勘。   作:めもちょう

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17、彼は普通の少年なのだ。

「ドアを開けたくないって、どういうこと?」

 

 直也は毛布から少しだけ顔を上げた。発言したコナンは少し身震いをする。直也に睨まれた気がしたからだ。「なぜ?」と考える前に直也は口を開いた。

 

「コナン君は、もう、慣れてしまったの?」

「慣れた……?」

「あ、あぁ、そうか、君ってあの探偵の毛利小五郎のところに住んでるんだっけ……。じゃあやっぱり、見る機会は多かったんだね……」

「何を……?」

 

 疑問を口にしたものの、コナンには思い当たる節があった。

 

「遺体」

 

 直也は咎めるようにコナンを見ていた。しかし何も言わない。いや、何かを言いたそうにしているのだが、唇は糸で縫われたように開かない(ようにコナンには見えた)。

 コナンと直也の睨み合いは思ったよりは続かなかった。もともと青かった顔色をさらに悪くして、直也は隣で座っている颯太にもたれ掛かった。

 

「大丈夫? まだ気分悪い?」

「ううん、大丈夫……。……質問に、答えて無かったよね。……言わないとだめだよね」

「え?」

 

 コナンを含むそこにいる直也以外の人間は驚いた。今さっき答えたではないかと。そこでコナンは思い出した。自分はさっき、「ドアを開けたくないとはどういうことか」と尋ねたことを。

 

 しかし、思い出させて大丈夫だろうか。現場にいたときも一度吐いていた。心身共にダメージが大きい。昨日は颯太の猫を探す、助けるという目的があったためにそこまで遺体に関心が行かなくてすんでいたようだが、それがなくなった今、精神的なダメージは今のほうが大きそうだ。夢にだって出てきたかもしれない。

 

 歩美たちのような子供はまだ死を完全には理解していない。蘭たちほどの年齢になると死が何なのかはわかるし、それを受け止めることができる。

 

 では、直也ほどの年齢ではどうだろう。

 おそらくだが、死が何かは何となくわかっている。しかしそれが受け入れられるかどうかは経験によるのではないか。そして直也はその経験がなかった。ゆえに、トラウマになった。

 

「……言いたくないなぁ」

 

 言わせるべきだ。トラウマを克服させるならその体験を受け入れなければならない。受け入れるならその体験を口に出したほうがいい。いつまでも自分の中に押しとどめるよりずっと。

 

「べ、別に無理しなくていいんですよ!?」

「思い出したくないなら忘れちまおうぜ!? ほ、ほら、好きなものをたーっくさん食べるとかさ!」

「そうだよ! ね、直也お兄ちゃん、好きなお菓子何? 歩美たち買ってくるよ!」

 

 探偵団の三人は弱っている直也を気遣い、元気づけようとする。直也はその姿が嬉しそうに微笑んだが、歩美が閉まっていたドアを勢いよく開けたのを見て、その笑みが歪んだ。

 

「開けるなああああっ!!!」

 

 直也が歩美に怒鳴る。歩美は驚きドアノブから手を放し、直也のほうを見る。他の者もその声に驚き、同じく直也を見る。

 見られた直也自身は、毛布に包まりベッドの上で小さくなり、ひどく震えていた。

 おびえていた。

 激しく嗚咽をあげながら、直也は自身を包む毛布の中で泣いていた。

 

「歩美ちゃん、ドア閉めて!」

「う、うん!」

 

 颯太が歩美に言って部屋の扉を閉めさせる。しかし、やはりそれでも直也は泣き止まない。

 

 完全にあの時のことを思い出してしまっている。今はまだ苦しいか。コナンはこの場にいる誰よりも小さくなってしまった直也の姿を見て心の中でつぶやいた。

 

 一刻も早くトラウマを払拭したほうがいい。長引けば長引くほど、克服するのは難しくなる。克服できなければ、直也は自分で部屋から出ることが難しくなる。できたとしても強いストレスを感じ、やがて本当に部屋から出てこれなくなってしまう。それではいけない。

 同じことを泰輝も考えていたらしい。救いを求めるように、泰輝はコナンを見ていた。

 

「どうしたら、いいんだ……?」

 

