この家はおかしい。直也はそう直感した。
しかし、何に違和感を覚えているのかが直也にはまだ分からなかった。ただ漠然と、どこかがおかしいのだと、勘が告げている。
直也が考えている横では、調べ終わった笠原の遺体が運ばれるための準備が行われていたり、先ほど千葉が連れてきた二人の男性が質問されていたりする。
横から盗み聞きした話しでは、二人いるうちのやせ型の方が
直也はパターマットのそばにあるゴルフバックに近寄る。
「なら凶器はクラブか」
直也はまた口の中だけで言う。その声を聞く者は誰ひとりいない。
コナンは何か手がかりがないかと、家の中を見て回った。結果、不自然な点が幾つか見つかった。
一つ、この家のどこにも、鍵をこじ開けたような形跡がないこと。犯人が笠原と関わりのない人物、例えば空き巣だとすると、かなり不自然だ。あらかじめ合鍵を作っていたとしても、出るときに鍵を開けたままにするわけがない。
一つ、やけに綺麗なこと。上と同じように、犯人が空き巣とすると家の中が綺麗なのはおかしい。警察も何か無くなっていないか確認しているが、金も判子も盗まれている形跡は無いらしい。
「ん?」
コナンはキッチンで気になるものを発見した。カップだ。
「洗われてそのままみたいだな……」
水切り場にはすっかり乾いたカップが、2つ、置かれていた。
キッチン近くのテーブルに行けば、そこにはまだ中身が残っているコーヒーメーカーがあった。ドリップ式のそれは作られてから時間が経ち、すっかり冷めている。
もしや、これは客にもてなされたものなのだろうか。カップが2つということは、客は1人。笠原とその客用だったのだろう。
そのカップが洗われている。これはその客が洗ったのか? 何のために? ……証拠隠滅のためにか?
家の中を見て回る中で、コナンはこの事件の犯人は笠原と関係を持つ人物だと考えていた。顔見知りであれば家に簡単に招かれるだろう。家の中が綺麗なのも納得がいく。
なら、うすら怖いものがある。
笠原を鈍器で殴り殺したあと、凶器が隠せる余裕が、落ち着いてカップを洗う余裕が、犯人にはあったということだろうか。
……なんてことはない。いつものことじゃないか、とコナンは内心笑うと同時に、自分の周りはこんな人間ばっかりだったのかと少し背筋が寒くなった。
「事件に慣れてない直也さんに、充てられたか……?」
「刑事さん、笠原は、本当に……?」
「ええ、お気の毒ですが、笠原 源五郎さんは何者かの手によって殺害されてしまいました」
高木は斎藤に笠原が殺されたということを再度伝え、それから笠原がどのように殺されてしまったを伝えた。
高木が手帳を取り出す。
「それでなんですが、嶺井さん、斎藤さん。笠原さんに恨みを持つような人、心当たりはありませんか?」
斎藤は焦った。高木に「笠原に殺意のある人物に心当たりは無いか」と問われたからだ。
訊かれたとたん、斎藤はすぐ横に居る、いつもとはかなり様子の違う友人――嶺井だ――を横目に見た。
斎藤はいつの頃からか、笠原と嶺井は似た者同士だと認識していた。お互い幼い頃から頑固で意地っ張りだったのだ。それ故、2人はぶつかり合うことが多かった。斎藤はそんな2人の間を取り持っていたのだが。
それなのに何故、こんな老いぼれになるまで3人でやっていけたのか。それは単に、馬があったからである。
斎藤ら3人はそれこそぶつかり合うことは多くとも、それ以上に気が合った。
例えば、3人とも野球が好きだ。ボールを追いかけたり、それを味方のグローブへと綺麗に投げ込められたとき、何よりボールをバットでかっ飛ばせたときの爽快感が3人とも好きだった。得意なポジションはそれぞれ違ったために上手くいっていたのだが、そこは笠原と嶺井だ。こだわりも強い二人はお互いの悪いところをキツイ言葉で言い合った。当時の斎藤としてはかなり頭を悩ませた事柄ではあったが、今思えばあれは単にお互いを高めあい、更なる絆を深めた結果しか残っていない。
他にも、実は3人とも猫が好きだったりする。これは実に恥ずかしいことではあるが、一度だけ本気で激論を交わしたことがあるのだ。
“猫の何がいいか”という話題で話した時であった。笠原は“猫は耳がピンッと立っていて、たまにピコピコさせるのが可愛らしい”と熱く語った。対して嶺井は、“あの美しい毛並みと自在に動く感情豊かな尻尾が魅力的なのだ”と反発した。その時は斎藤も“喉を優しく撫でた時の「ゴロゴロ」と鳴らす、あの懐いている時が一番歓喜するときなんだ”と議論に参加してしまった。それだけならばいつもと何ら変わらないが、3人ともその時三十路。議論していた場所も居酒屋と悪かった。
気づいたときにはそこにいたお客が皆、こちらを興味深そうに見ていた。たまらず店を出ようと会計をしたとき、店員に「私は自分の膝に乗って眠ってくれた時が一番好きです」と言われ、非常に恥ずかしい思いをしたのだった。
それでも場所を変えて議論を続けようと言い出した笠原と嶺井に斎藤は大いに呆れたが、仲がいいだけかと思い、自分も喜んで参加したのであった。
しかし、本当に、いつの頃からだろうか。
笠原と嶺井の二人はぶつかり合うことだけが多くなっていた。
例えばゴルフ。
2人は斎藤より早く、同時期に始めたからなのか、あの頃の野球の様にお互いの悪いところを、キツイ言葉で言いあう。しかしそれは傍から聞いても只の悪口で、どう解釈してもお互いを高め合うようなセリフは聞こえてこない。
斎藤は2人よりもだいぶ遅くに始めたため、止めるにも話していることがよく分からなかった。昔のように、となんとか間を取り持とうとしたが、「ルールもろくに知らん奴が話に入るな!」と払われてしまった。
どう頑固で意地っ張りで、こだわりが強い性格をこじらせればあのような激しい喧嘩ができるのだろうか。
昔からそんな2人の姿を知っているからこそ、斎藤は隣で顔を青くして落ち着かない様子を見せている嶺井を大変不自然だと感じていた。
だってそうだろう。大声で猫について激論できるような人間が、どうして自分より震えているのだろう。
事情を知っているとしか考えられない。
友人を疑いたくはないのだが、斎藤は嶺井が犯人なのではないかと考えた。
どう自首させようか。斎藤は高木に「心当たりはありません」と答えながら考えた。