僕ら、未だ夢の中   作:たまごぼうろ

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鉄心ENDがリアルが忙しくて全然進められないので繋ぎとしてこちらを投稿します。
とても長いので2話で区切ってあります。今回はその前半です。
鉄心ENDとはまた違った物語をお楽しみください。






過去の記録と、夢の中

 

 

 

2015年に発生した、憐憫の獣による人類史の焼却。

7つの特異点を起点とし、人類史の一切を焼き払う大偉業は、1人の平凡な少女、藤丸立香と、彼が築き上げた無数の絆により敗れ去った。

 

しかし、彼女が取り戻した平穏は、一時にして崩壊する。

 

2017年12月31日、異星の神を名乗る集団によって、カルデアは壊滅を余儀なくされる。

同時に人類史が築き上げた歴史の一切が漂白され、地球は1人ぼっちの惑星となった。

命からがらシャドウ・ボーダーによって脱出に成功した藤丸立香らのカルデア残党は、カルデアの元Aチームである7人のクリプター達が作り上げた、間違った歴史によって造られた7つの異聞帯を破壊し、彼女は又もや人類史の危機を救うこととなった。

 

しかし、その偉業の裏には取り返しのつかない悲劇があった。

これは、その悲劇の一端を綴ったとある職員の記録である。

 

 

 

~一か月前~

記録者 マシュ・キリエライト

 

最後の異聞帯における最終決戦にて、彼女は深刻なダメージを負い昏睡状態になり、勝利をおさめ帰還した後も長期間にわたり眠り続けた。

 

その眠りは長く、世界が元に戻ってからも長い間、彼女は眠り続けた。

しかし、数か月後、全てのサーヴァントが名残惜しそうに退却して直ぐに、彼女は不意に目を覚ました。

 

 

目覚めた彼女はいの一番に病室に駆け込んだ私を見て、しばらくの間ぼうとしていた。

 

「先輩!先輩!目が覚めたんですね…。良かった…、本当に、本当に……………」

 

大粒の涙を流し、子供のように彼女の手に縋り泣きじゃくる私を見て、彼女は少し困ったような顔をして、恥ずかしそうに頬を書きながら、申し訳なさそうに言葉を発した。

 

 

その時、その瞬間を、私は一生忘れることはできない。

私に世界を教えてくれた、生きる意味とその責任を一緒になって背負ってくれた。

平凡で善良で、でもだからこそ、その在り方を貫き続けた人の

変わり果てた、その姿を

 

 

 

「えっと.......、ごめん。君は誰?ここは何処なの?」

 

 

私は一生、忘れることはできない。

 

 

 

「診断としては、重度の記憶障害、としか言いようがないね。」

 

ダヴィンチちゃんは冷静に言うが、その声にはかすかに震えが感じられた。

 

「彼女があの戦いで負った傷は、体ではなく脳に響いていたんだ。きっとあの長い昏睡はデータの消去処理の様なものだったのだろう。彼女のカルデアでの記憶がより濃密だったからこそ、それが完全に消え、今の状態になるのにも時間がかかったんだ。」

 

彼女は自らをの悲しみを隠すかのように事務的に告げる。

 

「彼女の残っている記憶はカルデアに来る以前のものだ。彼は最早47番目の補欠マスター以下の、ただの一般人になってしまった。」

 

「……………」

 

それを、私は黙って聞くことしかできない。

皆辛いはずだ。しかし、それを彼女のせいにはできない。

先輩は世界を救った、およそ人の身では成しえなかった大偉業を、どこまでも平凡なまま成し遂げたのだ。

加えて、先輩が救ったのは世界だけでは無い。

私たちだ。私たちも彼に救われた。

ファーストオーダーの日に、私は先輩に手を取られた。

私に人としての在り方を教えてくれた。

私だけではない、職員の皆さんもいつも前向きで明るい先輩に、いつしか惹かれていた。

……………きっと、今ここに居ない、あの人だって

じゃあ、私たちは?

