僕ら、未だ夢の中   作:たまごぼうろ

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いや、これの存在忘れてました。
懐かしい、もう半年くらい前かな、これ書いたの。
これめちゃめちゃ時間かけて書いたから、やっぱ面白いんですよね。自分の作品ですけど。
長いですがゆっくり見ていただければと思います。


そして、現実は埋没する

 

~本日~

記録者 マシュ・キリエライト

彼女が目覚めてから今日で一か月。

世界が元に戻ってから、およそ半年して、ようやくその本人は日常に帰還した。

本日から彼女は新人という形で業務に戻る事になっている。

戻る、といってもマスターにでは無く、技術スタッフの補佐という形だ。

理由は単純で、人理の危機が無くなった今、マスターという役職に意味がなくなってしまったからである。

未だ先輩の記憶は戻っていない。

時計塔からの監査官が撤退したあと、数名が思い起こさせようとしていたが、どれもこれも失敗に終わっていた。

彼女の記憶は根元からすっぱりと無くなっており、彼女の脳もそれを正常である、と処理したのか、最近は夢も見なくなったと言っていた。

今まで彼女が記憶を取り戻す唯一の取っ掛かりだったはずの夢すら消ええてしまった今、最早手段は残っていなかった。

次第にそれは諦めとして周囲に伝搬していき、記憶の復活を望んでいた職員ですら「今の状態こそが普通だ」と思い込もうとしているところまで来ていた。

しかし、私は諦めない。

いつか些細な事で、先輩の願いはかなうと信じている。

今の私たちに出来るのは、その時まで今の平穏を守ることであり、それが

 

 

ビーーーーーーーーーーー

 

 

そこで、大きな音がした。

それは、自室に訪問者がやって来たことを伝えるブザーが鳴り響いたものだった。

それに反応した私が、ドアに手をかけようとするのと同時に、扉の向こうから声が響いた。

 

「失礼。今、時間はあるかな?ミス、キリエライト。」

 

「ホームズさん!今開けますね。」

 

来客はかの有名な顧問探偵であり、今はカルデアの経営顧問として在任しているサーヴァント、ルーラー、シャーロック・ホームズだった。

ドアを開けると、彼は軽く一礼をして中に入って来る。

 

「ご機嫌いかがかな、ミス。アポイントメントも無しに急に訪れてすまないね。」

 

「いえ、大丈夫ですよ。今お茶を入れますね。」

 

「いや、お茶は結構。大した用でもないからね。少し君に聞きたいことがあるんだ。時間は取らせないから、構わないかい?」

 

私に用?

珍しいこともあるものだ。私が知っていて彼が知らない事なんて、ほとんど無いだろうに。

しかし、それでもかの有名な名探偵に頼られるのは嬉しいものがある。

 

「構いませんよ。私でよろしければ。」

 

二つ返事でそう返すと、ホームズさんは少しうれしそうに目を輝かせた。

 

「ありがとう、助かるよ。では早速だが————」

 

それに続く言葉を聞く直前、彼の雰囲気が一変した。

私はこれを知っている。私はこの顔を何度も見たことがある。

だってこれは、私がずっと見てきて、憧れていたものだから。

彼がこうなるのはこの時だけ、

5本の指を顔の前で合わせて、静かにこちらを観てくる。

その瞳に映るのは、いつだって真実しかない。

数多の人々を魅了し、また憎まれ続けたソレ。

そう、彼がこんな顔をするのは、

 

 

「マシュ・キリエライト。君たちは一体、何を隠している?」

 

 

犯人を追い詰めて、その悪事を示す時だけだ。

 

 

 

 

~推理~

シャーロックホームズの見解

 

 

「何の事ですか?」

 

私の質問に、彼女は眉一つ動かさずそう返してくる。

しかし、私にとってそれは見慣れたものだ。

だから寧ろ、その態度こそが私の推理を決定づけるものになると、どうして誰も気付かないのだろう。

 

「ミス藤丸の事だよ。君は何か知っているんだろう?」

 

だからこそ、私は自信をもって推理を述べられる。

だって、答えはいつも目の前にあるから。

 

