった。

 

 行き詰まったオレは思考を切り上げて、ひとまずヴィザの散歩に付き合う準備をすることにした。

 

 準備らしいものはそんなになく、単に支給された部屋着から外行きの服に……、着物にも似た、アフトクラトルの伝統服とやらに着替えるだけなんだが、それを意識した瞬間、深いため息が口から勝手に出た。

 

「……身体見るの、嫌なんだよなぁ……」

 

 自分の歪さを嫌でも感じる着替えと身体に嫌悪感を覚えながらも、なるべくそれが早く済むように、オレは手早く着替えて、ヴィザと共に屋敷を出た。

 

 

 

 

「行き先は、いつもの街ですか?」

 

 隣を歩くヴィザに尋ねると、「ええ」という言葉と共に頷いた。

 

「ここから歩いていけるところなど、あの街くらいなものです」

 

「いっそのこと、街の中に住もうとは思わなかったんですか?」

 

「思わないことも無いのですが……、やはり、あの住み慣れた屋敷が一番ですな」

 

 歩く姿に歪みが無いにもかかわらず杖を使って歩くヴィザは、オレに視線を向けて、全身を視界に収めた。

 

「この国の伝統服が、すっかり板につきましたな」

 

「ええ、おかげさまで。最初は屋敷の家政婦さんに手伝ってもらいましたけど、今では少し時間をかけてでも1人で着れるようになりました」

 

「ほっほ。それについては屋敷の者も舌を巻いておりましたぞ。最近では、その服を1人で着れる若者もほとんど居ませんので、素晴らしいことです」

 

「あはは。生まれ育った国にも、似たような衣装があったので……、その応用です」

 

 当たり障り無い話をしながら歩いていると、気づけば目的の街にたどり着いていた。

 

 街に着くと、ヴィザがここの人々に好かれてることが分かる。ただ歩いてるだけで、道行く人たちの多くがヴィザに声をかけてきて、そしてそのどれも好意的だ。ただの挨拶だけの人もいるけど、中には今年の野菜は育ちが良いとか、どこかの家にお孫さんが生まれたとか、近況報告に近い雑談をしてくる人もいた。そして、ヴィザはその全てに丁寧に受け答えしていた。

 

 

 

 あと、ヴィザやその上の人間が街にどんな風に情報を伝達したのか知らないけど、街の人たちの間でオレについて色んな噂が飛び交ってる。中でも特に驚いたのが街に来た初日に言われたことで、

「ヴィザ! あんた嫁さんもらったんだって!? もしかしてその子? 随分若いじゃないの!」

 というものだった。年の差40以上の結婚って、普通に考えたら財産目当てっぽくてあまり良いイメージが無かったけど……、この国は違うのか、それかヴィザの人格が為す技なのか、街の人は勘違いではあったものの、ヴィザの結婚を純粋に祝っていた。

 

 

 

 

 実際に行ったことは無いけど東欧を思わせるアフトクラトルの街を歩き、ヴィザがその日の気分で決めた店に入ったところで、ようやくひと段落する。メニュー表を見ているヴィザに、オレは笑顔を作って話しかける。

 

「相変わらず、街の人に好かれてますね」

 

「ええ、有難いことです。他国に向かえば戦うしか無い私を、とても良くしてもらっております」

 

「戦うことも、時代と場所によっては英雄の行いですからね。オレが生まれ育ったあの世界の英雄譚も、戦いにまつわるものが多かったですし」

 

 オレの口から英雄譚という単語が出た瞬間、ヴィザの雰囲気が変わる。ワクワク、と言った表現がよく似合う雰囲気を纏いながら、ヴィザは問いかけてくる。

 

「ミデンの世界の英雄……ですか」

 

「興味ありますか?」

 

「ええ。料理が来るまで、お聞かせ願えますかな?」

 

「もちろん」

 

 そこまで話したところで、ヴィザがウェイターを呼び、メニューを注文した。オレは好き嫌いやアレルギーが無いから、毎回昼ごはんはヴィザに『その店で一番お勧めしたい料理』を頼むようにお願いしていた。