世界を救い、皆を救った現代を生きる英雄に

私は一体、何を返せたのだろう。

 

「ミス・キリエライト。その時のミス・藤丸の様子を詳しく教えてもらえるかな。我々の方では君たちが帰還する直前に映像が乱れてしまってね。詳しい情報はすべて事後報告なんだ。あの時藤丸君と共に戦いに臨んでいた君に、教えて欲しい。」

 

何も考えられない頭に、ホームズさんの質問が響く。

でも、今はそれすら煩わしい。

 

「様子、と言っても特別おかしなことはありませんでした。ただ、私たちが帰還する瞬間に敵が特攻を仕掛けてきたんです。そこまでは映っていますか?」

 

「あぁ、それは映っていたよ。その直後に映像に乱れが生じたんだ。」

 

「なら、特筆すべき事など有りません。そこで先輩はダメージを負って、目が覚めたら記憶が消えていたんです。……………もういいですか。少し、疲れてしまって。」

 

そう言って無理やりに話を切る。

するとダヴィンチちゃんが私を庇うようにしてくれる。

 

「ホームズ。」

 

「分かった、十分さ。すまないね。ミス。」

 

「いえ、こちらこそ申し訳ありません。」

 

そう言って、管制室から出て、自室に戻る。

そして私は、それから朝になるまで泥のように眠った。

深く、深く、どこまでも。微睡みという名の海に溺れてしまうかのように。

そして目が覚めたら、何もかもが夢のように、消えてしまうことを願って。

 

 

~25日前~

記録者 マシュ・キリエライト

 

彼女が目覚めてから数日が経った。

きっと、最初から順応が早い方だったのだろう。

この異常な環境にも、彼女はすでに慣れつつあった。

 

「あぁ、おはよう、マシュ。」

 

「……………おはようございます。藤丸さん。」

 

だからこうして、彼女の私室に訪れても、彼女は依然と何ら変わらぬ声で挨拶をしてくる。

それだけで私は、泣きそうになってしまうのに。

 

 

『今の藤丸くんに、それ以前の事は話すべきじゃない。…少なくとも今の時点では。』

 

彼女が目覚めてからすぐ、カルデアの全職員に向けて、ホームズさんはこう宣言した。

つまりそれは、彼女が記憶を取り戻す可能性を完全に0にするということでもあった。

無論反論は少なくない。

特に、先輩と仲の良かった女性職員達が大きな声を上げたのを皮切りに、全員の感情が一気に爆発した。

 

『どうして!彼女は正に英雄です!偉業を成した本人がその事を忘れているなんて……残酷過ぎます……。』

 

涙ながらに訴えるその職員の悲しみが、周りに伝わっていく様子を私は強く覚えている。

大きく叫ぶ人、泣きながら訴える人、冷静を装う人、たくさんの感情が入り混じっていた。

 

そして、それがどうしようもないものに変わった瞬間も、強く記憶に残っている。

 

『これは彼女を守る為です。きっとこれから時計塔の魔術師が彼女の栄光を掠め取りに来るでしょう。あれこれと様々な難癖と理由を引っ提げてね。その過程で彼女を傷付けるかもしれない。』

 

その時のホームズさんの言葉には、珍しく怒りがあった。

推理をする時のように両の手の指を合わせて、しかしいつもより随分分かりやすい感情の篭もった言葉を放った。

 

『…………冗談じゃない。彼女の偉業は彼女のものだ。後からやってきた奴らには、欠片たりとも渡してはならない。』

 

その厳しい表情を見て、皆理解した。

これ以上、彼女を傷つけてはいけない。

これ以上、彼女に背負わせてはならない。

彼女はもう十分過ぎるくらいに背負ってきた。

その小さな背中に、有り得ない位の人々の想いを。

 

『私たちは、まだ成人にも満たなかった頃のあの子に全てを押し付けたんだ。なら、今度はこちらの番だよ。必ず、守るんだ。』

 

更にダヴィンチちゃんが付け加えた。

彼女を守る為に、嘘をつき続けると。

中には納得していない者も居ただろう。

しかし、彼女を守りたいという想いだけは皆同じだった。

こうして、彼女を守る優しい嘘を、残酷な真実にするというルールが生まれたのだった。

 

「藤丸さん、気分はどうですか?」

「うん!今日はすごく調子がいいよ。そろそろ1人でも大丈夫だと思う。」

「それは何よりです。後で医療スタッフが問診に来るのでもしかしたら明日にでも現場に戻れるかもしれませんね。」

 