「先輩がどうしたんですか?」

 

「思えば、おかしな点はいくつもあった。と言っても傍から見れば分からないだろうし、もし私が現界したのが最近だったならば辿り着けなかっただろう。これまでの長い旅路が、私にこの結論を運んでくれた。」

 

「やめてください。私が何をしたって言うんですか。」

 

「強いて言うならば、何もしていない、だろう。そう、何もしていないんだ。君の大切な先輩の記憶が無くなったというのに君は何もしなかった。……………一つずつ紐解いていこうか。」

 

マシュの整った顔が怪訝そうに歪む。

今まで私に疑いを向けられた人間は、みんなその顔になる。

彼女も、それは例外では無かった。

 

「まず、彼女は最終決戦で記憶を失ったと聞いていたが、それ自体がそもそも怪しいと私は考えていてね。」

 

「どうゆうことですか。」

 

「だってそうだろう。少なくとも私たちには。そんな風になっている彼女を私たちは知らない。だが、全てが終わる直前にモニターの映像が乱れ、その後彼女が昏睡の状態で帰ってきた。」

 

「そして、あの時現場にいたのは君だけだ。そして君から説明を聞き、彼女は目を覚ました時には記憶が無くなっていた。つまり我々はその間、映像がこちらに届いていない時間に何があったのかを知らない。更に加えるなら、あの時、映像が乱れる直前に、モニターの操作をしていたのはダヴィンチ(・・・・・)だ。今考えると、そこから始まっていたのだろうね。」

 

「その時はまだ疑問にすら思っていなかったのだが、それが疑いに変わったのは三週間ほど前、私が時計塔からの査問官が撤退するまで、彼女の記憶を取り戻させようとするのを禁止する、と言った時だ。あの時、数多の反論意見があったが、君は一切の反論が無かった。まるで、その方が都合がいいと思っているかのようにね。ダヴィンチに至っては私の発言を擁護してきたほどだ。おかしいだろう。誰よりも彼女の復活を望んでいるはずの君たちが反対しないのは。」

 

「その後、いつだったかな。私がダヴィンチの私室に訪れた時だ。君、泣いていただろう。あれは、記憶を無くした藤丸くんの傍に居続けるのが辛くなったのかな。それとも、嘘をつき続けるのが、辛くなったのかな。」

 

「…………………………」

 

彼女は黙ってしまう。

だが、それもよくある話。

 

「おっと、そこで黙り込むのは良くない。ジャパンには沈黙は金、ということわざがあるが、逆に我が国イギリスでは、沈黙は口論よりも雄弁である、という言葉が存在する。ここで黙ってはこれらを認めてしまうようなものだよ。何か反論をしたまえ。」

 

「いえ、あなたの推理を全て聞いてからにしようと思いまして。」

 

「それは何故かな?」

 

「探偵ものでは、犯人が誤魔化そうと語るときにボロが出て、そこを指摘する、というのがお決まりでしょう?だから後ろめたいことが無いと証明するには、それがいいかと思いまして。」

 

「…………………………」

 

おかしな点を引き出そうと誘ったが、彼女はそれも看破していたらしい。

聡明な子だ。私のファンなだけはある。

つまり、私に指摘されるのすら己の想定内と言う訳か。

これはなかなかに厄介だ。

 

「いいだろう。では気兼ねなく話させてもらうよ。疑いが確信に変わったのはついさっきだ。先程藤丸くんと少し話してきたのだが、藤丸くんは最近、夢を見なくなったそうだね。」

 

なので、私は推理の披露を続けることにした。

どちらにしろ終盤だ。これで彼女が認めればそれでいい。

 

「ええ、近頃はその話は聞きませんね。」

 

「夢というのは、未だ解明されていない人体の神秘の一つだが、その機能の一つに「記憶の整理」というものがある。人間は夢を通して、今までに自分が体験した事象を整理する、というものだ。」

 

「そしてそれは記憶を失っていようと変わらない。傷が自然治癒していくのと同じだよ。失った記憶を思い出そうと脳は機能する。消えていたものを埋めるために夢を介して思い出させようとする。そして、そこに当の本人は介入できない。傷が治っていくのを止められないのと同じさ。」