 

 料理が来るまでの間、オレはヴィザが興味を持ちそうな英雄……、生涯で数多の決闘に勝利し続けた、二刀の剣豪の逸話を話し続けていた。

 

 

 

 

 パスタと蕎麦の要素を足して二で割ったような昼ご飯を食べ終えた後は、腹ごなしとして、また街を歩いた。

 

 レンガ作りの街並みは美しく、道行く人は活気溢れる笑顔で……、こうして対立してなかったら、太刀川隊のみんなで旅行に来てもいいと思えるくらいに、良い街だ。

 

「……なんというか、ここは……良い所ですね」

 

「ほっほ。そう言って貰えると幸いですな。ここは、私が生まれ育ち、多くの仲間と共に過ごした、多くの思い出が詰まった街なのです」

 

「そうでしたか……。生まれ育った街を、そんな風に思えるのは、良いですね」

 

 何の気なしに呟いた一言に対して、ヴィザは一瞬眉をひそめた。

 

「……? 千景殿は、故郷を良く思っておられないのですか?」

 

「ええ、まあ……」

 

 正直、高校生になるまで住んでたあの街は、好きじゃない。両親(あの人たち)の機嫌を損ねないように女の子を演じるのは苦痛でしかなかったし、同級生から辛辣な言葉を投げられるのも普通に辛かった。なんというか、あの街はとにかく生き辛かった。

 

 長期休暇の時期とか大型連休になれば顔見せ程度には帰るけど……、この前の休暇で帰った時に、お見合いとかいうふざけた言葉が耳に入ってきたし、ぶっちゃけ、もう帰りたくもない。

 

「……生まれ故郷は、あんまり好きじゃないです。だからこそ、生まれたあの街を出て、兵士としてあの街を守ることにしたんですけどね……」

 

「……ふむ、どうやら、私などでは気軽に立ち入ることが出来ない事情があるようですな」

 

 立ち入らない、と前置きをした上で、ヴィザは言葉を続けた。

 

「ですが、千景殿……。人と繋がっている上で、何か問題があったのなら……、なるべく早いうちに、決着をつけることをお勧めします。その人が、いつまでも生きているとは限らない以上……、解決される前に遠くに行かれてしまっては、長く苦しむ羽目になりますぞ」

 

 不思議な説得力を持ったヴィザの考えを聞いたオレは、思わず、

「貴方にも、そういう苦しみがあったんですか?」

 と、尋ねた。

 

「……そうですな」

 

 答えながらヴィザは視線を空に移して、遠くを見つめた。

 

「……そういった後悔を挙げればキリがありませんが……。中でも特別、忘れられないものが、1つだけ……心に残っております」

 

 きっとその目には空じゃなくて、今は亡き友の姿が映ってるんだろうなとオレは思った。

 

 

 

 

 

 軽く買い物を済ませてから屋敷に戻り、ヴィザが飼ってる犬たちと、広い庭で戯れた。ああもう、可愛いなちくしょうと思いながらたっぷり1時間は遊んだ。

 

 日が傾き始めた頃に屋敷に戻ると、家政婦さんたちから風呂に入るように勧められた。着替えの時と同じで、自分の身体を見るのが嫌なオレとしては苦行に近いのだが……、

「ふああぁぁ…………」

 いかんせん、広い湯船という魔物には勝てなかった。熱すぎず、ぬる過ぎない丁度良い温かさの湯船に浸かった瞬間、自分でも驚くぐらい気の抜けた声が出た。

 

 元は温泉旅館でした、と言われても納得できそうな風呂に浸かり、オレは遠慮なく足を伸ばす。着慣れたとはいえ、あの伝統服は歩きにくく肩がこる上に、やたら注目を集めるから、疲れが身体に溜まる。オレは湯船で思いっきり寛いで、その溜まった疲れをお湯に溶かしていく。

 

「……この風呂、毎日お湯の色変わるよな。入浴剤か?」

 

 ここから逃げる時に、いくつか入浴剤をくすねていこうかなと、こっそりと心に誓った。

 

 

 