彼女に与えられた新しいパーソナルは「カルデアの新人職員」というものだ。

しかし入館の際のシュミレーションに重大なバグが発生し、そのせいで昏睡状態になってしまっていた、という設定になっている。

これにより、私たちが何か言わない限りは記憶の齟齬が生まれる事はないだろう。

何故このようなことをするか、それは記憶を取り戻した彼女がどのような行動に移るか、誰も予想が出来ないからだ。

もし、仮にの話だが、記憶が戻った事で彼女がカルデアを敵対視した場合、彼女は最強の存在となる。

何しろ古今東西、常世に存在したありとあらゆる英雄と縁を結んだ人だ。

まだ生きているカルデアの英霊召喚システムを使えば、縁が太いサーヴァントなら呼び出せてしまうだろう。

それ以外にも、勝手にレイシフトしたり、という可能性もある。

故に、彼女には常に監視を付けている。

これにより、何かの拍子で記憶を取り戻しそうになっても対処はできる、というわけだ。

非道い話ではあるが、これも先輩を守る為だ。

 

『とりあえず査問官が撤収するまではこの体制を続けよう。その後は監視は外すよ。記憶は戻ってくれた方がいいに決まってるからね。』

 

ダヴィンチちゃんのこの言葉は免罪符のように私たちに貼り付いた。

けれど、私はそれでも良かった。

 

『あの、それならば、私がお傍にいても構わないでしょうか?』

 

監視の名を借りて、先輩の傍に居続けられるからだ。

いくら記憶が無かろうと、彼女が私の先輩である事は変わらない。

それに何かあってもデミサーヴァントである私なら対処出来る。

他の職員の皆さんも、私がメインで監視につく事に異論を唱える人は居なかった。

 

……………ごめんなさい、先輩。

私、貴方を裏切っているかもしれない。

そんなことを言える筈もなく、今日も監視を続ける。

それでも、先輩は私が守ります。

あなたが私の事を覚えていなくたって、私の中ではずっとあなたが居るんですから。

 

 

 

~2週間前~

記録者 マシュ・キリエライト

 

彼女が最近よく夢を見ると言っていた。

 

「どんな夢か、って言われたらそこまで覚えてるわけじゃないんだけどね。でも何処か色々な場所を旅していたような、そんな夢をよく見るんだ。」

 

その言葉に少しだけ背中に冷たいものが流れたのを覚えている。

それは間違いなく、彼女が今まで行ってきた膨大な数のレイシフトの記録だ。

彼女の心がそれを忘れても、彼女の体は思い出そうと必死になっているようだった。

けれど、そこまでは想定の範囲内。

過去の記憶が、夢として蘇る可能性は大いにある。

予めダヴィンチちゃんにそんな説明を受けていたからだ。

だから、私は表面上の平静を保ったままでいられた。

 

「それは興味深いですね。どんな夢か覚えていないのがとても残念です。」

 

「そうなんだよねー。……でも、きっと楽しかったと思うよ。だから覚えていないんだし。知ってる?楽しかった夢は、起きた後には忘れちゃうんだよ。」

 

大丈夫。大丈夫。隠せている。

私はいつも通りだ。何も心配入らない。

表情は笑顔に、感情を固定し、思考を頭の隅に置く。大丈夫。大丈夫。大丈夫。

このまま行けば、きっと、

 

「でもね、一つだけ覚えてる事があるんだよ。あれ、誰なんだろうなぁ」

 

「……………え?」

 

「気が付いたらさ、不思議な場所に私は立っているんだ。空は真っ黒で宇宙みたいなのに、地面は真っ白で、まるで雲の上に居るみたいなんだ。そこの奥には玉座?って言うのかな、何だかとても偉い人が座るような椅子があってさ。神様のいる場所って、きっとあんな感じなんだろうね。」

 

「藤丸さん?」

 

「そこにね、男の人が一人でいるんだよ。顔も良く見えないし、声も曖昧なんだけど、凄く大切な人の感じがした。」

 

「その人はこっちに来て、私の名前を呼んで、そしてそのまま玉座の方に歩いていくんだ。」

 

「私がいくら『待って!』って言っても、その人は止まらなくて、必死に追いかけてもその距離は埋まらないの。それでも必死に走っていたら、不意にその人は振り向いて、私にこう言ったんだ。」

 

 

 

『君たちが紡ぐ未来を、僕は信じている。君が歩む未来を、僕は心から祝福する。』

 

 

