コンッ、コンッ
母親と思しき女性が、部屋の扉を叩く。女性は、今向こうで怖がっているであろうこの部屋の主を刺激しないようにと、優しい声で要件を言う。
「直也ー。お友達来てるけど、会う?」
扉の向こうの人物は答えない。布と布団のこすれる音が聞こえてくる。寝返りか。寝ているのだろうか。それなら仕方ないかと、来た道を引き返そうとする母親のその背中に、直也の声がかかった。
「待って、お母さん。なんて言ったの?」
返事が返ってきて母親は安心した。息子は今起きたのだろう。起こしたのなら悪いことをしてしまった。
「泰輝君と楓太君と、ちっちゃい子たちが来てるの。……無理しなくていいからね? 断ろうか?」
「ううん。会う」
「そう……上がるように言うね?」
「うん。ありがとう」
母親は安心した。どうやら幾分かは回復したように思えたからだ。
朝は大変だった。いくら呼んでも部屋から出ず、「外に出たくない」と言い出して困り果てた。涙声なことに気が付いた娘が扉越しで尋ねてみれば、直也は「怖い」と言った。
確かに、昨夜から直也の様子はおかしくなっていた。当然だ。悲惨な死体を間近で見てしまったのだ。おかしくならないほうがおかしい。だが、昨夜はここまで酷く荒れてはいなかったのも事実だ。
恐怖がよみがえったのか。夢に出てきてしまったのか。
なんにせよ、この状態では学校に行かせられない(元々休ませるつもりだった)と判断した母親は、熱まで出してしまった息子の看病をするしかなかった。
友達が来て、直也の心にゆとりができたらきっと、恐怖心も和らぐのではないか。だから安心したのだ。会ってくれる様子でよかった。
二階の階段から降りて、母親は玄関で待っていた彼らの下へ向かう。
「泰輝君、楓太君、探偵団のみんな。部屋に上がっていいわよ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「まだ回復してないなら俺ら別に……」
「むしろ会ってあげて。あの子かなりやられてて。みんなで励ましてくれると嬉しいな」
「わ、分かりました!」
「お前らの出番だ! 部屋に行くぞ!」
「「おーう!!」」
珍しく湿っぽかった彼らだったが、直也の母親のGOサインを受けたとたん、息を吹き返したように動き出し、玄関で靴を脱ぎ始めた。
それがおかしかった母親は思わず笑ってしまったが、あることを忠告しなければいけないことを思い出した。
「探偵団のみんな!」
「はい、なんでしょう?」
「なんですかー?」
「あのね、部屋に入ったら多分、すごいものを見ると思うけど、今日は気にしないであげてね」
「???」
やっぱりわからないわよね。母親はそれでも「今日はそれの説明はできないと思うから、お願いね」と、彼らに念押しし、階段を上ることを催促した。
忠告された光彦たちは首を傾げた。
「いったい何なんでしょうね? すごいものって」
「なんだろうね。でも、今日は気にしないでって言われちゃったし、それ無視したほうがいいよね」
「そうね。それに私たちはお見舞いに来たわけだし、まだ回復していないみたいだし、長居はしちゃだめね」
「そうだよな~。あ~あ。盛大にやってやりたかったのにな」
「ですよね~」
元太たちは肩を落とした。その光景をほほえましく見ながら、楓太は彼らを直也の部屋に来るように声をかけた。
扉の開いた部屋の前で、探偵団は絶句した。
誰の予想もつかないものが、扉の向かいの壁に貼ってあったからだ。
コナンは放心したがすぐに意識を取り戻し、同じく放心していた探偵団に直也の母に言われたことを思い出させた。今は気にしないでおこう。
余談だが、探偵団を絶句させたのは巨大なポスターで、描かれていたのは等身大の怪盗キッドだった。今は深く触れない。
顔をそらした先に見えたのは、ベッドに腰かけている真っ青な顔色の直也だった。ほんのわずかに口角が上がっているが、それはかなり無理をしてようやくできた笑顔なのだということが小学生にも分かった。
「直也お兄ちゃん、大丈夫?」
「……正直、きつい。トラウマになってる」
歩美がそんな直也の様子を心配し尋ねる。
直也は歩美の顔を見て、そのあと顔を伏せた。苦痛に耐えるように顔を歪めて。
「トラウマ? 昨日のこと?」
「うん。……僕、初めて見たよ。人があんな風に、悪意、殺意に殺されたところなんて……。……怖いよ。もう、ドア開けたくない」
直也は体にかけていた毛布に顔をうずめた。コナンには直也のその様子で自分たちよりもずっと、直也が小さく見えた。
だがそれよりも、コナンは直也の発言の中に不思議なものがあったことを聞きのがさなかった。
「ドアを開けたくないって、どういうこと?」