勘。   作:めもちょう

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14、言い訳野郎はついに覚悟する。

 嶺井はハンッと嘲笑った。

 

「これから自分を殺そうとしている相手にわざわざ飲み物を出すのか? 訳の分からないことを言うな坊主。だいたい、そのコーヒーは客にも出されたかもしれんが、その客が帰ったあとで、あとから来た別の人間に笠原は殺されたのかもしれないんだぞ? いや、この考え方の方が的を得ているぞ」

 

 嶺井は焦りを心の中に隠しながら、余裕綽々といった様でコナンに反論してみせる。してやったとほくそ笑んでみるが、コナンはへらっと笑ってかわす。

 

「もー、本気に取らないでよー。それともなぁに? もしかして図星だった?」

 

 コナンが首をかしげて笑って見せれば、嶺井は屈辱に思うのと同時に、しまった、と焦った。子供の戯言に何故ムキになって相手しているのか。笑って聞き流せばよかったのに。

 焦るな。落ち着け。怒りで我を忘れてはいけない。笑え。たかだか子供の言うことだ。

 

「はっはっは。図星もなにも、私が笠原の家に来たのは、今日はこれが初めてなんだぞ? 私の考えも想像に過ぎないぞ? 坊主の考えもな」

「うん、そうかもね」

 

 嶺井が笑えば、コナンは納得いかない様子ではあるがそれに同調した。嶺井は胸をなで下ろした。どうにか目の前の子供を黙らせることに成功したと思ったからだ。

 

 しかしどうするか。家の中を荒らしてなどいないから、空き巣の犯行にごまかすことはできない。となると、財産目当てではなく、笠原自身に恨みのある者の犯行と警察は考えるに違いない。ならば犯人は親しい者に絞られてくる。その中には当然、自分も含まれている。

 

 くそ! どうやってごまかす!? 凶器も見つかってしまっているのに! 幸い、どこか冷めていた頭が指紋を拭き取っているから、あのゴルフクラブから俺を導き出すことはできないだろう。コーヒーカップは念入りに洗った。唾液なんかをあそこから検出することはできないはず……。ああ、早く家に戻って、あれを燃やさなければ!!

 

 嶺井が衰えぬ回転で頭を動かして考え込んでいるそばで、斎藤は心の中で祈っていた。嶺井がどうか、ここで自白してくれないか。誰か、この哀れな親友に手を差し伸べてはくれまいか。今の嶺井では自分の言葉なぞ届かないだろう。親友に何もできない自分が情けなくなり、斎藤はただ顔を伏せた。

 

 コナンは冷静になろうと努めた。可能性は低いだろうが、万が一、冤罪を生んでは元子もないからだ。

 

 被害者の笠原と顔なじみで、尚且つ被害者に恨みのある人物。警察が連れてきたということは、この二人のどちらかということでいいんだろう。

 隠し扉が見つかったとき。凶器が発見されたとき。どちらがより不審な動きを見せた? あぁそうだ。

 

 だが、証拠がない。

 凶器のゴルフクラブには血こそついていたが、指紋は拭けばふき取れてしまうだろう。むしろなぜ血は新聞紙で包んで、そのままにしていたんだ。もしやクラブは指紋なんかも残っているのか?

 いや、どうだろう。コーヒーを飲んでいたであろうカップは洗われていた。おそらくそれは、カップから指紋や唾液などが検出されないようにと、証拠隠滅を図るためだろう。洗った後はタオルか何かで指紋を拭き取っただろう。

 ……拭き取った? 何で? キッチンペーパーか? この家にあるタオルのどれかか? 自身のハンカチか? それとも他の布で? 犯行現場からは計画性は感じられない。自分の家からタオルを持ってきてなんかいなかったのではないか?じゃあ、その拭き取った布はどこに行った? キッチンペーパーなんかでやってたら絶望的だが、ごみ箱には使われたであろう濡れた紙はなかった。持って帰るだろうか、そんなごみを普通。

 待てよ? もしキッチンペーパーが使われていたとして、それはどんな状況下だ。そうだ、カップを洗った時だ。洗ったということは、濡れた手でそれを触ったということだ。仮に濡れていなかったとしても、紙には指紋が残る。

 キッチンペーパーが使われていなかったとして。だとしても使われたものが絞られる結果になるだけだ。可能性は確実に潰していかなくちゃな。

 

 そこまで考えてコナンはキッチンへ向かう。その背後では目黒警部が嶺井と斎藤を警察署に行くように促していた。

 

 

「嶺井さん、斎藤さん。話を伺いたいので署のほうに、ご同行していただけますな?」

「それは強制か?」

「いや、任意ではありますが、自身にかけられた疑いを晴らしたいなら、署で正直に話されたほうがいいですよ?」

「任意なら断る! 私は帰る」

 

 

 嶺井が拒否の意思を示すと、隣で斎藤が大げさにため息を吐いた。

 

 

「嶺井。分かっているのか? お前は今、笠原を殺した疑いがかかってるんだぞ」

「勝手に言いだしたのはお前のほうだろう。むしろお前のほうが怪しいんじゃないか? むやみに私に疑いの目を向けるようなことをしやがって! お前のほうが怪しいじゃないか!」