「そう言って、にこりと笑って手を振って、満足したかのように消えていって、そこで夢は終わっちゃうの。」

 

「…………………」

 

私は立ち尽くすのが精一杯だった。

涙を堪えて、震える声を無理やり押さえつけて、

我慢すると決めたはずなのに、それでも言葉にしてまった。

 

「大丈夫、ですよ。」

 

「ん?」

 

「その人は、きっと貴方を見守っています。今ここにはいなくても、きっと、ずっと。」

 

「……………」

 

このせいで先輩の記憶が戻る可能性があると分かっていても、それでも、

それでもあの人の覚悟が、想いが、最期が、

彼女の中に残っていた事が嬉しくて、悲しくて、そして

 

「マシュさ………」

 

ぎゅっと目を瞑る。

次の言葉を聞くのが怖い。

これで、私たちの今までの苦労が無駄になってしまうかもしれない

けれどもし、これで先輩の記憶が蘇ってしまったら………

私は、きっと

 

「もしかして、誰だか知ってる!?」

 

しかし、それでも先輩は目覚めなかった

 

「は?」

 

「いや、何だか知ってそうな雰囲気だったからさ!ここの職員さんとかなのかなーって思って。どう?どうなの?」

 

彼女はベッドから身を乗り出し、目を輝かせて私に食いよってくる。

それで、抱いてはいけない淡い希望が崩れ去るのを感じた。

じりじりと熱くなっていた頭が急激に冷めていく。

そんな一時の迷いを振り払うように、努めて冷静に、それでいて少し困ったような顔を浮かべて言葉を返す。

 

「いえ、その、私にもそのような大事な人がいるので……、少しその人と重ねてしまったのかもしれません。」

 

そう誤魔化すと、彼女は体をベッドに戻し、腕を組んで黙り込んでしまう。

 

「そっかぁ、うーん、残念!」

 

僅かに頬が熱い。やはり彼女の前では緊張してしまう。

でも、お陰で少し落ち着けた。

これでいい、先輩の為にはこれでいいんだ。

そう言って、少し深呼吸をする。

けれど、そこで私は忘れてしまっていた。

 

記憶を失ったものが身近に現れた際、

最も深く傷つくのは、その当人では無く、

その近くでその人を支えた者であるということを

そしてその痛みを抱えて生きていくと、決めていたことを

 

「でもさ、これだけ私の心に残っている人ならさ、絶対いつか会えるよね!初対面だけど初対面じゃない、相手は私の事を知らないだろうけど、『あなたとは夢で会った事があります』なんて言ったりして、もし、もしそれがきっかけで仲良くなれたら。」

 

ふとした時に零す一言に、ひどく棘がある時がある。

当人にとっては華のような言葉だとしても

それを責めることは出来ない、それを止めることも出来ない

だから、どこまでも残酷なんだ。

 

 

 

 

「それってすごく、ロマンのある話だと思わない?」

 

 

 

 

「あ…………………」

 

そこで、私の何かが耐えきれなくなった。

がらがらと音を立てて壊れてしまった。

罪悪感が波のように押し寄せてきた。

 

「藤丸さん、すいません。そういえばこの後ブリーフィングがあるのをすっかりと忘れていて、今日はこれで失礼します。」

 

「あぁうん、お疲れ様。それより大丈夫?顔真っ青だけど。」

 

気遣いの言葉も耳に入らず、足早に部屋を後にしようとする。

これ以上ここに居てはいけない。

 

「いえ、お気遣いなく、では、失礼します。」

 

バタバタとドアを開け、廊下を走る。

目からはあんなに堪えきれていた涙がとめどなく溢れ、喉は今にも叫び出したいかのようだった。

苦しい。苦しい。苦しい。

胸が張り裂けそうだ。心臓がつぶれそうだ。

それでも必死に、もはや堪えきれていないがそれでも目的の場を目指す。

着いた先にはあるのはダヴィンチちゃんの研究室だ。

呼び鈴を鳴らす手間すら惜しく、素早く駆け込む。

 

「おやおや、誰かな。呼び鈴も鳴らさず入ってくる不届き者……………は……………」

 

そしてそのまま、その小さな胸に飛び込んだ。

 

「……………どうしたの?」

 

「ダヴィンチちゃん……………、もう……………」

 