 

「故に、記憶喪失となった人間は、夢と現実の乖離で苦しむんだ。最初は抽象的だった夢が、徐々に鮮明になっていき、今の自分と全く違う形で映っている。今の自分が自分なのか、夢の中の自分が自分なのか分からなくなるんだ。」

 

「なら、記憶の整理がついたのでは?先輩の体と同じように、脳もこの記憶の消去を受け入れた、と考えるのが普通かと。」

 

ここで、彼女が初めて自らの意見を挟んだ。

やはりここはウィークポイントのようだ。

 

「私はそうは思わない。彼女が自発的に夢を見るのをやめることは出来ないはずだ。故に、そこには誰かの介入があったと考える。あぁ、そう言えば、つい最近の彼女のメディカルチェックを担当したのは、君とダヴィンチだったね。」

 

「……………………!」

 

「私の結論はこうだ。君たち二人は先の決戦で昏睡になったミス・藤丸に、何らかの動悸があって記憶消去措置を行い、それを脳にダメージを負ったせいだと偽証した。だが先日、その措置が完璧ではないことが発覚した。例の夢の存在だね。だから君たちはメディカルチェックという体で彼女を呼び出し、記憶消去措置を施した、という記録の封印を行った。これにより藤丸君の脳は、記憶の追憶という機能を封印され、今の状態に至る。どうかな、違うかい?」

 

彼女が動揺しているのが伝わってくる。必死に表情を顔に出すまいと抗っているのが手に取れるようだ。

だからここで、私はさらなる一手をかけた。

真実を、この手に掴むために。

 

「とは言ってもだ。これら全ては証拠として非常に不十分なんだよ。全てが結論ありきの推理だからね。我ながら非常にナンセンスだ。それにね、実を言うと私も迷っているんだ。君たちの今回の動機は、君たちの性格や行動から考えれば簡単に予想できた。きっとこの謎を解いてしまえば、君たちが生み出した夢のような時間は崩壊するんだろう。」

 

「さぁ、どうでしょうね。」

 

「だからこそ、私は真実を知りたい。それがルーラー(暴くもの)として現界した私の使命だ。そして、今まで我々を導いてくれたマスターに対する、私なりの恩の返し方だ。彼女には真実を知り、そのうえで記憶を取り戻すか決めて欲しいのさ。だから探偵として外法だと分かりながら君に聞いている。」

 

情を使っての訴え。

これは、彼女や藤丸君のような、善性の強い人間にはとても有効だ。

特に私のように、普段このような感情を表に出さない人間がこれをやれば、効果はかなり上がる。

 

「私の推理はここまでだよ。さて、では最初の質問に戻ろうか。マシュ・キリエライト、並びに英霊レオナルド・ダ・ヴィンチ。君たちは一体何を隠しているんだい?…………教えては、くれないか?」

 

それで言葉を切る。言いたい事、言うべき事は全て言った。後は彼女の口からのみ語られるだろう。

それはきっととても残酷だろう。多くの人間を傷つけるだろう。

好奇心は猫を殺す、知らぬが仏。

このような状況を示す言葉は多く存在する。

だがそんなモノ、このシャーロックホームズには関係の無い話だ。

それがどのようでモノであれ、私は暴くのみだ。

全ての謎は、解かれるためにある。

私は探偵だ。人を裁く司法でも、悪を滅する英雄でも無い。

私は戦士では無く、復讐者でもない。

私はただ、真実を白日の元に晒すのみ。

それが私の、世界でただ一人の顧問探偵としての役目だ。

 

 

だから、私は簡単なことを見落としていた。

些細な話だ。私が今まで解決してきた事件に比べたらなんてことは無い。

それこそ、彼女が解決した偉業に比べれば、無い様なものだろう。

だが、これは現在だからこそ絶対の効力を発揮する。

英霊とは、脅威に対する抑止力だ。

そこに、抗えない現実があり、そこに苦しむ民がおり、

そして何より、その状況を打破せんと藻掻く勇者が居てこそ、我らはそこに降り立ち、役目を果たせる。

だから今は、彼女が取り戻した平穏が、私に牙をむいていた。

ここは全てが解決した平和な時間であり、そこに英霊という境界記録帯(ゴーストライナー)は必要ない。

故に、残念ながらここには存在してしまうのだ。

 