 泰輝は苦しむ直也を見て泣きそうになっていた。

 友人が悪いほうに様変わりしてしまったのだ。不安にもなるだろう。それが自分の手ではどうにもならないならば、絶望にも近い気持ちになるのではないのか。

 

 コナンは答えられなかった。トラウマを払拭したほうがいいのは分かっている。だが、その方法が分からないのだ。まだ答えられない。

 コナンは縋るような瞳を向けてくる泰輝から目を逸らしてしまった。

 

 泰輝の問いに答えられるものは居らず、部屋は沈黙した。

 

 

 

「同じくらいのショックを受けたらどうかな」

 

 

 沈黙を破ったのは楓太だった。

 

「ショック?」

「うん。よくお話であるじゃん、人と人がぶつかって、その衝撃で人格が入れ替わっちゃう奴。で、解決法が、同じことをすること」

「ああ、あるな。……つまり?」

「だから、同じようなショックをもう一度、今度は“すごくいいこと”でショックを与えたらいいんじゃないかなって!」

 

 なるほど、応用か。コナンは感心した。

 確かにそれなら、こちらが環境を整えることで簡単に舞台は用意できる。しかも今日は直也にとって良い知らせを持ってきている。格好の機会だし、提案だ。

 楓太の考えを理解した直也以外の者は期待に胸を躍らせた。目の前で苦しんでいる友人を、自分たちの手で助けられるかもしれないのだ。胸が高鳴るのも無理はない。

 

「……どうやって?」

 

 唯一、この話についてこれていない直也は不安げに楓太を見上げた。いつの間にか落ち着いたようだ。

 昨日とは一転、頼りない表情をしている直也の頭を撫でて、楓太は安心させるように微笑んだ。まるで猫にやるようだと灰原はその様子を見て思った。

 

 

「僕たちに任せてよ、直也。昨日の、ルールーの件のお礼だと思って!」

「な、なにするか分からないと怖いよ……」

「僕らにドーンっと頼ってよ! ね、泰輝、僕らは直也の何なの?」

「しんゆーでーす」

「だいせーかーい!!」

「泰輝、楓太……」

 

 直也はまた泣き出しそうになっていた。今度は喜びで。それを見て楓太はまた猫をむちゃくちゃに撫でまわすように直也の髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回した。抵抗する力はないのか、直也はされるがままだが、微笑んでいるので嫌ではないのだろう。灰原からすれば猫扱いを受けているようにしか見えなかったが。

 

 楓太が直也を撫でまわしている間。泰輝は探偵団に向けて何かを企んだような悪い笑みを向けていた。その意図が分かった歩美、光彦、元太は互いの顔を見合って頷いた。

 

「直也、トイレ借りていいか?」

「ん、いいよ」

「ありがと」

 

 直也の許可をもらった泰輝は部屋から出ていく。それに続くように、「俺たちも準備するな!」と元太たちも部屋から出て行った。そのとき直也は、歩美が何かを手に持っていたのを見ていた。 

 

「準備……」

「そりゃ、ショックを与えるなら何かしないとねー。直也は何も考えずに、リラックスしてよ」

「なるべく無防備なほうがショックは大きいかもね」

「あなたにとって悪いことは何も起こらないんだし、安心して」

「コナン君、哀ちゃん……。うん。そんなに言うんだったら、僕期待して寝てるね!」

 

 直也は泣いて充血した目を細めて笑った。

 

 

「期待されたら、それに応えないとな」

「私たちも準備してくるわ」

「うん、お願いね二人とも!」

 

 部屋を出ていく二人を楓太と一緒に見送った。果報は寝て待てとも言うしな。と、直也はベッドの上で伸びた。

 

 

 

 

「いいかお前ら。次にあの扉が開いたら間髪入れずにこれを鳴らせ。いいな?」

「ハイ!」

「うん!」

「まかせろ!」

「よろしい! じゃあ俺は部屋に戻る。探偵団の諸君。検討を祈る」

「ラジャー!」

 

 泰輝の激励に探偵団の三人は張り切って応えた。コナンと灰原は応えなかったものの、手にしたものを見て微笑んだ。

 とはいえ、失敗は許されない。あの光景を上回る衝撃を与えなければならないからだ。コナンは気合を入れなおした。

 

 




そろそろ終わります。
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