それで何かを察したのか。彼女はその小さな掌で私を包み込み、優しく頭を撫でてくれた。

 

「あぁ、よしよし。落ち着いて。この万能の天才に話してごらん?」

 

「私……………、私……………」

 

それから、数時間にわたって彼女は私の話を嫌な顔一つせずに聞いてくれた。

途中、ホームズさんが来たのを押し返してまで、私を慰めようと必死になってくれた。

 

『後悔しているなら、もうやめたって良い。いつだってそれはできるよ。これ以上は君が傷つくだけだ。それに、これはマシュ一人の問題じゃない。……………私だって』

 

彼女は優しい言葉をかけてくれる。

もうやめてもいいと、嘘をつき続ける必要は無いと。

でも、そんな事出来なかった。

 

『いえ、これはもう決めた事です。先輩は今まで自分が傷つくことを恐れずに、私の傍にいてくれた。次は、私の番です。』

 

『……………そっか。君はそれだけの覚悟があったんだね。覚悟が無かったのは私の方か。』

 

その後、就寝時刻まで話し込んだ。

部屋に戻る直前に、ダヴィンチちゃんはよく眠れる薬だよ。と言って小さな空色の液体が入った小瓶を私に手渡して、いつもと何ら変わらぬ笑顔で見送ってくれた。

そうして、自室に戻った後、その小瓶の中にある液体をゆっくりと飲んだ。

その液体は甘くて、けれどちょっぴり苦かった。

睡魔はすぐにやってきて、私はベッドの上で久しぶりの心地よい微睡みに身を委ねる。

そうして意識が亡くなる直前に、あの人が悲しそうに笑っている姿が見えた気がして。

また少し辛くなって、ほんのちょっと泣いてしまった。

 

 

 

~いつかの時間、夢の中~

観測者 藤丸立香

 

 

「ん……………、あれ」

気が付くと、私は知らないところに居た。

先ほどまで、マシュに呼ばれてメディカルチェックを受けていたはずだが、ここは全く知らない場所だ。

「何だここ。なんか…すごいなぁ。」

空には満天の星が輝いていて、まるで星空のカーテンのようだ。

地面には一面に真っ白な花が華やかに咲き誇っている。

それらの花弁がどこからともなく吹いてくる優しい風で舞い上がっている。

月並みだが、とても美しい光景だった。

女の子ならば絶対に憧れてしまうような幻想的な風景。このまま後ろを振り向けば輝かしいまでに豪華なお城があって、そこにはお姫様が住んでいる、なんて言われても信じてしまうだろう。

けれど、そこに現実味は無く、そこにある感触は他人事のよう。

星は輝いてはいるものの、そこに一瞬の煌めきなんてものは無くて、花は咲き誇っているけど、そこに香りは無い。

風は柔らかく優しいが、そこに温かみは一切存在しない。

(これは、なんというか。例えるならそう、まるで———————)

 

「まるで夢の中のよう、かな?」

 

「え?」

声と共に振り向くと、そこには1人の男がいた。

いや、正直人間かどうかも怪しい。

腰まで伸びた長くふわふわの白髪に、白いフードを被ったその男は、凡そ人間とは呼べないくらい人間離れしていた。

フードの下から除く顔からもそれは用意に分かる。

(こいつ、顔がいい。)

初対面なのに、失礼にもそう思ってしまった。

 

「えっと、あなたは誰ですか?」

 

私のそんな当たり前の返答に対して、この男は一瞬だけ驚いたような顔をして、しかし直ぐに元の顔に戻って答えた。

 

「……………そうか。そうだね、一先ず、花のお兄さん、とでも呼んでくれたまえ。お嬢さん。」

 

そう言って男はにこやかに笑う。

その顔はとても美しく、まるで彼自身も花のようだ。

花のお兄さん、という名前も案間違いではないらしい。

人間離れしたその風貌がそれを物語っていた。

 

「えーー、じゃあお兄さん。ここはどこですか?」

 

差し当って先ずは現在位置を把握しないと。

ここが如何に美しい場所でも、私がさっきまで居たのはカルデアな訳だし。

 

「ここかい?ここはね、簡単に言うなら君の夢の中さ。最も、その中の一角を私が間借りしてるようなものだと思ってくれたまえ。」

 

「あぁ、やっぱりここ夢なんだ。どおりで綺麗だと思ったよ。」

 