 

謎のままであるべき、謎というものが。

 

 

 

「残念ですが、全て的外れです。名探偵さん。」

 

私はこの瞬間にそれに気が付いた。

そして同時に、この時代における自らの役目が終了していたことを感じた。

簡単に言えば、私の負けだったんだ。

ここで、様々な人間に触れ、随分と人間らしくなってしまった名探偵()の負けだった。

 

「そうかい。かなり核心に迫っていると自負はしていたんだが。」

 

「そうですね。確かその結論で言えば、私たちには怪しい点がかなり有りますね。ですが、それはどれも疑いに過ぎず、故に私はこう言います。」

 

「それは、貴方の妄想に過ぎない、と。」

 

彼女は今にも泣きそうな顔で、しかしそれを精一杯隠してそう言った。

それだけで、私の推理の全てを認めるようなものなのに、それ以上は何も言えない。

重ねて言うが、私は探偵だ。人の行いを暴くことしか出来ない。

私は司法では無い。故に、

私がそこにある想いに同情してしまえば、その謎は闇に埋没する。

(…………全く。

そんな顔で言われたら、一体私はなんと言えばいいんだい。)

 

「あなたの推理はあなたの言う通りに結論ありきの暴論です。私しかあの場にいなかったのは全体の決定ですし、私がダヴィンチちゃんに泣きついていたのは、先輩の記憶が消えてしまった事に耐えきれなくなったからです。加えて先輩が夢を見なくなったのも、きっと偶然でしょう。」

 

(偶然なものか。あれは明らかに故意だとも、何なら機器を調べればわかる事だろう?)

言えない。その言葉を言ってしまえば、ここ()は崩壊する。

それは、今までに起こった事件(人理焼却と人理漂白)と一体何が違うのだろう。

 

「そうだね。もしかしたら彼女自身、慣れない環境にて疲れて夢を見る暇もなかった、とも考えらえる。流石に直ぐに結論を出すのは早計か。」

 

(早計なものか、私の結論は正しい。彼女からそんな当たり前の機能を取り上げて、何が英霊だ。レオナルド・ダ・ヴィンチ。)

言えない。いくら私の霊基がそう言おうとも、私の記憶がそれを拒む。

 

「ホームズさんも、少しお疲れなのでは?ここの所働き詰めだったのでしょう。いくら英霊と言えども精神は疲労します。少しお休みになられてはいかがですか?」

 

「そうだね。……………少し疲れているみたいだ。しばらくの間休ませてもらおう。今日はこれで失礼するよ。それと謝罪を。君たちにあらぬ疑いをかけて済まなかった。申し訳なかったね。」

 

(謝罪だと?シャーロックホームズともあろう者が何をしている。私:にできるのは暴くことだけだ。その後など知ったことか。)

言いたくない。そんなエゴ言ってたまるものか。

今を生きる彼らが掴んだ未来と、選び取った日常を、我々がこれ以上犯していい理由は無いんだ。

 

「いえ、私たちの行動が怪しかったのも事実です。今後は無いように気を付けますね。」

 

「はは、相変わらず君は真面目だね。…それでは、また会おう。」

 

「はい、また。」

 

そう言い残して、彼女の私室を去る。

誰にも見つからないよう霊体化して、誰もいない廊下を見つからないよう静かに歩く。

管制室、ブリーフィングルーム、ミス・藤丸の私室を通り抜け、この後向かうはずだったダヴィンチの研究室も通り抜け、私に与えられた私室、ないし書斎に入る。

そこにある大きなチェアーにもたれかかり、大きく息を吸って吐き出す。

疲労を訴える脳に静かに酸素を回す。

生前、推理に行き詰った時によくやっていた。

 