 風呂から上がり髪を乾かし、着替えを済ませた頃を見計らって、屋敷で働く家政婦さんが夕食の支度ができたと声をかけにくる。

 

 扱いが丁寧で立場を忘れそうになるがオレは捕虜であるため、指示に刃向かうことなく食堂に向かう。

 

 ヴィザは毎回。先に食卓に着いてオレを待っている。2人では広すぎるテーブルに着いたところで、「いただきます」と手を合わせて食事を始める。

 

 この屋敷で食べる夕食は、ほぼ決まりきっている。

 

 パンによく似通った炭水化物。

 名前の知らない魚の焼き料理。

 やや濃く味付けされた肉料理。

 根菜を丹念に煮込んだスープ。

 とても鮮やかな彩りのサラダ。

 喉越しがスッキリとしたお茶。

 冷んやりとして甘いデザート。

 

 使われる食材こそ違えどほぼ毎日このメニューを、オレとヴィザは口にする。悔しいことに、味は文句なしに美味い。

 

 黙々と食べ進めると、ヴィザが前触れもなく話しかけてきた。

 

「千景殿は、毎食綺麗に平らげますな」

 

「ええ、まあ……。好き嫌いは無いですし……、何より美味しいので」

 

 素直に思いを吐露すると、ヴィザはクックと喉を鳴らして笑った。

 

「何か変ですか?」

 

「いえいえ……。かつて、敵国の食事など毒に違いないと決めつけ、一口も食べずに餓死した者もいた事を思い出したもので……」

 

「こんなに美味しい食事に口をつけずに死ぬなんて、勿体ない事をしますね」

 

 オレだって、飯に毒が盛られてる可能性を考えてなかったわけじゃなかったけど……。

 

「……なんとなく、貴方は食事に毒を盛るような人じゃないなって思っていたので」

 

「なるほど……千景殿は、良い勘を持っているようだ」

 

 ヴィザは楽しそうに言うが、同時にオレは、

 

(でも、この人はやる時はやるんだろうな)

 

 とも思った。

 

 そんな思いを気取られないよう、オレは会話を途切れさせないように気を配る。

 

「……まあ、こうして毎回食事が楽しみな時点で、もう毒は盛られてるようなものですけどね」

 

「千景殿は皮肉を込めた言葉選びが好きなようですな……。食事担当の者に、今の褒め言葉を伝えておきましょう」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

 時折そんな会話を挟みつつ、表面上は和やかに夕食が進む。

 

 ヴィザがメニューの8割ほどを食べると、音も無く家政婦が現れて、静かにグラスを1つ置く。

 

 グラスには液体が……酒が注がれている。飲んだことないし酒に詳しいわけじゃないから種類までは分からないけど、毎日毎日違う種類の酒が出てきている。

 

(メニューに合わせた酒が選ばれてるのか、酒に合わせてメニューが決まってるのか……それとも、その日の気分かな?)

 

 なんて事を考えていると、ヴィザはゆっくりとグラスに手を伸ばし、少し香りを楽しんだそぶりを見せてから、口をつける。

 

「……美味い」

 

 ほんの少し、本当に少しだけ飲み、味を心底楽しんでいるような一言が、ヴィザの口から漏れる。

 

「毎日、飲んだ一言目はそれですよね」

 

「嘘偽りない感想でございます」

 

 仄暗く、それでいて柔らかい色合いの照明を受けて優しい光を返す酒を目で楽しみながら、ヴィザは穏やかな口調で会話を続ける。

 

「千景殿は、本当に飲まなくてよろしいのですか?」

 

「お生憎様、こっちの国ではお酒は20歳からなんですよ」

 

「それはそれは……。……あと2年遅く出会っていれば、良い酒飲み仲間になれたでしょうに……」

 

 ヴィザは心底残念そうに呟き、

 

「……そうですね。オレもそう思います」

 

 オレもまた、あり得ない未来の景色に思いを馳せた。

 

 ヴィザは酒は毎日一杯だけと決めているのか、グラスに注がれたその酒を大事そうに飲む。そして、

 

「……千景殿。また、老人の思い出話に付き合ってくれますかな?」

 