そう言うと、お兄さんは嬉しそうに微笑んだ。

 

「お褒めに預かり光栄だね。私の魔術もまだまだ捨てたものでは無い。」

 

「でも、何だろう。ここには何かが無い気がする。」

 

「何か、とは?」

 

「分かんないけど、何か足りない。ここ()には在ってあちら(現実)には無い何か。」

 

「……………………」

 

 

そう言うとお兄さんは黙り込んでしまった。

 

「まぁいいよ。それで、お兄さんはどうゆう用件なの?わざわざ人の夢の中に来たんだから、何も無い訳無いよね?」

 

なので私は簡潔に要件を聞く。

この人がどうゆう人なのかは分からないが、少なくとも知らない人なのは間違いない。

そんな人にいきなり話しかけられたら、誰だって警戒するだろう。

しかし、その警戒は杞憂に終わった。

 

「用件?うーん。そうだね。ではこういうのはどうだろう。私は君の守護霊的存在で、新しい地に単身迷い込んだ主を助けるためにこうして夢を介して馳せ参じたというのは。」

 

「……………は?」

 

「おや、お気に召さないかな。」

 

肩にはいっていた力が勢いよく抜ける。

何を言っているんだこの人は。

明らかにふざけている。

フード越しでも分かる。この人いま絶対厭らしい目をしている。主に人をからかうような感じの。

そう思っていると観念したかのようにお兄さんは口を開いた。

 

「はは、そういやな顔をしないでおくれよ。本当の事を言うとね。特に用は無いのさ。寧ろ迷い込んだのは私の方でね。」

 

「どうゆうこと?」

 

「私は人の夢に入り込み、その人の望むものを見せてあげるのが趣味なんだが、今回は何故か強制的に君の夢と繋がってしまってね。だからまぁ、用件と言われても本当に何もないんだ。申し訳ないけどね。」

 

「は、はぁ…」

 

意味の分からない事の述べたと思えば、今度は訳の分からないことを言ってくる。

夢に入り込む?趣味?

そんなの、まるで魔法じゃないか。

(そんな事、一般人極まりない私に言われてもなぁ.......)

 

「じゃあ、お兄さんって、魔法使いとか、そうゆうナニカな訳?」

 

そう言うと、お兄さんは吹き出したように笑い出した。

 

「ぷっ、ははははは!魔法使いか!確かにそう呼ばれた時期もあったなぁ。でもまぁ、私は魔法なんて使えないさ。精々が幻術止まりのしがない宮廷魔術師だったわけだしね。」

 

「???」

 

まただ。

彼は私の知らない事ばかり言ってくる。

まるで会話が成り立たない。いや、きっと彼の中では成り立っているのか。

どうも噛み合わない会話に戸惑っている私を見て、お兄さんは改めて話題を振ってきた。

 

「まぁ、細かい所なんて目が覚めたら忘れてしまうさ。それよりどうだろう、こうして奇妙な因果で巡り合ったんだ。君の話を聞かせてくれないかな。」

 

「私の話?」

 

「あぁ、他でもない、君の今までの話。君が今までに出会い、学び、感じた事。そんなよくある話を聞かせて欲しい。」

 

よく分からない自己紹介をしてきたかと思えば、よく分からないことを言って、挙句の果てに私の事を聞かせろだって?

この人やっぱり変だ。きっと彼に関わったら碌な事にならない。

こんなのが近くに居たら、きっとその周りの人たちはとても苦労するだろう。

当の本人はしれっとしているのに、周りはハチャメチャに動かされる。

きっと、かれはそうゆうトラブルメーカーだ。

短い会話だったが、なぜか私はそれに確信を持てた。

……………だけどまぁ、それは現実での話。

これが夢だっていうのなら、少しくらい楽しんだっていいだろう。

どうせ目が覚めるまでやる事も無いだろうし、この奇妙な男に付き合ってやるのも悪くない。

どうやら私も私で、この意味不明な状況を楽しんでいるらしい。

現実で知らない男と話そうなら、絶対に友達とかお母さんに止められるけど。

この違和感だらけの空間も、お兄さんも、そしてこれから話すことだってどうせ夢なんだから。

(それなら、ちょっとくらいいいかな。)

 

「いいよ。どうせやる事も無いしね。でも大した話じゃないよ?」

 