「————————はぁ」

 

天井を見上げる。

全く、私も焼きが回ったか。

こんなに辛酸を舐めさせられたのは、今はもう居ないあの教授以来だ。

 

「全く忌々しい、答えも、動悸も何もかも分かっていて尚、解いてはならない謎なんてものが存在するなんて。この世界は、些か私には残酷だな。」

 

そう言って、私は静かに目を閉じた。

兎に角、休みたかった。

世界に自分を否定された事実から、目を逸らしたかった。

世界から切り離された疎外感。自分がもう必要とされていない実感。

それを甘んじて感じながら、私はいつぶりか分からない睡眠に入った。

 

 

 

~真相~

記録者 マシュ・キリエライト

 

 

ホームズさんが出て行った後、私はすぐにダヴィンチちゃんに内線を繋げた。

これはカルデアのあらゆるところに通っているものとは違い、ダヴィンチちゃんが独自に作り上げたもの、つまりカルデアの裏ネットワークとも呼べるものだ。

そして、この回線を使えるのは私とダヴィンチちゃんだけ、つまり内緒話にはうってつけである。

数コールの後、ダヴィンチちゃんは低い声で訪ねてきた。

 

「気付かれたかい?」

 

この内線をかけた時点で、彼女も用件は分かっていたようだ。

なら、細かい話はいらない。事実のみを報告するだけだ。

 

「……………はい、ホームズさんに。ですが周りに言う様子はありませんでした。否定をしたら直ぐに戻っていきましたよ。」

 

「そうか、うーーん。流石は名探偵だ。私のところにもついさっき来てね、その時は今忙しいと言って突き返したんだが、まさか君の所に行くとは。」

 

「ですが、気付かれてしまったのは事実です。驚くべきことにあれだけの証拠でほぼすべて言い当てられてしまいました。」

 

「どうするんだい?彼が言わない保証は無いよ?」

 

「少し、考えます。流石に職員の皆さんに知られたら大変なことになるでしょうから。……………どうやったらもっと上手くやれたのでしょう。」

 

「彼にしっぽを掴まれた時点で気付くべきだったね。流石にあれはあからさま過ぎたか。」

 

「ですが、必要なことでした。兎に角今はいったん保留で、もし話が広まってしまったら別のプランを考えます。それまでは現状維持に努めましょう。」

 

「それしか無いかぁ。分かったよ。あまり思い詰めないようにね。」

 

「ありがとうございます、では。」

 

そうして、事務的に状況報告をして通信を切る。

必要以上の報告をして気が付かれるのを防ぐためだ。

それくらい、これはトップシークレットなのだ。

誰のも気が付かれるわけにはいかなかった。

だからこそ、ホームズさんが気が付くのまではある程度予想していたが、まさかあそこまで適格とは。

侮っていたわけではないが、さすがの一言に尽きる。

けれど、彼は恐らく言わないのだろう、いや、言えないのだろう。

だって、彼も私と同じで、先輩のためを思っての事なのだから。

安心はできない。いつ彼が周りに発表してもおかしくはない。

それに備えて、別のプランも考えなければ。

そう考えて、ふと、何故こんなことになったのか考えてしまった。

確か、始まりは————————

 

 

 

 

 

事の発端は、最終決戦の少し前、ダヴィンチちゃんが先輩に投げかけた質問だった。

 

『藤丸君は、この戦いが終わったら何がしたい?』

 

『終わったら?』

 

『あぁ、君は今度こそ、自由になれるんだよ。人類最後のマスター、なんて任から解放されてね。だから何かやりたいことは無いのかい?』

 

それは何か大事を成した人間の間では、希望として語られるような話だ。

ただの雑談、とも言えるし、最終決戦の前に緊張をほぐそうとするダヴィンチちゃんの心遣いだったのかもしれない。

 

『そうだなぁ。それじゃあ』

 

けれど、そんな夢物語の中ですら先輩は何処までも平凡だった。

だから、この願いが、私たちの計画の始まりだった。

 

『普通に、戻りたいかな。故郷に戻って、普通に二十歳の女の子として過ごしたい。』

 