 毎晩決まって、その語り口で話を切り出す。

 

「ええ、構いません。貴方のグラスからお酒が消えるまで、お付き合いします」

 

「……有り難い事です。……さて、今夜は誰の話を語ろうか……迷いますな」

 

 ヴィザは毎晩、半世紀の間に経験した戦いの話をする。本人曰く、「友人の話です」と語るが、多分ヴィザ本人の話が多数だろう。

 

 その口から語られるのは、信じられないほどの武功を掲げた英雄譚。どれもこれも、この目の前にいる老人が全盛期だったならばどれ程恐ろしいものだったのかと肝を冷やさずにはいられない物語。

 

「……では、今夜は……1人の若者が、1つの城を守りを切り崩した話を……」

 

 そして、オレはまた1つの伝説を語られる。

 

 

 

 

 

<><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><>

 

『生きる伝説』

 

 

 

「……かげ……千景!」

 

 戦場を駆けるオレは、隣を走る親友の呼びかけで意識を今へと向ける。

 

「なんだよ、慶」

 

「次はどっちだ?」

 

「右」

 

 オレの判断を疑う事なく、慶は目の前の通路を右に曲がる。

 

 

 

 

 

 あれから、ボーダーはアフトクラトルまで救出に来てくれた。助けが来るか疑わしいところはあったが、ボーダーは通常の予定をだいぶ前倒しにして遠征に乗り出したらしい。

 

 早いは早いが、それは辛うじてオレの想定内だった。考えられる中での最速の時期だったが、それゆえに各地に捕虜として散らばったC級達の気持ちが途切れる事なく保たれていたので、オレたちはスムーズに脱走プランを実行に移せた。

 

 前もって決めていた連絡手段で各地の状態を把握し、態勢が整ったところから順次遠征部隊と合流していった。

 

 オレは運良く、アフトクラトル全体がボーダーの殴り込みの混乱に乗じてヴィザの目を一瞬かいくぐり、脱出に成功した。幸運なことに、自分のトリガーを回収できるオマケ付きだった。

 

 ボーダーは自分たちが作ったトリガーの位置をかなりの精度で知ることが出来るため、オレは驚くほどすんなりと遠征部隊と……太刀川隊と合流できた。

 

「千景……!」

 

「よう、慶。会えて嬉しいけど、今はどんな状況? 分かりやすく30秒で説明して」

 

「遠征部隊はバラけたが、連絡は取れてる。俺たちが暴れて敵の注意を引きつけて、他のチームの救出作戦を楽に回す」

 

「オーケー、理解した」

 

 合流早々、オレたち太刀川隊は現地で大暴れする羽目になった。

 

 慶の剣術を止められるレベルの剣士はアフトクラトル側にもゴロゴロいるものじゃないし、出水の射撃は相変わらず変態レベルでアフトクラトル軍を混乱させる。柚宇のオペレートも初見の地形でも問題なく飛んで来たし、そこにオレが現地で培った土地勘が加わって、十二分の混乱をアフトクラトル軍に与えた。

 

 唯我? やつにはオレたちの帰る場所に居続けるっていう最重要任務を任せてある。

 

 

 

 

 そして今、オレと慶は出水達と別行動に移った。オレたちは2人で、この地区を統括してるアフトクラトル軍の拠点の1つを叩こうとしていた。

 

 拠点へと向かう道すがら、オレは何故か慶と合流してからの出来事を走馬灯のように思い出していた。

 

(なんで今、わざわざ……?)