「構わないさ。何なら曖昧だっていい。今の君が覚えている範囲で、君の物語を聞かせておくれ。」

 

何か引っかかる言い回しだが、お兄さんの真剣な言葉に少し驚く。

(この人、こんな態度出来たんだ。)

 

「分かった。それじゃあ、何から話そうか。」

 

なので私は、今までの私の物語をおぼつかない語り口調と、精一杯の身振り手振りで紡ぐことにした。

少しでも退屈しのぎになればよいのだが。

少なくとも、私にとって。

 

 

 

「それで、最近カルデアっていう組織にスカウト?みたいな感じで入ったの。でも何か機械のエラーに巻き込まれて暫く眠ってて、最近目が覚めたんだ。」

 

時間にして30分程か。

私は私の出生から、友人の話、恋愛の話、飼っていたペットの話に至るまで色々な事をお兄さんに語った。

正直自分でも、初対面の男にここまで饒舌に語れたことに驚いている。

確かに昔から人見知りするタイプでは無かったので、人と話す時緊張をした事は無かったが、まさかここまで喋るとは思わなかった。

その間お兄さんは、私のたどたどしい語りに適宜相打ちを挟みながら、とても楽しそうに聞いていた。

心底楽しむようにニコニコして、私の言葉を味わう様に、一言一言を噛み締めるような態度だった。

それもずっとその表情は変わらない、私が面白い話をしようと、切ない話をしようと、いつだって笑顔のままだった。

その様子は少し不気味に感じたけど、自分の話を笑いながら聞いてくれる、というのは悪い気では無い。

きっと、これは彼なりの気遣いなのだろう。それにしてももう少し何かあると思うが。

兎に角、そんな心なさげな心遣いのお陰で、気持ち良く話せてしまったのは事実だ。

 

「とりあえずここまでかな。まだカルデアに来たばかりで、思い出らしい思い出も無いし。………えっと、ご清聴ありがとう、ございました。」

 

良い締め方が思いつかなかったので、とりあえずお礼を言って締める。

そうすると彼は

 

「…………………………そうか。」

 

少しだけ寂しそうにそう言ったかと思うと、直ぐにさっきまでの笑顔に戻り、拍手をしながら言葉を返してきた。

 

「いや、素晴らしい内容だったよ。君の話はあれだな。語りはとても下手くそだが、その分その時々の君の想いがよく伝わってくる。私にとってはその方が良い。中々に楽しませてもらったよ。」

 

「なにそれ、褒めてるの?」

 

「勿論。私にとって感情とは得難いものだからね。

内容云々よりも、そちらの方が重要なのさ。」

 

そう言われて、はっと気が付いた。

この場所に足りない何か、ある筈なのに存在しない何かが一体何であるかに。

 

「そっか、だから此処には感情が無いんだね。」

 

「おや、バレてしまったかな。」

 

そう言ってお兄さんは少しだけ恥ずかしそうに頭を搔く。

 

「ここはあなたの創り出した場所だと言った。ここはとても美しく、幻想的なのに、それを見ているあなたは何も感じていないんだ。いや、感情が欠如している、の方が正しいのかも。この世界に見ている(あなた)は存在するけど、観測者()は存在しない。……何かが欠けた世界だったんだ。」

 

そう言い切ると、お兄さんは私に拍手を送ってきた。

先程とは違う、心からの喝采の拍手に私は感じられた。

彼にとっては、先程と同じかもしれないが。

感情を持つ私には、全く違うものに感じられた。

 

「素晴らしい、100点だ。やはり君はどこまでも君らしい。」

 

「嬉しくないなぁ。あなたは感情が無いくせに、そうやって笑っていたんでしょ。」

 

精一杯の皮肉を込める。

確かにとても面白い話とは呼べなかっただろうけど、それでもあの笑顔が演技だと分かった途端に腹が立ったからだ。

けれど、彼はそれに悪びれる様子は無かった。

 

「そうだとも。私は感情という物が乏しいのさ。けれど人間が織り成すそれは大好きでね。これでも勉強中なのさ。その点で、君の話は大変良かったよ。」

 

「……そりゃどうも。」

 

会話はそこで切れた。いや、初対面の男なのに今まで続いていた方がおかしいのだろう。

もう話すことは無い。早いとこ目が覚めるのを祈ろう。

そう思った時だった。

 