『おや、そんなもので良いのかい?』

 

『ほら、私がカルデアに来たのが17歳の時で、もうあれから3年。人生で一番青春出来た時期を逃しちゃったからさ。取り戻すって訳じゃないけど、やってみたいなぁって。』

 

先輩は願ったのだ。当たり前の日常を。

世界を救った英雄の願いにしては、あまりに小さく、そして一等輝いている願いだった。

 

『戦いもない、諍いもない。ただ今日の天気とか、気分とか、昨日や明日の出来事で一喜一憂して。そんな日常を送りたいかなぁ。』

 

結局のところ、先輩はそんな当たり前を取り戻すために戦っていたのだから、自分もそこに居たいと思うのは、当然の事だったんだろう。

 

『いいじゃないか!二十歳と言えば大学生だろう。華々しいキャンパスライフなんかに憧れてもいいんだぜ。勉強なら私とマシュで教えよう。だろうマシュ?』

 

「はい。先輩の為ならば!!」

 

「いやぁ、大学に行くって決めたわけじゃないんだけどね。でもそっか、私はもう、そこに戻ってもいいんだね。」

 

そう言って、先輩は嬉しそうに笑った。

先輩の笑顔は不思議だ。

スキルでも宝具でもないのに、周りの人々を惹きつける。

何度この顔に救われてきたか。私もダヴィンチちゃんも、

所長も職員も皆さんも、

ドクターだって、きっとそうだ。

 

『いい顔をするじゃあないか、おっと、もうこんな時間だね。明日は決戦だ、もう休んだ方がいい。英雄にも休息は必要だぜ。』

 

『そうだね。それじゃあお休み!マシュ、ダヴィンチちゃん』

 

『はい、おやすみなさい。先輩。』

 

先輩が去った後、ダヴィンチちゃんは至極まじめな表情で私に言った。

いつも笑顔のその顔が、少しだけ辛そうだった。

 

『……………悲しい話だね。ただの少女が平穏を願うだけで、あんな顔をしちゃうのは。あそこまで幸せそうにされちゃ、叶えさせてあげないと。』

 

『はい。勿論です。先輩には世界で一番幸せになってもらわないと。』

 

これがすべての始まりだった。

根底にあったのは、ただ一つの願い。

先輩に安寧を、世界を救った英雄に、ささやかな、そして長く続く平穏を。

その程度のものだった。願いとも呼べぬものだったのだ。

 

 

 

『先輩!!先輩!!聞こえますか!?先輩!!』

 