 

 その疑問はすぐに解決した。

 

 市街地の中にある敵の拠点……この地区のアフトクラトル軍を指揮している、言うなれば司令部となる施設が街道の先に見えた、その瞬間……黒い穴が街道に開き、そこから……、

 

「ほっほ……まるで生まれ育った庭のような迷いの無さで街を駆ける鼠がいると思えば……。やはり、千景殿でしたか」

 

 オレたちの行く手を阻むように、ヴィザが姿を現した。

 

「ヴィザ……!」

 

 オレが睨みつけながら名前を呟くと、慶が思い出したように口を開く。

 

「大規模侵攻の時、レイジさんのログで見たな……。面白い剣を使う爺さんだよな?」

 

 オルガノンを面白い剣と言い切る慶に、普段なら頼もしさを覚えただろう。だけど今回ばかりはそうはいかない。

 

 オレはトリオン体の内部通話機能を慶に繋ぎ、1つ提案する。

 

『慶。今この状況で……オレたちだけでこの人に勝とうとするのは旗色が悪すぎる。オレの中じゃ、逃げの案が選択肢の大半を占めてる』

 

『逃げきれんのか? あちらさんにはワープやらの移動手段に加えて、地理的優位もあるぞ?』

 

『ぐ……!』

 

 慶の憎らしいほど反論の余地がない正論を聞き、苦虫を噛み潰した気分を味わう。

 

 オレたちの些細な行き違いを見抜いたのか、しびれを切らしただけなのか……

 

 キン……

 

 と、ヴィザがオルガノンの鯉口を切った。

 

 静かで、それでいながら嫌というほど鋭く聞こえるその音は、オレの意識を否応にも引き寄せる。

 

「千景殿……」

 

 ヴィザが……いや、オレが知らない誰かが、オレの名前を呼ぶ。

 

「余計な事を考える必要はありません……」

 

 穏やかな言葉に、今にも身を裂かれそうなほどの鋭い殺気を乗せ、オレに語りかける。

 

「私はこの街を、城を守らねばならない。千景殿は、お仲間を助けるためにあの城を落とさねばならない……」

 

 落ちかけた夕暮れの陽光をオルガノンの刀身に映しながら、ヴィザはゆっくり……ゆっくりとオルガノンを鞘から抜ききる。

 

「我々の間にあるのは、戦うという選択肢のみ。余計な思考は必要ありません……」

 

 敵の将を前にした武士のように勇ましく、

 

「己の力を、余す事なく発揮することだけに、尽力しなされ……」

 

 死を目前にした罪人の引導を引き渡す処刑人のように淡々と、

 

「そして……」

 

 ヴィザは唯一無二の武器(オルガノン)を、

 

「いつの日か、誰かに『友の話』として語れるような、忘れられぬ戦いとしましょう」

 

 構えた。

 

 

 

 構えだけで、わかる。

 

 ヴィザが、オレに語って聞かせた数以上の地獄を歩き、生還してきたのが。

 

 敵も味方も含めて夥しいほどの死体を踏みしめてきた人生の全てが、彼の構えに集約していた。

 

 戦場に降り立ったヴィザは、オレの知るヴィザじゃなかった。

 

 街の人に慕われる好好爺の姿も。

 我が子のように犬を可愛がる姿も。

 心底美味しそうにに酒を飲む姿も。

 武勇伝を楽しそうに話す穏やかな姿も。

 

 どれもヴィザの極々小さな一面でしかなかった。

 

 その他の全ての姿を霞ませて見えなくさせてしまうほど圧倒的な、剣士としての顔。

 戦闘狂という言葉すら、言い表すには足りない何か。

 

『国宝の使い手』

 

 そうとしか表現しようがない存在が、ヴィザだった。

 

 彼を前にして、オレの身体は勝手に震え出した。

 

 今日ほど、恐ろしいと感じたことはない。

 今日ほど、逃げ出したいと思ったことはない。

 今日ほど、両親に会いたいと思ってしまったことはない。

 今日ほど、死を間近に感じたことはない。

 

 今日ほど……

 

「はは、こりゃ本当にヤバいな、千景……。ワクワクしてきたぞ……!」

 

 このバカを頼もしく思ったことはない。

 

 今日ほど、

 

「……ああ、そうだな!」

 

 誰かを超えたいと希った事はない! 

 

 慶はふた振りの弧月を、オレは右手に弧月、左手に拳銃をそれぞれ構える。

 

 そして、

 

 

 

 

 オレたちは、伝説へと挑む。




ここから後書きです。

ステータスやら設定、それとアフトクラトルでどんな日々を過ごしたのかなと思って書いてました。
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