「それにしても、何かが欠けた世界、か。面白い事を言うもんだ。」

 

「……どうゆう事?」

 

「いやなに、簡単な話だよ」

 

その時、私はここに来て初めて恐怖を感じた。

目の前の彼にでは無い。この夢のような世界にでも無い。

でも初めて、この男が紡ごうとしている言葉が怖いと感じた。次の言葉を聞きたくないと思った。

何か、何か決定的なものを壊されてしまうような気がして。

 

「欠けた世界、と言うならさ、今居る場所と君が元いた場所に一体どんな違いがあると言うんだい?」

 

「え…………………」

 

だから無情にも、この夢は終わりを告げた。

 

強い風が吹いた。

ただの風じゃない。

世界そのものを割るかのように吹き付ける強風。

その風にはこの世界だと有り得ないはずの感情が混じっていた。

怒り、いや焦りだろうか。

びゅうびゅうと鳴る風音は、警告音のようだった。

風は次第に強くなり、立っているのも難しくなる。

私は風に飛ばされないように強く踏ん張りながらも、周りを見渡した。

 

綺麗な花の花弁が、その強風に吹かれ舞い上がる。

それだけじゃない。

上を見ると、空が崩れていた。

下を見ると、大地が割れていた。

この世界が、吹き飛ばされて壊れていく。

美しきこの世界が、感情という名の暴風によって消えていく。

その中でただ1人。目の前の男だけはその場に立ち尽くしたまま動かなかった。

 

「あぁくそ、そういう事か。………全く、過保護と言うべきかな。彼女がそんな事、望むわけないだろうに。」

 

「なに!?なんなの!?」

 

彼はただ1人、悔しそうに歯噛みしながら、ここには居ない誰かに文句を言っているようだった。

私にはその言葉の真意は分からない。

けれど、彼が何かに向けて嘆いているのだけは感じられた。

嗚呼、宛らそれは。

大好きだった物語の終わりを見てしまったかのように。

 

「夢はもう終わりだ。君は元の世界に戻るといい。大丈夫、起きたらきっと全て忘れてしまっているからね。今回の事はまぁ、泡沫の夢とでも思ってくれ。」

 

姿が霞む、声が遠ざかる。

強風の中で藻掻いていると、ふと自分の姿が薄まっているのを見た。

(消えているんだ。私が、この世界から。)

声が出せない。精一杯叫んでいるつもりなのに、そこから音が出てくれない。

今にも吹き飛ばされそうだ。

それでも、最後にもう一度だけと体が叫ぶ。

 

彼の言葉だけは聞き逃したくないと、

 

 

「残念ながら、きっともう会うことは無いだろう。彼らのソレは私のこれを許しはしないだろうからね。

……………さようなら、藤丸立香。君の行く末に、再び晴れ渡った青空がある事を祈らせておくれ。」

 

「あぁ、でもーーーーーーーー」

 

そこまで聞こえて、私の意識はブラックアウトした。

彼が最後に、私に何を言おうとしたのか。

彼の言葉には、どんな意味があったのか。

それも分からないまま、それを知れないまま、

この記憶もまた、泡となって消えていった。

 

 

 

~理想郷にて~

体験者 ××××

 

気だるげな微睡みから体を起こす。

眠る必要の無い男にも、この時だけは眠っているような感覚に晒される。

今回は、宛ら悪夢だった。

大きく伸びをして、深呼吸を1つ。

気分は晴れない。こんなのいつぶりだろうか。

いつだって、彼女の見ているものは美しく、そして儚かった。

正に一瞬の煌めきだ。星のような人生だ。

燃え尽きるまでの刹那の時に、それは精一杯自らを魅せようと命を懸ける。

だからこそ、あぁ、そんな彼女を見てきたからこそだ。

……………本当に、本当につまらないことになったものだ。

今回ばかりは傍観に徹するわけにはいかないと出張ってみたが、まさか彼女らがここまでしているとは思わなかった。

どこまでも彼女の味方だったからこそ、こんなにも残酷な手段を取れたのだろう。

 

「あーあ、大ファンだったのになぁ。」

 

そう言って、冠位の資格を持つ夢見の魔術師は

千里を見通すその瞳を静かに閉じた。

 

もう観る事は無いと示すかのように。

 

 

 

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