事態が変わったのは、最終決戦が終わり、帰還する直前。

倒したと思った最後の敵が、道連れ覚悟の特攻を仕掛けてきた。

なんとか直撃は免れたものの、先輩は昏睡状態に陥って、数か月の間目覚めなかった。

その間、多くの出来事があった。

それこそ人理焼却の後とは、比べ物にならないほどに。

時計塔の魔術師による介入、今回の事件の責任問題。

加えて、全てを行ったであろう先輩が昏睡状態なのをいいことに、様々な人間がカルデアをどうにかしようと次から次へとやってきた。

そして今度こそカルデアは、解体に追い込まれるかに思えた。

だが無論、そう上手くはいかない。ここにはあらゆる時代の英雄が居たのだ。

彼らはぎりぎりまで退去していなかった。

彼らが私たちを守ってくれたのだ。ありとあらゆる方法を使って。

それもやはり、先輩のお陰であろう。先輩の人徳が彼らを突き動かしたのだ。

私たちはまた、彼女に守られてしまった。

けれど逆にそれで、事態は大事になってしまう。

人類最後のマスター、数多の英雄を従えて、今を生きる現人神。

サーヴァントが動いてくれたおかげで、先輩はますます有名になってしまった。

藤丸立香という人間がつかんだ栄光が、目を奪わんほどに輝かしいものに変わったのだ。

そして、栄光という宝石には必ずと言っていいほどに、かすめ取ろうとする盗人が存在する。

そうして、解体を免れた後は、監査、見学、体験、訪問、あらゆる名を借りて魔術師たちがやってきて、先輩という稀有な存在を研究しようとした。

中には暗殺をしようという輩もいて、先輩は何度知らないところで死にかけたか分からない。

彼女には絶対に語れない、正に権謀術数に包まれた数か月だった。

その期間で、私は気が付いた。

先輩にはもう、先輩の望む日常は存在しないと。

先輩がいくら日常を望もうと、もはや周りがそれを許しはしないと。

事態はもう、そんな段階まで来ていたのだ。

あぁ、何て醜い人のエゴ。彼らには心が無いのだろうか。

しかしそれでも、私は彼らを窮することはできない。

私も同じだからだ。私も自らのエゴのために異聞帯を破壊していったのだから。

だから彼らと何ら変わりはない。変わらないなら、消し去ることはできない。

それは自らの存在の否定となってしまう。

しかし、それを憂うだけでは状況は変わらない。

自分から動かないと、何も変えることは出来ない。

だからせめて、先輩だけでも守らなければ。

先輩の願いだけでも、守らなければ。

あの願いだけは、必ず、何を犠牲にしてでも叶えさせなければいけない。

そしてその時、思いついてしまったのだ。

最悪で最善の方法を。

 

藤丸立香(先輩)の記憶を消去して、藤丸立香(別人)として、日常へ送り返す。

彼女の願いを、彼女自身が叶えるには、もう、これしか無い。

 

迷いはなかった。最早迷う暇は存在しなかった。

世界が、先輩を受け入れるよう変わらないのなら、

先輩が、世界に受け入れられるよう変わるしかないのだろう。

 

そんな悪魔の結論で、私の計画は動き始めた。

 

 

 

 

 

私はすぐに、そしてこっそりとダヴィンチちゃんのもとに行き、今回の計画の概要。即ち藤丸立香の記憶の消去を提案した。

彼女は先輩の願いを知っていて、かつカルデアの中心人物だ。これ以上の協力者は居なかった。

 

『な……………、本気かいマシュ?』

 

『えぇ、今のままでは先輩の望む日常は有り得ません。なら、先輩に変わってもらうしかありません。流石に記憶がないと分かれば、他の魔術師たちも介入を止めるでしょう。』

 

『落ち着いて考えた方がいい。それでは何も解決はしない。』

 

しかし、説得の言葉を遮って、私は強く主張した。

 

『私は落ち着いています。そして、もうこれ以外には武力に頼るしか存在しません。我々サーヴァントが、彼らを全員抹殺するしかない。けれど、先輩はそんなの望まない。だから私はこの結論に辿り着いた。』

 

藤丸立香(先輩)の願いを叶えられるのは、藤丸立香(記憶の無い彼女)しかいません。なら、彼女(藤丸立香)には、先輩(藤丸立香)の願いを代わりに叶えてもらいましょう。だって、同じ人間ですもの。願うことだって、きっと同じでしょうから。』

 

『…………………………』

 

長い、長い葛藤があったのだろう。

私なんかには想像できないくらいの葛藤が。

けれど最終的に、ダヴィンチちゃんはその計画に賛同してくれた。

 

『正直、これが最良だとは思えない。きっとこれ以外にも道はある。そう思いたくて仕方が無い。けれど考えれば考えるほど、この私でさえ、これしかないと考えてしまう。もう私たちに、選択の時間は残されていなかったんだね。』

 

そうして計画はすぐに実行に移った。

ホームズさんを除く全てのサーヴァントが退去し、邪魔が入らなくなったころに、先輩の治療室にダヴィンチちゃんが入り込み、記憶消去措置を施した。

そして先輩はカルデアにくる以前の記憶を失い、前とは別の彼女となった。

その後すぐに、彼女は追ったダメージから回復し、目を覚ました。

これが、一か月前。

彼女が目を覚ました時の、真実だ。

 

 

 

