Sky Blue   作:そらかどせきね

1 / 11
みずがめ座η(エータ)流星群はどうやら毎年、ゴールデンウィークの終わり頃に観れるらしいです。その中でも、今年2019年(五月六日・七日)は、条件が良く、観測するにはもってこいだったらしいです。黄金一週間の終わりを告げる流星、風流ですよね。


星、観に行きませんか -水瓶座η流星群-

「『星、観に行きませんか』…って今日?」

 

 当然のように一緒に入ったお風呂のあと、シャンプーの香りを振りまく寝巻き姿の蒼が、居間の机に置いてあった手紙を拾い、読み上げて訊いてきた。

 

「っていうか、なんで手紙…?」

「普通に誘うより、そのほうが格好良いかな…って、どう?」

「ん、あんたらしくて、好きよ、こういうの」

 

 人差し指と中指で、贈った便箋を挟み、左右にゆらゆらと振りつつも、満更でもなさそうな表情をみせてくれる。

 その心の優しさがとても眩しい。

 ダメだと分かっているけども、湧き上がる衝動を抑えきれず、華奢な肢体を両手で抱きしめる。

 

「わ、ちょ、ちょっと! 星を観るっていう話はどこいったのよー! あたしが観測されちゃいますー!?」

 

 両手をバタバタさせて、もがく蒼をそのままに、まだ湿り気のある、お気に入りの後ろ髪に鼻を近づけ、その空間の空気を取り込む。

 同じものを使っているはずなのに、自分とはまったく違うこの匂い。

 女性特有の香りが混ざった、大好きな人の香りを、肺いっぱいに流し込む。

 目を閉じて、尚も抱きしめ続けていると、蒼も観念したのか、両の手は俺の腰に落ち着いた。

 とても良い雰囲気だ。

 そして良い雰囲気には、それに似合う台詞が必要なんだ――

 

「俺にょ…かにょにょは世界一可愛いにゃ…」

 

 耳元で甘く囁く。

 

「………」

 

 沈黙。加藤家の居間に沈黙が漂う。

 また噛んだ…。

 中々成長しない自分がもどかしい。

 いや、もうこれは加藤家の呪縛その二…なんじゃないでしょうか。

 

 『格好良い台詞を言おうとすると噛んでしまう呪縛』

 

 間違いない。

 そしていつも通りのやり取りが始まる。

 

「…噛んだ?」

「………」

 

 今度は逆に耳元で囁かれる。

 

「彼女を抱きしめつつ、耳元で甘い言葉を囁こうとして噛んだ?」

「………」

 

 抱きしめている腕を離す。

 蒼は俺の肩に手を添えて、ゆっくりと距離をとる。

 

「『俺にょかにょにょは世界一可愛いにゃ?』」

「くっ………」

 

 にやにや顔で、さらっと一言。

 よく噛まずに毎回言えるなあ。

 

「あんたのかにょにょの空門蒼です♪」

 

 くるっとその場で一回転。

 右目でウィンク。投げキッスのポーズ。

 天下無双の満面の笑み。この笑顔が見れたから良しとしよう。

 

「ちょっとー! ニヤニヤしてないで、なんか感想言いなさいよ! ほらー!」 

「すっげー可愛いくてずっと眺めていたいけど、感想としてはどう反応したらいいか悩んでる」

「…まあ、あたしも自分でやってて、これはちょっとどうかなーって思ったわね…」

 

 蒼はそう言い、髪を乾かすために持ってきていたドライヤーを手に取り、温風を流し始める。

 こちらに少し背を向け、ぺたん、と可愛らしく女の子座りをし、髪のアフターケア。

 強めの風量で前髪から手早く乾かしていく、その姿を眺めていると妙にドキドキする。

 

「羽依里~後ろお願いね~」

「了解」

 

 彼女に倣って、俺も着席。慣れた動作で、ドライヤーを渡され受け取る。

 蒼の後ろ髪はいつも、俺が担当だ。

 

「さて、お手並み拝見といこうかしら」

「バッチリ決めてやるぜ…とりあえず、軽く下向いて」

「ん…」

 

 首が少し前へ曲がる。

 髪の合間からチラりと覗く、うなじが色っぽい。

 湧き上がる性欲を堪えつつも、なるべく頭上から温風を当てていく。

 

「熱くない?」

「問題なし」

「ちょっと髪引っ張るよ、痛かったら言ってくれな」

「はーい」

 

