何故あの時気付かなかったのだろう。落ち着いていたならばその赤いものに――今では乾いて黒く変色しているが――気付いていただろうに。
直也は悩んでいた。いや、あまり深く考えないように、壊れないように、的外れなような、そうでないようなことを考えていた。
あまり深く息を吸わないようにと、ひどく震える手で鼻と口を押さえる。それで自身が怯えていることに気づき、さらに後ろに数歩下がった直也はそこで膝をついてしまった。
「直也さん!」
「来んなっつってんだろ!! ……コナン君、警察呼んで。後、家には誰もいれないようにして。これ以上部屋が荒れたら困るから」
「う、うん……」
コナンがこの家から出ていったことを確認したあと、直也は震える体に鞭打ち、先ほど勢いよく開けたドアを閉めようと手を伸ばす。半分まで閉めたところで、直也は再び中の様子を確認する。
「こんなの、小さい子には見せられない……」
先ほど熱中症と思っていた男性は、こちらに足を向けて、頭をかち割られて息絶えていた。周りには血が飛び散り、頭部付近には血だまりが出来ていた。
「うっ……!!」
そこまで視覚で確認したあと、それから発せられる強烈な匂いに当てられて、吐き気をもよおした直也は家の外に逃げ出した。
「撲殺されたのはこの家の主人、笠原 源五郎さん73歳。死亡推定時刻は本日午後2時から4時の間。凶器は鈍器のようであるということは確認できましたが……」
「その凶器が未だ見つからない、と……」
夕方5時半。笠原 源五郎氏が殺害された家、つまりは現場の一通りの検証を終えた警察、警視庁の高木刑事と目暮警部は事の確認を行っていた。
「見た限り、犯人は被害者に強い恨みを持っていたようだな。額に一回、後頭部に二回打撃を加えたようだ」
「ええ。リビングに血痕が飛んでいたことから、犯人はまず、被害者をそこで一度正面から凶器で殴打し、その後この部屋へ逃げようとした被害者を追って背後から後頭部を殴打。そして倒れた被害者に止めの一撃……」
「なんて卑劣な……」
高木の意見を聞いた目暮は現場の状態を一瞥したあと、顔をしかめて言った。
現場には未だ鑑識が捜査しているため、死体がそのままの位置で転がってる。目に優しくない光景だ。
それから目を外し、背後に向ける。目暮の向ける視線の先には、大きく肩を動かし、体を精一杯抱きしめ俯く、直也の姿があった。
「彼が、事件の第一発見者かね」
「はい。コナン君の話によりますと、猫探しの際、たまたま訪れたこの家で遺体を発見したそうです」
「猫探し?」
「はい。どうやら少年探偵団の子達が猫探しをしていたそうで、その依頼者の友人だそうです。一緒に探していたそうです」
「なるほど」
高木は目暮に報告し終えると、被害者宅のソファーに腰掛け、顔を青くする直也に近寄る。
「君が、笠原さんの遺体を最初に発見した、神崎 直也くんだね? 発見した時の話を詳しく教えて欲しいんだけど……気分悪いかい?」
「……大丈夫、です」
高木の問いに、か細い声で返す直也。口ではそう言っているものの、伏し目がちになった目から気分がすぐれないことがありありと伺えた。それでも捜査はしなくてはならない。高木は言葉を続けた。
「そうかい? なら質問するけど……。どうして君は今日、この家に来たんだい? 知り合いの家というわけでも無いようだけど」
「……しょ、少年探偵団のみんなと、友達の猫を探してて、それで、この家にその猫がいる気がして、入ったんだ。さ、最初はちゃんと許可取ろうとしたんだよ? でも、インターホンを鳴らしても出てこなかったから、外から見て回ったんだ……。それで、あそこの窓から覗いたら、おじいさんが倒れてて……」
「うん」
「ね、ねえ、不法侵入とかで、僕、捕まったりしない? ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「大丈夫だよ。それで君は笠原さんを発見してくれたんだから。誰も君を咎めたりしないし、もちろん逮捕だってしないさ。見つけてくれてありがとう」
高木は極力優しい声色でそう答える。それが功を奏したのか、直也は肩の力を抜いた。
「そうなの? 良かった……」
「ああ。……質問を続けていいかい?」
「うん」
直也は顔色をまだ青くしながらも、答える意志を示した。
「……君は、本当に笠原さんと関係がないんだよね?」
「……ないよ。疑ってるの?」
直也は薄く高木を睨みつける。高木は首を振る。
「いや、小学生の君に限ってありえないとは思うけどね。一応確認と思って」
「そっか。まあ、僕が発見した時にはもう薄い血は黒く固まっていたから、殺されてから数時間は経ってたと思うよ。きっと殺された時間には僕は学校にいただろうから、アリバイもある。犯行ができたのは大人だと思うよ? あの死に方からしても子供じゃ無理だろうし……。ぅぉえっ」
「だ、大丈夫かい?」
「……ごめんなさい、思い出したら、気分が悪くなって……」
「いいよ、無理はしないで」
直也はまた両手を顔の方へ持っていき、口を塞ぐ。顔をしかめ、蹲ってしまった。自分のすぐ近くに死体が有るのだと思うと、気持ち悪くて仕方が無かったのだ。
先ほど吐いて空っぽになったはずの胃から、また何かがせり上がってくる。直也はそれをコクンと、押し戻した。