あの日の事を、私は一生忘れない。

泣かないと決めていた。そんな権利なんて無いと思っていた。

けれど、先輩と同じ顔、先輩と同じ声で彼女が話した時にはもう、耐えられなかった。

そして私は何度も涙した。

枕が濡れない夜は無かった。泣き疲れて眠る毎日だった。

この痛み、胸を抉る罪悪感に押し潰されそうだった。

けれど、私は計画をつづけた。

彼女の監視の任に就き、彼女の記憶が戻らないように見張り続けた。

彼女の前ではそれを必死に隠し続け、日常を演じた。

だから、夢の話を聞いた後、ダヴィンチちゃんの部屋で相談して、記録封印措置を取るときにも迷いはなかった。

 

『夢によって先輩の記憶が戻るのは危険です。一刻も早く対処が必要だと思います。』

 

『…………………………なら、そうしようか。私は英霊失格だな。』

 

その提案を、ダヴィンチちゃんは迷うことなく受け入れた。

きっと彼女も分かっていたのだろう。

もう自分たちが、戻れないところまで来ていると。

そして私たちは必死に真実を隠しながら、先輩を彼女のままにすべく、尽力した。

いつか彼女を、先輩の望む夢に、送り返してあげるために。

 

 

 

~終幕~

記録者 マシュ・キリエライト

 

ホームズさんが私の部屋に訪れた翌日、ダヴィンチちゃんからカルデア全体に向けて報告があった。

それは、英霊 シャーロックホームズが退去した、というものだった。

退去したのは深夜遅く。誰にも気が付かれず、彼はひっそりと座に還った。

置き手紙や書き置きなどは残されておらず、さらに驚くべきことに、彼が居た痕跡は殆どと言っていいほどに処分されていた。

何もかもがそのままに、けれどそこに誰かが居た痕跡は一つもなく。

名探偵は人知れず、皆の前から姿を消したのだった。

 

「彼らしいと言えば、彼らしいのかもしれない。確かに私たちが記憶を消したことで藤丸君を狙うものは居なくなり、カルデアは安全になったからね。彼の役目はもう終わっていたのかもしれない。」

 

ダヴィンチちゃんは秘密の内線でそう言っていた。

彼が一体、何を思って座に還ったのかは分からない。

単に気まぐれか、それとも違う謎を追うために消えたのか、私には分からない。

けれど一つ言えることは、目下最大の懸念が消失したということだ。

これで、この計画は闇に葬られた。もう誰も気が付くことは無いだろう。

ようやくだ、これでようやく先輩の夢を叶えられる。

彼女は今後カルデアでしばらく勤務をした後、何か理由をつけて日本に送る予定だ。

理由はなんだっていいだろう。不祥事でも、異動でも、彼女が日常に戻れるならなんだっていい。

ここに居た期間の事は留学ということにしてもいいし、何ならまた記憶を消したって良いだろう。

これも先輩を守るためだ。

今いる彼女と先輩は別人だが、先輩の願いは彼女しか叶えられない。

なら、彼女にはこれからもずっと、この夢の中で微睡んでいてもらわなくては。

私は悪い人間だろう。きっと地獄に堕ちるだろう。

れどそれでも構わない。いくら地獄に行こうとも、貴方が笑っていられるなら、私はそれだけでいいんだから。

そう自嘲気味に笑いながら、私はいつものように彼女を起こしに彼女の私室に向かう。

彼女にこの事は知らせない、彼女はこれを知っても意味が無いだろうから。

彼女にはこれからも変わらず、平穏の中に居てもらう。

 

さぁ、今日も嘘をつき続けよう。

この人工の平穏の中、彼女にはこれからずっと、日常を謳歌してもらう。

もう二度と苦しい思いはさせない。私がその苦しみ全てを請け負う。

 

 

 

 

彼女の部屋のドアを開け、未だ眠っている彼女の前に立つ。

そして、優しく、そっと声をかけた。

ここ最近で、作り笑いが随分上手くなったと思う。

優しい笑顔を作って、彼女の顔を覗き込む。

 

また、一日が始まる。

先輩の望む、普通の一日が

 

 

「おはようございます。藤丸さん。」

 

 

 

 

 

僕ら、未だ夢の中。消えた目覚めを、待ち続ける。

いつかその夢が、現実へと変わるように。

 


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