 綺麗なストレートヘアを整えるために、テンションを髪に加え、じっくりと、蒼の髪に温風を与える。

 

「そういえば、話が逸れちゃってたけど、今日この後、行くの?」

「この後…まあ、そんなところかな。水瓶座流星群?が日付変わった後の深夜三時四時ぐらいに見れるらしいんだ」

「流星群…確かに、鳥白島は都会と違って夜は真っ暗だし、星は見放題だもんね」

「そういうこと。それで天体観測デートのお誘い、というわけです。お嬢様?」

 

 十分に根元から乾いた頭頂部を、優しく撫でてあげる。

 それが気持ち良いのか、蒼の体が左右に揺れる。

 

「えへへ…天体観測デート……星空の下で羽依里と二人きり…」

 

 お花畑に飛んでいってしまった様なので、仕上げの冷風で現実に呼び戻す。

 

「冷たっ!? ちょっとー! まだ乾いてないところあるんじゃないのー?」

「ええっ、マジで…結構上達したと思ったのに…」

「もう一回温風で、お願いね~」

 

 …どうやら、まだまだ蒼の髪を整えるスキルは足りていない様だった。

 

* * * * *

 

 寝床に移り、布団の中。

 春になり、ほどよく暖かいため、お互いに毛布一枚だけ被っている。

 さすがに、この後、外に出歩く予定なので、致すのは我慢。

 寝巻きも乱れておらず、珍しく、それぞれの布団で寝ている。

 

「ね、羽依里…三時に起きれるの?」

「目覚まし時計はセットしたし…多分、起きれる…?」

「あんたが頼りなんだから、ちゃんと起きなさいよー?」

「自力で起きるの諦めるなよ!」

「お姫様を起こすのは、いつも王子様の仕事なんですー!」

「へいへい…王子様も中々大変だよな」

 

 暗闇の中、静寂が訪れる。

 もぞもぞ、と隣の布団から暖かい物体が、こちらの布団に潜り込んでくる。

 

「………」

 

 布団の中から蒼が顔を出してきた。

 目を瞑り、顔を寄せてくる。

 

「おやすみのちゅー、して」

「甘えん坊さんだこと」

 

 唇同士を軽く密着させる。

 角度を変え、何度か触れ合う。

 それで満足したのか、俺の腕に抱かれたまま、蒼はそのまま夢の世界へ。

 結局、布団は一つで十分になってしまった。

 俺も寝よう。

 軽く寝たら眠い目擦って天体観測だ。

 

* * * * *

 

 深夜。島民全てが眠りに就いているであろう時間に、田舎道を歩いていた。

 

「んぅ……あたし~…なんであんたにぃ…背負われているんだっけぇ…」

「今から流星群を観に行くため」

「りゅーせーぐぅ……でーとぉ…」

「そうそう」

 

 やっぱり、というか流石にこの時間に起きるのはちょっと無理があった。

 蒼はまだ夢見心地。寝巻きから着替えさせるのは困難だったので、上着を一枚羽織らせただけ。

 雑なファッションでも、絵になる可愛さがあるのは、彼女自身のポテンシャルの高さ故だろう。

 

「ぁ~…着く頃には…目ぇ…覚めてると、思うから~…よろしくぅ…」

 

 それだけ言うと、また、すぅすぅ、と寝息が聴こえてくる。

 耳に心地良い背景音楽を楽しみながら、目指すは、迷い橘。

 そこまで険しくない山道を登っていく。

 これまでに何度も通った、道程。

 決して幸せな記憶ばかりではなく、悲しく辛い記憶もある。

 周囲の木々、踏み均された地面、動物達の鳴き声、それら全てが彼女との『夏の思い出』だった。

 そして今、夏だけでなく、四季折々の話が、二人の記憶のページに書き綴られていく。

 

「ポーン」

「イナリか」

 

 ライトで照らした先には、巣穴で寝ていたのか、イナリの姿があった。

 

「迷い橘まで行って、流星群を観るんだ。イナリもいくか?」

「ポンポン」

「お、そうかサンキュな」

 

 イナリも着いてきてくれることになった。

 

「ポキュ…」

 

 背負っている蒼をみて心配してくれたのか、悲しそうな声を上げる。

 

「大丈夫。普通に寝起きで覚醒していないだけだから」

「ポン?」

「心配してくれてありがとな」

「ポン!」

 

