事件のあった次の日。ある者たちにとっては憂鬱な日であっても、世間は何食わぬ顔で彼らの前を過ぎていく。
それは学校であっても同じことだ。憂鬱な彼らを心配する目はあっても、楽しそうな事件が起これば、すぐさまそれに目が行ってしまった。憂鬱な彼らはしばし、世間から置いて行かれるのであった。
しかし、時間が過ぎるということは、学校も刻一刻と終わりに近づいていることになる。時計を見るのが、憂鬱な彼らにとって慰めであり、苛立ちの基であった。
放課後が訪れたことを告げるチャイムの音が、憂鬱な彼らの一番待っていた鐘の音だ。
ランドセルの準備はできている。すぐさまこの教室から飛び出したかった。だが急いでいても仕方ないことには気が付いていた。きっと彼らもいるのだから、と。
彼らは靴箱で憂鬱な彼らを待ち伏せしていた。いや少し説明が足りない。憂鬱な彼らを待っていた彼らもまた、憂鬱な者たちだった。
「楓太お兄さん、泰輝お兄さん。あの、猫ちゃん、どうなったの……?」
心配そうに楓太と泰輝を見る彼らは、自分たちのことを少年探偵団と呼んでいる集団であった。
彼らは前日、楓太が依頼した猫探しを行い、発見されたその猫の怪我の様子が気になっているのだ。見つけたのは彼らではなかったものの、白いと聞かされていた猫が赤く染まっているとなれば、それが大きな怪我を負っているという考えになるのが自然だ。
一晩経ったこの日、猫の生死がどうなったかを尋ねに来たのだと、楓太はあまり働かない頭で導き出した。
「大丈夫、生きてるよ」
「ほ、本当!? よかった~」
「安心しました……」
「ホントに心配したぜ~ よかったな楓太兄ちゃん!」
「うん。でも、三か月は入院だって」
「そっか……、あんな大けがだもんね」
「仕方ありません、か……」
「なんだよ犯人のやつ! 関係ねえ猫にまで手を出すなんてよ!」と憤慨する元太とそれに同調する光彦と歩美を見て二人は、優しくて正義感のある子たちだと、騒ぎ立った心が少しだけ凪いだ。
楓太と泰輝が靴を上履きから持ち替えていると、今度はコナンが彼らに尋ねた。
「ねえ、泰輝お兄さん」
「ん?」
「……直也さんは?」
「……」
泰輝は靴を持ったまま動きを止める。そのすぐ後ろでは楓太も、靴箱の前で項垂れていた。
「た、泰輝お兄さん?」
声を掛けられて気を取り戻した泰輝だったが、心配そうに顔を覗き込んですくコナンの顔が彼は見られなかった。怖かったのだ。
履きやすさを重視した、マジックテープ式の靴を履きながら泰輝は答えた。
「直也は今日、休んでる。昨日のことがやっぱり、ショックだったんだろ」
「……そっか。そりゃそうだよね」
「僕らだって初めて見たときはショックで動けませんでしたもんね」
「怖かったよね……」
「俺、しばらくは食欲なくなったもんな~」
“初めて見たときは”
泰輝は鳥肌が立った。彼らは何度も、そういう現場に鉢合わせたことがあると言外に言われたからだ。つまり、何度も凄惨な死に方をした遺体を見たことがあると。
少年探偵団の噂の一つにあった、殺人事件をいくつも解決しているという噂は、真実だったのだ。
泰輝はやるせない気持ちになった。自ら飛び込んで行ってるにもしても、どうして自分たちより小さいこの子たちが、凄惨な現実をその無垢な瞳に映しているのか。
見なくたっていいじゃないか。
慣れは怖い。
事実、その状況に全く耐性のなかった直也は寝込んでしまうほどのショックを受けた。当たり前だ。悪意に殺された人間なんてそうそう見ることはない――
泰輝は思い出した。そして、案外見ることは多いかもしれないと思い直した。
ここは米花町。ほかの地域よりダントツに、事件発生率の高い町だ。
いつどこで誰かが死んでもおかしくないし、それを見てもおかしくない。
昨日はその可能性に直也がぶち当たっただけなんだ。
「そっかー。直也お兄さんお休みなんだー」
「せっかくこれ、作ってきたんですけどねー」
「仕方ないわね。来た時に渡しましょう」
「今日チョー頑張ったのに、今日渡せないのはなんかやだなー」
「だよねー」
「渡す? 直也に?」
泰輝が考え込んでいる間にも、探偵団は自分たちの会話をしていた。その会話を聞いていた楓太は気になる個所をその中から引き上げた。
よく見てみれば、歩美の手には筒状に丸められた画用紙があった。楓太は気が付いた。だが何も言わなかった。言わなくたって、どうせそれの正体はすぐわかると思ったからだ。
「ねえみんな。僕らこれから直也ん家に行くんだけどさ、一緒に来る?」
誘えば、楓太の思い通り、探偵団は元気よく返事した。