「俺は笠原が殺された時には会社に居た! 社員に聞けば証明してくれるだろう。それに俺には動機がない! あるのはお前のほうじゃないか!」

「言ったろう! 笠原に恨みはあっても、殺意まで抱くものじゃないと!!」

「嶺井さん。話は署のほうで」

「断る! 私は帰る!」

 

 

 嶺井は何が何でも警察署には行かないと主張する。ただの頑固な主張にも見えたが、見る人が見れば、その姿は怯えているようにも見えた。

 

 嶺井の主張が怯えたものにしか見えなかった人間が、声を荒げた。

 

「この、意気地なし!!!」

 

「い、意気地なしだとおっ!?」

 

 嶺井は憤慨した。いい加減、怒りの沸点が頂点に達したからだ。

 

「い、いい加減にしろよ貴様ら! 人を殺人者に仕立てあげようとしたり、意気地なしとかなんとか言いがかりをつけよって!! 名誉棄損で訴えるぞ!!」

「うっせえっ!! 意気地なしは意気地なしだ!!」

「このガキッ!!」

 

 冷静な判断のできない状態の嶺井は直也に殴りかかろうとした。幸いそれは、高木と斎藤に遮られ、直也に直接被害が行くことはなかった。騒ぎを聞いたコナンもそこに駆けつけ、唸る直也を宥める。高木もそれに倣う。

 

 

「ダメじゃないか直也君。怒らせちゃ」

「ホントのことを言って何が悪い。俺は急いでんだ」

「直也君……?」

 

 

 焦った様子の直也に違和感を感じた高木は、改めて直也を注視する。違和感はすぐにわかった。直也のTシャツの下半分が不自然に捲られ、袋状になったそこに、白と赤黒い色の小さな何かが、大切そうに包まれていたのだ。

 

「直也君、それは……?」

〈みゃ…お〉

「!!?」

 

 猫のか細い鳴き声が、小さい何かから聞こえてきた。高木の、いや、そこにいるすべての人間に衝撃が走った。

 

「な、ね、猫? なんで猫がここに?」

「しらねぇよ。けど俺がここに来たのはこの子を探してたからだ。刑事さん、俺帰るから」

「え?」

「何? この子を見つけたらここに用はないんだけど」

 

 口調が変わってるような……。高木の中に生まれた新たな違和感は払拭されぬまま、直也はリビングから玄関に向かって歩き始めた。

 赤黒いものは、血だろうか。ならあのか細い鳴き声のことも考えると、あの猫は怪我をしていることになる。それも、多量の血を流すようなけがを。

 

 猫の様子が見えた者たちには、それを抱える直也を引き留めることなどできなかった。

 だというのに、直也は足を止め、嶺井たちのほうに振り向いた。

 

「意気地なしのおじいさん」

「あ!?」

「直也君!」

 

 

 高木がまた直也に注意する。それも聞こえなかったかのように直也は高木の声を無視し、嶺井を蔑んだ目で見る。

 

「あんた何しに来たの?」

「!?」

 

 それだけを言うと、直也はコナンを呼んで、今度こそ玄関のほうに向かい、家から出て行った。

 

 

 千葉は戸惑っていた。直也が嶺井に対して言っていた、「何しに来たの?」という発言が彼にはよく分からなかったからだ。

 彼が戸惑うのも無理はない。重要参考人として、嶺井を連れてきたのは彼だからだ。何しに来たのかと嶺井に言っても、話をしにきたとしか嶺井は答えられないはずだ。

 と、千葉は悩んでいた。しかし、言われた本人を見て、その考えは覆された。

 

 嶺井は顔を伏せっていた。のぞき込めば、顔にあった自信、笑顔、怒り、恐怖などの感情がすべてごっそり抜け落ちたような、抜け殻のような顔をしているのが伺えた。

 

 

 嶺井は思い出した。この隣にいる、ふくよかな刑事が自分をこの家に連れていく車の中で、何を決意していたのかを。

 

「嶺井さん?」

「……」

 

 嶺井は自分に失望していた。また自分はやってしまった。いらない見栄のために嘘をついてしまった。

 見栄など、プライドなどあっても意味がない。自分は、人としてやってはならないことをした、愚か者なのだから。

 

 嶺井はゆっくり顔をあげ、口を動かした。

 

「笠原を殺したのは、私です」と。

 

 

 

 事件は大きく動いた。犯人が出てきたのだから当然だ。嶺井は洗いざらい全て話した。動機は自分の悪口を言われたこと。普段から殺意を持っていたこと。凶器、証拠は意図して隠滅しようとしたこと。そのとき居合わせた猫も、唸るように鳴かれたから、同じゴルフクラブで殴ったこと。警察署に頑としてでも行こうとしなかったのは、自宅に、指紋を消すために使った、笠原の家のタオルが置いてあったからだと話した。

 

 なぜクラブの血を拭かなかったのかと問われて、嶺井は一旦、口を噤んだ。しかし言葉を探すようにポツリポツリと話したことは、要約すればこういうことだった。

 

「その血に触れば、自分が人間じゃなくなると、そのときは思った」

 

 

 そのあとに続いた、「ゴルフクラブに手を伸ばした時点で、自分は人間じゃなくなっていたんだろうが」という言葉を発した身体は、そこから魂が抜け落ちたように、生気がまるで感じられなかった。

 

 

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