 元気良く返事をしてくれたが、キツネとしてもこの時間は眠いようで、時々「ぽきゃぁ~…」と欠伸をしている。

 

* * * * *

 

 そのまま、山道を登り、迷い橘の元に辿り着く頃には、蒼もバッチリ目が覚めていた。

 

「お、着いたわね、結局最後まで背負ってもらってありがとうね、イナリもありがとう」

「ポーン!」

「背中に当たる、やわらかーい膨らみが楽しめたから、むしろご褒美かな」

「帰りも、ご褒美あげよっか?」

「それは楽しみが増えるな」

 

 蒼をゆっくりと地面に降ろす。

 ショルダーバッグから、寝転がる用に持ってきていたレジャーシートを広げる。

 イナリは、眠いのかその場で尻尾を丸めて寝る体勢に入った。

 さすがに星に興味はないか…。

 

「今更だけど、空門の神域で天体観測なんて、本当に良かったのか?」

「平気、平気、あたしは空門の巫女だし、あんたは…その…将来の旦那さん…だし」

 

 最後のほうは、しどろもどろ。言葉を濁す。

 夏の祭事の時期以外であれば、わりと自由とのことだった。

 七影蝶の姿も、殆ど見かけない。

 どうやら、ゆっくりと星が観れそうだ。

 

「それにね、あたし達には、これぐらいの役得だって、あって良いと思うの」

「ですかね」

「ですよ」

 

 何故か丁寧な言葉遣い。二人の間に自然と笑いがこみ上げてくる。

 

「ふふ…それじゃ、観ましょうか、星」

「水瓶座η(エータ)流星群な」

「細かいところまで良く覚えてるのねー」

「一応言いだしっぺなんで。ほら、ここに寝転がって観ようぜ」

「はーい」

 

 二人並んで、シートに寝転がる。

 触れた手と手は、こちらから、やや強引に、それでいてぎこちなく握る。

 それに対して、蒼は何も言葉は発せず、優しく握り返してくれる。

 

「夜空をこんなにしっかりと観たのって、久しぶりかも」

「きっかけがないと、こうして観ることってないんじゃないかな」

「そうね」

 

 その言葉を境に、しばらくの無言。

 鳥白島の夜空を見上げる。

 都会と違い、一切の灯りが存在しない空。

 迷い橘のある開けた場所には、俺達だけ。

 まさに専用のプラネタリウムだった。

 満天の星空には、生命の輝きを放つ、星々が踊る。

 今宵は月明かりもなく、観察には最高の条件。

 特に探さずとも、目的の流星は視界に入ってきた。

 天空に座す、水瓶から零れ落ちた無数の涙が、幻想的な碧色の尾を引き、駆け抜けていく。

 映画のワンシーンにもなりそうな光景が、今、実際に目の前に在る。

 そして、それを、かけがえのない存在である蒼と、二人の思い出にできるのがとてつもなく嬉しい。

 隣に居る彼女も同じ事を考えていてくれているだろうか――

 

「ねえ、羽依里…」

 

 突然、上体を起こし、呼び掛けられる。

 

「なに、蒼」

 

 同じく、上体を起こして、それに答える。

 

「んっ」

 

 少し首を上に曲げて、桃色の唇を突き出してくる。

 と、なれば、何を要求されているかは、言葉にせずとも解る。

 頬に手を添え、相手を愛しむ気持ちを前面に押し出して、君に送る口付け。

 この日、零距離で触れ合ったこの熱さと、宇宙から降る祝福の光は生涯忘れることはないだろう。

 

「いつか、子供が出来た時にさ」

「うん」

「付けたい名前が一つ浮かんだんだ」

「どんな名前?」

「尾を引く流星の『碧』色。凄い綺麗で…でも大事な名前だから、こんな安易な考えじゃいけないと思うけど」

「確かに、心に残る色だったわね。空門家の女性には『色』が付いてるし、アリなんじゃない?」

「じゃ、候補の一つってことで、宜しく」

「まあ、その前に、子供が出来ないことにはしょうがないんだけどね」

「……なるほど?」

「あっ…ちょ、ちょっと! こ、こら~!」

 

 そう言いつつもレジャーシートに倒れる君の表情は幸せそうで。

 初めてキスした、夏のあの日みたいに我慢が利かなくなる。

 未来に会う子供に先に謝る。

 今だけは君のお母さんを独り占めにさせてもらうよ。

 

 

 

【星、観に行きませんか -水瓶座η流星群- 終わり】

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。